「弥吉、悪い！ 遅くなった！」
男は座敷の襖を開けると、座敷の奥で乳母たちと遊んでいた弥吉を見つめた。
「父ちゃん！」
弥吉は男に気がつくと、男に駆け寄って抱きついた。
「もっと遅くても大丈夫だよ！ 俺、隆宗と遊んでたから、楽しかったし」
男は目を丸くする。
「おい、呼び捨てにするな！ 隆宗様だろ？」
男は奥にいる乳母と隆宗に向かって頭を下げた。
「すみません……。ホントに……」
乳母はにっこりと微笑む。
「まだ幼い子の言うことですし、大丈夫ですよ。隆宗様も弥吉のことが大好きみたいですから」
乳母がそう言うと、乳母の隣で隆宗がうんうんと頷いた。
「俺、兄ちゃんだから」
弥吉が誇らしげに胸を張る。
男は呆れ顔で弥吉を見た。
「兄ちゃんなら、そろそろちゃんと敬語を覚えような」
男は弥吉の頭をポンポンと叩いた。
「兄ちゃんは弟に敬語なんて使わないよ」
弥吉は頬を膨らませる。
「はいはい、わかったわかった」
男はそう言うと、乳母に視線を移した。
「今日の仕事はひと通り終わったので、今日はこれで失礼します。また明日もよろしくお願いします」
男はそう言って頭を下げた。
「はい、こちらこそ明日もよろしくお願いいたします」
乳母はにっこりと微笑んだ。
「隆宗！ また明日な！」
弥吉は座敷の奥で遊ぶ隆宗に手を振った。
隆宗もにこにこと笑いながら手を振り返す。
「だから、隆宗様だって……。まったく……」
男は苦笑しながら、もう一度乳母に頭を下げると、弥吉の手を引いて廊下に出た。
「父ちゃん、今日のご飯、何？」
弥吉は男を見上げて目を輝かせた。
「今日は余った魚をいただいたから、帰ったら食べような」
「お魚！？ やった！！」
弥吉は飛び跳ねて喜んだ。
男は弥吉の様子を見て目を細めた後、そっと目を伏せる。
「ごめんな……。もっと毎日食べさせてやれればいいんだが……」
「何言ってんの？ 毎日じゃないから嬉しいんだよ」
弥吉は楽しそうに笑うと、ギュッと男の手を握った。
「それよりさ、足が疲れた！ おんぶして」
弥吉は男の腕を引っ張ると、上目遣いで男を見た。
男は弥吉を見つめると、息を吐く。
「もう兄ちゃんなんじゃなかったのか？」
「兄ちゃんとして隆宗をお世話したから、疲れちゃったの！」
弥吉は頬を膨らませて、男を見る。
男は苦笑した。
「困った兄ちゃんだな……」
男はそう言うと、弥吉の横でしゃがんで背中を向ける。
「ほら、今日は特別だぞ」
「やった！！」
弥吉は男の背中に飛びついた。
「まったく……。すっかり重くなったな……」
男は弥吉を背負うと、ゆっくりと立ち上がった。
「兄ちゃんだからね！」
弥吉がフフンと鼻を鳴らす。
「兄ちゃんなら歩いてほしいんだけどな」
男は苦笑した。
男が弥吉を背負って屋敷を出る頃には、すっかり日は傾いていた。
ひとつの影がゆらゆらと揺れながら、長く長く伸びていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ほらご飯だぞ」
男は座敷にいる弥吉の前に白いご飯と魚を置いた。
「やった！！ ……あれ？ 父ちゃんの分は？」
弥吉は不思議そうに首を傾げる。
「いただいた魚はひとつだけなんだ。俺は白いご飯だけで十分だから」
男は微笑むと、土間に戻っていった。
「え？ 半分ずつにしようよ！」
弥吉は慌てて土間に行った男の後を追った。
「俺はいいよ。実は屋敷で弥吉に内緒で少し食べてきたんだ」
男は少しだけ弥吉から目をそらす。
「本当に……？」
弥吉は不安げな顔で男を見上げる。
「ああ、本当だ。だから、あの魚は全部おまえが食べていいんだよ」
男は優しく弥吉の頭を撫でた。
弥吉はまだ納得していない顔をしていたが、ふと足元にあるものに目を留める。
「これ、何？」
弥吉はしゃがみ込むと、足元にあるものを手に取った。
「危ないぞ！ それは割れた皿の欠片だ」
男は慌てて弥吉の手から欠片を取り上げた。
「割れた皿？ 持って帰ってきたの？」
弥吉は首を傾げる。
「ああ、最後の焼き上げで割れてはいるが、焼きつぎすれば家では使えるからな」
「くっつくの？」
「ああ、ちゃんとくっつくし、使えるぞ」
「ふ～ん、じゃあ、俺が元の形に戻すよ」
弥吉はそう言うと、欠片を手に取り、絵柄を合わせながら皿の形にして床に置いていった。
「ほら！ できた！」
置いただけのため、欠片同士はわずかに隙間が空いていたが、皿は元通りの形になっていた。
「おお、うまくできたな」
男は微笑んだ。
「ふふ、上手でしょ！ 毎日父ちゃんの皿、見てるから！」
弥吉は自慢げに笑った。
男は目を細める。
「ありがとうな。これは明日焼きつぎしておくから。今はご飯にしよう」
「は～い！」
男は弥吉の手を引くと、座敷に戻っていった。
