隆宗は男の仕事場である小屋の前で足を止めた。
(弥一さんは一体どうしたんだ……)
 男はここ数日小屋に籠もり、焼き物を作り続けていた。
(弥吉は弥吉で、弥一さんに嫌われたと落ち込んでいるし……。本当に何があったんだろう……)

 隆宗は意を決して小屋の戸を叩く。
「弥一さん、隆宗です。少しお話しできますか?」
 隆宗はそう言うと男の返事を待った。

「……あ、はい。大丈夫です……」
 中から男のかすれた声が聞こえた。
「ありがとうございます。では、入りますね」
 隆宗が戸に手を掛けた瞬間、中からガタガタという音が聞こえた。
「開けないでください!! そのままで!」
 男の慌てたような声が響く。

 隆宗は驚いて一歩後ずさった。
 こんなに切羽詰まった男の声を聞くのは初めてだった。
「え……、あの……どうしたんですか?」

 しばらく待ったが、男は何も答えなかった。

「あの……弥吉も心配しています……。こんなに小屋に籠もって焼き物を作るなんて……。何かあったのですか?」
 男の様子に、隆宗の不安は大きくなっていた。
「弥一さん……?」

「……これから話すこと……」
 中から、かすれた男の声が聞こえた。
「弥吉には黙っていてもらえませんか……?」

「……弥吉に……? なぜ……ですか?」
 男の緊張が伝わってくるようで、隆宗も少し言葉に詰まった。

「私は……少し前から病気を患っていて……もうそれほど長くは生きられないと思います」
「え……?」
 隆宗は目を見開いた。
「そんな……医者には診てもらったのですか!? 治るかもしれないのですから……急いで医者を呼びましょう……!」
 隆宗は思わず声を大きくした。

「……いいえ、医者は呼ばないでください……。私の病は、亡くなった妻と症状がよく似ているのです……。妻は治す方法のない病でした。診せても無駄です……」
 男は静かに言った。
「そんな! 医術は進歩しています! 今なら治るかもしれません! まずは診ていただきましょう!」
「……ここまで悪くなっていては、きっと治すのは難しいと思います」
 男は隆宗をなだめるように、穏やかな声で言った。
「それに……これは手や足が麻痺する病です。この病が旦那様に知られれば、私はすぐに職を失います。今の長屋で暮らすこともおそらくできなくなるでしょう……」

「そんな……」
 隆宗は言葉を失った。
「……わ、私が父上を説得しますから……」

 男が小さく笑ったのがわかった。
「ありがとうございます。しかし、おそらく難しいでしょう。焼き物を作らせるために雇っているのですから、焼き物が作れなくなれば職を失うのは当然のことです」
「しかし……!」
「いいのです。同情でここに置いていただくわけにはいきません。ただ……もう少し……」
 男は絞り出すように言った。
「もう少しだけ、ここで器を作らせてほしいのです……。もう絵付けはできませんが、まだ無地の皿や器は作ることはできます……。屋敷から私に払われるお金と、少しでも価値のある器を残していきたいのです……。私がいなくなった後でも、弥吉が器を売って生きていけるように……」

 隆宗は何も言うことができなかった。

「無地の器も作れなくなったときには、旦那様に正直に打ち明けてここを去ります。ですから、もう少しだけ私に時間をください……」

「弥吉に……病のことを話さないおつもりですか……?」
 隆宗はなんとかそれだけ口にした。

「……これはおそらくこれはうつる病です」
 男は悲しげにそう言った。

「弥吉が小屋に近づかなければいいのですよね……? 病のことは……弥吉にも話した方がいいのではないですか……?」
 隆宗の言葉に、男はフッと笑った。
「弥吉に言えば……病がうつってもいいからそばにいると言うでしょう。親バカと思われるでしょうが、なんだかんだ言っても優しい子なんです……。私を休ませるために、今すぐ自分が働くと言い出しかねません。私が弥吉の負担になる前に、弥吉には私のことを捨ててほしいのです」

「そんな……捨てるだなんて……」
 隆宗は目を伏せた。
(弥一さんが何をしても、きっと弥吉が弥一さんを見捨てることはありませんよ……。ただ二人共苦しむだけです……)
 隆宗は唇を噛んだ。

「弥吉には幸せになってもらいたいのです。弥吉のお荷物になるくらいなら、すぐに死んだ方がいくらかマシです……」
 男は苦しげに呟いた。
「そんなこと……言わないでください……」
 隆宗は男に何を言えばいいのかわからなかった。
 そうすることで弥吉が幸せになれるとは思えなかったが、男の意思が固いことは隆宗にもわかった。

「……わかりました。この話は弥吉にも、父上にもしません」
 隆宗は小さく息を吐いた。
「隆宗様……、ありがとうございます……!」
 男はホッとしたような声で言った。

「まだ、何をすべきなのか、私に何ができるのかわかりませんが……」
 隆宗はそこまで言うと言葉を切った。
「弥一さんと弥吉は、私が守ります。弥一さんも弥吉も、決してひとりにはしません」

 小屋の中で男が息を飲むのがわかった。
「そ、そんな……隆宗様にご迷惑をお掛けするわけには……」

「……家族なのでしょう?」
 隆宗は小屋の戸にそっと触れた。
「私のことを、家族だと……言ってくれたではないですか。だから甘えてくださいと、私に言ったのは弥一さんでしょう? 弥一さんや弥吉は私にとって家族です。こんなときくらい頼ってください」
 隆宗はできる限り明るい声で言った。

 この状況をどうすればいいかわからなかった。
 けれど、自分がどうにかすべきだと隆宗は思った。

 小屋の中で男が鼻をすする音が響く。
「……ありがとう……ございます……」

(泣いているのだろうか……?)
 隆宗は目を伏せた。
(母上を亡くして泣いたとき、弥一さんは抱きしめてくれたのに……、俺は何もできないのか……)
 隆宗は拳を握りしめた。
 二人のために、何もできないことが歯がゆかった。
(どうすればいいんだ……。俺に……できることはあるのか……?)

 隆宗は天を仰いだ。
 いくら考えてもその答えは見つからなかった。