「あ、いいところにいた! 弥吉!」
信を追って廊下に出た弥吉は、奉公人の男に呼び止められ振り返った。
奉公人の男は、風呂敷に包んだものを大切そうに持っていた。
「何か用事ですか? 俺、これからちょっと外に出ないといけなくて……」
弥吉は少し目を伏せた。
「ああ、急ぎじゃないらしいんだが、隆宗様がおまえに渡せってさ」
男はそう言うと、風呂敷包みを弥吉に差し出した。
「隆宗が……?」
弥吉は包みを受け取ると、そっと風呂敷を広げる。
風呂敷には、割れた皿が包まれていた。
「これは……」
割れてはいたが、弥吉はこの皿に見覚えがあった。
隆宗が生まれて三年経ったことを祝い、弥吉の父が贈った十枚の皿の一枚だった。
「南天の皿……」
贈った十枚の皿には、それぞれ縁起の良い柄や絵が描かれていた。
これは、その中の南天が描かれた皿だった。
「弥一さんに直してほしいそうだ」
男は弥吉を見て言った。
「直す……?」
弥吉は目を丸くした。
(父ちゃんはもう皿が直せるような状態じゃないって、隆宗も知ってるはずなのに……)
男は悲しげに微笑んだ。
「直すのはいつでもいいそうだ。で、代金はこれでってさ……」
男は懐から巾着を取り出し、弥吉に差し出した。
弥吉は風呂敷包みを一旦床に置くと、巾着を受け取った。
ずっしりした巾着の重さに弥吉は目を丸くし、慌てて巾着を開ける。
そこには、皿を直す程度の仕事では考えられないほど高い額の金が入っていた。
「何これ……多すぎるだろ……」
弥吉は思わず呟く。
男は目を伏せ、静かに息を吐いた。
「隆宗様も……たぶん皿が直せないことはわかっていると思う……。弥一さんに金を渡す大義名分がいるってことさ……」
「それにしたって……」
弥吉の巾着を持つ手がかすかに震えた。
「なぁ……、隆宗様……何かあったのかな……? 弥吉は何か知らないか?」
男は弥吉を見つめながら言った。
「……え?」
弥吉の脳裏に、隆宗の部屋で見た血まみれの着物が浮かび、弥吉は慌てて首を振った。
「いえ、俺は何も……」
「そうか、弥吉も知らないのか……」
男は困ったように頭を掻いた。
「実はさ……、隆宗様から今日新しい奉公先を探すように言われたんだ……。俺だけじゃない……屋敷の奉公人みんなそう言われたんだ……」
「え……?」
弥吉は目を見開いた。
「まぁ、あんな事件があったから奉公人は確かに減ったけど、今残ってるのは、それでもこの屋敷で隆宗様を支えていこうとしてた連中なんだ……。それなのに……」
男は苦しげに目を伏せた。
「なぁ、隆宗様……一体どうしちまったんだ?」
弥吉は何も答えることができなかった。
(あいつ……何考えてんだよ……)
弥吉には何が起こっているのかまったくわからなかった。
「あ、悪い。これから出かけるんだったな。引き止めて悪かった。皿と金は一旦屋敷に置いていくか?」
男は申し訳なさそうに言った。
「あ……、ちょうど父ちゃんのところに行くところだったから、持っていくよ……」
弥吉は巾着を懐に仕舞うと、床に置いていた風呂敷包みを手に取った。
「それならちょうどよかった! 弥一さんの様子も……また今度教えてくれ」
男は弥吉が頷くのを確認すると、微笑んで去っていった。
「隆宗……、一体おまえに何があったんだよ……」
誰もいなくなった廊下で、弥吉はひとり呟く。
胸に抱えた風呂敷包みの中で、皿の欠片がカチャリと小さな音を立てた。
信を追って廊下に出た弥吉は、奉公人の男に呼び止められ振り返った。
奉公人の男は、風呂敷に包んだものを大切そうに持っていた。
「何か用事ですか? 俺、これからちょっと外に出ないといけなくて……」
弥吉は少し目を伏せた。
「ああ、急ぎじゃないらしいんだが、隆宗様がおまえに渡せってさ」
男はそう言うと、風呂敷包みを弥吉に差し出した。
「隆宗が……?」
弥吉は包みを受け取ると、そっと風呂敷を広げる。
風呂敷には、割れた皿が包まれていた。
「これは……」
割れてはいたが、弥吉はこの皿に見覚えがあった。
隆宗が生まれて三年経ったことを祝い、弥吉の父が贈った十枚の皿の一枚だった。
「南天の皿……」
贈った十枚の皿には、それぞれ縁起の良い柄や絵が描かれていた。
これは、その中の南天が描かれた皿だった。
「弥一さんに直してほしいそうだ」
男は弥吉を見て言った。
「直す……?」
弥吉は目を丸くした。
(父ちゃんはもう皿が直せるような状態じゃないって、隆宗も知ってるはずなのに……)
男は悲しげに微笑んだ。
「直すのはいつでもいいそうだ。で、代金はこれでってさ……」
男は懐から巾着を取り出し、弥吉に差し出した。
弥吉は風呂敷包みを一旦床に置くと、巾着を受け取った。
ずっしりした巾着の重さに弥吉は目を丸くし、慌てて巾着を開ける。
そこには、皿を直す程度の仕事では考えられないほど高い額の金が入っていた。
「何これ……多すぎるだろ……」
弥吉は思わず呟く。
男は目を伏せ、静かに息を吐いた。
「隆宗様も……たぶん皿が直せないことはわかっていると思う……。弥一さんに金を渡す大義名分がいるってことさ……」
「それにしたって……」
弥吉の巾着を持つ手がかすかに震えた。
「なぁ……、隆宗様……何かあったのかな……? 弥吉は何か知らないか?」
男は弥吉を見つめながら言った。
「……え?」
弥吉の脳裏に、隆宗の部屋で見た血まみれの着物が浮かび、弥吉は慌てて首を振った。
「いえ、俺は何も……」
「そうか、弥吉も知らないのか……」
男は困ったように頭を掻いた。
「実はさ……、隆宗様から今日新しい奉公先を探すように言われたんだ……。俺だけじゃない……屋敷の奉公人みんなそう言われたんだ……」
「え……?」
弥吉は目を見開いた。
「まぁ、あんな事件があったから奉公人は確かに減ったけど、今残ってるのは、それでもこの屋敷で隆宗様を支えていこうとしてた連中なんだ……。それなのに……」
男は苦しげに目を伏せた。
「なぁ、隆宗様……一体どうしちまったんだ?」
弥吉は何も答えることができなかった。
(あいつ……何考えてんだよ……)
弥吉には何が起こっているのかまったくわからなかった。
「あ、悪い。これから出かけるんだったな。引き止めて悪かった。皿と金は一旦屋敷に置いていくか?」
男は申し訳なさそうに言った。
「あ……、ちょうど父ちゃんのところに行くところだったから、持っていくよ……」
弥吉は巾着を懐に仕舞うと、床に置いていた風呂敷包みを手に取った。
「それならちょうどよかった! 弥一さんの様子も……また今度教えてくれ」
男は弥吉が頷くのを確認すると、微笑んで去っていった。
「隆宗……、一体おまえに何があったんだよ……」
誰もいなくなった廊下で、弥吉はひとり呟く。
胸に抱えた風呂敷包みの中で、皿の欠片がカチャリと小さな音を立てた。