『…………おまえは必ず……』
咲耶は、差し込む日差しの眩しさに目を開けた。
咲耶は布団から体を起こすと、ぼんやりと窓を見る。
(また夢を見ていたのか……)
咲耶は目を擦った。
(寝すぎてしまったな……)
咲耶はゆっくりと瞬きする。
火事から十二日が経ち、咲耶の体調は完全に回復していた。
(一体、私をいつまで休ませる気なんだ……)
咲耶は小さくため息をつく。
「花魁、入ります」
襖の向こうから緑の声がした。
ゆっくりと襖が開き、緑が顔を出す。
「起きていらっしゃったんですね」
緑は咲耶を見て微笑んだ。
「ああ、今起きた」
咲耶は緑を見て微笑み返す。
「それならちょうどよかったです」
緑はそう言うと、湯飲みの乗ったお盆を持ち、咲耶の枕元までやってきた。
「お水をお持ちしました」
緑は湯飲みを咲耶に手渡した。
「ああ、ちょうど喉が渇いていたんだ。ありがとう」
咲耶は湯飲みを受け取ると、水をひと口飲んだ。
「ところで、私はいつになったら見世に出られるか聞いているか?」
咲耶は湯飲みを緑に返しながら聞いた。
緑は困ったような微笑みを浮かべる。
「私は『まだ休ませる』としか聞いていませんが……。ほかの姐さんたちも病気や怪我をしたときはひと月ほど休みましたし、花魁もそれくらいではないかと……」
「この程度でひと月も……?」
咲耶は目を丸くする。
ほかの遊女が休養したときのことは咲耶も覚えていたが、いずれも症状が重く見世に出られるような状態ではなかった。
咲耶は今回、煙を吸い込んだだけで、外傷もなければ内傷も喉の不調以外は最初からない。
「私はもう見世に出られると思うが……」
咲耶の呟きに、緑は目を丸くする。
「まだダメですよ! それでなくても花魁は働きすぎなんです! こういうときくらいゆっくりしてください!」
「いや、しかし……。一応この見世の太夫だからな……。こんなに休むわけには……」
そのとき、襖の開く音がした。
「まだ、ダメだぞ」
部屋の入口で楼主が腕組みをしながら、咲耶を見ていた。
咲耶はため息をついた。
「こんなに長く休むようなことでもないだろう? 喉も治っているし、何よりそろそろ退屈で……」
「ほ~、退屈……」
楼主の低い声が響く。
(あ、しまった……)
咲耶はゆっくりと楼主から視線をそらす。
「それなら、俺の仕事を手伝ってもらうとするかな。ちょうどよかった。俺は退屈する暇もないほど溜まっているんだよ、仕事が」
「いや……、そういうのは……ちょっと……」
咲耶は自分の顔が引きつっているのがわかった。
楼主の仕事は、金回りのことはもちろん、ひと癖あるお客とのやりとり、腹の内を探り合うような会合への参加など多岐にわたる。
楼主の仕事は、楼主にしかできず、また楼主以外やりたがる者もいなかった。
「そうか? そんなに退屈なら手伝ってくれてもいいんだぞ?」
楼主は咲耶の部屋に入ると、仄暗い笑顔で咲耶の枕元までやってきた。
「あ、いや……。まだ調子が悪いみたいだ……」
咲耶は目を泳がせながら、自分のお腹に両手を当てた。
「なんだか胃の調子が……」
「そうか。それならまだ休まないとな。そんな今のおまえにぴったりな仕事を持ってきてやったぞ」
楼主はそう言うと自分の懐に手を入れた。
「え!? だから、仕事は……」
咲耶が慌てて顔を上げると、楼主は懐から取り出した手紙の束を咲耶に差し出した。
「……これは?」
咲耶は手紙を受け取りながら聞いた。
「おまえを心配した客が書いた手紙だ。ちなみに俺の部屋に同じ束があと五つある。まず全部に返事を書くんだ」
楼主はにっこりと笑った。
「……この束が、あと五つあるのか?」
今、咲耶の手にある束だけで、二十以上の手紙があった。
「ああ。あと五つだ。どれも熱い想いが込められているようだから、真心込めて返事を書くんだぞ」
咲耶は呆然と楼主を見上げる。
「これ……、ここまで溜めなくても……もっと早く私に渡せたんじゃないのか?」
これだけの手紙に返事を書くのは、いくら咲耶でも数日必要だった。
楼主は咲耶を見下ろしてニヤリと笑った。
「おまえが退屈しないように溜めておいたんだ」
咲耶は呆然としたまま、手紙に視線を落とす。
「ああ……。それはご親切にどうも……」
「手紙の返事が書き終わりしだい、見世に出ていい。それまではゆっくり休めよ」
楼主はそう言うと、笑顔を浮かべ部屋を後にした。
襖が閉まると、咲耶は頭を抱えた。
「あの、たぬき親父め……! この量の手紙に返事を書きながら、どうやってゆっくりしろっていうんだ……!」
「ま、まぁ、花魁ならすぐですよ! わ、私も墨をするお手伝いをしますから!」
緑が慌てて咲耶の背中をさする。
「ああ、ありがとう……緑……」
咲耶はなんとか微笑んだ。
(まぁ、まずは手紙に目を通すところからだな……)
咲耶は気を取り直して、手紙を開いて読み始めた。
(一体何日かかるのか……)
咲耶は緑に気づかれないように、そっと小さくため息をついた。
