目的の場所に着いたとき、すでに日は暮れ始めていた。
 長屋の戸を開けて出てきた良庵は、信の顔を見るとあからさまに顔をしかめた。
「またか……」
 良庵は荷台に横たわっている弥一を見つめた後、荷台のそばに立っていた叡正と弥吉を順番に見た。

「……一応確認だが、荷台にいる男は生きてるんだろうな……? なんだっていつもこう突然……。どうせまた咲耶の依頼なんだろ?」
 良庵は片手で顔を覆うと、深いため息をついた。

「いや、今回咲耶は関係ない」
 信は良庵を見つめながら、淡々と言った。
「は?」
 良庵は目を丸くする。
「関係ないって……、じゃあ、誰の依頼だ? それに咲耶じゃないってなると……金は……あるのか?」
 良庵は不安げな表情で信を見た。
 信は静かに首を横に振る。

「おまえ……ここは駆け込み寺じゃないって言っただろ……!? 俺が無償で人を助けるような良い人間に見えるのか?」
 良庵は頭を抱えた。
「いや、見えない」
 信は淡々と答える。

「……おお、わかっていてもらえて嬉しいが、そこは嘘でも良い人間に見えると言うべきところだぞ……。まぁ、おまえに言ってもムダか……」

 良庵が荷台の弥一を見ていると、心配そうにやりとりを聞いていた弥吉が一歩前に出た。
「あ、あの……!」
 弥吉は良庵を見つめると、おずおずと懐から巾着袋を取り出した。
「金はあります……。この金で俺の父親を診てもらませんか?」

「おまえは……。ああ、咲耶のところの文使いか! おまえの父親か……」
 良庵は、荷台の弥一と弥吉を交互に見る。
 言われれば、確かに二人はよく似ていた。

 良庵は弥吉の前まで足を進めると、弥吉が差し出した巾着袋を受け取った。
 中には十分すぎる額の金が入っていた。

「君!」
 良庵は巾着を持ったまま、弥吉の両肩を叩いた。
「君は、なんてまともなんだ! 咲耶のところにもようやくまともなやつが……! すぐ診てやる!」

「え、は、はい! ありがとうございます!」
 弥吉は目を丸くした後、慌てて頭を下げた。
「どうかよろしくお願いします!」

 良庵は嬉しそうに何度も頷くと、信と叡正を順番に見た。
「ほら、信とそこの色男! 荷台の患者を早く長屋に運べ。布団敷いとくから」
 良庵は二人に向かってそう言うと、先に長屋の中に戻っていった。

 叡正が弥一に触れるより早く、信が弥一をまた荷物のように担いだ。

「お、おい! またそんな乱暴に……」
 叡正の言葉を無視して、信は長屋に向かって進んでいく。

 叡正と弥吉は顔を見合わせた。
「俺たちも入ろう」
「あ……はい」
 不安げな弥吉を叡正が促し、四人は良庵の待つ長屋に入っていった。