翌日、藤吉は百合が休んでいる部屋を訪れた。
部屋は昨日の騒ぎが嘘のように静かで、百合以外ほかには誰もいなかった。
藤吉は部屋に入ると、百合を見つめた。
(熱がありそうだな……)
百合は眠っていたが、その顔は赤くどこか息苦しそうだった。
藤吉は百合の枕元に腰を下ろす。
(医者は大丈夫だと言っていたが……)
部屋を訪れる前に、藤吉は足の切断を行った医者に話しを聞いてきていた。
百合の足は問題なく処置できたと言っていたが、藤吉はその言葉だけでは安心できなかった。
(この熱は大丈夫なのか……?)
藤吉は手を伸ばし、百合の顔に張りついた髪をそっとよけると額に手を当てた。
百合の瞼がわずかに動く。
(あ、起こしたか……?)
「藤吉さん……ですか……?」
百合がかすれた声で言った。
藤吉は目を見張る。
「よくわかったな……」
今回、百合は藤吉の足音も聞いていないはずだった。
「あ、はい……匂いで……」
百合はわずかに微笑んだ。
藤吉は言葉を失う。
「俺……そんなに臭かったか……?」
藤吉はなんとなく気まずくなり、百合に触れていた手をどけた。
「あ、いえ……そういう意味ではなくて……!」
百合は慌てた様子で口を開く。
「ツツジの香りも……かすかにしたので……」
「ああ、そうか……」
藤吉は苦笑した。
(ツツジの香りもってことは、俺自身の臭いもしたってことか……)
藤吉は小さくため息をつくと、百合を見つめた。
百合は微笑みこそ浮かべていたが、やはりどこか苦しそうだった。
「大丈夫か? 苦しいならちゃんと言えよ? 医者を呼んでくるから」
「はい、ありがとう……ございます。でも、大丈夫です……」
百合は柔らかく微笑んだ。
「無理してもいいことはねぇぞ」
「本当に……今は大丈夫ですから……」
百合はそう言うと、悲しげに微笑んだ。
「昨日も……来てくださっていましたよね……あの……足を切ったときも……」
「ああ……」
藤吉は思わず目を伏せた。
百合の悲痛な叫びは、藤吉の耳にずっと残っていた。
「見苦しいところをお見せして……申し訳ありません……。それに、あの……叫び過ぎて吐いてしまった気がしますし……その……汚くてすみません……」
百合は消え入りそうな声で言った。
「そんなこと気にするな……。それに別に汚くねぇよ」
藤吉はそう言うと、百合を見つめた。
どこにも吐いた形跡はなく、百合も布団も清潔に保たれていた。
(ちゃんと面倒は見てもらえてるんだな……)
「あの……」
百合は申し訳なさそうに言った。
「私の足は……どうなっていますか……?」
百合の言葉に、藤吉はようやく自分が無意識に百合の足を見ないようにしていたことに気づいた。
藤吉はゆっくりと百合の右足に視線を向ける。
本来ふくらはぎの先にあるはずの足が、そこにはなかった。
ふくらはぎには布が巻かれ、血を止めるためか紐できつく縛られていた。
藤吉は思わず足から目をそらした。
「別に……普通に……処置してある……」
藤吉はかすれた声で呟いた。
「普通に……ですか……」
百合は悲しげに微笑む。
「私は……今日ほど見えなくてよかったと思った日はありません……。まだ実感がないので……」
「そうか……」
藤吉は目を伏せた。
「こんな目に遭って……世の中を呪いたくなったか……?」
百合は苦しげな顔をした後、小さく首を横に振った。
百合が微笑むと、その目尻から涙がこぼれた。
「私が呪っているとすれば……それは……お荷物でしかない……私自身です……」
百合は唇を噛みしめる。
目尻からは、とめどなく涙がこぼれ布団を濡らした。
藤吉は何も言うことができなかった。
百合はゆっくりと手を動かし、首から紐で下げていた十字架を握りしめた。
(まだ……神なんて信じてるのか……)
藤吉は小さく息を吐くと、手を伸ばし百合の涙をそっと拭った。
百合はわずかに目を開けると、その目を細めた。
「あの……藤吉さん……ひとつお願いしてもいいですか……?」
「なんだ?」
藤吉は目を伏せる。
(逃がしてくれ……か……?)