咲耶は、差し込む日差しの眩しさに目を開けた。
咲耶は布団から体を起こすと、ぼんやりと窓を見る。
(また夢を見ていたのか……)
咲耶は目を擦った。
(寝すぎてしまったな……)
咲耶はゆっくりと瞬きする。
火事から十二日が経ち、咲耶の体調は完全に回復していた。
(一体、私をいつまで休ませる気なんだ……)
咲耶は小さくため息をつく。
「花魁、入ります」
襖の向こうから緑の声がした。
ゆっくりと襖が開き、緑が顔を出す。
「起きていらっしゃったんですね」
緑は咲耶を見て微笑んだ。
「ああ、今起きた」
咲耶は緑を見て微笑み返す。
「それならちょうどよかったです」
緑はそう言うと、湯飲みの乗ったお盆を持ち、咲耶の枕元までやってきた。
「お水をお持ちしました」
緑は湯飲みを咲耶に手渡した。
「ああ、ちょうど喉が渇いていたんだ。ありがとう」
咲耶は湯飲みを受け取ると、水をひと口飲んだ。
「ところで、私はいつになったら見世に出られるか聞いているか?」
咲耶は湯飲みを緑に返しながら聞いた。
緑は困ったような微笑みを浮かべる。
「私は『まだ休ませる』としか聞いていませんが……。ほかの姐さんたちも病気や怪我をしたときはひと月ほど休みましたし、花魁もそれくらいではないかと……」
「この程度でひと月も……?」
咲耶は目を丸くする。
ほかの遊女が休養したときのことは咲耶も覚えていたが、いずれも症状が重く見世に出られるような状態ではなかった。
咲耶は今回、煙を吸い込んだだけで、外傷もなければ内傷も喉の不調以外は最初からない。
「私はもう見世に出られると思うが……」
咲耶の呟きに、緑は目を丸くする。
「まだダメですよ! それでなくても花魁は働きすぎなんです! こういうときくらいゆっくりしてください!」
「いや、しかし……。一応この見世の太夫だからな……。こんなに休むわけには……」
そのとき、襖の開く音がした。
「まだ、ダメだぞ」
部屋の入口で楼主が腕組みをしながら、咲耶を見ていた。
咲耶はため息をついた。
「こんなに長く休むようなことでもないだろう? 喉も治っているし、何よりそろそろ退屈で……」
「ほ~、退屈……」
楼主の低い声が響く。
(あ、しまった……)
咲耶はゆっくりと楼主から視線をそらす。
「それなら、俺の仕事を手伝ってもらうとするかな。ちょうどよかった。俺は退屈する暇もないほど溜まっているんだよ、仕事が」
「いや……、そういうのは……ちょっと……」
咲耶は自分の顔が引きつっているのがわかった。
楼主の仕事は、金回りのことはもちろん、ひと癖あるお客とのやりとり、腹の内を探り合うような会合への参加など多岐にわたる。
楼主の仕事は、楼主にしかできず、また楼主以外やりたがる者もいなかった。
「そうか? そんなに退屈なら手伝ってくれてもいいんだぞ?」
楼主は咲耶の部屋に入ると、仄暗い笑顔で咲耶の枕元までやってきた。
「あ、いや……。まだ調子が悪いみたいだ……」
咲耶は目を泳がせながら、自分のお腹に両手を当てた。
「なんだか胃の調子が……」
「そうか。それならまだ休まないとな。そんな今のおまえにぴったりな仕事を持ってきてやったぞ」
楼主はそう言うと自分の懐に手を入れた。
「え!? だから、仕事は……」
咲耶が慌てて顔を上げると、楼主は懐から取り出した手紙の束を咲耶に差し出した。
「……これは?」
咲耶は手紙を受け取りながら聞いた。
「おまえを心配した客が書いた手紙だ。ちなみに俺の部屋に同じ束があと五つある。まず全部に返事を書くんだ」
楼主はにっこりと笑った。
「……この束が、あと五つあるのか?」
今、咲耶の手にある束だけで、二十以上の手紙があった。
「ああ。あと五つだ。どれも熱い想いが込められているようだから、真心込めて返事を書くんだぞ」
咲耶は呆然と楼主を見上げる。
「これ……、ここまで溜めなくても……もっと早く私に渡せたんじゃないのか?」
これだけの手紙に返事を書くのは、いくら咲耶でも数日必要だった。
楼主は咲耶を見下ろしてニヤリと笑った。
「おまえが退屈しないように溜めておいたんだ」
咲耶は呆然としたまま、手紙に視線を落とす。
「ああ……。それはご親切にどうも……」
「手紙の返事が書き終わりしだい、見世に出ていい。それまではゆっくり休めよ」
楼主はそう言うと、笑顔を浮かべ部屋を後にした。
襖が閉まると、咲耶は頭を抱えた。
「あの、たぬき親父め……! この量の手紙に返事を書きながら、どうやってゆっくりしろっていうんだ……!」
「ま、まぁ、花魁ならすぐですよ! わ、私も墨をするお手伝いをしますから!」
緑が慌てて咲耶の背中をさする。
「ああ、ありがとう……緑……」
咲耶はなんとか微笑んだ。
(まぁ、まずは手紙に目を通すところからだな……)
咲耶は気を取り直して、手紙を開いて読み始めた。
(一体何日かかるのか……)
咲耶は緑に気づかれないように、そっと小さくため息をついた。