何かが砕けるような高い音がした。
「おやめください!! 姫様!!」
紫苑の部屋で叫ぶような女の声が響いた。
部屋の前を歩いていた宗助は、慌てて部屋の襖を開ける。
「これは一体……」
宗助は目を見開き、思わず呟いていた。
紫苑の部屋は泥棒でも入ったかのように荒れ果てていた。
着物が破られた状態で散乱し、棚や床の間に飾ってあった花瓶や壷はすべて割れていた。
そんな中で奉公人の女と紫苑がもみ合っている。
女は紫苑の両手首を掴み、紫苑を必死で抑えているように見えた。
紫苑の手には割れた陶器の欠片が握りしめられていて、その手は血で赤く染まっている。
「宗助さん! 宗助さんも止めてください! 姫様が!!」
宗助が入ってきたことに気づくと、女は必死の形相で宗助を呼んだ。
「あ、はい!」
宗助は慌てて二人のもとに駆け寄る。
紫苑の顔に表情はなく、紫苑は宗助が来たことにもまったく気づいていないようだった。
(どうしたんだ……一体……)
宗助は戸惑いながら、そっと紫苑の手首を掴んだ。
「姫様……、どうしたんですか……?」
紫苑がハッとしたように、宗助の顔を見る。
「ああ……、宗助か……」
紫苑はゆっくりと目を伏せると、腕の力を抜いた。
宗助は紫苑の手からすばやく陶器の欠片を抜き取った。
欠片にはべっとりと血がついている。
宗助は血だらけの痛々しい紫苑の手を見て、思わず顔をしかめた。
「すみません……、水と清潔な布を持ってきていただけませんか?」
宗助は女に向かって言った。
女は紫苑を心配そうに見ていたが、宗助を見てゆっくりと頷く。
「わかりました……。姫様をお願いします」
宗助が頷くのを確認すると、女は部屋から出ていった。
宗助は茫然としている紫苑の肩を掴むと、支えるように破片の落ちていないところまで移動し、ゆっくりと座らせた。
「おい、大丈夫か? 何があったんだ……?」
紫苑はゆっくりと宗助に視線を向ける。
その瞳は暗く、まるで何も映していないようだった。
「紫苑……?」
「ちょうどよかった……」
紫苑は引きつった笑顔を浮かべた。
「少し手伝ってくれないか……?」
宗助は紫苑を見つめる。
どう見ても、いつもの紫苑とは様子が違っていた。
「……何をだ?」
宗助がかすれた声で聞く。
紫苑は血に染まった手で、自分の頬に触れた。
「顔をズタズタにするのを……手伝ってくれないか?」
宗助は息を飲んだ。
「おまえ……何を……」
紫苑の頬に触れていた手が、ゆっくりと畳の上に落ちる。
「そうしたら……行かなくてもいいかもしれないから」
紫苑の瞳は静かに濡れていた。
「着ていく着物がなく、顔もズタズタの女なら、行かなくても許されるかもしれないだろう……?」
宗助は言葉が出なかった。
(どこに行くっていうんだ……)
「どうして奥なんかに……!」
紫苑の唇はかすかに震えていた。
「……奥?」
紫苑は乾いた笑いを浮かべた。
「江戸の大奥だ……」
宗助は目を見開いた。
「どう……して……」
宗助がそう言いかけた瞬間、紫苑が手を伸ばして落ちていた陶器の欠片を掴んだ。
「紫苑!!」
紫苑が顔を切りつけるより早く、宗助が紫苑の手首を掴む。
「何やってるんだ!? やめろ!!」
紫苑の濡れた瞳に、宗助が映った。
「じゃあ、どうすればいい!? 大切なものは全部ここにあるのに! どうしてそんなところに行かなければいけないんだ!?」
紫苑の顔が今にも泣き出しそうに歪む。
「ああ……」
紫苑は軽く笑った後、わずかに目を伏せた。
長い睫毛が涙で濡れている。
「そういえば、前に顔は可愛いと言ってくれたか……」
紫苑は宗助を見つめる。
紫苑の瞳に戸惑った宗助の顔が映し出された。
「この顔は好きか? ……おまえが好きだと言ってくれるなら、もう傷つけないから……」
宗助は目を見開いたまま、何も答えることができなかった。
(俺……は…………)
紫苑は力なく微笑むと、静かに目を閉じた。
目からこぼれた涙が、頬についた血と混じり畳に赤い雫が落ちる。
「悪い……。今、私はどうかしているんだ……。気にしないでくれ……」
「紫苑……」
そのとき、襖が開く音がした。
「宗助さん! 水と清潔な布を持ってきました!」
奉公人の女が桶に入った水と布を持って二人に駆け寄る。
「頭が冷えた」
紫苑は宗助に向かってぎこちなく微笑んだ。
「もう大丈夫だから、行ってくれ。何か仕事の途中だったんだろ?」
「いや、しかし……」
宗助がためらっていると、紫苑が宗助の着物の袖を掴んだ。
「頼む……。もう行ってくれ……」
紫苑は顔を伏せていて、その表情はわからなかった。
「……わかった」
宗助はゆっくりと立ち上がると、女に視線を向けた。
「手当てを頼みます……」
女は力強く頷くと、水の入った桶を置いて紫苑の前にしゃがみ込んだ。
宗助は茫然としたまま、紫苑の部屋を後にした。
(紫苑が……大奥に……?)
理解が追いつかなかった。
(紫苑が…………いなくなるのか?)
