「え? 誰が来てるって……?」
 夜になり屋敷に戻ってきた弥吉は、門のそばにいた隆宗に呼び止められた。
「だから、おまえの前の仕事先の人だって。髪の長いやたらと顔のいい男と薄茶色の髪のちょっと怖い感じのする男。おまえ、前の仕事まだ辞めてなかったのか?」
 隆宗は呆れた顔で弥吉を見た。

(叡正様と信さんか……)
 弥吉は目を伏せる。
「どうしてここが……」
 弥吉は思わず呟いた。

「ここに入っていくおまえの姿を見た人がいるんだってさ」
 隆宗は不思議そうに首を傾げる。
「どうした? 会いたくないのか? おまえ楽しそうに話してたじゃないか。仕事先で一緒に住んでた同居人のことなんか特に……。『何でもできるけど、何にもできない変な人だから。そばにいないと心配だ』とかなんとか。どっちかは同居人なんじゃないのか?」

 弥吉は目を伏せたまま微笑んだ。
「そう……なんだけどさ……。俺、嘘ついてたから……」
「嘘?」
 隆宗は眉をひそめる。
「嘘をついてたことがバレて、みんなが怒ったから逃げてきたってことか?」
 弥吉は静かに首を横に振った。
「いや……、信さんは優しいから『おまえは何も悪くない』って。最初からわかってたみたいだったし……」
「……じゃあ、何も問題ないんじゃないのか?」
 隆宗は意味がわからないというように、再び首を傾げる。

「いや、合わせる顔がないんだよ……」
 弥吉は顔を伏せた。
「う~ん、よくわからないけどさ、相手が許すって言ってるんだからいいんじゃないのか? 許すって言ってるのに、合わせる顔がないとか言っていなくなったら、むしろそっちの方が腹が立つと思うけど……」
 隆宗の言葉に、弥吉は弾かれたように顔を上げた。
「え、怒ってた……?」
「う~ん、髪の長い男はそんな感じじゃなかったけど、薄茶色の髪の男は怒ってたのかも。少なくともご機嫌ではなかった」
「ご機嫌……」
 弥吉は引きつった顔で隆宗を見つめる。
「ご機嫌なところは俺も見たことないから……。逆にご機嫌な顔で来てたらそっちの方が怖いけど……」
 弥吉はかすかに笑うと、再び目を伏せた。

 隆宗は弥吉を見つめると、ゆっくりと息を吐く。
「仕方ない……。あの二人には、今日弥吉は帰ってきそうにないって言っておくよ……」
「あ、いや……」
 弥吉は視線を上げて一瞬何か言い掛けたが、後に続く言葉はなかった。
「それでいいか?」
 隆宗は弥吉を見つめる。

「……ああ、ありがとう」
 弥吉は静かに目を伏せた。

「じゃあ、そう伝えてくる。今日はもう遅いし、泊まってもらうかもしれないから、おまえは明日俺が合図するまで自分の部屋から出るなよ」
 隆宗はそう言うと、弥吉に背を向けて歩きだした。

「ありがとう。……あ、そういえばさ、戻ってきてからなんか屋敷の雰囲気がおかしい気がするんだけど、何かあったのか?」
 弥吉はずっと感じていたことを聞いた。

 弥吉の言葉に、隆宗はピタリと足を止める。
「ああ……少しな。井戸で死体が見つかってバタバタしているだけだ」
 隆宗は振り返らずに答えた。
 弥吉は目を見開く。
「は!? 死体!? え、何で言わなかったんだよ!?」
「心配かけるかと思ってさ……。おまえは日中いないし、死体の一件で人が出入りするのは夕方までだから、言わなくても問題ないだろうと思って。それに、知らない女の死体だからたいした問題じゃないんだ」
「たいしたことないわけないだろ……。それに知らない女って……」
 弥吉はそこまで言い掛けて、ハッとしたように顔を青くした。
「おまえ……それって、まさか…………」

 隆宗がフッと笑う声が闇に響く。
「知らない女だ。気にする必要はない」
 隆宗はそう言うと、屋敷に向かって歩き出した。

「そんな……、嘘だろ……」
 弥吉はその場にしゃがみ込んだ。
(だから……、みんなあんな反応だったのか……)
 弥吉は頭を抱えた。
「一体……どうすればいいんだ……」
 弥吉の小さく呟く声は、夜の闇に静かに消えた。