待ち合わせていた男は、いつも通り茶屋の長椅子に座っていた。
 いつもと違ったのは、いつもならすぐに気配に気づきこちらを見る男が、額を押さえたまま背中を丸めていることだった。
「どうした? 古傷が痛むのかな?」
 男は背中を丸めた男の目の前に立つと静かに聞いた。
 男の声に、額に傷のある男が煩わしそうに顔を上げる。
「……は? 今さらこんな傷が痛むわけねぇだろ」
 傷のある男はそう言うと、軽く伸びをしてから首を回した。
「ちょっと夢見が悪くて寝不足なだけだ。それより今日は何の用だよ」
「夢見……ねぇ」
 男は傷のある男の横に腰を下ろした。
「そういえば、もうすぐ命日だったっけ。あれから七年? いや、八年になるのかな?」
 男の言葉に、傷のある男が顔をしかめる。
「何が『命日だったっけ』だ、白々しい。まさかそんなくだらないこと言うために呼び出したのか?」
「違うよ……と言いたいところだけど、今回はその通りだね。おまえの様子を確認するために呼んだだけ」
 男はそう言うとにっこりと笑った。

 傷のある男は眉間に皺を寄せた後、視線をそらすと鼻で笑った。
「そうか。なら、もう確認できただろ? 帰っていいか?」
「まぁ、そう怒るなよ。たまには友人として世間話でもしよう」
「いつから友人になったんだよ。気色悪ぃ。おまえと仕事以外に話すことなんてねぇよ」
 傷のある男は嫌そうに言った。
「相変わらず冷たいなぁ」
 男はクスッと笑うと、静かに目を伏せた。

「……もし、もし俺たちがしてきたことが全部明るみに出たら、おまえはどうする?」
 男の言葉に、傷のある男は苦笑した。
「どうするも何もねぇだろ。捕まって終わりだ」
「正直、おまえだけなら逃げられるだろ?」
 男は目を伏せたまま淡々と言った。
「逃げて、今度こそ普通に生きる道もあるんだぞ」
 傷のある男は目を丸くする。
「おいおい、何言ってんだよ。わかってるだろ? 大義がなくなったら、逃げる理由も生きる理由も、俺にはもうねぇよ……。それを言うならおまえの方こそ、どうなんだよ。おまえだって逃げられるだろ?」

「俺は逃げないよ」
 男はそう言うとフッと笑った。
「俺はあの方に最期まで付き合うって決めてるからね。でも、おまえは違うだろ?」
「まぁ、それは否定しねぇけど……」
「俺は最期まで付き合って見届けるよ。地獄の底までね」
 傷のある男はしばらくじっと男を見つめた後、小さく息を吐いた。
「……おまえの人生だ。好きにしろ」
「ふふ、珍しく優しい言葉が聞けて嬉しいよ」
 男がそう言って微笑むと、傷のある男は長く深いため息をついた。