小屋に辿り着いた茜は、静かに戸を開けた。
小屋の中に光が差し込み、佑助が驚いた顔で振り返る。
いつもと変わらない佑助の姿を見て、茜はホッとして息を吐いた。
茜はゆっくりと戸を閉めると佑助に近づいた。
「茜……、手紙読んだよ……」
佑助が茜を気遣うように言った。
「ここに来られたってことは、永世様のところにはもう行けたの? 出家されたって僕も聞いたけど……」
叡正は屋敷での事件があった翌日には、責任を取るかたちで出家していた。
奉公人たちの噂話でそのことを知った茜は、叡正のところに行くために力を貸してほしいと佑助に手紙を送っていた。
(そう……早く伝えないといけないのよ……。だって……そこは……)
茜はギュッと拳を握りしめた。
「突然だけど今日、佑助のお父様にお会いできるかしら?」
茜は、佑助の質問には答えずに早口で聞いた。
佑助は目を見開く。
「え!? 今日!? ど、どうだろう……父上は屋敷にいるみたいだけど……」
「あ、そうよね……。この後、来客があるって門番をしていた奉公人が言っていたわ……」
茜は奉公人の言葉を思い出して目を伏せた。
「来客? いや……今日、来客の予定は……」
佑助は不思議そうに首を傾げたが、茜はその言葉を遮るように口を開く。
「難しいのはわかっているんだけど、今日を逃したらもう当分は来られないと思うから……。せめてこの名簿だけでも渡せたらと思って……」
茜は持ってきた名簿を懐から取り出した。
「名簿? 渡すくらいならすぐできると思うけど……」
佑助がそう言いかけたとき、小屋の外が急に騒がしくなった。
たくさんの人々の話し声と奉公人たちがバタバタと足早に行き交う音が聞こえる。
「ああ、お客様が到着されたんじゃないかしら?」
茜は外の音に耳を傾けながら言った。
「え……?」
佑助は困惑した表情を浮かべる。
「今日、来客の予定は……。ごめん、ちょっと屋敷の方を覗いてきてもいいかな? すぐ戻るから」
「ええ、お客様にご挨拶はした方がいいと思うから行ってきて。私はここで待ってるから」
茜はそう言うとにっこりと微笑んだ。
「挨拶は別に……。でも、ちょっと行ってくるね。本当にすぐ戻るから!」
佑助はそれだけ言うと、戸を開けて小屋の外に出ていった。
(お客様がたくさんいらっしゃってるみたいだから、しばらくは戻ってこないかもしれないわね……)
茜は、時間を潰すため薄暗い小屋の中を見て回った。
(今日はいつもより絵具の匂いがする……。何か描いてたのかしら……)
佑助がいつも絵を描いているためか、小屋はいつ来ても独特の匂いがしていた。
決していい匂いではないが、茜はその匂いが不思議と嫌ではなかった。
(久しぶりに佑助の絵が見たいな……)
茜はゆっくりと小屋の奥に足を向けると、棚の奥の方に置かれていた箱を取り出す。
佑助は隠しているようだったが、茜は絵がどこに保管されているか、しっかりと把握していた。
(さぁ、最近はどんな絵を……)
茜は箱を開けて紙の束を取り出して見ようとした。
その瞬間、茜は眩暈を覚え、紙の束を落とした。
(何これ……。気持ち悪い……)
茜は思わず目を閉じて、口元を手で覆った。
吐き気と同時に全身から冷や汗が吹き出すのがわかった。
(何……? 何か悪いものでも食べたかしら……? 屋敷を出る前に何を食べたんだっけ……)
茜は体を支えることができなくなり、その場に倒れ込んだ。
体が冷えていく感覚があり、指先がうまく動かせなかった。
(マズい……。このままじゃ……)
茜は背中を丸めて吐き気に耐えようとしたが、症状が治まることはなかった。
「佑……助……」
茜は薄く目を開けて佑助の名を呼んだ。
(佑助……)
