「今日ですか……? 弥一さんがここを去るのは……」
乳母は、男がいる小屋を見つめながら悲しげに言った。
隣で同じように小屋を見ていた隆宗は、そっと乳母を見る。
「はい……。もう器もつくれなくなったからと……」
「なんとか……ならないのでしょうか……」
「父上にはもう一度話してみますが……」
隆宗は静かに目を伏せた。
男の病のことを知ってから、隆宗は乳母にだけ男のことを話していた。
隆宗ひとりでは、どう考えても男の病を隠し通すのは難しかった。
初めのうちは隠すよりも治療を勧めた乳母だったが、男の意志の固さと弥吉のためにという気持ちを汲んで最終的には男の手助けをすることにした。
二年のあいだ、二人はなんとか弥吉にも男の病を知られないように手を貸していたが、数日前、器もつくれなくなったため屋敷を去るつもりだと男から告げられた。
「旦那様はなんとおっしゃっているのですか……?」
「貸している長屋はしばらく住み続けても構わないと言っていました。弥吉のことも、奉公人として働けそうなら屋敷に住んでいいと……。ただ、それ以上の援助はしないとのことでした……」
隆宗は目を閉じると、ゆっくりと息を吐いた。
「やはり……そうなりましたか……」
乳母は苦しげに目を伏せる。
「当然……といえば当然なのかもしれませんが……。弥一さんの今までの働きを考えると、冷たい気はしてしまいますね……」
「そうですね……」
隆宗は拳を握りしめた。
隆宗の父は、もともと焼き物に興味を持っている人間ではなかった。
職人をわざわざ招いてお庭焼きを行っているのは、ひとえに焼き物に強い関心を持っている家格の高い人物を屋敷に招いて交流を深めるためだった。
結果としてその思惑は成功していた。
本来であれば、この屋敷に足を運ぶことなどない人物が江戸でつくられた古伊万里を見るために、頻繁に訪れていることは、屋敷の誰もがよく知っていた。
男が焼き物をつくれなくなったとはいえ、この先も男がつくった数々の器はその役割を果たし続ける。
男に金を払い続ける理由としては十分に思われた。
「私にできることは何かあるでしょうか……?」
乳母は隆宗を見つめる。
「私は弥一さんの様子を見に、ときどき長屋に行こうと思っています。清さんにお願いしたいのは……弥吉のことでしょうか……」
隆宗は少し申し訳なく思いながら、乳母を見つめる。
これから先の悩みを聞くことぐらいは隆宗にもできたが、奉公人の仕事について隆宗が弥吉にできることは何もなかった。
「ああ……、これから弥吉がこの屋敷で働くことに関しては、みんなでいろいろと話し合っておきますから大丈夫ですよ。仕事のことは任せてください」
乳母は隆宗に向かって力強く頷いた。
「ありがとうございます」
隆宗はホッとして微笑んだ。
「いえ、私にとって隆宗様はもちろん、弥吉も自分の子ども同然ですからね。隆宗様や弥一さんのためだけにそうするのではありません……」
乳母はそう言うと悲しげに微笑んだ。
「もっと……私にできることがあればいいのですが……」
「そんな……十分です! 本当にありがとうございます」
隆宗は胸が温かくなるのを感じた。
乳母の言葉だけで、隆宗にとっては十分心強かった。
「隆宗様も……あまりひとりで抱え込まないでくださいね。私はいつでも隆宗様の味方ですから、何でもおっしゃってください」
乳母はそう言うと、心配そうに隆宗を見つめた。
「はい……。ありがとうございます……」
その温かい眼差しに死んだ母の面影を見た気がして、隆宗の目が自然と潤んだ。
隆宗はそんな想いに気づかれないように、そっと静かに目を閉じた。
乳母は、男がいる小屋を見つめながら悲しげに言った。
隣で同じように小屋を見ていた隆宗は、そっと乳母を見る。
「はい……。もう器もつくれなくなったからと……」
「なんとか……ならないのでしょうか……」
「父上にはもう一度話してみますが……」
隆宗は静かに目を伏せた。
男の病のことを知ってから、隆宗は乳母にだけ男のことを話していた。
隆宗ひとりでは、どう考えても男の病を隠し通すのは難しかった。
初めのうちは隠すよりも治療を勧めた乳母だったが、男の意志の固さと弥吉のためにという気持ちを汲んで最終的には男の手助けをすることにした。
二年のあいだ、二人はなんとか弥吉にも男の病を知られないように手を貸していたが、数日前、器もつくれなくなったため屋敷を去るつもりだと男から告げられた。
「旦那様はなんとおっしゃっているのですか……?」
「貸している長屋はしばらく住み続けても構わないと言っていました。弥吉のことも、奉公人として働けそうなら屋敷に住んでいいと……。ただ、それ以上の援助はしないとのことでした……」
隆宗は目を閉じると、ゆっくりと息を吐いた。
「やはり……そうなりましたか……」
乳母は苦しげに目を伏せる。
「当然……といえば当然なのかもしれませんが……。弥一さんの今までの働きを考えると、冷たい気はしてしまいますね……」
「そうですね……」
隆宗は拳を握りしめた。
隆宗の父は、もともと焼き物に興味を持っている人間ではなかった。
職人をわざわざ招いてお庭焼きを行っているのは、ひとえに焼き物に強い関心を持っている家格の高い人物を屋敷に招いて交流を深めるためだった。
結果としてその思惑は成功していた。
本来であれば、この屋敷に足を運ぶことなどない人物が江戸でつくられた古伊万里を見るために、頻繁に訪れていることは、屋敷の誰もがよく知っていた。
男が焼き物をつくれなくなったとはいえ、この先も男がつくった数々の器はその役割を果たし続ける。
男に金を払い続ける理由としては十分に思われた。
「私にできることは何かあるでしょうか……?」
乳母は隆宗を見つめる。
「私は弥一さんの様子を見に、ときどき長屋に行こうと思っています。清さんにお願いしたいのは……弥吉のことでしょうか……」
隆宗は少し申し訳なく思いながら、乳母を見つめる。
これから先の悩みを聞くことぐらいは隆宗にもできたが、奉公人の仕事について隆宗が弥吉にできることは何もなかった。
「ああ……、これから弥吉がこの屋敷で働くことに関しては、みんなでいろいろと話し合っておきますから大丈夫ですよ。仕事のことは任せてください」
乳母は隆宗に向かって力強く頷いた。
「ありがとうございます」
隆宗はホッとして微笑んだ。
「いえ、私にとって隆宗様はもちろん、弥吉も自分の子ども同然ですからね。隆宗様や弥一さんのためだけにそうするのではありません……」
乳母はそう言うと悲しげに微笑んだ。
「もっと……私にできることがあればいいのですが……」
「そんな……十分です! 本当にありがとうございます」
隆宗は胸が温かくなるのを感じた。
乳母の言葉だけで、隆宗にとっては十分心強かった。
「隆宗様も……あまりひとりで抱え込まないでくださいね。私はいつでも隆宗様の味方ですから、何でもおっしゃってください」
乳母はそう言うと、心配そうに隆宗を見つめた。
「はい……。ありがとうございます……」
その温かい眼差しに死んだ母の面影を見た気がして、隆宗の目が自然と潤んだ。
隆宗はそんな想いに気づかれないように、そっと静かに目を閉じた。