「いってらっしゃい。気をつけて」
 百合は、なるべく平静を装いながら信を送り出した。
 小屋の戸が閉まり、ひとりになった部屋で百合は小さく息を吐く。

 ふいに昨日藤吉と話したことが頭に浮かび、百合は静かにうつむいた。
「ごめんなさい……」
 百合はこぶしを握りしめる。
「これ以上引き延ばしたら……もっと生きたくなってしまうから……」

 百合の心はすでに決まっていた。
「本当に……ごめんなさい……」
 百合はかすれた声で呟いた。
 百合は布団の下に隠してあった薬包紙を取り出す。
 それは、足を切り落とした後、足が痛むたびにもらっていた朝鮮朝顔の粉末だった。
 痛みを和らげるというその薬を、百合は飲まずにすべて布団の下に隠していた。
「これだけの量があれば……間違いなく死ねるはず……」

 この薬は足を切断する前に飲んだものと同じだと医者から言われていた。
(毒性が強いって話していたもの……)
 足を切断する直前、百合は部屋の外で藤吉と医者がしていた会話を聞いていた。

 百合はもう一度ゆっくりと息を吐く。
「一緒に……か……」
 百合は藤吉の言葉を反芻した。
 百合は込み上げてきた涙を堪えるため、きつく目を閉じた。
「私には……そんな未来……眩しすぎます……」
 百合の頬を涙が伝う。
(わかってる……。私はきっとまた足手まといになる……。藤吉さんが、逃げ切ることすら……できなくなるかもしれない……)
「そうなったら……今度こそ私は……自分を許せない……」

 百合は涙を拭うと目を開けた。
「信……、遅くなってごめんね……。私はもう十分生きたから……今度はあなたが自分の人生を生きて……」
 百合は胸元の十字架を握りしめた。
「あなたの罪は全部私のせいだから……。だから、罪はすべて……私が地獄に持っていく」
 百合の瞳は何も映してはいなかったが、その目には強い意志が宿っていた。

 百合は静かに目を閉じると、薬包紙の薬をひとつずつ飲み始めた。
 すべての薬を飲み終えると、百合はゆっくりと布団に横たわる。

(これですべて終わるのね……)
 そのとき、百合の頭の中で藤吉の低く穏やかな声が響いた。
 胸が熱くなり、再び涙が込み上げる。
(最後まで泣くなんて……)
 百合は思わず苦笑した。
 百合は目尻の涙を拭い、涙を拭った手を胸の上に置いた。

「本当は……藤吉さんがどんな顔をしているかなんてわかっていたの……」
 百合は小さく微笑んだ。
「あんなに触っていたのは……ただ藤吉さんに触れたかっただけ……なんて言ったら、また痴女だって怒られてしまうわね……」
 百合は大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐いた。
 しだいに体が重くなっているのを百合は感じていた。

「ありがとう……藤吉さん……。あなたがいたから……私は生きてこられた……。……生きていたいと思えたの。フフ……また涙が……」
 百合の涙が目尻からこぼれ、耳を濡らす。
「また……会えるかしら……。うん……会えるわ……きっと。廻り巡って……きっと、いつかどこかで……」
 百合は急激な眠気に襲われた。

「また……会えたら……今度は私が……あなたを……」
 唇がかすかに動き、百合の涙が布団を濡らす。
 わずかに笑みを浮かべたまま、百合は静かに意識を手放した。