夕暮れ時、二人の男が茶屋にいた。
 二人は、茶屋の主人が店の奥に行ったのを確認すると、静かに口を開いた。

「橘様、死んだってな」
 額に傷がある男が前を向いたまま言った。
「言っとくけど、俺はちゃんと逃げろって言ったからな。余計なことまでして……自業自得だ」
 傷のある男は呆れたようにため息をついた。

「本当にね……。まったく余計なことをしてくれたよ」
 もうひとりの男は軽く笑うと、もうすっかり冷めている茶を手にとった。

「どうするんだ、これから……。あいつ本気で殺しに来るぞ。そうなったら困るから、監視だけつけて放っておいたのに……」
 傷のある男は額の古傷を掻いた。

「そうだね……。それに、よりによって咲耶太夫も巻き込んでくれたし、これはかなりマズいよね……。いろいろと動いてほしくない人たちが動き出しちゃうよ……」
 もうひとりの男は冷めたお茶に口をつける。

「町奉行に豪商に切れ者の楼主、それからもっと厄介なところまで……。想像するだけでゾッとする」
 傷のある男は吐き捨てるように言った。

「まぁ、しばらくは大人しくするのがいいだろうね……」
「それしかないだろうな」
 傷のある男はため息をついた。
「あ、そうだ。弥吉はどうする? まぁ、最初からバレてたみたいだけど」

 もうひとりの男は薄く笑う。
「バレたとしても、あいつならそばに置くだろうって計算して送り込んだんだろう? あれぐらいの年の子で、しかも自分と同じような境遇に見えたら、放っておけないって簡単に想像できるからね」

「まぁな。でも、弥吉の方が(ほだ)されるのは計算外といえば計算外だ」
「そう? 俺は想像の範囲内だけど」
 もうひとりの男はクスッと笑う。
「おまえは相変わらず鼻につくな」
 傷のある男は眉をひそめる。
「まぁまぁ、そう言わず仲良くやろうよ」
 もうひとりの男は傷のある男の方を向くと、にっこりと微笑んだ。

 傷のある男は腕組みをすると、長く息を吐いた。
「まぁ、何はともあれ、弥吉に関しては今後の動きしだいだな」
「そうだね」

 傷のある男はゆっくりと立ち上がると、暗くなり始めている空を見た。
「あ~あ、いずれにしろ面倒くさいことになりそうだな……」
「そうだね……」

 傷のある男はしばらく無言で立っていたが、少しすると片手を上げて茶屋を後にした。

「吉原のお姫様か……。これ以上面倒くさいことは遠慮したいね」
 ひとり残された男は、そう呟くと静かに冷めたお茶を飲みほした。