急いで屋敷に戻った茜は、すぐに父親の部屋に向かった。
日はすっかり沈み、屋敷の廊下は仄かな灯りがあるだけでひどく薄暗かった。
茜は父親の部屋の前に立つと、ゆっくりと息を吐いた。
「お父様……。茜です……」
茜は襖に片手を当て、中に向かって声を掛ける。
「……どうした?」
襖の向こうから、少しかすれた父親の声が聞こえた。
「入っても、よろしいですか?」
しばらく沈黙が続いた後、襖の向こうから小さな返事があった。
茜はゆっくりと襖を開ける。
父親は茜に背中を向けるように座り、机に向かって何か書き物をしているようだった。
灯りは点いていたが、父親の部屋は廊下よりもさらに暗く感じられた。
「お父様……」
茜は父親の背中に声を掛ける。
「……どうした?」
父親は茜に背中を向けたまま聞いた。
「何か急ぎの用か……? 悪いが少し立て込んでいて……」
「お父様が……やったのですか……?」
茜の言葉に、父親は動きを止める。
「……何の話だ……?」
父親は振り向かなかった。
「橋本様の件です……。お父様たちが……やったのですか……?」
茜は、声の震えを抑えることができなかった。
「何を言っている……」
「お父様たちが計画していたのは、これだったんでしょう……!?」
茜は込み上げるものを抑えきれず、自然と強い口調になった。
「どうして……! どうしてこんな酷いことを……!?」
父親は少しだけ振り返ると茜を見た。
「……忘れろと……言ったはずだ……」
父親はゆっくりと立ち上がり、茜の方に足を向けた。
近づくにつれて灯りに照らし出される父親の顔は、ひどく苦しげだった。
「忘れられるわけがないではありませんか……! 橋本様が何をしたと言うのですか……!? こんなことをされるような、何か罪を犯したのですか!?」
茜が言葉に、父親は静かに視線をそらした。
茜には、それが父親の答えに見えた。
「何の罪もないのに……こんなことをなさったのですか……? どうして、そんな……!」
「私たちが……直接何かしたわけではない……」
父親は絞り出すようにそう言うと、茜の両肩を掴んだ。
「いいか……! これはずっと前から決まっていたことなんだ……。私が知るよりも、おまえが生まれるよりもずっと以前から……決まっていたことだ……。ここまでのことになるとは思わなかったが……。仮に私が何かしたとしても……橋本家が崩壊することは……変えられなかっただろう……。だから……」
父親はそこまで言うと静かに目を閉じた。
茜の肩を掴む手は、かすかに震えていた。
「……それは、どういう意味なのですか……?」
茜は父親の手に、そっと自分の手を重ねた。
「教えてください……。一体何が……」
「忘れろ」
父親は目を開けると、真っすぐに茜を見た。
「忘れるんだ、すべて! 起こったことは変えられない。おまえは、これからのことを考えて生きるんだ」
「しかし……!」
父親はそれだけ言うと、茜の肩から手を放し、茜に背中を向けた。
「さぁ、もう部屋に戻るんだ……。立て込んでいると言っただろう?」
父親はそう言うと、机の方へ戻り腰を下ろした。
茜は静かに目を閉じた。
「また今度……お話しをさせてください……。今日は……これで失礼いたします……」
茜はそれだけ言うと、足早に部屋を後にした。
そのとき、廊下で二人のやりとりをじっと聞いていた者がいた。
しかし、茜も父親も、その存在に気づくことはなかった。
日はすっかり沈み、屋敷の廊下は仄かな灯りがあるだけでひどく薄暗かった。
茜は父親の部屋の前に立つと、ゆっくりと息を吐いた。
「お父様……。茜です……」
茜は襖に片手を当て、中に向かって声を掛ける。
「……どうした?」
襖の向こうから、少しかすれた父親の声が聞こえた。
「入っても、よろしいですか?」
しばらく沈黙が続いた後、襖の向こうから小さな返事があった。
茜はゆっくりと襖を開ける。
父親は茜に背中を向けるように座り、机に向かって何か書き物をしているようだった。
灯りは点いていたが、父親の部屋は廊下よりもさらに暗く感じられた。
「お父様……」
茜は父親の背中に声を掛ける。
「……どうした?」
父親は茜に背中を向けたまま聞いた。
「何か急ぎの用か……? 悪いが少し立て込んでいて……」
「お父様が……やったのですか……?」
茜の言葉に、父親は動きを止める。
「……何の話だ……?」
父親は振り向かなかった。
「橋本様の件です……。お父様たちが……やったのですか……?」
茜は、声の震えを抑えることができなかった。
「何を言っている……」
「お父様たちが計画していたのは、これだったんでしょう……!?」
茜は込み上げるものを抑えきれず、自然と強い口調になった。
「どうして……! どうしてこんな酷いことを……!?」
父親は少しだけ振り返ると茜を見た。
「……忘れろと……言ったはずだ……」
父親はゆっくりと立ち上がり、茜の方に足を向けた。
近づくにつれて灯りに照らし出される父親の顔は、ひどく苦しげだった。
「忘れられるわけがないではありませんか……! 橋本様が何をしたと言うのですか……!? こんなことをされるような、何か罪を犯したのですか!?」
茜が言葉に、父親は静かに視線をそらした。
茜には、それが父親の答えに見えた。
「何の罪もないのに……こんなことをなさったのですか……? どうして、そんな……!」
「私たちが……直接何かしたわけではない……」
父親は絞り出すようにそう言うと、茜の両肩を掴んだ。
「いいか……! これはずっと前から決まっていたことなんだ……。私が知るよりも、おまえが生まれるよりもずっと以前から……決まっていたことだ……。ここまでのことになるとは思わなかったが……。仮に私が何かしたとしても……橋本家が崩壊することは……変えられなかっただろう……。だから……」
父親はそこまで言うと静かに目を閉じた。
茜の肩を掴む手は、かすかに震えていた。
「……それは、どういう意味なのですか……?」
茜は父親の手に、そっと自分の手を重ねた。
「教えてください……。一体何が……」
「忘れろ」
父親は目を開けると、真っすぐに茜を見た。
「忘れるんだ、すべて! 起こったことは変えられない。おまえは、これからのことを考えて生きるんだ」
「しかし……!」
父親はそれだけ言うと、茜の肩から手を放し、茜に背中を向けた。
「さぁ、もう部屋に戻るんだ……。立て込んでいると言っただろう?」
父親はそう言うと、机の方へ戻り腰を下ろした。
茜は静かに目を閉じた。
「また今度……お話しをさせてください……。今日は……これで失礼いたします……」
茜はそれだけ言うと、足早に部屋を後にした。
そのとき、廊下で二人のやりとりをじっと聞いていた者がいた。
しかし、茜も父親も、その存在に気づくことはなかった。