女は目を閉じ、静かに布団に横たわっていた。
 女の顔色は悪く、ゆっくりと胸が上下に動いているのは確認できたが、男はひどく不安な気持ちになった。

「……大丈夫か?」
 男は女の枕元に腰を下ろすと、冷ましておいた粥の入った椀を手に取った。
 女は静かに目を開けると、体を起こそうと身をよじる。
 女は腕に力を入れているように見えたが、体を起こすことができずにいた。
 慌てて男は椀を置き、女の背中を支えて体を起こす。

「……すみませ……ん……。こんなことも……できなくて……」
 女は苦しげな顔でなんとかそれだけ口にした。

「いいんだ。おまえは今までが働き過ぎだったんだ。こんなときくらい俺に任せてゆっくり休んでくれ」
 男はそう言うと、再び椀を手に取った。
「粥だ。食べられるか?」
 男はさじで粥をすくうと、女の口元に運んだ。

 女は小さく口を開けて、粥を口に含むとゆっくりと口を動かし苦しげに飲み込んだ。
「あまり……食欲が……なくて……」
 女は申し訳なさそうに男を見た。
「もう少し食べないと……良くならないぞ……」
 男は女を見つめた。
「後で……もう少し……いただきます……から」
 女は弱々しい笑顔でそう言った。

 男は女を見つめる。
 女はすでに自分の力ではさじを持つこともできなくなっていた。
(このままでは…………)
 男は思わず目を伏せた。

 そのとき、女は何かを探すように首を動かして辺りを見回す。
「……弥吉は……? どこに……いますか?」
 女はずっと寝ていたため、弥吉がどこにいるのかわかっていなかった。
「今は寝てるよ。あ……おまえの向きだと見えないか」
 男はそう言うと、女を抱き上げ女の向きを変えた。

 弥吉は布団の上で丸くなって眠っていた。

 女は安心したようにかすかに微笑む。

「弥吉の……ことも……。すみません……」
 女は申し訳なさそうに目を伏せた。
「そう謝るな……。大丈夫だ。旦那様も弥吉を連れて屋敷に行くことを許してくださっているし、あちらのご子息も同じくらいの年だから、弥吉も楽しそうにしている」

 女が寝込んでから、男は弥吉とともに屋敷に行き仕事をしていた。
 男が仕事をしているあいだは、屋敷の息子の乳母が弥吉のことも見てくれていた。

「本当に……申し訳ありません……」
 女は震える手で顔を覆った。
「大丈夫だ。おまえは、まず病気を治さないと……。今はゆっくり休んでいればいいんだ」
 男の言葉に、女はゆっくりと顔を上げた。
 その瞳は涙で濡れていた。

「もし……、私に……もしものことがあったら……。どうか……弥吉を……。弥吉を……よろしくお願い……します」
 女の瞳から涙がこぼれ、頬をつたう。
「おい……、縁起でもないこと……言うんじゃない……」
 女の必死な様子に、男は胸が詰まりうまく言葉が出なかった。

「お願いし……ます! どうか……弥吉を……!」
 女は震える手で、男の手に触れた。
 その手はやせ細り、ひどく冷たく弱々しかったが、男を見つめるその瞳だけは力強く真っすぐだった。
「…………当然だ。弥吉は何があろうと俺が守るから。……おまえは、とにかく休んでくれ……」
 男は女の手を取ると、温めるように両手で包み込んだ。

 男の言葉に、女はホッとしたように目を細める。
「……ありがとう……ございます。そう……ですよね。まずは……しっかり……休みます……」

 男は女の背中を支え、ゆっくりと布団に寝かせた。
 すぐに眠りについた女を見ながら、男はそっと女の髪を撫でる。

「早く……元気になれ。俺はまだ……おまえを幸せにしてないんだから……。俺たち家族は……まだこれからだろう……?」
 そう呟くと、男は女の頬を流れた涙をそっと拭った。


 それから数日後、男が仕事を終えて弥吉とともに長屋に戻ると、女はすでに布団の上で冷たくなっていた。