小屋の戸に視線を向けたところで、なんとか開けていた瞼は落ち、茜は意識を失った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
(たぶん……ここだよな……)
奉公人は小屋を探していた。
大勢の来客があったことで、客に紛れて屋敷に侵入するのは思っていたより簡単だった。
奉公人は辺りを確認する。
皆、突然やってきた客たちに気を取られ、今、小屋の周りには誰もいなかった。
(この小屋に火をつければ、俺の役目は終わり……でいいんだよな……)
奉公人は小屋を見つめる。
(本当に中には誰もいないよな……)
この屋敷の息子が小屋を出たことは奉公人も確認していたが、万が一ほかの誰かがいれば大変なことになる。
(念のため、小屋の中を確認しておくか……)
奉公人は小屋の戸の方に回り込み、ゆっくりと小屋の戸に手を掛けた。
その瞬間、誰かが奉公人の肩を叩く。
「ひっ……!」
奉公人は思わず飛びのき、慌てて振り返った。
そこには自分と同じような身なりの男が立っていた。
男はにっこりと笑うと、人差し指を立て唇に当てた。
「ご安心ください。私は味方です」
「み……かた?」
「はい。中にはもう誰もおりません。安心して計画を実行してください」
男はそう言うと微笑んだ。
(あ……、協力者がいたのか……)
奉公人はホッと胸をなでおろした。
「ああ、ありがとう……ございます。では、計画通りに……」
「ええ、頑張ってください。私は持ち場に戻りますので……」
男はそう言うと、笑顔でその場を去っていった。
(もう……確認済みだったのか……)
奉公人は息を吐くと、小屋の戸から離れた。
人目につきにくい位置まで移動すると、奉公人は計画通りに小屋に火を点けた。
(さぁ、後は途中で火が消されないよう物陰から見ていればいいかな……)
奉公人は、男の言葉を疑いもしていなかった。
小屋の中に茜がいることなど、奉公人には想像すらできなかった。
小屋の中に光が差し込み、佑助が驚いた顔で振り返る。
いつもと変わらない佑助の姿を見て、茜はホッとして息を吐いた。
茜はゆっくりと戸を閉めると佑助に近づいた。
「茜……、手紙読んだよ……」
佑助が茜を気遣うように言った。
「ここに来られたってことは、永世様のところにはもう行けたの? 出家されたって僕も聞いたけど……」
叡正は屋敷での事件があった翌日には、責任を取るかたちで出家していた。
奉公人たちの噂話でそのことを知った茜は、叡正のところに行くために力を貸してほしいと佑助に手紙を送っていた。
(そう……早く伝えないといけないのよ……。だって……そこは……)
茜はギュッと拳を握りしめた。
「突然だけど今日、佑助のお父様にお会いできるかしら?」
茜は、佑助の質問には答えずに早口で聞いた。
佑助は目を見開く。
「え!? 今日!? ど、どうだろう……父上は屋敷にいるみたいだけど……」
「あ、そうよね……。この後、来客があるって門番をしていた奉公人が言っていたわ……」
茜は奉公人の言葉を思い出して目を伏せた。
「来客? いや……今日、来客の予定は……」
佑助は不思議そうに首を傾げたが、茜はその言葉を遮るように口を開く。
「難しいのはわかっているんだけど、今日を逃したらもう当分は来られないと思うから……。せめてこの名簿だけでも渡せたらと思って……」
茜は持ってきた名簿を懐から取り出した。
「名簿? 渡すくらいならすぐできると思うけど……」
佑助がそう言いかけたとき、小屋の外が急に騒がしくなった。
たくさんの人々の話し声と奉公人たちがバタバタと足早に行き交う音が聞こえる。
「ああ、お客様が到着されたんじゃないかしら?」
茜は外の音に耳を傾けながら言った。
「え……?」
佑助は困惑した表情を浮かべる。
