赤い彼岸花が風に揺れていた。
まだ青々としている山間の木々の中で、その赤はあまりにも鮮やかだった。
(ああ……、ちゃんと咲いたんだな……)
男は小さく微笑んだ。
(随分と見つけやすくなったな……)
辺り一帯に咲いた彼岸花を踏まないように気をつけながら、男は進んでいく。
男は咲き乱れる彼岸花の真ん中に、ひっそりと置かれた白く丸い石を見つけた。
石の前まで進んでいくと、男は静かにその場に腰を下ろす。
「来るのが遅くなって悪かったな……」
男はそう言うと、静かに両手を合わせて目を閉じた。
しばらくそうしていた男はゆっくりと目を開ける。
「……あいつを見つけたんだ……」
風が吹き、彼岸花が一斉に揺れた。
「生きていた……。それに……人に恵まれたらしい……いい顔してたよ。安心したか?」
男は微笑んだ後、静かに目を伏せた。
「ただ……俺が余計なこと言っちまったせいで……まだいろいろと……過去に捕らわれてるみたいだ……」
男は苦しげに目を閉じる。
「せっかく、おまえが……」
男は拳を握りしめた。
男はしばらくそうしていたが、やがて静かに顔を上げた。
彼岸花を揺らしながら、風が通り抜ける音が響く。
男は静かに立ち上がった。
「今度こそ……ちゃんとおまえのことを伝えるから……」
男は丸い石を優しく撫でた。
「伝えたらまた報告に来る……」
男はそう言うと微笑んで、石に背を向けた。
「またな……」
男を後押しをするように、心地よい風が男の背中を押した。
彼岸花が揺れる中、男は真っすぐに前だけを見つめ、山を下りていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「風が冷たくなってきたな」
久しぶりに咲耶の部屋を訪れた叡正は、咲耶の前に腰を下ろすと小さく呟いた。
叡正の言葉に、お茶を出していた緑がどこか嬉しそうに顔を上げる。
「もうすっかり秋ですね。彼岸花ももう咲く頃でしょうか」
「ああ、もうそんな頃なのか……」
お茶を受け取った咲耶は緑に礼を言うと、振り返って窓を見た。
窓から見える空は青く、吹く風はひんやりとして肌に心地よかった。
「彼岸花ならもう咲いてるぞ」
叡正は、湯飲みを受け取りながら答えた。
「うちの寺の墓は今、彼岸花だらけだ……」
緑とは対照的に、叡正はどこか嫌そうな顔で言った。
「それは素敵ですね!」
緑が目を輝かせる。
「素敵……か……?」
叡正は引きつった顔で緑を見る。
「素敵じゃないですか! あの艶やかな花が一面に咲いているんですよね! さぞ綺麗でしょうね……」
緑はうっとりとした表情を浮かべた。
「綺麗って……墓だぞ……」
叡正は信じられないというように緑を見る。
二人のやりとりを聞いていた咲耶はフッと微笑んだ。
「まぁ、彼岸花といえば墓という印象もあるし、綺麗より不気味と感じる者もいるだろうな」
「花魁までそんな……」
緑は同意を得られずどこか悲しそうだった。
「あんな綺麗な花なのに、どうしてお墓の印象があるんでしょうね……」
咲耶は優しく緑に微笑む。
「実際に、墓のそばに植えられているからだろうな。彼岸花の根には毒があるから……。彼岸花を植えておくと、墓の遺体がネズミに荒らされるのを防ぐことができるんだ」
「ああ、そういう意味があるんですね……」
緑は目を丸くする。
「それにしても……」
咲耶は叡正を見た。
「おまえは墓で毎年見るだろう? 何がそんなに嫌なんだ?」
「え、まぁ……嫌ってわけじゃないけど、なんか怖いだろ? あの花……。真っ赤でただでさえ目立つのに、毎年すごい勢いで増えるんだぞ……? なんか、こう……死者の怨念が咲かせてるみたいで……とにかく不気味というか……」
恐々話す叡正に、咲耶は呆れたようにため息をつく。
「おまえ……本当に僧侶か? 怨念で花が咲いてると思うなら、墓に向かって経でも唱えてやれ。前から思っていたが、おまえは本当に呪いとか怨念とか好きだな……」
「好きなわけないだろ! 本当に苦手なんだよ……」
叡正はそう言うと、気まずそうに視線をそらした。
「まったく僧侶のくせに……」
咲耶は呆れてもう一度息を吐いた。
「死者の怨念より、もっと怖いものがほかにいくらでもあるだろう……」
咲耶はそう言うと、静かに窓の外を見た。
相変わらず空は青く、風は心地よかったが、咲耶はなぜか妙な胸騒ぎを覚えていた。
「……気のせい……ならいいが……」
咲耶は小さく呟いた。
「え? 何か言ったか?」
叡正が首を傾げる。
叡正の声に、咲耶は叡正に視線を戻した。
「いや、なんでもない……」
咲耶は小さく微笑むと、静かに目を閉じた。
