「どうしたんだ、叡正? そんなにキョロキョロして」
 橘家の屋敷に上がった嗣水は、入るなり挙動不審な叡正を見て首を傾げた。
「え!? いや、そんなことねぇよ……」
 叡正は引きつった笑みを浮かべた。

(本当にこんな広い屋敷の中から見つけられるかな……)
 叡正は早くも安請け合いしたことを後悔し始めていた。

 二十三回忌の法要には住職である嗣水と叡正の二人だけで来ていた。
 二人は法要が始まるまでの待ち合いの部屋に通されると、用意されていた座布団に腰を下ろした。

(法要が始まったらさすがに動けないから、何か理由をつけて始まる前に動かないとな……)
 叡正が少しうつむいて考えていると、嗣水がニヤニヤしながら叡正に顔を近づけてきた。
「さては、この屋敷に気になる子でもいるんだな~?」
「……は?」
 叡正は軽く嗣水を睨んだ。
(あ、でもそう思われてた方が動きやすいのか……)
「嘘つくなよ~。ソワソワしてるじゃないか。ふふふ、若いってのはいいねぇ」
 嗣水は目を閉じて、何か納得したように頷いた。
「い、いや、そういうわけじゃないけど……ちょ、ちょっと昔の知り合いがこの屋敷で働いてるって聞いたから……。少しでも会って話せればと思って……」
 叡正は目を泳がせながら、なんとかそれらしい理由をつけた。
「へ~、そう。元旗本のご子息のご友人が、橘家の奉公人にねぇ。へ~、そうなの~。珍しいこともあるもんだ~」
 嗣水はずっとニヤニヤしていた。
(う……、少し無理があったか……?)

 橘家は武家としてそれほど大きい方ではなかった。
 旗本であれば武家の人間が奉公人になることもあるが、橘家の大きさから考えれば奉公人は百姓が中心であることは簡単に想像できた。
 旗本の屋敷に暮らしていて、百姓の子どもと知り合いになる機会はほぼないといっていい。

「まぁ、いいよ。そういうことにしといてあげるから。その知り合いとやらを探しておいで。挨拶はこっちで済ませておくし、あとは茶をすすって待ってるだけだからさ」
 嗣水は軽く笑うと、叡正をちらりと見た。
「ただ、くれぐれも節度を持ってね。女遊びもほどほどに~」
「だ、だから違うって!」
「ほら、法要が始まる前には戻ってきてもらわないといけないんだから~。さっさと行きな」
 叡正は何か言おうと口を開いたが、あまり時間がないことを思い出し口を噤んだ。

 ゆっくりと立ち上がった叡正を、嗣水が見上げてにっこりと笑う。
「好みの子に会えるといいね~」
「だから、違うって! ……知り合いと話してすぐ戻るから……」
 叡正はそれだけ言うと、嗣水に背を向けて襖を開けた。
「はいは~い、ごゆっくり」
 嗣水ののんびりとした声を背中で聞きながら、叡正は部屋の外に出た。

(どうやって見つけるかな……。まぁ、会った奉公人に手当たりしだい聞いてみるか……)
 叡正はそう決めると、真っすぐに伸びる廊下を歩きだした。