男は座敷の襖を開けると、座敷の奥で乳母たちと遊んでいた弥吉を見つめた。
「父ちゃん！」
弥吉は男に気がつくと、男に駆け寄って抱きついた。
「もっと遅くても大丈夫だよ！ 俺、隆宗と遊んでたから、楽しかったし」
男は目を丸くする。
「おい、呼び捨てにするな！ 隆宗様だろ？」
男は奥にいる乳母と隆宗に向かって頭を下げた。
「すみません……。ホントに……」
乳母はにっこりと微笑む。
「まだ幼い子の言うことですし、大丈夫ですよ。隆宗様も弥吉のことが大好きみたいですから」
乳母がそう言うと、乳母の隣で隆宗がうんうんと頷いた。
「俺、兄ちゃんだから」
弥吉が誇らしげに胸を張る。
男は呆れ顔で弥吉を見た。
「兄ちゃんなら、そろそろちゃんと敬語を覚えような」
男は弥吉の頭をポンポンと叩いた。
「兄ちゃんは弟に敬語なんて使わないよ」
弥吉は頬を膨らませる。
「はいはい、わかったわかった」
男はそう言うと、乳母に視線を移した。
「今日の仕事はひと通り終わったので、今日はこれで失礼します。また明日もよろしくお願いします」
男はそう言って頭を下げた。
「はい、こちらこそ明日もよろしくお願いいたします」
乳母はにっこりと微笑んだ。
「隆宗！ また明日な！」
弥吉は座敷の奥で遊ぶ隆宗に手を振った。
隆宗もにこにこと笑いながら手を振り返す。
「だから、隆宗様だって……。まったく……」
男は苦笑しながら、もう一度乳母に頭を下げると、弥吉の手を引いて廊下に出た。
「父ちゃん、今日のご飯、何？」
弥吉は男を見上げて目を輝かせた。
「今日は余った魚をいただいたから、帰ったら食べような」
「お魚！？ やった！！」
弥吉は飛び跳ねて喜んだ。
男は弥吉の様子を見て目を細めた後、そっと目を伏せる。
「ごめんな……。もっと毎日食べさせてやれればいいんだが……」
「何言ってんの？ 毎日じゃないから嬉しいんだよ」
弥吉は楽しそうに笑うと、ギュッと男の手を握った。
「それよりさ、足が疲れた！ おんぶして」
弥吉は男の腕を引っ張ると、上目遣いで男を見た。
男は弥吉を見つめると、息を吐く。
「もう兄ちゃんなんじゃなかったのか？」
「兄ちゃんとして隆宗をお世話したから、疲れちゃったの！」
弥吉は頬を膨らませて、男を見る。
男は苦笑した。
「困った兄ちゃんだな……」
男はそう言うと、弥吉の横でしゃがんで背中を向ける。
「ほら、今日は特別だぞ」
「やった！！」
弥吉は男の背中に飛びついた。
「まったく……。すっかり重くなったな……」
男は弥吉を背負うと、ゆっくりと立ち上がった。
「兄ちゃんだからね！」
弥吉がフフンと鼻を鳴らす。
「兄ちゃんなら歩いてほしいんだけどな」
男は苦笑した。
男が弥吉を背負って屋敷を出る頃には、すっかり日は傾いていた。
ひとつの影がゆらゆらと揺れながら、長く長く伸びていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ほらご飯だぞ」
男は座敷にいる弥吉の前に白いご飯と魚を置いた。
「やった！！ ……あれ？ 父ちゃんの分は？」
弥吉は不思議そうに首を傾げる。
「いただいた魚はひとつだけなんだ。俺は白いご飯だけで十分だから」
男は微笑むと、土間に戻っていった。
「え？ 半分ずつにしようよ！」
弥吉は慌てて土間に行った男の後を追った。
「俺はいいよ。実は屋敷で弥吉に内緒で少し食べてきたんだ」
男は少しだけ弥吉から目をそらす。
「本当に……？」
弥吉は不安げな顔で男を見上げる。
「ああ、本当だ。だから、あの魚は全部おまえが食べていいんだよ」
男は優しく弥吉の頭を撫でた。
弥吉はまだ納得していない顔をしていたが、ふと足元にあるものに目を留める。
「これ、何？」
弥吉はしゃがみ込むと、足元にあるものを手に取った。
「危ないぞ！ それは割れた皿の欠片だ」
男は慌てて弥吉の手から欠片を取り上げた。
「割れた皿？ 持って帰ってきたの？」
弥吉は首を傾げる。
「ああ、最後の焼き上げで割れてはいるが、焼きつぎすれば家では使えるからな」
「くっつくの？」
「ああ、ちゃんとくっつくし、使えるぞ」
「ふ～ん、じゃあ、俺が元の形に戻すよ」
弥吉はそう言うと、欠片を手に取り、絵柄を合わせながら皿の形にして床に置いていった。
「ほら！ できた！」
置いただけのため、欠片同士はわずかに隙間が空いていたが、皿は元通りの形になっていた。
「おお、うまくできたな」
男は微笑んだ。
「ふふ、上手でしょ！ 毎日父ちゃんの皿、見てるから！」
弥吉は自慢げに笑った。
男は目を細める。
「ありがとうな。これは明日焼きつぎしておくから。今はご飯にしよう」
「は～い！」
男は弥吉の手を引くと、座敷に戻っていった。
