茜の父親は、どこかフラフラとした足取りで小屋に向かって歩いていくと、小屋の近くの茂みにいた男を引きずり出した。
見知らぬ男が隠れていたことに、佑助をはじめ屋敷の皆が息を飲んだ。
(あれは……誰……? いや、今はそんなことを考えてる場合じゃ……)
佑助が小屋に視線を戻そうとしたとき、見知らぬ男の声が辺りに響く。
「これは、違うんです……! 私は旦那様のご言いつけの通りに! これは……」
(え……? それはどういう……)
男の言葉に、佑助が目を見張った次の瞬間、茜の父親の唸り声とともに男の首が裂け、血しぶきが上がった。
佑助は目を見開く。
茜の父親は、首が裂けて倒れていく男の首に何度も刀を振り下ろしていた。
返り血で、茜の父親の全身が真っ赤に濡れていく。
(何が……何が起こって……)
佑助は強く目を閉じた。
目の前で起こっていることが本当に現実なのか、佑助にはわからなくなっていた。
気がつくと、男の頭はちぎれ、燃え盛る小屋の前に転がっていた。
佑助の隣で、父親も息を飲んでいるのがわかった。
(一体これは…………)
あまりに非現実的な光景に、佑助は動くことができずにいた。
呆然としていた佑助の隣で、父親がゆっくりと動き出す。
「この火事は……おまえがやったのか……?」
佑助の父親は、刀を持って立ち尽くす茜の父親のもとに歩いていく。
「おい! おまえがやったのかと聞いているんだ……!」
佑助の父親は、茜の父親の刀を持つ手を掴むと、声を荒げた。
「だ、旦那様、危険です! 離れてください……!」
「そ、そうです……! 正気ではないように見えます……! 危険です!」
父親が動き出したたことをきっかけに、奉公人たちが慌てた様子で動き出す。
(これは一体……。それより……茜が……。こんなことをしてる場合じゃ……)
佑助は小屋に視線を移す。
炎に包まれた小屋は、今にも崩れ落ちてしまいそうだった。
(早くしないと……茜が……茜が死んでしまう……!)
佑助は気がつくと駆け出し、再び父親に縋りついていた。
「父上! こんなことをしている場合では……! 茜を! 茜を助けてください!」
父親は一瞬、佑助を見て何か言いかけたが、すぐに茜の父親に視線を戻した。
(父上……!)
佑助は奥歯を噛みしめると、奉公人に向かって叫んだ。
「誰か……火を! 火を消して!! 茜を……! 茜を助けないと!!」
佑助の言葉に、奉公人たちがハッとして佑助の方を見た次の瞬間、女の悲痛な叫び声が辺りに響いた。
「あぁああああああああ」
佑助が驚いて視線を向けると、誰かが小屋に向かって走ってきていた。
「茜!! そこにいるの!? ……茜!!」
燃え盛る小屋に向かっていく女を、奉公人たちが止めた。
「茜!! 嫌よ……こんなの……茜!! 茜!! 離して!! 茜を助けないと……!!」
女の金切り声が辺りに響く。
佑助は叫び出しそうだった。
錯乱した茜の母親が飛び込んでも、茜を助けられるとは思えなかった。
それどころか母親を押さえることに人手を取られ、誰も消火にさえ動けていなかった。
(とにかく、早く火を……! 僕も水を……)
『それならおまえが助ければいいだろ?』
ふいに頭の中で声が聞こえた気がした。
『おまえが炎の中に飛び込んで助ければいい』
(そう……僕が……)
佑助は燃え盛る小屋に目を向けた。
小屋から吹きつける風は熱く、その熱風だけで汗が吹き出した。
佑助の足がかすかに震え始める。
佑助は動くことができなかった。
『どうした? 飛び込めよ。それとも自分の命の方が大切か?』
その声は小屋の前に転がった首から聞こえてくるようでもあった。
(違う……。僕は……)
佑助の瞳が揺れ、頬を汗が伝う。
鼓動の音だけがやけに大きく耳に響いた。
『ほら、助ける気なんてないんじゃないか』
(違う……僕ひとりじゃ助けられないから……)
佑助は強く目を閉じると、もつれる足で父親に駆け寄りもう一度縋りつく。
(そう……僕ひとりじゃどうにもできないんだ……。だから……)
「ち、父上……、お願いです……。茜を……」
佑助はそう口にしながら、父親の顔を見上げる。
その瞬間、佑助は目を見開いた。
佑助の父親は笑っていた。
嘲るように歪んだその顔は、今までに見たことがないほどひどく醜かった。
佑助は思わず後ずさる。
(これは……誰だ……?)