まだ青々としている山間の木々の中で、その赤はあまりにも鮮やかだった。
(ああ……、ちゃんと咲いたんだな……)
男は小さく微笑んだ。
(随分と見つけやすくなったな……)
辺り一帯に咲いた彼岸花を踏まないように気をつけながら、男は進んでいく。
男は咲き乱れる彼岸花の真ん中に、ひっそりと置かれた白く丸い石を見つけた。
石の前まで進んでいくと、男は静かにその場に腰を下ろす。
「来るのが遅くなって悪かったな……」
男はそう言うと、静かに両手を合わせて目を閉じた。
しばらくそうしていた男はゆっくりと目を開ける。
「……あいつを見つけたんだ……」
風が吹き、彼岸花が一斉に揺れた。
「生きていた……。それに……人に恵まれたらしい……いい顔してたよ。安心したか?」
男は微笑んだ後、静かに目を伏せた。
「ただ……俺が余計なこと言っちまったせいで……まだいろいろと……過去に捕らわれてるみたいだ……」
男は苦しげに目を閉じる。
「せっかく、おまえが……」
男は拳を握りしめた。
男はしばらくそうしていたが、やがて静かに顔を上げた。
彼岸花を揺らしながら、風が通り抜ける音が響く。
男は静かに立ち上がった。
「今度こそ……ちゃんとおまえのことを伝えるから……」
男は丸い石を優しく撫でた。
「伝えたらまた報告に来る……」
男はそう言うと微笑んで、石に背を向けた。
「またな……」
男を後押しをするように、心地よい風が男の背中を押した。
彼岸花が揺れる中、男は真っすぐに前だけを見つめ、山を下りていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「風が冷たくなってきたな」
久しぶりに咲耶の部屋を訪れた叡正は、咲耶の前に腰を下ろすと小さく呟いた。
叡正の言葉に、お茶を出していた緑がどこか嬉しそうに顔を上げる。
「もうすっかり秋ですね。彼岸花ももう咲く頃でしょうか」
「ああ、もうそんな頃なのか……」
お茶を受け取った咲耶は緑に礼を言うと、振り返って窓を見た。
窓から見える空は青く、吹く風はひんやりとして肌に心地よかった。
「彼岸花ならもう咲いてるぞ」
叡正は、湯飲みを受け取りながら答えた。
「うちの寺の墓は今、彼岸花だらけだ……」
緑とは対照的に、叡正はどこか嫌そうな顔で言った。
「それは素敵ですね!」
緑が目を輝かせる。
「素敵……か……?」
叡正は引きつった顔で緑を見る。
「素敵じゃないですか! あの艶やかな花が一面に咲いているんですよね! さぞ綺麗でしょうね……」
緑はうっとりとした表情を浮かべた。
「綺麗って……墓だぞ……」
叡正は信じられないというように緑を見る。
二人のやりとりを聞いていた咲耶はフッと微笑んだ。
「まぁ、彼岸花といえば墓という印象もあるし、綺麗より不気味と感じる者もいるだろうな」
「花魁までそんな……」
緑は同意を得られずどこか悲しそうだった。
「あんな綺麗な花なのに、どうしてお墓の印象があるんでしょうね……」
咲耶は優しく緑に微笑む。
「実際に、墓のそばに植えられているからだろうな。彼岸花の根には毒があるから……。彼岸花を植えておくと、墓の遺体がネズミに荒らされるのを防ぐことができるんだ」
「ああ、そういう意味があるんですね……」
緑は目を丸くする。
「それにしても……」
咲耶は叡正を見た。
「おまえは墓で毎年見るだろう? 何がそんなに嫌なんだ?」
「え、まぁ……嫌ってわけじゃないけど、なんか怖いだろ? あの花……。真っ赤でただでさえ目立つのに、毎年すごい勢いで増えるんだぞ……? なんか、こう……死者の怨念が咲かせてるみたいで……とにかく不気味というか……」
恐々話す叡正に、咲耶は呆れたようにため息をつく。
「おまえ……本当に僧侶か? 怨念で花が咲いてると思うなら、墓に向かって経でも唱えてやれ。前から思っていたが、おまえは本当に呪いとか怨念とか好きだな……」
「好きなわけないだろ! 本当に苦手なんだよ……」
叡正はそう言うと、気まずそうに視線をそらした。
「まったく僧侶のくせに……」
咲耶は呆れてもう一度息を吐いた。
「死者の怨念より、もっと怖いものがほかにいくらでもあるだろう……」
咲耶はそう言うと、静かに窓の外を見た。
相変わらず空は青く、風は心地よかったが、咲耶はなぜか妙な胸騒ぎを覚えていた。
「……気のせい……ならいいが……」
咲耶は小さく呟いた。
「え? 何か言ったか?」
叡正が首を傾げる。
叡正の声に、咲耶は叡正に視線を戻した。
「いや、なんでもない……」
咲耶は小さく微笑むと、静かに目を閉じた。