(そろそろ戻らないと茜が怒りそうだな……)
 佑助は、父親の横で客の話に相づちを打ちながら、引きっつった笑顔を浮かべていた。

 突然の来客を見に屋敷に戻った佑助は、すぐに父親に見つかり客の相手をするようにと座敷に連れて行かれた。
 やはり予定になかった来客のようで、奉公人は皆せわしくなく屋敷を行ったり来たりしている。

(茜はどうして客が来るって知っていたんだろう……)
 佑助は相づちを打ちながら、少しだけ目を伏せた。

「それにしても、こんな立派な跡取りがいらっしゃるなら、この家も安泰ですな!」
 客のひとりが、佑助を見ながら豪快に笑った。
「いえいえ、家のことなどまだ何も……」
 父親が苦笑しながら、佑助の方を見る。
「絵ばかり書いていないで、私の手伝いもしてほしいところなのですが……」
 父親の言葉に、佑助は苦笑いするしかなかった。

(一体……この人たちは何をしに来たんだろう……)
 座敷で話し始めて随分経ったが、いまだに屋敷に来た目的がわからなかった。
 父親も同じように不思議に思っているのか、何度も要件について尋ねていたが、明確な答えは返ってきていなかった。
(そろそろ解放してほしいけど……茜が来てるってここで言うわけにもな……)
 佑助は父親の顔をチラチラと見たが、父親は佑助の視線をあえて無視しているようだった。
(どうしよう……)

 そのとき、誰かがバタバタと廊下を走る音が響いた。
「だ、旦那様……!」
 奉公人の声が響き、返事を待たずに勢いよく襖が開いた。
「た、大変でございます……!」
 奉公人はそう言って父親を見た後、隣にいる佑助を見て、目を見開いた。
 次の瞬間、奉公人の顔に安堵の表情が浮かぶ。
「あ……失礼しました……。庭で小屋が燃えておりまして……その……佑助様が中にいらっしゃると思ったものですから……」
 奉公人は、来客中に断りもなく座敷に入ったことを詫びた。
「佑助様はこちらにいらっしゃったのですね……。よかった……」
 奉公人はそれだけ言うと、深々と頭を下げた。

(小屋が……燃えている……?)
 佑助は目を見開く。
 奉公人の言葉は、途中から佑助の耳には届いていなかった。
(小屋が……? そんな……あそこには今、茜が……!)

 佑助は気がつくと立ち上がり、小屋に向かって走り出していた。

「お、おい! 佑助……!」
 父親の声がかすかに聞こえた気がしたが、佑助には気にしている余裕がなかった。
(火が……? 茜はまだ中に……!? いや、きっともう茜なら逃げてるはず……)

 小屋に近づくほど、何かが燃えたような臭いが強くなっていく。
(茜は賢いし、小屋が燃えてるのに中でじっとしているはずない……。中にいるはずが……)

 屋敷を出ると佑助の視線の先に、燃え盛る炎の塊があった。
 火はすでに小屋全体を飲み込み、大きな火の塊と化している。
 佑助の想像より火の勢いはずっと強かった。

(逃げて……いるよね……?)
 佑助は辺りを見回した。
「茜……?」
 佑助は震える声で呼びかけた。
「あ……かね……。茜……!」
 佑助は声を張り上げたが、その声に応える者はなかった。

(どこにいるの、茜……。ここだって……、火事なんてびっくりしちゃったって……。そう言って出てきてよ……)
「茜!!」
 佑助の顔から血の気が引いていく。
(まさか……逃げて……ないの……?)

「佑助! 一体どうしたんだ……」
 そのとき、佑助のことを追ってきた父親と奉公人が、庭に姿を現した。
「これはひどいな……。とにかく土と水をかけて消火を……」
 父親はすぐに奉公人たちに指示を出したが、その言葉は佑助の耳には届いていなかった。

「そんな……! 茜……、茜が……中にいるのに……!」
 佑助はその場に崩れ落ちる。
 佑助の言葉に、父親と奉公人たちが目を見開いた。
「茜が……? ど、どうして茜が!?」
 父親は奉公人たちを見た。
 奉公人たちは目を見開いたまま、慌てて首を横に振る。
「そ、そんな……。きょ、今日は来ていなかったはず……」

 父親に気づいた佑助は、もつれる足で父親に駆け寄り、足元に縋りついた。
「父上!! 茜を! 茜を助けてください!」
 目を見開いた父親は、ゆっくりと視線を小屋に向けた。

 中にいるとすれば、もう手遅れなことは誰の目にも明らかだった。
 父親は何も言わず、静かに目を閉じた。
「父上!! お願いです!!」

 そのとき、小屋に向かって来る人影があった。
 真っすぐにこちらにやってきたのは、青白い顔をした茜の父親だった。