「なんだ? 退屈になったのか?」
咲耶が楼主の部屋に足を踏み入れた瞬間、楼主は咲耶に背中を向けたまま聞いた。
楼主は机に向かって座り、何か書き物をしていた。
「おかげさまで、まだまだ退屈しないで済みそうだよ」
咲耶はジトっとした目で楼主の背中を見た。
楼主は軽く笑うと、咲耶を振り返る。
「それならよかった。それで、用件は?」
咲耶は懐から手紙を取り出すと、楼主に見えるように広げた。
「この手紙に書かれている喜一郎様からの贈り物はどこに保管してあるんだ?」
手紙を読み始めてから二日。
咲耶は送られてきているのが手紙だけではないということを、ようやく理解した。
手紙には必ず、早く良くなるように何かを贈るという文が添えられており、咲耶は手紙を開くたび贈り物を確認するため見世中を歩き回ることになった。
「ああ、あれか……」
楼主はゆっくりと立ち上がると、窓の近くにある棚に向かい一番上の引き出しを開けた。
「確かこのあたりに……」
楼主は引き出しの中に手を入れて、中を確認していく。
楼主を見ていた咲耶は、ふと棚の上にある花に目を留めた。
薄紫色の小ぶりの花が美しい花を咲かせている。
(毎年飾ってあるな……。あの花……)
「もうそんな時期か? 今年は少し早い気がするが……」
咲耶は花を見ながら、小さく呟いた。
「ん?」
楼主は顔を上げて咲耶を見た。
咲耶の視線が花にあることに気づくと、楼主はそっと微笑んだ。
「ああ、この夏はあまり暑くなかったからな。今年は早く咲いたらしくて、もう売られていたんだ」
「ふ~ん」
咲耶は薄紫色の花を見つめる。
「ずっと思っていたが、このあたりでは見たことない花だな。北の方で咲く花なのか?」
「いや、ここよりずっと西で咲く花だ。俺の生まれた家のあたりでは、そこらへんに咲いているような花だよ」
楼主は再び棚の引き出しに視線を戻すと言った。
「へ~」
咲耶は棚の前まで足を進めると、指先で花びらを撫でた。
「ああ、あった。これだ」
楼主は引き出しから、小さな桐の箱を取り出した。
楼主はその場にしゃがみ込むと、箱を畳の上に置き、蓋を開ける。
箱の中には美しい細工が施された薬入れが入っていた。
「手紙に書いてあった火傷に効く軟膏だな、きっと……。手紙を読んでいて思ったんだが、私はひどい火傷を負ったと思われているのか?」
咲耶は楼主の横にしゃがむと、薬入れを手に取った。
「一応おまえの客には、怪我はしていないから心配いらないという手紙は出したんだが……。火傷を負ったという噂は出回っているようだな」
「そうか……」
咲耶は目を伏せる。
(ここまで心配されるとは思わなかったな……)
まだすべてを確認することはできていなかったが、開いたどの手紙も咲耶の身を案じ、気遣う言葉で溢れていた。
咲耶の脳裏に、青ざめた叡正の顔、泣き出しそうな信の顔が浮かんだ。
(信のあの顔は夢かもしれないが……)
「私は……死んではいけなかったんだな……」
咲耶はポツリと呟いた。
隣で息を飲む音が聞こえたと思った次の瞬間、咲耶の頭に強い衝撃が走った。
「痛っ!!」
咲耶は頭を両手で押さえてうずくまる。
涙目になった咲耶が恐る恐る顔を上げると、拳を握りしめた楼主が怒りに満ちた眼差しで咲耶を見ていた。
(し、しまった……)
咲耶の顔が一瞬にして青ざめる。
「当たり前だろう!!」
楼主らしくない感情的な声だった。
「おまえはどうしてそう自分のことに無頓着なんだ! おまえを想っている人間がどれだけいると思っている!!」
「いや、無頓着というわけでは……」
咲耶は楼主のあまりの剣幕に、視線をそらしながら言った。
「無頓着だろ! おまえ、あの火事のとき、諦めていたんじゃないのか? ああ、自分は死ぬんだな、とか他人事のように思っていたんだろ!」
楼主の言葉に、咲耶は返す言葉がなかった。
(否定はできないが……、決して死にたかったわけでは……)
「結果、どうなった? 信が、自分が死ぬかもしれないのに炎の中に飛び込んでおまえを助けたんだろう?」
咲耶はハッとしたように楼主を見つめる。
「想われるっていうのはそういうことだ。自分の命を軽く考えるな!」
楼主の言葉に、咲耶は目を伏せた。
「ああ……、悪かったよ……」
楼主は頭を掻くと、小さくため息をついた。
「まだまだわかっているようには見えないが……。とりあえず、これくらいにしておいてやる」
楼主はそう言うと立ち上がり、部屋の奥に戻っていった。
「手紙……ちゃんと読めよ。どれだけ周りに心配かけたのか、よく考えろ……」
「ああ、わかった……」
咲耶は薬入れを箱の中に戻すと、箱を持って立ち上がった。
咲耶は再び机に向かった楼主の背中を見つめる。
「心配かけて、悪かった……」
「……もう二度とご免だぞ」
楼主は背中を向けたまま言った。
「……ああ、わかった」
咲耶はそれだけ言うと、楼主の部屋を後にした。
襖を閉める直前、風のせいか薄紫色の花びらがほんの少しだけ揺れた気がした。
