「この屋敷で、弥吉によく似た人間を見たという話を聞いた」
咲耶は、信に地図を見せながら静かに口を開いた。
信の反応を窺うと、わずかに信の瞳が揺れたのがわかった。
(やはり……心配していたんだな……)
咲耶は目を伏せる。
喜一郎に話を聞いた翌日、咲耶は信に会いたいという手紙を書いた。
数日後、玉屋を訪れた信に咲耶はすぐに話しを切り出した。
弥吉がいつまでその屋敷に出入りしているかわからない以上、急ぐに越したことはない。
「弥吉ときちんと話した方がいいんじゃないか? おまえに正体がバレた以上、弥吉も危ないかもしれない。話して連れ戻してきた方がおまえも安心できるだろう?」
信は畳に視線を落としたまま、何も答えなかった。
咲耶は小さく息を吐く。
「弥吉が出入りしている屋敷なんだが……。今、幽霊騒ぎが起こっている。幽霊に関連して死体が見つかっているし、おそらく人の手で作為的に仕組まれた出来事だ。騒ぎを起こすことで、あえて奉行所に屋敷を探る大義名分を与えているように思える。弥吉がこの件に関わっているかどうかはわからないが、今後何が起こるかわからない以上、屋敷から引き離した方がいい」
咲耶の言葉に、信は顔を上げた。
信の表情はほとんど変わらなかったが、動くべきか悩んでいることが咲耶にはわかった。
「掛ける言葉が見つからないなら、叡正も連れていくといい。あいつは何も知らないからな……。ただただ心配して連れ戻そうとするはずだ」
信はまだ悩んでいるようだったが、やがて目を閉じると小さく頷いた。
咲耶は胸を撫でおろす。
「弥吉にどういう事情があるのかはわからないが、今まであの子から嫌なものを感じたことはない。私が読み違えたのかもしれないとも思ったが、自分を信じるなら、おそらく本当に悪意はなかったんだと思う。おまえもわかっているんだろう?」
信は身じろぎひとつしなかったが、しばらくして小さく口を動かした。
「……ああ」
咲耶は静かに微笑む。
「それなら連れ戻した方がいい。おまえには弥吉が必要だし、弥吉にも、きっとおまえが必要だ」
信は咲耶を見つめたが、しばらくするとゆっくりと目を伏せた。
沈黙が二人を包む。
「ところで……」
咲耶は静かに口を開くと、布が巻かれている信の両手を見つめた。
「火傷はどうだ? 良くなってきていると良庵からは聞いているが……」
咲耶の言葉に、信は左手を上げるとゆっくりと指を動かした。
「ああ、もう治った」
信は淡々と答えた。
動かしにくさは信にしかわからないが、指は自然に動いているように見えた。
「治ってはいないだろうが……、自由に動かせるようにはなったみたいだな……」
咲耶はホッとして息を吐いた。
「私を助けてくれたことは本当に感謝しているが、もう無茶はしないでくれ」
信は何も応えなかった。
「もう無茶はしないでくれ!」
咲耶は少しだけ身を乗り出すと、もう一度言った。
信は咲耶をチラリと見ると、小さく頷いた。
(これは……わかっていないな……)
咲耶は小さくため息をつく。
咲耶は諦めて、話しを元に戻すことにした。
「屋敷までの地図を渡しておく。いつ行くか決めたら教えてくれ。私から叡正に手紙を出すから」
「ああ、わかった」
信はそう言うと、地図を受け取り立ち上がった。
信は地図を懐に仕舞うと、咲耶をじっと見つめる。
「どうした?」
信の視線に気づき、咲耶は首を傾げた。
「咲耶……」
信は何か言いかけていたが、思い直したように静かに目を閉じた。
「いや、なんでもない」
信はそれだけ言うと、身を翻して部屋を後にした。
「どうしたんだ??」
咲耶はひとりになった部屋でもう一度首を傾げる。
「まぁ、いいか……」
咲耶はゆっくりと息を吐いた。
「何事もなく連れ戻せればいいが……」