呼吸が浅くなり、視界が霞んでいく。
佑助の父親は厳しい人だった。
よく笑う方でも、よく話す方でもなかった。
ただ、温かい人だとは感じていた。
茜が死にそうなときに嘲り笑う人間ではないはずだった。
佑助の様子に気づいた父親が、慌てた様子で佑助の腕を掴もうとした。
佑助は反射的にその手を振り払う。
耳を覆いたくなるような女の金切り声が、辺りに響いていた。
(僕が生きてきた世界は……こんな世界だった……?)
炎が揺らめき、無数の人々の影が足元から伸びていた。
転がる首、嘲り笑うように揺れる影たち、広がる血の海。
(そうか……、僕は……地獄に落ちたのか……)
次の瞬間、音を立てて小屋が崩れ落ちた。
小屋はただの瓦礫の山となり、そこに生きた人の気配はなかった。
佑助の目から涙が零れ落ちる。
(地獄に落ちたんだ……。茜を……見殺しにしたから……)
佑助は唇を噛んだ。
(そうだ……最初から……僕が飛び込むべきだったんだ……。それなのに僕は……僕は……)
佑助はその場に崩れ落ちた。
小屋の前に転がった男の首が、こちらを見て笑っているようだった。
佑助は思わず顔を覆ったが、佑助の目にはこの光景が焼きついて離れなかった。
見知らぬ男が隠れていたことに、佑助をはじめ屋敷の皆が息を飲んだ。
(あれは……誰……? いや、今はそんなことを考えてる場合じゃ……)
佑助が小屋に視線を戻そうとしたとき、見知らぬ男の声が辺りに響く。
「これは、違うんです……! 私は旦那様のご言いつけの通りに! これは……」
(え……? それはどういう……)
男の言葉に、佑助が目を見張った次の瞬間、茜の父親の唸り声とともに男の首が裂け、血しぶきが上がった。
佑助は目を見開く。
茜の父親は、首が裂けて倒れていく男の首に何度も刀を振り下ろしていた。
返り血で、茜の父親の全身が真っ赤に濡れていく。
(何が……何が起こって……)
佑助は強く目を閉じた。
目の前で起こっていることが本当に現実なのか、佑助にはわからなくなっていた。
気がつくと、男の頭はちぎれ、燃え盛る小屋の前に転がっていた。
佑助の隣で、父親も息を飲んでいるのがわかった。
(一体これは…………)
あまりに非現実的な光景に、佑助は動くことができずにいた。
呆然としていた佑助の隣で、父親がゆっくりと動き出す。
「この火事は……おまえがやったのか……?」
佑助の父親は、刀を持って立ち尽くす茜の父親のもとに歩いていく。
「おい! おまえがやったのかと聞いているんだ……!」
佑助の父親は、茜の父親の刀を持つ手を掴むと、声を荒げた。
「だ、旦那様、危険です! 離れてください……!」
「そ、そうです……! 正気ではないように見えます……! 危険です!」
父親が動き出したたことをきっかけに、奉公人たちが慌てた様子で動き出す。
(これは一体……。それより……茜が……。こんなことをしてる場合じゃ……)
佑助は小屋に視線を移す。
炎に包まれた小屋は、今にも崩れ落ちてしまいそうだった。
(早くしないと……茜が……茜が死んでしまう……!)