「顔……触らせてもらえませんか……?」
百合の言葉に、藤吉は目を丸くした。
「俺の顔か……? 今は別に触る必要ないだろ……? それに、今日は俺汚ねぇから……」
百合は微笑んだ。
「私の方が……汚いと言ったでしょう? 私が汚いから……触られたくないというのであれば……無理にとは言いませんが……」
「……その言い方は卑怯じゃねぇか……?」
「私も……藤吉さんが思うほどいい人間ではないのです」
百合はそう言うと笑った。
藤吉はため息をつく。
「わかったよ……」
藤吉の言葉を聞くと、百合は嬉しそうに両腕をゆっくりと上げた。
藤吉はしぶしぶ百合の手に自分の顔を寄せる。
仰向けの百合が触れやすいように動くと、藤吉は自然と百合に覆いかぶさるような態勢になり、藤吉は気まずさから思わず視線をそらした。
「あ、髭が……。久しぶりの感触です……」
藤吉の様子が見えていない百合は、両手で嬉しそうに藤吉の顔に触れた。
「悪かったな……!」
「ふふ、髭……嫌じゃないですよ……。ただ、手が触れたときも思いましたが……藤吉さん……体が冷たくないですか……?」
百合は心配そうに言った。
藤吉は思わず微笑む。
「何言ってんだ。おまえが熱いんだよ。熱があるんだから、もう休め」
そのとき、百合がゆっくりと目を開けた。
薄茶色の瞳に自分の顔が映り、藤吉は目を見開く。
見えていないとわかっていても、至近距離で見つめられ、藤吉は自分の鼓動が早くなるのを感じた。
「藤吉さん……ありがとうございます……」
百合の瞳には、いつの間にか涙が溢れていた。
(どうして……)
藤吉が困惑していると、百合の手がそっと藤吉の顔から離れた。
「もう……大丈夫です……。ありがとうございます」
百合は静かに目を閉じる。
「あ、ああ……」
藤吉は戸惑いながらも体を起こすと、そっと百合の頭を撫でた。
「ゆっくり休めよ」
「……はい」
百合の返事を聞くと、藤吉は立ち上がり静かに部屋を後にした。
部屋は昨日の騒ぎが嘘のように静かで、百合以外ほかには誰もいなかった。
藤吉は部屋に入ると、百合を見つめた。
(熱がありそうだな……)
百合は眠っていたが、その顔は赤くどこか息苦しそうだった。
藤吉は百合の枕元に腰を下ろす。
(医者は大丈夫だと言っていたが……)
部屋を訪れる前に、藤吉は足の切断を行った医者に話しを聞いてきていた。
百合の足は問題なく処置できたと言っていたが、藤吉はその言葉だけでは安心できなかった。
(この熱は大丈夫なのか……?)
藤吉は手を伸ばし、百合の顔に張りついた髪をそっとよけると額に手を当てた。
百合の瞼がわずかに動く。
(あ、起こしたか……?)
「藤吉さん……ですか……?」
百合がかすれた声で言った。
藤吉は目を見張る。
「よくわかったな……」
今回、百合は藤吉の足音も聞いていないはずだった。
「あ、はい……匂いで……」
百合はわずかに微笑んだ。
藤吉は言葉を失う。
「俺……そんなに臭かったか……?」
藤吉はなんとなく気まずくなり、百合に触れていた手をどけた。
「あ、いえ……そういう意味ではなくて……!」
百合は慌てた様子で口を開く。
「ツツジの香りも……かすかにしたので……」
「ああ、そうか……」
藤吉は苦笑した。
(ツツジの香りもってことは、俺自身の臭いもしたってことか……)
藤吉は小さくため息をつくと、百合を見つめた。
百合は微笑みこそ浮かべていたが、やはりどこか苦しそうだった。
「大丈夫か? 苦しいならちゃんと言えよ? 医者を呼んでくるから」
「はい、ありがとう……ございます。でも、大丈夫です……」
百合は柔らかく微笑んだ。
「無理してもいいことはねぇぞ」
「本当に……今は大丈夫ですから……」
百合はそう言うと、悲しげに微笑んだ。
「昨日も……来てくださっていましたよね……あの……足を切ったときも……」
「ああ……」
藤吉は思わず目を伏せた。
百合の悲痛な叫びは、藤吉の耳にずっと残っていた。