『宗助!』
聞き慣れた声が聞こえた気がして振り返ったが、そこに紫苑の姿はなかった。
宗助の胸がざらりと嫌な音を立てる。
「紫苑、俺は……」
宗助は天を仰ぐと、静かに目を閉じた。
「おやめください!! 姫様!!」
紫苑の部屋で叫ぶような女の声が響いた。
部屋の前を歩いていた宗助は、慌てて部屋の襖を開ける。
「これは一体……」
宗助は目を見開き、思わず呟いていた。
紫苑の部屋は泥棒でも入ったかのように荒れ果てていた。
着物が破られた状態で散乱し、棚や床の間に飾ってあった花瓶や壷はすべて割れていた。
そんな中で奉公人の女と紫苑がもみ合っている。
女は紫苑の両手首を掴み、紫苑を必死で抑えているように見えた。
紫苑の手には割れた陶器の欠片が握りしめられていて、その手は血で赤く染まっている。
「宗助さん! 宗助さんも止めてください! 姫様が!!」
宗助が入ってきたことに気づくと、女は必死の形相で宗助を呼んだ。
「あ、はい!」
宗助は慌てて二人のもとに駆け寄る。
紫苑の顔に表情はなく、紫苑は宗助が来たことにもまったく気づいていないようだった。
(どうしたんだ……一体……)
宗助は戸惑いながら、そっと紫苑の手首を掴んだ。
「姫様……、どうしたんですか……?」
紫苑がハッとしたように、宗助の顔を見る。
「ああ……、宗助か……」
紫苑はゆっくりと目を伏せると、腕の力を抜いた。
宗助は紫苑の手からすばやく陶器の欠片を抜き取った。
欠片にはべっとりと血がついている。
宗助は血だらけの痛々しい紫苑の手を見て、思わず顔をしかめた。
「すみません……、水と清潔な布を持ってきていただけませんか?」
宗助は女に向かって言った。
女は紫苑を心配そうに見ていたが、宗助を見てゆっくりと頷く。
「わかりました……。姫様をお願いします」
宗助が頷くのを確認すると、女は部屋から出ていった。
宗助は茫然としている紫苑の肩を掴むと、支えるように破片の落ちていないところまで移動し、ゆっくりと座らせた。
「おい、大丈夫か? 何があったんだ……?」
紫苑はゆっくりと宗助に視線を向ける。
その瞳は暗く、まるで何も映していないようだった。
「紫苑……?」
「ちょうどよかった……」
紫苑は引きつった笑顔を浮かべた。
「少し手伝ってくれないか……?」
宗助は紫苑を見つめる。
どう見ても、いつもの紫苑とは様子が違っていた。
「……何をだ?」
宗助がかすれた声で聞く。
紫苑は血に染まった手で、自分の頬に触れた。
「顔をズタズタにするのを……手伝ってくれないか?」
宗助は息を飲んだ。
「おまえ……何を……」
紫苑の頬に触れていた手が、ゆっくりと畳の上に落ちる。
「そうしたら……行かなくてもいいかもしれないから」
紫苑の瞳は静かに濡れていた。
「着ていく着物がなく、顔もズタズタの女なら、行かなくても許されるかもしれないだろう……?」
宗助は言葉が出なかった。
(どこに行くっていうんだ……)
「どうして奥なんかに……!」
紫苑の唇はかすかに震えていた。
「……奥?」
紫苑は乾いた笑いを浮かべた。
「江戸の大奥だ……」
宗助は目を見開いた。
「どう……して……」
宗助がそう言いかけた瞬間、紫苑が手を伸ばして落ちていた陶器の欠片を掴んだ。
「紫苑!!」
紫苑が顔を切りつけるより早く、宗助が紫苑の手首を掴む。
「何やってるんだ!? やめろ!!」
紫苑の濡れた瞳に、宗助が映った。
「じゃあ、どうすればいい!? 大切なものは全部ここにあるのに! どうしてそんなところに行かなければいけないんだ!?」
紫苑の顔が今にも泣き出しそうに歪む。
「ああ……」
紫苑は軽く笑った後、わずかに目を伏せた。
長い睫毛が涙で濡れている。
「そういえば、前に顔は可愛いと言ってくれたか……」
紫苑は宗助を見つめる。
紫苑の瞳に戸惑った宗助の顔が映し出された。
「この顔は好きか? ……おまえが好きだと言ってくれるなら、もう傷つけないから……」
宗助は目を見開いたまま、何も答えることができなかった。
(俺……は…………)
紫苑は力なく微笑むと、静かに目を閉じた。
目からこぼれた涙が、頬についた血と混じり畳に赤い雫が落ちる。
「悪い……。今、私はどうかしているんだ……。気にしないでくれ……」
「紫苑……」
そのとき、襖が開く音がした。
「宗助さん! 水と清潔な布を持ってきました!」
奉公人の女が桶に入った水と布を持って二人に駆け寄る。
「頭が冷えた」
紫苑は宗助に向かってぎこちなく微笑んだ。
「もう大丈夫だから、行ってくれ。何か仕事の途中だったんだろ?」
「いや、しかし……」
宗助がためらっていると、紫苑が宗助の着物の袖を掴んだ。
「頼む……。もう行ってくれ……」
紫苑は顔を伏せていて、その表情はわからなかった。
「……わかった」
宗助はゆっくりと立ち上がると、女に視線を向けた。
「手当てを頼みます……」
女は力強く頷くと、水の入った桶を置いて紫苑の前にしゃがみ込んだ。
宗助は茫然としたまま、紫苑の部屋を後にした。
(紫苑が……大奥に……?)
理解が追いつかなかった。
(紫苑が…………いなくなるのか?)
『宗助!』
聞き慣れた声が聞こえた気がして振り返ったが、そこに紫苑の姿はなかった。
宗助の胸がざらりと嫌な音を立てる。
「紫苑、俺は……」
宗助は天を仰ぐと、静かに目を閉じた。