「どうした? 何かあったのか?」
藤吉が窓から小屋の中を覗き込むと、百合はどこか力なく微笑んだ。
「藤吉さんはすごいですね……。心が読めるのですか?」
「アホか、読めるわけねぇだろ」
藤吉は呆れた顔で言った。
「おまえの顔色が悪いから聞いてるだけだ」
「ああ、顔色……ですか」
百合はそう言うと自分の顔に手を当てた。
「まったく……」
藤吉はそう言うと小屋の戸に向かい、声を掛けずに中に入ると百合の隣に腰を下ろした。
「なんだ? 熱でもあるのか?」
藤吉は百合の額に手を当てる。
百合の顔は、藤吉の手よりもずっと冷たかった。
「熱はねぇな……。っていうか、おまえの体冷たいな。大丈夫か?」
「あ、はい。少し寒かっただけなので」
百合は少しだけ微笑んだ。
「そうか……」
百合は微笑みを浮かべたまま、少しうつむく。
「どうした?」
藤吉の言葉に、百合は躊躇いがちに口を開いた。
「……あの、藤吉さん。ひとつ聞いてもいいですか……?」
「なんだ?」
藤吉は百合を見た。
百合はやはりどこか暗い顔をしていた。
「藤吉さんは……ここで……どんな仕事をしているんですか……?」
百合の言葉に、藤吉はわずかに目を見張った後、目を閉じた。
「……そんな聞き方するってことは、だいたい検討はついてるんじゃねぇのか?」
百合は唇を噛んだ。
(気づいたみたいだな……)
百合の様子を見て、藤吉は息を吐いた。
(足音で誰かわかるくらいの察しの良さなら、弟が何をさせられてるかぐらい気づくか……。弟が話したのかもしれないしな……)
「逃げたくなったか?」
藤吉はなるべく穏やかな口調で聞いた。
「逃げられないのでしょう……?」
百合はひどく暗い顔で自嘲気味に笑った。
「そして、その一番の原因は……私ですよね?」
(察しが良すぎるのもツラいものだな……)
藤吉はチラリと百合を見て、ため息をついた。
「弟が逃げたいとでも言ったのか?」
「いえ……、弟は何も……。自分が何をしているのかも話そうとしないので……」
百合はそう言うと、首から紐で下げている十字架を震える手で握りしめた。
「でも、私……最初気づかなくて……愚かなことを言いました……」
百合の声はかすかに震え、まるで泣いているようだった。
「愚かなこと?」
藤吉は眉をひそめた。
「『血の臭いがするけれど、今日も狩りだったのか?』と……」
百合はかすれた声で言った。
「本当に……愚かでした……」
(ああ……、それは……)
藤吉はただ静かに百合を見ていた。
「あれから信は……私を避けるようになりました……。きっと人を殺したこと……知られたくないのだと思います。私が触れたときも、すごく緊張しているのがわかるんです……」
藤吉は何も言えなかった。
何を言っても慰めにならないことは、よくわかっていた。
「今、私ができることは、信が望んでいるように気づかないフリをすることだけです……。信を逃がすことも私にはできないですから……」
百合の目から涙がこぼれた。
藤吉は目を伏せる。
(最初から……わかっていたことだ……)
二人を連れてきたときから、こうなることは予想がついていた。
盲目の姉と、二人で生きるために何でもすると言った弟。
目の見えない女を連れてここから逃げることは、容易なことではない。
絶対に逃げられない犬、裏切ることがない手駒として、弟はここに連れて来られた。
藤吉は息を吐いた。
「……逃げるなんて話は、あまりここの人間にしない方がいい……。ここがどういうところか、もうわかっただろう?」
百合は頬を伝う涙を拭うと、少しだけ微笑んだ。
「藤吉さんは良い人なので……」
百合の言葉に、藤吉は目を丸くする。
「まだそんなこと言ってんのか? 俺からだって……血の臭い……してるだろう?」
「…………はい」
百合は少しだけうつむくと呟くように答えた。