「見苦しいところをお見せして……申し訳ありません……。それに、あの……叫び過ぎて吐いてしまった気がしますし……その……汚くてすみません……」
百合は消え入りそうな声で言った。
「そんなこと気にするな……。それに別に汚くねぇよ」
藤吉はそう言うと、百合を見つめた。
どこにも吐いた形跡はなく、百合も布団も清潔に保たれていた。
(ちゃんと面倒は見てもらえてるんだな……)
「あの……」
百合は申し訳なさそうに言った。
「私の足は……どうなっていますか……?」
百合の言葉に、藤吉はようやく自分が無意識に百合の足を見ないようにしていたことに気づいた。
藤吉はゆっくりと百合の右足に視線を向ける。
本来ふくらはぎの先にあるはずの足が、そこにはなかった。
ふくらはぎには布が巻かれ、血を止めるためか紐できつく縛られていた。
藤吉は思わず足から目をそらした。
「別に……普通に……処置してある……」
藤吉はかすれた声で呟いた。
「普通に……ですか……」
百合は悲しげに微笑む。
「私は……今日ほど見えなくてよかったと思った日はありません……。まだ実感がないので……」
「そうか……」
藤吉は目を伏せた。
「こんな目に遭って……世の中を呪いたくなったか……?」
百合は苦しげな顔をした後、小さく首を横に振った。
百合が微笑むと、その目尻から涙がこぼれた。
「私が呪っているとすれば……それは……お荷物でしかない……私自身です……」
百合は唇を噛みしめる。
目尻からは、とめどなく涙がこぼれ布団を濡らした。
藤吉は何も言うことができなかった。
百合はゆっくりと手を動かし、首から紐で下げていた十字架を握りしめた。
(まだ……神なんて信じてるのか……)
藤吉は小さく息を吐くと、手を伸ばし百合の涙をそっと拭った。
百合はわずかに目を開けると、その目を細めた。
「あの……藤吉さん……ひとつお願いしてもいいですか……?」
「なんだ?」
藤吉は目を伏せる。
(逃がしてくれ……か……?)
「顔……触らせてもらえませんか……?」
百合の言葉に、藤吉は目を丸くした。
「俺の顔か……? 今は別に触る必要ないだろ……? それに、今日は俺汚ねぇから……」
百合は微笑んだ。
「私の方が……汚いと言ったでしょう? 私が汚いから……触られたくないというのであれば……無理にとは言いませんが……」
「……その言い方は卑怯じゃねぇか……?」
「私も……藤吉さんが思うほどいい人間ではないのです」
百合はそう言うと笑った。
藤吉はため息をつく。
「わかったよ……」
藤吉の言葉を聞くと、百合は嬉しそうに両腕をゆっくりと上げた。
藤吉はしぶしぶ百合の手に自分の顔を寄せる。
仰向けの百合が触れやすいように動くと、藤吉は自然と百合に覆いかぶさるような態勢になり、藤吉は気まずさから思わず視線をそらした。
「あ、髭が……。久しぶりの感触です……」
藤吉の様子が見えていない百合は、両手で嬉しそうに藤吉の顔に触れた。
「悪かったな……!」
「ふふ、髭……嫌じゃないですよ……。ただ、手が触れたときも思いましたが……藤吉さん……体が冷たくないですか……?」
百合は心配そうに言った。
藤吉は思わず微笑む。
「何言ってんだ。おまえが熱いんだよ。熱があるんだから、もう休め」
そのとき、百合がゆっくりと目を開けた。
薄茶色の瞳に自分の顔が映り、藤吉は目を見開く。
見えていないとわかっていても、至近距離で見つめられ、藤吉は自分の鼓動が早くなるのを感じた。
「藤吉さん……ありがとうございます……」
百合の瞳には、いつの間にか涙が溢れていた。
(どうして……)
藤吉が困惑していると、百合の手がそっと藤吉の顔から離れた。
「もう……大丈夫です……。ありがとうございます」
百合は静かに目を閉じる。
「あ、ああ……」
藤吉は戸惑いながらも体を起こすと、そっと百合の頭を撫でた。
「ゆっくり休めよ」
「……はい」
百合の返事を聞くと、藤吉は立ち上がり静かに部屋を後にした。