弥吉が泣きながら笑い、弥一も笑いながら涙を流すという異様な光景に呆然としていた叡正は、しばらくしてようやく長屋の中に通された。

「じゃあ、これからまたあの屋敷に戻るってことか?」
 この状況とこれからのことを説明され、叡正は目を丸くする。
「皿を作り直すって……誰が作るんだよ……。確かに南天の絵はすごいけど……、信も皿は作ったことないんだろ?」
「ああ」
 信は淡々と答えた。
「ただ、教えてもらえばできる」

「そんな簡単じゃないだろ……」
 叡正は呆れて弥一を見る。
 叡正の視線に気づいた弥一は、叡正に向かって微笑んだ。
「まぁ、なんとかなる気がします」

「なんとかって……」
 叡正の横で弥吉も大きく頷いた。
「まぁ、信さんだから大丈夫かな」
 弥吉の言葉に、叡正は目を丸くする。
(なんだ? なんで親子揃ってそんな根拠のない……)
「まぁ、大丈夫なら……いいけど……」
 叡正は深く考えるのをやめた。

 叡正が小さく息を吐くと、信が叡正を見た。
「おまえ、これから一緒に行けるか?」
「え!? 俺も!?」
 三人で行くと思っていた叡正は目を見開く。
「俺はこれから法要があるから……」

「わかった。じゃあ、法要が終わったら屋敷に来てくれ」
 叡正の言葉が終わる前に、信は当然のように言った。
「…………行かないという選択肢はないのか?」
「ああ」
 信が短く答える。
「そ、そうか……。わかった……」
 叡正はこれ以上何を言ってもムダだと悟った。

「さぁ、そうと決まれば……」
 弥吉は信を見て口を開いた。
「俺たちはもう出発した方がいいよな。ここからだと屋敷まで結構距離があるし、夜になる前には着いた方がいいと思うから」
「ああ」
 信は頷くと、立ち上がり土間に向かって歩き出した。
「……そういえば、どれだ?」
 信は何かを思い出したように、弥一を振り返った。

「え?」
 信の視線を受けて、弥一が首を傾げる。

「皿の絵……どれにするんだ?」
 信は淡々と聞いた。
「ああ!」
 弥一はハッとした顔で、何度も頷く。
「あの……戸の障子の……真ん中あたりにある……」
 弥一はゆっくりと腕を上げると障子を指さした。

 信が戸に近づき、障子の真ん中にある絵を見つめる。
「これか?」
「ああ、それがいいと……」
 弥一が言い終える前に、信は障子に手を伸ばす。
 ベリッという音を立てて、信は障子を破り、南天の絵の部分を手に取った。

(あ…………)
 障子を見つめていた叡正は、大きく開いた穴を通して長屋の外を歩いていた男と目が合った。
 驚いた顔でこちらを見ている男に、叡正はどう反応していいかわからず、引きつった顔でぎこちなく頭を下げた。

「あ、あああ…………」
 弥吉のかすれた声が聞こえ、叡正はおそるおそる弥吉の方へ視線を向けた。

 障子を見つめ、呆然としていた弥吉の口がゆっくり動く。
 その後、弥吉の絶叫は長屋の外まで響き渡った。