「うわぁ、ひでぇ臭いだな……」
 男たちは長屋に入るなり、顔をしかめた。
 鼻をつまんでも吐き気をもよおすほどのひどい臭いだった。
「一体、死んでからどれくらい経ってるんだよ……」
 ひとりの男が涙目で小さく呟く。

「うっ……!」
 一緒に長屋に入った男は長屋の外に飛び出した。
「おぇ……」
 
「おい、吐くなよ……」
 男は吐いている男に向かって呟くと、畳の真ん中に横たわる死体を見つめた。
 腐敗が進んでいて、すでに原形は留めていないが薄茶色の長い髪が布団に広がっていた。
(あの女で間違いなさそうだな……)
 死体に群がる蠅やウジ虫を見て、男は思わず口元を覆う。
 吐き気を堪えながら、男はなんとか顔を上げた。

(それにしても……よくこんなののそばにいられるな……)
 男は死体の枕元に座る二人の子どもを見た。

 ひとりは目を閉じ、十字架を握りしめて何かブツブツ呟いている。
 もうひとりは、目こそ開いていたが、瞬きもせずにただ虚ろな目で一点を見つめていた。
 二人共、死体の女と同じ薄茶色の髪をしている。
「気味悪ぃ……」
 男は思わず舌打ちをした。

 男たちは、女が亡くなったという噂を聞き、その確認と借金のかたに持っていけるものがないかを見に来ていた。
「金目のものなんてねぇし、とんだ無駄足だ……」

 亡くなった女は美しかった。
 だからこそ、金を貸した。
「馬鹿な女だな……」
 男はため息をつく。
 体を売って金を稼ぎ、二度も身籠った。
 生む必要などないのに子を生んで体は衰え、しだいに客は離れていった。
「育てられるわけねぇだろう……」
(妾にでもなれると思ってたのか……?)

 女は美しかった。ただ、女が誰かの妾になるのは無理だろう、と男は思っていた。
 女の顔立ちは、異国の血が混じっているとはっきりわかるものだった。
 
 生まれた二人の子どもは顔立ちこそ完全にこの国の人間だったが、女と同じ明るい髪の色はやはり異質だった。

 男はひと通り長屋の中を見て回ると、外に出た。
(外の空気がこんなにうまいと思ったのは久しぶりだ……)
 男は大きく深呼吸した。

 男が休んでいると、遠くから恰幅のいい男が長屋に近づいてきた。
「何か金になりそうなものはあったか?」
「あ、これ以上は死臭がキツイんで、やめた方がいいです」
 男が慌てて言った。
「そうか。じゃあ、ここでいい。何かあったか?」
「何もありません。ガキが二人いただけで、ほかは何も……」
「そうか、無駄足だな。それなら、さっさと帰るぞ」
 恰幅のいい男は身を翻した。

「ま、待って……」
 長屋からか細い声が聞こえた。
 男が振り返ると、そこには薄茶色の髪の少年が立っていた。
「助けてください……」
 少年はその場に崩れ落ちた。
「お、おい……」
 男は少年に駆け寄る。

 少年は縋るような目で恰幅のいい男を見つめていた。
「お願いです……。姉は目が見えなくて……このままじゃ、二人共死んでしまいます……。どうか僕に何か……仕事をください。姉と生きていくために……なんでもしますから!」

 恰幅のいい男は顎を撫でながら、妖しく笑った。
「なんでも?」
 男は思わず身震いする。
(この人がこういう顔をするときは、ろくでもないことを考えてるときだ……)

「本当になんでもするのか?」
 恰幅のいい男は、少年に一歩ずつ近づいていく。
「はい……なんでもします」
 恰幅のいい男は、少年の前にしゃがみ込んでニヤリと笑った。
「そうか。なんでもするか。それじゃあ、俺がおまえを飼ってやろう。ただし、覚えておけよ」
 恰幅のいい男は、少年の耳元で囁く。
「これから先起こることは、すべておまえが望んだことだ」

 少年の顔がわずかに青ざめたが、それでも、強い眼差しで恰幅のいい男を見つめた。
「……はい」
「ハハ、いい目だ。おまえ、名前はあるのか?」
「はい、信といいます」
 少年は恰幅のいい男を真っすぐに見つめた。
「信か、いい名だな。それじゃあ、信。お姉さんを連れておいで。一緒に行こう」
「はい!」
 少年は目を輝かせると、よろよろと長屋の中に戻っていった。

「あ、あのよろしかったんですか?」
 男はおずおずと聞いた。
「ああ、楽しくなりそうじゃないか」
 恰幅のいい男はニヤニヤと笑った。
「ちょうど、新しい犬が欲しかったんだ」
 恰幅のいい男の目が妖しく輝く。

 男は身震いした。
(ああ、このまま死んだ方が、二人は幸せだったんじゃねぇか……?)
 姉を支えながら、嬉しそうに長屋から出てきた少年を見て、男はそっと目を閉じた。