「おまえの神様だって、俺を許さないだろう?」
藤吉は、百合の胸元の十字架を見る。
その瞬間、百合は顔を上げ、ゆっくりと目を開いた。
薄茶色の瞳に藤吉の顔が映る。
百合が見えていないことはわかっていたが、瞳に浮かぶ自分の姿から藤吉は思わず目をそらした。
「たとえ神が許さなくても、私がどう思うかは私の自由です」
百合の今までにない強い口調に、藤吉は驚いて百合に視線を戻した。
「藤吉さんは良い人です。私がそう感じるのですから、それが真実です」
藤吉は、毅然とした物言いに呆然と百合を見る。
「おまえ……実は……相当頑固だろ……」
藤吉の言葉に、百合はクスッと笑う。
「藤吉さんがそう感じたなら、そうなんでしょうね」
藤吉は苦笑した。
「藤吉さん、少し顔に触れてもいいですか?」
そう口にした百合の顔色は、先ほどより少しだけ明るくなったような気がした。
「またか? まぁ、いいけど……もうどんな顔の形かわかっただろ?」
「あ、はい。でも、今どんな表情をしているか知りたくて……」
「表情ねぇ……。まぁ、いいけど……」
藤吉はそう言うと、百合の手を取り、自分の顔に触れさせた。
「ほら、こんな顔だ……」
「ああ、なるほど……」
両手で藤吉の顔に触れた百合は、そう言いながら何かに気づき動きを止めた。
「どうした?」
「あ、いえ……」
百合は戸惑いがちにそう言うと、両手を下ろした。
「あの、髭が……」
「ああ」
藤吉は自分の顎に触れる。
「剃ったんだよ。またおまえに、顔から棘が生えてる化け物だって言われたくねぇからな……。それがどうかしたのか?」
百合の口が何か言いたげに動いたが、百合は結局何も言わず静かに微笑んだ。
「何を笑ってるんだ?」
藤吉は眉をひそめる。
「いいえ、なんでもありません」
「なんだよ、ニヤニヤして……。気色悪ぃな……」
百合の顔色はまだ悪かったが、どこか明るいその笑顔に、藤吉は少しだけホッとしていた。
藤吉が窓から小屋の中を覗き込むと、百合はどこか力なく微笑んだ。
「藤吉さんはすごいですね……。心が読めるのですか?」
「アホか、読めるわけねぇだろ」
藤吉は呆れた顔で言った。
「おまえの顔色が悪いから聞いてるだけだ」
「ああ、顔色……ですか」
百合はそう言うと自分の顔に手を当てた。
「まったく……」
藤吉はそう言うと小屋の戸に向かい、声を掛けずに中に入ると百合の隣に腰を下ろした。
「なんだ? 熱でもあるのか?」
藤吉は百合の額に手を当てる。
百合の顔は、藤吉の手よりもずっと冷たかった。
「熱はねぇな……。っていうか、おまえの体冷たいな。大丈夫か?」
「あ、はい。少し寒かっただけなので」
百合は少しだけ微笑んだ。
「そうか……」
百合は微笑みを浮かべたまま、少しうつむく。
「どうした?」
藤吉の言葉に、百合は躊躇いがちに口を開いた。
「……あの、藤吉さん。ひとつ聞いてもいいですか……?」
「なんだ?」
藤吉は百合を見た。
百合はやはりどこか暗い顔をしていた。
「藤吉さんは……ここで……どんな仕事をしているんですか……?」
百合の言葉に、藤吉はわずかに目を見張った後、目を閉じた。
「……そんな聞き方するってことは、だいたい検討はついてるんじゃねぇのか?」
百合は唇を噛んだ。
(気づいたみたいだな……)
百合の様子を見て、藤吉は息を吐いた。
(足音で誰かわかるくらいの察しの良さなら、弟が何をさせられてるかぐらい気づくか……。弟が話したのかもしれないしな……)
「逃げたくなったか?」
藤吉はなるべく穏やかな口調で聞いた。
「逃げられないのでしょう……?」
百合はひどく暗い顔で自嘲気味に笑った。
「そして、その一番の原因は……私ですよね?」
(察しが良すぎるのもツラいものだな……)
藤吉はチラリと百合を見て、ため息をついた。
「弟が逃げたいとでも言ったのか?」