咲耶はひとり呟くと、祈るように目を閉じた。
咲耶は、信に地図を見せながら静かに口を開いた。
信の反応を窺うと、わずかに信の瞳が揺れたのがわかった。
(やはり……心配していたんだな……)
咲耶は目を伏せる。
喜一郎に話を聞いた翌日、咲耶は信に会いたいという手紙を書いた。
数日後、玉屋を訪れた信に咲耶はすぐに話しを切り出した。
弥吉がいつまでその屋敷に出入りしているかわからない以上、急ぐに越したことはない。
「弥吉ときちんと話した方がいいんじゃないか? おまえに正体がバレた以上、弥吉も危ないかもしれない。話して連れ戻してきた方がおまえも安心できるだろう?」
信は畳に視線を落としたまま、何も答えなかった。
咲耶は小さく息を吐く。
「弥吉が出入りしている屋敷なんだが……。今、幽霊騒ぎが起こっている。幽霊に関連して死体が見つかっているし、おそらく人の手で作為的に仕組まれた出来事だ。騒ぎを起こすことで、あえて奉行所に屋敷を探る大義名分を与えているように思える。弥吉がこの件に関わっているかどうかはわからないが、今後何が起こるかわからない以上、屋敷から引き離した方がいい」
咲耶の言葉に、信は顔を上げた。
信の表情はほとんど変わらなかったが、動くべきか悩んでいることが咲耶にはわかった。
「掛ける言葉が見つからないなら、叡正も連れていくといい。あいつは何も知らないからな……。ただただ心配して連れ戻そうとするはずだ」
信はまだ悩んでいるようだったが、やがて目を閉じると小さく頷いた。
咲耶は胸を撫でおろす。
「弥吉にどういう事情があるのかはわからないが、今まであの子から嫌なものを感じたことはない。私が読み違えたのかもしれないとも思ったが、自分を信じるなら、おそらく本当に悪意はなかったんだと思う。おまえもわかっているんだろう?」
信は身じろぎひとつしなかったが、しばらくして小さく口を動かした。
「……ああ」
咲耶は静かに微笑む。
「それなら連れ戻した方がいい。おまえには弥吉が必要だし、弥吉にも、きっとおまえが必要だ」
信は咲耶を見つめたが、しばらくするとゆっくりと目を伏せた。
沈黙が二人を包む。
「ところで……」
咲耶は静かに口を開くと、布が巻かれている信の両手を見つめた。
「火傷はどうだ? 良くなってきていると良庵からは聞いているが……」
咲耶の言葉に、信は左手を上げるとゆっくりと指を動かした。
「ああ、もう治った」
信は淡々と答えた。
動かしにくさは信にしかわからないが、指は自然に動いているように見えた。
「治ってはいないだろうが……、自由に動かせるようにはなったみたいだな……」
咲耶はホッとして息を吐いた。
「私を助けてくれたことは本当に感謝しているが、もう無茶はしないでくれ」
信は何も応えなかった。
「もう無茶はしないでくれ!」
咲耶は少しだけ身を乗り出すと、もう一度言った。
信は咲耶をチラリと見ると、小さく頷いた。
(これは……わかっていないな……)
咲耶は小さくため息をつく。
咲耶は諦めて、話しを元に戻すことにした。
「屋敷までの地図を渡しておく。いつ行くか決めたら教えてくれ。私から叡正に手紙を出すから」
「ああ、わかった」
信はそう言うと、地図を受け取り立ち上がった。
信は地図を懐に仕舞うと、咲耶をじっと見つめる。
「どうした?」
信の視線に気づき、咲耶は首を傾げた。
「咲耶……」
信は何か言いかけていたが、思い直したように静かに目を閉じた。
「いや、なんでもない」
信はそれだけ言うと、身を翻して部屋を後にした。
「どうしたんだ??」
咲耶はひとりになった部屋でもう一度首を傾げる。
「まぁ、いいか……」
咲耶はゆっくりと息を吐いた。
「何事もなく連れ戻せればいいが……」
咲耶はひとり呟くと、祈るように目を閉じた。