信が無事に仕事終えたのは、小屋を出て三日後のことだった。
(嫌な予感がする……。お館様は一体何をする気なんだ……)
信は日が沈み始めたのを見て、小屋に向かう足を速めた。
小屋に着いた頃にはすっかり日が沈み、小屋の中は暗くなっていた。
「姉さん……?」
いつもなら気配だけで信が帰ってきたことに気づく百合が何も言わないことに、信の不安は急速に高まった。
「……信?」
暗闇の中で、何かが少しだけ動く気配がした。
「姉さん……?」
信は暗闇の中、手探りで声のした方に向かっていく。
しだいに目が慣れてくると、窓から差し込む月の光でぼんやりと百合の姿が見えた。
百合は薄い布団の上で、上半身を起こしていた。
「姉さん……、もう寝てたの……?」
信はゆっくりと百合に近づくと、布団の横に腰を下ろした。
日は沈んでいたが、寝るにはまだ早い時間だった。
「ごめんね……。ここ数日体調が少し良くなくて……。食事もせっかくいただいたのだけど……今日はもうあまり食べられなくて……」
百合はそう言うと、少しだけ微笑んで食事の膳の方に顔を向ける。
膳の上にはほとんど手つかずの食事が残されていた。
「もし食べられそうなら、信……食べてくれない? 残すのは申し訳なくて……」
薄暗く百合の顔色はよくわからなかったが、百合の表情を見る限り、体調はかなり悪いようだった。
「うん、残りは俺が食べるから、姉さんはもう休んで」
信がそう言うと、百合は申し訳なさそうに微笑み、ゆっくりと体を横にした。
信は百合の布団を掛け直すと、ゆっくりと食事の膳の前に移動した。
(ちゃんと食事は出してくれたんだな……)
豪華とは言えないが、毎日米を食べられるだけで二人にとっては十分すぎるほど贅沢な食事だった。
信は膳の前に腰を下ろすと、残りの食事に口をつける。
残すのが申し訳ないという思いは、信も同じだった。
(それにしてもお館様は何をするつもりなんだろう……)
体調こそ崩していたが百合が無事だったことに信は心の底からホッとしていた。
膳に残っていた食事を食べ終えた信は、百合を起さないようにそっと外に出る。
月の綺麗な夜だった。
虫の音を耳にして、信はようやく季節が秋になっていることに気がついた。
「また……季節が変わったんだな……」
そう呟いたとき、信は近づいてくる足音に気がついた。
(こんな時間に……誰が……?)
しだいにぼんやりとした黒い影が信の目に映る。
「信、おかえり。遅かったなぁ」
月明かりに照られた恰幅のいい男は、信を見て不気味に微笑んだ。
「お館様……。こんな時間にどうされたんですか……?」
信は顔が引きつるのをなんとか抑えながら言った。
「おまえの姉さんの様子を見に来たんだよ」
「姉さん……ですか?」
信はそう口にしながら、胸の辺りが少しずつ気持ち悪くなっていくのを感じた。
(なんだ……? どうしたんだ……?)
「ああ。おまえの姉さん、元気だったか?」
「どういう……意味ですか?」
信は喉元までこみ上げてくる吐き気を抑えながら聞いた。
「言葉通りの意味だが……」
男は信の様子を見て、ニヤリと笑う。
「なんだ、おまえも食べたのか?」
(食べ……た?)
信はその場にしゃがみ込むと、堪え切れず一気に吐いた。
吐いても吐いても、吐き気は治まらなかった。
「あ~あ、もったいない。おまえたちにとっては貴重な食事だろう?」
男は信から距離を取りながら、面白そうに笑っていた。
「何を……した……んですか……?」
信はなんとか顔を上げたが、視界がかすんで男のことは見えなかった。
「まぁ、ちょっとした毒を入れた」
(毒……!?)
信は再び吐いた。
口の中にかすかに血の味が広がる。
「すべてはおまえのやる気を引き出すためだよ。これからおまえの姉さんの食事には常に毒を入れる。まぁ、心配するな。すぐ死ぬようなもんじゃない。だが、ずっと食べ続ければいつか死ぬだろうな」
信は目を見開く。
「ど……して……そんな……」
息が苦しく、うまく声が出なかった。
「だから言ってるだろう? おまえのやる気を引き出すためだよ。姉さんに毒を食べさせたくないなら、おまえが早く帰ってきておまえが代わりに食べればいい。おまえが逃げたり、手を抜いて殺すのに時間をかけたりしたときは、おまえのせいで姉さんが死ぬんだよ」
(姉さんが……死ぬ……?)
「あぁ……あ……」
信は呼吸ができず、もはや話せる状態ではなかった。
目の前が真っ暗で、自分が今目を開けているのか、閉じているのかすらよくわからなかった。
(死ぬ……死ぬ……姉さんが……。俺のせいで……?)