「いえ……、弟は何も……。自分が何をしているのかも話そうとしないので……」
百合はそう言うと、首から紐で下げている十字架を震える手で握りしめた。
「でも、私……最初気づかなくて……愚かなことを言いました……」
百合の声はかすかに震え、まるで泣いているようだった。
「愚かなこと?」
藤吉は眉をひそめた。
「『血の臭いがするけれど、今日も狩りだったのか?』と……」
百合はかすれた声で言った。
「本当に……愚かでした……」
(ああ……、それは……)
藤吉はただ静かに百合を見ていた。
「あれから信は……私を避けるようになりました……。きっと人を殺したこと……知られたくないのだと思います。私が触れたときも、すごく緊張しているのがわかるんです……」
藤吉は何も言えなかった。
何を言っても慰めにならないことは、よくわかっていた。
「今、私ができることは、信が望んでいるように気づかないフリをすることだけです……。信を逃がすことも私にはできないですから……」
百合の目から涙がこぼれた。
藤吉は目を伏せる。
(最初から……わかっていたことだ……)
二人を連れてきたときから、こうなることは予想がついていた。
盲目の姉と、二人で生きるために何でもすると言った弟。
目の見えない女を連れてここから逃げることは、容易なことではない。
絶対に逃げられない犬、裏切ることがない手駒として、弟はここに連れて来られた。
藤吉は息を吐いた。
「……逃げるなんて話は、あまりここの人間にしない方がいい……。ここがどういうところか、もうわかっただろう?」
百合は頬を伝う涙を拭うと、少しだけ微笑んだ。
「藤吉さんは良い人なので……」
百合の言葉に、藤吉は目を丸くする。
「まだそんなこと言ってんのか? 俺からだって……血の臭い……してるだろう?」
「…………はい」
百合は少しだけうつむくと呟くように答えた。
「おまえの神様だって、俺を許さないだろう?」
藤吉は、百合の胸元の十字架を見る。
その瞬間、百合は顔を上げ、ゆっくりと目を開いた。
薄茶色の瞳に藤吉の顔が映る。
百合が見えていないことはわかっていたが、瞳に浮かぶ自分の姿から藤吉は思わず目をそらした。
「たとえ神が許さなくても、私がどう思うかは私の自由です」
百合の今までにない強い口調に、藤吉は驚いて百合に視線を戻した。
「藤吉さんは良い人です。私がそう感じるのですから、それが真実です」
藤吉は、毅然とした物言いに呆然と百合を見る。
「おまえ……実は……相当頑固だろ……」
藤吉の言葉に、百合はクスッと笑う。
「藤吉さんがそう感じたなら、そうなんでしょうね」
藤吉は苦笑した。
「藤吉さん、少し顔に触れてもいいですか?」
そう口にした百合の顔色は、先ほどより少しだけ明るくなったような気がした。
「またか? まぁ、いいけど……もうどんな顔の形かわかっただろ?」
「あ、はい。でも、今どんな表情をしているか知りたくて……」
「表情ねぇ……。まぁ、いいけど……」
藤吉はそう言うと、百合の手を取り、自分の顔に触れさせた。
「ほら、こんな顔だ……」
「ああ、なるほど……」
両手で藤吉の顔に触れた百合は、そう言いながら何かに気づき動きを止めた。
「どうした?」
「あ、いえ……」
百合は戸惑いがちにそう言うと、両手を下ろした。
「あの、髭が……」
「ああ」
藤吉は自分の顎に触れる。
「剃ったんだよ。またおまえに、顔から棘が生えてる化け物だって言われたくねぇからな……。それがどうかしたのか?」
百合の口が何か言いたげに動いたが、百合は結局何も言わず静かに微笑んだ。
「何を笑ってるんだ?」
藤吉は眉をひそめる。
「いいえ、なんでもありません」
「なんだよ、ニヤニヤして……。気色悪ぃな……」
百合の顔色はまだ悪かったが、どこか明るいその笑顔に、藤吉は少しだけホッとしていた。