少年たちが、二人の子どもを取り囲むように立っていた。
「な、何ですか……?」
 少年たちに囲まれた少女は、腕の中の子どもを守ろうと強く抱きしめた。

「おい、そいつを連れてさっさと帰れ! ここはおまえらみたいな非人(ひにん)が来るところじゃない! それに、おまえの腕の中にいるそいつ、何かの病気だろ! こっから先は俺たちの町だ! そんな汚い身なりでのこのこ来て、病でも広める気か?」
 少年のひとりが、痺れを切らしたように少女の肩を押した。
 痩せた少女は子どもを抱きしめたままよろけ、その場に倒れた。
「や、病じゃありません……! 少し肌が弱いだけで……」
 少女は少年たちを見上げ、か細い声を上げた。

「嘘つけ! その斑点は絶対何かの病気だろ!? 病を町に持ち込むな! 迷惑なんだよ! おまえら非人は非人小屋(ひにんごや)から一歩も出るな! そこで大人しくしてればいいんだよ!」
 少年は少女を睨みつける。
「薬が……薬がほしいだけなんです……」
 少女は絞り出すように言った。
「薬!? やっぱり病じゃねぇか!」
「ち、違います! 痒みを抑える塗り薬がほしいだけで……!」
「言い訳するんじゃねぇ!」
 少年はそう言うと、子どもを踏みつけようと足をあげた。
 少女が咄嗟に子どもを庇いうずくまると、ほぼ同時に少年の足が少女の背中を踏みつけた。
「ッ……」
 息苦しさで少女の顔が歪む。
「……やめて……ください」

「どうせ金も持ってないんだろ! 物乞いの分際で! 何が薬だ!」
「まったくだ!」
「なぁ、触りたくなかったけど、もう強引に非人小屋まで引きずっていくか?」
「それしかないか……。はぁ、手が汚れる……面倒かけさせやがって……」
「これだから、ひ……」
 少年の声が不自然に途切れると、次の瞬間どよめきが広がった。
 背中を踏みつけていた少年の足の重みが消え、少女はおずおずと顔を上げた。

 そこには、少女を守るように背を向けて立っている少年の姿があった。
大助(だいすけ)……」
 少女は大助を見上げると呟いた。
 大助の向こうには、殴られたのか頬を赤くした少年がこちらを睨んでいた。
「大丈夫か? (いち)
 大助はわずかに市を振り返る。
「大丈夫……」
 市は頷くと、腕の中の子どもを見つめる。
二太郎(にたろう)も平気か?」
「うん……」
 二太郎はすっかり怯えてはいたが、どこも怪我はしていなかった。
「そうか、それならよかった……」
 大助はホッとしたように息を吐いた。

「おい! 何すんだよ! 非人がこんなことしていいと思ってんのか!?」
 大助に殴られた少年は頬だけでなく、顔を真っ赤にして怒鳴った。
「おまえらこそ、女と子ども相手に寄ってたかって。恥を知れ!」
「なんだと!?」
「悔しかったらかかってこいよ、相手してやる」
 大助がそう言うと、少年たちは顔を見合わせわずかに後ずさる。
 年は同じくらいだったが、大助は少年たちよりも明らかに体格がよかった。

「ほら、どうした? かかってこいよ。女相手じゃなきゃ何もできねぇのか?」
 大助の言葉に、殴られた少年は顔を真っ赤にしたまま奥歯を噛みしめた。
「馬鹿にしやがって……! 非人風情が……!」
 少年はそう呟くと、足元にあった石を手に取った。
「……死ね!!」
 少年はそう言うと、拳ほどの大きさの石を勢いよく大助に向かって投げた。

「大助……!!」
 市は叫んだが、大助は避けなかった。
 石は大助の額に当たり、重い音を立てて地面に落ちる。
「だ、大助……!」
 市が慌てて大助に駆け寄った。
 大助の額からはかなりの量の血が流れていた。
 市は目を見開く。

 少年たちは、大助の額から流れる血の量に驚き、青ざめた顔でお互いの顔を見合わせていた。
「お、おまえが悪いんだからな……! お、俺たちは悪くない! もう……行こうぜ……」
 少年たちはそう言うと、逃げるように連れ立って去っていった。

 大助は小さく舌打ちした。
「まったく。これぐらいの血でビビるくらいなら、こんなことするんじゃねぇよ……」
 大助はそう呟くと、市を見た。
「大助! 血が……!」
 市は慌てて自分の着物の袖を破ると、大助の額に当てて傷口を押さえた。
 清潔ではない布を傷口に当てることに一瞬躊躇したが、それより血を止めることを優先した。
 傷口に当てた布はすぐに真っ赤に染まった。
「ど、どうしよう……。傷が深いわ……。とにかく医者に……」
「これぐらいどうってことねぇよ。血なんてほっとけば止まるさ。それよりおまえと二太郎は本当に大丈夫か?」
 大助は気遣うように二人を見た。
「私たちはなんともないわ。……それよりあなたの傷が……」

 そのとき、ふいに三人に影が差した。
「おやおや、怪我をしたのかな?」
 大助と市は突然現れた男に驚き、目を見開いた。

 穏やかな顔をした男は、三人に向かって優しく笑いかける。
「どれ、見せてごらん?」
 男は大助の額に手を伸ばす。
「さ、触るな!」
 大助は思わず伸ばされた手を振り払った。

 男は驚いた様子もなく、大助をにこにこと見つめていた。
「何もしないさ。ほら、隣の子が心配しているよ。私なら医者も紹介してあげられるから、少し見せてみなさい」
「そんなの……!」
「大助!」
 大助の言葉を、市が遮る。
「医者を紹介してくれるって……。見てもらって。お願いよ……」
 市は泣きそうになりながら大助を見つめた。
 大助は市をしばらく見つめた後、小さく舌打ちした。

「わかったよ……」
 大助は不満げな顔のまま、男に傷口を見せた。
「ああ、これは傷が深いな。医者に診てもらった方がいい。ただ……痕は残るかもしれないね」
 男は大助の傷口を見つめながら言った。
「別に痕なんてどうだっていい」
 大助は吐き捨てるように言った。
「医者に診せたところで、どうせ何もしてくれやしねぇよ! 非人ってだけで嫌な顔して追い出されるのがオチだ。あんただって俺たちのなり見て気づいてるんだろ? 非人なんて診てくれる医者がどこにいる!」
 大助の言葉に怯む様子もなく、男はにっこりと笑うとゆっくりと大助に手を伸ばした。
 大助が反射的に後ずさりしたが、男は構わず大助の頭を優しく撫でた。
 大助は目を見開く。
「今まで大変だったね。……非人はそんなに嫌かい?」
「……は?」
 大助は男の手を振り払う。
「嫌に決まってんだろ! 俺は親が罪人だってことで非人になったんだ! 俺は何もしてねぇのにだぞ! こいつらだってそうだ。親が金借りて知らない土地に逃げたせいで非人に落ちた。それで、もう人じゃねぇとか言われて……おかしいだろ……こんなの!」
 大助は奥歯を噛みしめた。

「大助……」
 市は思わず目を伏せる。

「そうだね。そうかもしれないね……」
 男はそう言うともう一度大助の頭に手を置いた。
「非人が嫌なら、私について来るかい?」
「は?」
 大助は男を睨みつけた。

 男は妖しげに目を細めるとゆっくりと口を開く。
「もし君たちが望むなら、私がいつか、君たちを()()()()にしてあげよう」

「……え?」
 大助と市は言葉の意味がわからず、ただ呆然と男を見つめた。
 このときの二人は、それが何を意味するのか、まったくわかっていなかった。