信はその場に倒れ込んだ。
(俺が……こんなところに連れてきたせいで……)
「ああぁ……」
(俺は一体何を……)
怒りと悔しさで信は強く歯を食いしばったが、信の意識はそこでプツリと途切れた。
(嫌な予感がする……。お館様は一体何をする気なんだ……)
信は日が沈み始めたのを見て、小屋に向かう足を速めた。
小屋に着いた頃にはすっかり日が沈み、小屋の中は暗くなっていた。
「姉さん……?」
いつもなら気配だけで信が帰ってきたことに気づく百合が何も言わないことに、信の不安は急速に高まった。
「……信?」
暗闇の中で、何かが少しだけ動く気配がした。
「姉さん……?」
信は暗闇の中、手探りで声のした方に向かっていく。
しだいに目が慣れてくると、窓から差し込む月の光でぼんやりと百合の姿が見えた。
百合は薄い布団の上で、上半身を起こしていた。
「姉さん……、もう寝てたの……?」
信はゆっくりと百合に近づくと、布団の横に腰を下ろした。
日は沈んでいたが、寝るにはまだ早い時間だった。
「ごめんね……。ここ数日体調が少し良くなくて……。食事もせっかくいただいたのだけど……今日はもうあまり食べられなくて……」
百合はそう言うと、少しだけ微笑んで食事の膳の方に顔を向ける。
膳の上にはほとんど手つかずの食事が残されていた。
「もし食べられそうなら、信……食べてくれない? 残すのは申し訳なくて……」
薄暗く百合の顔色はよくわからなかったが、百合の表情を見る限り、体調はかなり悪いようだった。
「うん、残りは俺が食べるから、姉さんはもう休んで」
信がそう言うと、百合は申し訳なさそうに微笑み、ゆっくりと体を横にした。
信は百合の布団を掛け直すと、ゆっくりと食事の膳の前に移動した。
(ちゃんと食事は出してくれたんだな……)
豪華とは言えないが、毎日米を食べられるだけで二人にとっては十分すぎるほど贅沢な食事だった。
信は膳の前に腰を下ろすと、残りの食事に口をつける。
残すのが申し訳ないという思いは、信も同じだった。
(それにしてもお館様は何をするつもりなんだろう……)
体調こそ崩していたが百合が無事だったことに信は心の底からホッとしていた。
膳に残っていた食事を食べ終えた信は、百合を起さないようにそっと外に出る。
月の綺麗な夜だった。
虫の音を耳にして、信はようやく季節が秋になっていることに気がついた。
「また……季節が変わったんだな……」
そう呟いたとき、信は近づいてくる足音に気がついた。
(こんな時間に……誰が……?)
しだいにぼんやりとした黒い影が信の目に映る。
「信、おかえり。遅かったなぁ」
月明かりに照られた恰幅のいい男は、信を見て不気味に微笑んだ。
「お館様……。こんな時間にどうされたんですか……?」
信は顔が引きつるのをなんとか抑えながら言った。
「おまえの姉さんの様子を見に来たんだよ」
「姉さん……ですか?」
信はそう口にしながら、胸の辺りが少しずつ気持ち悪くなっていくのを感じた。
(なんだ……? どうしたんだ……?)
「ああ。おまえの姉さん、元気だったか?」
「どういう……意味ですか?」
信は喉元までこみ上げてくる吐き気を抑えながら聞いた。
「言葉通りの意味だが……」
男は信の様子を見て、ニヤリと笑う。
「なんだ、おまえも食べたのか?」
(食べ……た?)
信はその場にしゃがみ込むと、堪え切れず一気に吐いた。
吐いても吐いても、吐き気は治まらなかった。
「あ~あ、もったいない。おまえたちにとっては貴重な食事だろう?」
男は信から距離を取りながら、面白そうに笑っていた。
「何を……した……んですか……?」
信はなんとか顔を上げたが、視界がかすんで男のことは見えなかった。
「まぁ、ちょっとした毒を入れた」
(毒……!?)
信は再び吐いた。
口の中にかすかに血の味が広がる。
「すべてはおまえのやる気を引き出すためだよ。これからおまえの姉さんの食事には常に毒を入れる。まぁ、心配するな。すぐ死ぬようなもんじゃない。だが、ずっと食べ続ければいつか死ぬだろうな」
信は目を見開く。
「ど……して……そんな……」
息が苦しく、うまく声が出なかった。
「だから言ってるだろう? おまえのやる気を引き出すためだよ。姉さんに毒を食べさせたくないなら、おまえが早く帰ってきておまえが代わりに食べればいい。おまえが逃げたり、手を抜いて殺すのに時間をかけたりしたときは、おまえのせいで姉さんが死ぬんだよ」
(姉さんが……死ぬ……?)
「あぁ……あ……」
信は呼吸ができず、もはや話せる状態ではなかった。
目の前が真っ暗で、自分が今目を開けているのか、閉じているのかすらよくわからなかった。
(死ぬ……死ぬ……姉さんが……。俺のせいで……?)
信はその場に倒れ込んだ。
(俺が……こんなところに連れてきたせいで……)
「ああぁ……」
(俺は一体何を……)
怒りと悔しさで信は強く歯を食いしばったが、信の意識はそこでプツリと途切れた。