「今日、来客の予定は……。ごめん、ちょっと屋敷の方を覗いてきてもいいかな? すぐ戻るから」
「ええ、お客様にご挨拶はした方がいいと思うから行ってきて。私はここで待ってるから」
茜はそう言うとにっこりと微笑んだ。
「挨拶は別に……。でも、ちょっと行ってくるね。本当にすぐ戻るから!」
佑助はそれだけ言うと、戸を開けて小屋の外に出ていった。
(お客様がたくさんいらっしゃってるみたいだから、しばらくは戻ってこないかもしれないわね……)
茜は、時間を潰すため薄暗い小屋の中を見て回った。
(今日はいつもより絵具の匂いがする……。何か描いてたのかしら……)
佑助がいつも絵を描いているためか、小屋はいつ来ても独特の匂いがしていた。
決していい匂いではないが、茜はその匂いが不思議と嫌ではなかった。
(久しぶりに佑助の絵が見たいな……)
茜はゆっくりと小屋の奥に足を向けると、棚の奥の方に置かれていた箱を取り出す。
佑助は隠しているようだったが、茜は絵がどこに保管されているか、しっかりと把握していた。
(さぁ、最近はどんな絵を……)
茜は箱を開けて紙の束を取り出して見ようとした。
その瞬間、茜は眩暈を覚え、紙の束を落とした。
(何これ……。気持ち悪い……)
茜は思わず目を閉じて、口元を手で覆った。
吐き気と同時に全身から冷や汗が吹き出すのがわかった。
(何……? 何か悪いものでも食べたかしら……? 屋敷を出る前に何を食べたんだっけ……)
茜は体を支えることができなくなり、その場に倒れ込んだ。
体が冷えていく感覚があり、指先がうまく動かせなかった。
(マズい……。このままじゃ……)
茜は背中を丸めて吐き気に耐えようとしたが、症状が治まることはなかった。
「佑……助……」
茜は薄く目を開けて佑助の名を呼んだ。
(佑助……)
小屋の戸に視線を向けたところで、なんとか開けていた瞼は落ち、茜は意識を失った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
(たぶん……ここだよな……)
奉公人は小屋を探していた。
大勢の来客があったことで、客に紛れて屋敷に侵入するのは思っていたより簡単だった。
奉公人は辺りを確認する。
皆、突然やってきた客たちに気を取られ、今、小屋の周りには誰もいなかった。
(この小屋に火をつければ、俺の役目は終わり……でいいんだよな……)
奉公人は小屋を見つめる。
(本当に中には誰もいないよな……)
この屋敷の息子が小屋を出たことは奉公人も確認していたが、万が一ほかの誰かがいれば大変なことになる。
(念のため、小屋の中を確認しておくか……)
奉公人は小屋の戸の方に回り込み、ゆっくりと小屋の戸に手を掛けた。
その瞬間、誰かが奉公人の肩を叩く。
「ひっ……!」
奉公人は思わず飛びのき、慌てて振り返った。
そこには自分と同じような身なりの男が立っていた。
男はにっこりと笑うと、人差し指を立て唇に当てた。
「ご安心ください。私は味方です」
「み……かた?」
「はい。中にはもう誰もおりません。安心して計画を実行してください」
男はそう言うと微笑んだ。
(あ……、協力者がいたのか……)
奉公人はホッと胸をなでおろした。
「ああ、ありがとう……ございます。では、計画通りに……」
「ええ、頑張ってください。私は持ち場に戻りますので……」
男はそう言うと、笑顔でその場を去っていった。
(もう……確認済みだったのか……)
奉公人は息を吐くと、小屋の戸から離れた。
人目につきにくい位置まで移動すると、奉公人は計画通りに小屋に火を点けた。
(さぁ、後は途中で火が消されないよう物陰から見ていればいいかな……)
奉公人は、男の言葉を疑いもしていなかった。
小屋の中に茜がいることなど、奉公人には想像すらできなかった。