佑助は気がつくと駆け出し、再び父親に縋りついていた。
「父上! こんなことをしている場合では……! 茜を! 茜を助けてください!」
父親は一瞬、佑助を見て何か言いかけたが、すぐに茜の父親に視線を戻した。
(父上……!)
佑助は奥歯を噛みしめると、奉公人に向かって叫んだ。
「誰か……火を! 火を消して!! 茜を……! 茜を助けないと!!」
佑助の言葉に、奉公人たちがハッとして佑助の方を見た次の瞬間、女の悲痛な叫び声が辺りに響いた。
「あぁああああああああ」
佑助が驚いて視線を向けると、誰かが小屋に向かって走ってきていた。
「茜!! そこにいるの!? ……茜!!」
燃え盛る小屋に向かっていく女を、奉公人たちが止めた。
「茜!! 嫌よ……こんなの……茜!! 茜!! 離して!! 茜を助けないと……!!」
女の金切り声が辺りに響く。
佑助は叫び出しそうだった。
錯乱した茜の母親が飛び込んでも、茜を助けられるとは思えなかった。
それどころか母親を押さえることに人手を取られ、誰も消火にさえ動けていなかった。
(とにかく、早く火を……! 僕も水を……)
『それならおまえが助ければいいだろ?』
ふいに頭の中で声が聞こえた気がした。
『おまえが炎の中に飛び込んで助ければいい』
(そう……僕が……)
佑助は燃え盛る小屋に目を向けた。
小屋から吹きつける風は熱く、その熱風だけで汗が吹き出した。
佑助の足がかすかに震え始める。
佑助は動くことができなかった。
『どうした? 飛び込めよ。それとも自分の命の方が大切か?』
その声は小屋の前に転がった首から聞こえてくるようでもあった。
(違う……。僕は……)
佑助の瞳が揺れ、頬を汗が伝う。
鼓動の音だけがやけに大きく耳に響いた。
『ほら、助ける気なんてないんじゃないか』
(違う……僕ひとりじゃ助けられないから……)
佑助は強く目を閉じると、もつれる足で父親に駆け寄りもう一度縋りつく。
(そう……僕ひとりじゃどうにもできないんだ……。だから……)
「ち、父上……、お願いです……。茜を……」
佑助はそう口にしながら、父親の顔を見上げる。
その瞬間、佑助は目を見開いた。
佑助の父親は笑っていた。
嘲るように歪んだその顔は、今までに見たことがないほどひどく醜かった。
佑助は思わず後ずさる。
(これは……誰だ……?)
呼吸が浅くなり、視界が霞んでいく。
佑助の父親は厳しい人だった。
よく笑う方でも、よく話す方でもなかった。
ただ、温かい人だとは感じていた。
茜が死にそうなときに嘲り笑う人間ではないはずだった。
佑助の様子に気づいた父親が、慌てた様子で佑助の腕を掴もうとした。
佑助は反射的にその手を振り払う。
耳を覆いたくなるような女の金切り声が、辺りに響いていた。
(僕が生きてきた世界は……こんな世界だった……?)
炎が揺らめき、無数の人々の影が足元から伸びていた。
転がる首、嘲り笑うように揺れる影たち、広がる血の海。
(そうか……、僕は……地獄に落ちたのか……)
次の瞬間、音を立てて小屋が崩れ落ちた。
小屋はただの瓦礫の山となり、そこに生きた人の気配はなかった。
佑助の目から涙が零れ落ちる。
(地獄に落ちたんだ……。茜を……見殺しにしたから……)
佑助は唇を噛んだ。
(そうだ……最初から……僕が飛び込むべきだったんだ……。それなのに僕は……僕は……)
佑助はその場に崩れ落ちた。
小屋の前に転がった男の首が、こちらを見て笑っているようだった。
佑助は思わず顔を覆ったが、佑助の目にはこの光景が焼きついて離れなかった。