咲耶が楼主の部屋に足を踏み入れた瞬間、楼主は咲耶に背中を向けたまま聞いた。
楼主は机に向かって座り、何か書き物をしていた。
「おかげさまで、まだまだ退屈しないで済みそうだよ」
咲耶はジトっとした目で楼主の背中を見た。
楼主は軽く笑うと、咲耶を振り返る。
「それならよかった。それで、用件は?」
咲耶は懐から手紙を取り出すと、楼主に見えるように広げた。
「この手紙に書かれている喜一郎様からの贈り物はどこに保管してあるんだ?」
手紙を読み始めてから二日。
咲耶は送られてきているのが手紙だけではないということを、ようやく理解した。
手紙には必ず、早く良くなるように何かを贈るという文が添えられており、咲耶は手紙を開くたび贈り物を確認するため見世中を歩き回ることになった。
「ああ、あれか……」
楼主はゆっくりと立ち上がると、窓の近くにある棚に向かい一番上の引き出しを開けた。
「確かこのあたりに……」
楼主は引き出しの中に手を入れて、中を確認していく。
楼主を見ていた咲耶は、ふと棚の上にある花に目を留めた。
薄紫色の小ぶりの花が美しい花を咲かせている。
(毎年飾ってあるな……。あの花……)
「もうそんな時期か? 今年は少し早い気がするが……」
咲耶は花を見ながら、小さく呟いた。
「ん?」
楼主は顔を上げて咲耶を見た。
咲耶の視線が花にあることに気づくと、楼主はそっと微笑んだ。
「ああ、この夏はあまり暑くなかったからな。今年は早く咲いたらしくて、もう売られていたんだ」
「ふ~ん」
咲耶は薄紫色の花を見つめる。
「ずっと思っていたが、このあたりでは見たことない花だな。北の方で咲く花なのか?」
「いや、ここよりずっと西で咲く花だ。俺の生まれた家のあたりでは、そこらへんに咲いているような花だよ」
楼主は再び棚の引き出しに視線を戻すと言った。
「へ~」
咲耶は棚の前まで足を進めると、指先で花びらを撫でた。
「ああ、あった。これだ」
楼主は引き出しから、小さな桐の箱を取り出した。
楼主はその場にしゃがみ込むと、箱を畳の上に置き、蓋を開ける。
箱の中には美しい細工が施された薬入れが入っていた。
「手紙に書いてあった火傷に効く軟膏だな、きっと……。手紙を読んでいて思ったんだが、私はひどい火傷を負ったと思われているのか?」
咲耶は楼主の横にしゃがむと、薬入れを手に取った。
「一応おまえの客には、怪我はしていないから心配いらないという手紙は出したんだが……。火傷を負ったという噂は出回っているようだな」
「そうか……」
咲耶は目を伏せる。
(ここまで心配されるとは思わなかったな……)
まだすべてを確認することはできていなかったが、開いたどの手紙も咲耶の身を案じ、気遣う言葉で溢れていた。
咲耶の脳裏に、青ざめた叡正の顔、泣き出しそうな信の顔が浮かんだ。
(信のあの顔は夢かもしれないが……)
「私は……死んではいけなかったんだな……」
咲耶はポツリと呟いた。
隣で息を飲む音が聞こえたと思った次の瞬間、咲耶の頭に強い衝撃が走った。
「痛っ!!」
咲耶は頭を両手で押さえてうずくまる。
涙目になった咲耶が恐る恐る顔を上げると、拳を握りしめた楼主が怒りに満ちた眼差しで咲耶を見ていた。
(し、しまった……)
咲耶の顔が一瞬にして青ざめる。
「当たり前だろう!!」
楼主らしくない感情的な声だった。
「おまえはどうしてそう自分のことに無頓着なんだ! おまえを想っている人間がどれだけいると思っている!!」
「いや、無頓着というわけでは……」
咲耶は楼主のあまりの剣幕に、視線をそらしながら言った。
「無頓着だろ! おまえ、あの火事のとき、諦めていたんじゃないのか? ああ、自分は死ぬんだな、とか他人事のように思っていたんだろ!」
楼主の言葉に、咲耶は返す言葉がなかった。
(否定はできないが……、決して死にたかったわけでは……)
「結果、どうなった? 信が、自分が死ぬかもしれないのに炎の中に飛び込んでおまえを助けたんだろう?」
咲耶はハッとしたように楼主を見つめる。
「想われるっていうのはそういうことだ。自分の命を軽く考えるな!」
楼主の言葉に、咲耶は目を伏せた。
「ああ……、悪かったよ……」
楼主は頭を掻くと、小さくため息をついた。
「まだまだわかっているようには見えないが……。とりあえず、これくらいにしておいてやる」
楼主はそう言うと立ち上がり、部屋の奥に戻っていった。
「手紙……ちゃんと読めよ。どれだけ周りに心配かけたのか、よく考えろ……」
「ああ、わかった……」
咲耶は薬入れを箱の中に戻すと、箱を持って立ち上がった。
咲耶は再び机に向かった楼主の背中を見つめる。
「心配かけて、悪かった……」
「……もう二度とご免だぞ」
楼主は背中を向けたまま言った。
「……ああ、わかった」
咲耶はそれだけ言うと、楼主の部屋を後にした。
襖を閉める直前、風のせいか薄紫色の花びらがほんの少しだけ揺れた気がした。