弥一が目を覚ますと、長屋には良庵だけでなく信の姿があった。
 良庵と信は何か話していたが、弥一が起きたことに気づいたのか、二人は会話をやめて弥一を見た。

「ああ、起きたか。調子はどうだ?」
 良庵は弥一に近づくと、手首を取って脈を測った。

 弥一は体をひねり布団に手をついて、なんとか体を起こした。
「はい、おかげさまで……調子は悪くありません」

「そうか。それはよかった」
 良庵は弥一の手首を離すと少しだけ微笑んだ。

「今、信と話してたんだが、とりあえず信の家に行ってくれないか?」
 良庵は後ろにいる信をチラリと見る。
「この方の家に……ですか?」
 弥一は立っている信を見上げた。

「ずっとここに寝泊まりしてもらうわけにもいかないしな。かといって、今聞いた話しだと、おまえの家はここから遠いみたいだから、そっちに行かれると何かあったときに俺が間に合わないんだよ。信の家なら、ここからそれほど遠くないからな」

「しかし……こちらの方にご迷惑では……」
 弥一は思わず目を伏せた。
 何の関係もない人にこれ以上迷惑をかけるのは、できれば避けたかった。

「別に迷惑じゃない」
 信は淡々と言った。
「それに、家には弥吉もいる。おまえのことを待っている」
「弥吉が……!?」
 弥一は目を丸くした。
(弥吉も一緒なのか……。もう何年も避けてきたのに……今さらどんな顔で一緒に過ごせばいいんだ……)

 弥一の様子を見ていた良庵は、小さく息を吐く。
「まぁ、おまえが何を考えているのかはなんとなくわかるが、病もうつらないことがわかって、もう避ける理由はないんだろ? それから、あの子に見捨ててもらおうっていうのはもう諦めろよ。あの子はたぶんおまえを捨てないだろうから」

 弥一はおずおずと良庵を見つめる。
 良庵は弥一の視線に気づくと、なぜかニカッと笑った。
「ちなみに、ここにずっといるっていうなら、今から一秒単位で金をもらうぞ。あの子に迷惑かけたくないんじゃないのか?」
「え!? そんな……!」
 弥一は目を丸くする。
「それが嫌ならさっさと出ていってくれ。ほら信、頼んだぞ」
 良庵はそう言うと、信に視線を向けた。

 信は静かに頷くと、弥一に近づいた。
「あ……、ちょっと……」
 弥一が言い終える前に、信は弥一を肩に担いだ。

「あ、そうだ。荷車は長屋の裏手に移動させといたからな」
 良庵が思い出したように信に言った。

「ああ、わかった」
 信はそう言うと弥一を担いで長屋の戸に向かう。

「あ、ちょっと! ちょっと待ってくれ! あの風呂敷包みを……!」
 弥一は、慌てて布団の枕元にある風呂敷包みを指差した。

 弥一の言葉に、信はゆっくりと振り返る。
「ああ、ここにあったのか」
 信は布団まで戻ると、弥一を抱えている腕と反対の手で風呂敷包みを持った。

 戸に向かう信の背中に、良庵が声を掛ける。
「じゃあ、後のことは頼んだぞ。気休め程度のものだが、さっき渡した薬は状況に応じて飲ませてやれ」
「ああ、わかった」
 信は振り向かずに答えると、長屋の戸を開けて外に出た。

 弥一は思わず目を細める。
 まだ朝早い時間だったが、長屋の外はすでに弥一が目を開けていられないほど明るかった。