(そろそろ誰かに声を掛けたいな……)
先ほどから何人かの奉公人とはすれ違っていたが、叡正の法衣を見ると会釈をしてすばやく通り過ぎていくため、なかなか声を掛けることができずにいた。
叡正が思い悩みながら廊下の角を曲がると、その瞬間、反対側から歩いてきていた女とぶつかった。
「あ、すまない」
よろける女を慌てて叡正が抱きとめる。
「いえ! こちらこそ! 申し訳ございませ……」
女は慌てて半歩下がると顔を上げた。
叡正の顔を見た瞬間、女は目を見開く。
頬は赤く染まり、謝罪の言葉は不自然なかたちで途切れた。
(あ、今が声を掛ける絶好の機会か……!)
叡正は意を決して女を見た。
「少し聞きたいことがあるんだが、今話せるだろうか?」
叡正はよそいきの綺麗な微笑みを浮かべた。
女は叡正の笑顔を見ると、ますます顔を赤くした。
「あ、はい! もちろん大丈夫です!」
女は目を輝かせる。
「ありがとう。人を探しているんだが、ここに『さき』という奉公人はいるか?」
叡正の口から女の名が出てきたことに、女はあからさまに肩を落とした。
「あ、はい……。咲は、私と同じ飯炊きですが……お知り合いですか……?」
「知っているんだな!」
(いた! こんなに早くわかるなんて!)
肩を落とした女とは対照的に、叡正は喜びで思わず頬が緩んだが、女のジトっとした視線を受けて慌てて首を横に振った。
「あ、いや、知り合いというわけではないんだ。そこで落とし物を拾ったんだが、『さき』という刺繍があったから届けようと思ってね……」
「ああ! そうだったのですね!」
女の顔がパッと明るくなる。
「それでしたら、私が届けておきますので」
女はそう言うと、にっこりと微笑んだ。
(う……、それだと困るんだよな……)
叡正の顔が思わず引きつる。
「あ、いや。落とし物を俺の勝手な判断で人に渡すというのは気が引ける。手間をとらせて悪いんだが、『さき』という奉公人のところまで連れていってもらえないだろうか?」
「咲のところにですか……? 私の一存でお客様をお屋敷の奥までお連れするというのは……」
女は顔を曇らせると叡正から視線をそらした。
(まずい……。いることはわかったが、なんとか顔くらいは見ておかないと……。あと一押し……なんとか……)
叡正は意を決して女の手をとった。
「……え?」
ふいに手を掴まれた女は、目を丸くする。
叡正は女の手を両手で包むと、顔を近づけて懇願するように女をじっと見つめた。
「……頼む」
女の顔がみるみるうちに真っ赤に染まっていく。
「届けてやりたいんだ。頼む」
叡正は真っすぐに女を見つめ続けた。
「あ、そ、その……。そこまでおっしゃるなら……。は、はい……、お連れします……から……」
「ありがとう! 恩に着る!」
叡正は力強く女の手を握りしめた。
「あ、は、はい……!」
女は首元まで赤くしながら言った。
(なんとか探すという約束は果たせそうだな……)
叡正はホッと胸をなでおろした。
「そ、それではご案内しますので……ついてきてください」
「ああ、頼む」
叡正はそう言うと、女の手をそっと離した。
女がくるりと背を向けて廊下を歩き出す。
その首筋はまだほんのりと赤かった。
『おまえの色気でなんとか……』
叡正は一昨日、咲耶に言われたことを思い出していた。
(俺の使い道ってやっぱりこんな感じのことしかないんだよな……)
叡正は少しだけ情けなくなり、前を歩く女に聞こえないくらいの小さなため息をついた。
先ほどから何人かの奉公人とはすれ違っていたが、叡正の法衣を見ると会釈をしてすばやく通り過ぎていくため、なかなか声を掛けることができずにいた。
叡正が思い悩みながら廊下の角を曲がると、その瞬間、反対側から歩いてきていた女とぶつかった。
「あ、すまない」
よろける女を慌てて叡正が抱きとめる。
「いえ! こちらこそ! 申し訳ございませ……」
女は慌てて半歩下がると顔を上げた。
叡正の顔を見た瞬間、女は目を見開く。
頬は赤く染まり、謝罪の言葉は不自然なかたちで途切れた。
(あ、今が声を掛ける絶好の機会か……!)
叡正は意を決して女を見た。
「少し聞きたいことがあるんだが、今話せるだろうか?」
叡正はよそいきの綺麗な微笑みを浮かべた。
女は叡正の笑顔を見ると、ますます顔を赤くした。
「あ、はい! もちろん大丈夫です!」
女は目を輝かせる。
「ありがとう。人を探しているんだが、ここに『さき』という奉公人はいるか?」
叡正の口から女の名が出てきたことに、女はあからさまに肩を落とした。
「あ、はい……。咲は、私と同じ飯炊きですが……お知り合いですか……?」
「知っているんだな!」
(いた! こんなに早くわかるなんて!)
肩を落とした女とは対照的に、叡正は喜びで思わず頬が緩んだが、女のジトっとした視線を受けて慌てて首を横に振った。
「あ、いや、知り合いというわけではないんだ。そこで落とし物を拾ったんだが、『さき』という刺繍があったから届けようと思ってね……」
「ああ! そうだったのですね!」
女の顔がパッと明るくなる。
「それでしたら、私が届けておきますので」
女はそう言うと、にっこりと微笑んだ。
(う……、それだと困るんだよな……)
叡正の顔が思わず引きつる。
「あ、いや。落とし物を俺の勝手な判断で人に渡すというのは気が引ける。手間をとらせて悪いんだが、『さき』という奉公人のところまで連れていってもらえないだろうか?」
「咲のところにですか……? 私の一存でお客様をお屋敷の奥までお連れするというのは……」
女は顔を曇らせると叡正から視線をそらした。
(まずい……。いることはわかったが、なんとか顔くらいは見ておかないと……。あと一押し……なんとか……)
叡正は意を決して女の手をとった。
「……え?」
ふいに手を掴まれた女は、目を丸くする。
叡正は女の手を両手で包むと、顔を近づけて懇願するように女をじっと見つめた。
「……頼む」
女の顔がみるみるうちに真っ赤に染まっていく。
「届けてやりたいんだ。頼む」
叡正は真っすぐに女を見つめ続けた。
「あ、そ、その……。そこまでおっしゃるなら……。は、はい……、お連れします……から……」
「ありがとう! 恩に着る!」
叡正は力強く女の手を握りしめた。
「あ、は、はい……!」
女は首元まで赤くしながら言った。
(なんとか探すという約束は果たせそうだな……)
叡正はホッと胸をなでおろした。
「そ、それではご案内しますので……ついてきてください」
「ああ、頼む」
叡正はそう言うと、女の手をそっと離した。
女がくるりと背を向けて廊下を歩き出す。
その首筋はまだほんのりと赤かった。
『おまえの色気でなんとか……』
叡正は一昨日、咲耶に言われたことを思い出していた。
(俺の使い道ってやっぱりこんな感じのことしかないんだよな……)
叡正は少しだけ情けなくなり、前を歩く女に聞こえないくらいの小さなため息をついた。