「な!? ど、どうされたんですか? 玉屋さん…」
 いずみ屋の楼主は引きつった顔で見世先に出た。
「いやぁ、先日のお詫びをしようと思いましてな」
 玉屋の楼主がにこやかに微笑んだ。
 隣にいる咲耶もいずみ屋の楼主を見て微笑む。
「ええ、うちの文使いがご迷惑をかけましたから、きちんとお詫びしなければと思いまして。ご迷惑でしたか?」
 いずみ屋は顔を一層引きつらせながら笑顔をつくった。
「そ、そんなとんでもない!」
(迷惑だなんて言われるわけないだろう……!)

 咲耶と玉屋の楼主の登場で、いずみ屋の見世先には人が集まり始めていた。
(おいおい、一体何しに来たんだよ……)
 昼見世を終えて人が少ない時間とはいえ、咲耶も玉屋の楼主もひと目を引くためこのまま見世の前で話し続けるのはできれば避けたかった。
「ま、まぁ、とにかく見世に入ってください。お、お茶くらい出しますから」
 その言葉を聞いて咲耶が満足げに微笑む。
「突然お伺いしたのに、申し訳ありません。では、お言葉に甘えて」
「いやぁ、やはりいずみ屋さんは器が違いますなぁ」
 二人は笑い合いながら、いずみ屋の楼主が案内するより先に、いずみ屋に入っていく。

 呆然と二人を見送ったいずみ屋の楼主はハッと我に返ると、頭を抱えた。
(くそっ! いずみ屋に入るのが狙いだったのか!)
 いずみ屋の楼主は慌てて、二人の後を追った。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「さ、咲耶ちゃん!?」
 いずみ屋に入ると、襟元から豊満な胸がのぞく遊女が咲耶を見て頬を染めた。
 咲耶はゆっくりと微笑んで、頭を下げる。
「ご無沙汰しております。露草太夫」
「また一段と綺麗になって……」
 露草は瞳を潤ませながら咲耶に近づく。
 甘い香りとともに色気まで辺り一面に広がった。

「露草太夫も相変わらずお美しいですな」
 玉屋の楼主が露草を見て言った。
 その声でようやく楼主の存在に気づいた露草は慌てて頭を下げる。
「私としたことが失礼いたしました。ご無沙汰しております、楼主様」
 露草は妖艶な微笑みで楼主に語りかける。
「本日はどのようなご用でしたか?」
「先日うちの文使いがご迷惑をおかけしたお詫びをしに伺いました。私は外でいずみ屋さんと話しますから、よかったらうちの咲耶のお相手をお願いできませんか?」
 玉屋の楼主がそう言うと、営業用の微笑みを浮かべていた露草の頬が赤く染まる。
「私が、咲耶ちゃ……咲耶太夫のお相手を……?」
「ええ、同じ太夫として咲耶も話したいことがあるでしょうから。どうでしょうか? お願いできますか?」
「はい! 喜んで!」
 露草は胸の前で手を組んで言った。

 玉屋の楼主は露草に礼を言うと咲耶を見た。
「咲耶、勉強させていただきなさい」
 咲耶は微笑んで頷くと、露草を見つめた。
「よろしくお願いいたします」
「こちらこそ!」

 そのとき、いずみ屋の楼主が三人に近づいてくるのが足音でわかった。
「ああ、待ってましたよ。いずみ屋さん!」
 勢いよく玉屋の楼主が振り返る。
「へ……?」
 ふいに声をかけられ、いずみ屋の楼主は戸惑っていた。
「ちょっと二人で話したいことがありましてね」
「……話したいこと?」

 玉屋の楼主はいずみ屋の楼主にそっと耳打ちをする。
「な!?」
 いずみ屋の楼主の顔がみるみる青ざめていく。
「ど、どうして……」
 玉屋の楼主は怪しく微笑む。
「さぁ、ちょっと見世の外で話しましょうか?」
「……は、はい」
 玉屋の楼主は、うなだれたいずみ屋の楼主を連れて再び見世の外に出ていった。

「……さすがねぇ、玉屋の楼主様は」
 露草は目を丸くした。
「ふふ、若く見えるだけで長く生きてますからね」
 咲耶は微笑んだ。
「まぁ、二人のことは放っておいて、私たちもお話ししましょうか!」
「ええ、ぜひお願いいたします」
 二人は顔を見合わせて微笑むと、いずみ屋の二階へと上がっていった。