(一体どういうことなんだ……)
雪之丞は地図に記された場所へと急いでいた。
(心中じゃない? 心中じゃないなら一体……)
雪之丞は足を止めると辺りを見回した。
まだ日が出ていないため薄暗くよく見えなかったが、地図に記されているのはこの辺りのはずだった。
雪之丞は背後にあった建物に近づくと、持ってきた提灯で建物を照らす。
照らし出された看板には「木島屋」と書かれていた。
(ここか……? 灯りはついていないが……)
雪之丞は入口に近づくと、軽く戸を叩いた。
しばらく待ったが何の返事も帰ってこない。
(ここじゃないのか……?)
雪之丞が背を向けて歩き出したとき、ゆっくりと戸が開いた。
「雪之丞か?」
中から男の声が響いた。
「あ、ああ……」
雪之丞が返事をすると、中から薄茶色の髪の男が姿を現した。
男は雪之丞の背後を見ると首を傾げる。
「あいつは一緒じゃないのか?」
(あいつ……? ああ、髪の長い男のことか……)
「悪い……。今、俺の身代わりで歌舞伎小屋に残ってもらっている」
「……そうか」
男はそれだけ言うと、首を動かして中に入るように促した。
雪之丞は警戒しながらゆっくりと建物の中に入る。
建物の奥に小さな灯りがあるだけで、中は足元もよく見えないほどに薄暗かった。
「なぁ、どうして俺をここに呼んだんだ……?」
雪之丞は男に聞いた。
「渡すものがある。それに……おまえも話しが聞きたいだろうと思った」
「話しって……それは山吹の……」
雪之丞がそこまで言いかけたとき、暗闇の中で何かが動く気配がした。
奥の灯りに照らされて、男の背後で何かの影が動くのが見える。
(一人じゃなかったのか……)
「ほかにも……誰かいるのか?」
雪之丞は男を見て聞いた。
男は何も応えず、奥に進んでいく。
「起きたか……」
男はしゃがみ込むと、闇の中で蠢いている何かに話しかけた。
「うぅ……!うぅ!」
低い呻き声のようなものが響く。
(なんだ……? 一体どういう……)
雪之丞は恐る恐る蠢くものに近づいた。
(……!?)
そこには柱に縛りつけられた男がいた。
「話せるようにしてやるが、大きな声は出すな。出せばすぐに殺す」
薄茶色の髪の男はそう言うと、縛られている男の口に詰めていたものを抜き取った。
「はっ……! た、助けてくれ! な、なんで俺を……!?」
縛られている男は、縋るように二人を見た。
(な、なんだ……? こいつは一体誰なんだ……)
雪之丞は思わず後ずさった。
「おまえが殺したのか? 雪という女と山吹という遊女、二人共……」
男の声が響く。
(……え? 今、なんて言った……?)
「おまえが殺したのか?」
男がもう一度聞いた。
「お、俺は悪くない! せ、雪は俺のことを怒鳴って、罵って……、だ、だからちょっと叩いたら死んじまっただけで……、じ、事故だ! 事故なんだよ……。そ、それに山吹は悪い女で……お、俺に思わせぶりな態度とっておきながら、俺を裏切ったんだ!」
(何を……言っているんだ……この男は……)
「俺と逃げようって言ったのに……! あいつ俺に言ったんだ……」
男は忌々しげな表情を浮かべる。
「『私は雪之丞様のものです』って……!」
雪之丞は目を見開いた。
「愛してるのは雪之丞だけだとか言って、俺を馬鹿にして……! だ、だからちょっと黙らせようと思って、首を絞めたらそのまま死んじまって……。あ、あいつが悪いんだ……!」
(何を……言って……?)
目の前の光景がグラグラと揺れているようだった。
(首を絞めた……? そのまま死んだ……?)
「俺は何も悪くないんだ! なぁ……助けてくれ……!」
縛られている男は縋りつくように雪之丞を見た。
(この男に……山吹が……殺された……?)
雪之丞の中で何かがプツリと切れる音がした。
「……してやる……」
雪之丞はふらふらと縛られている男に近づく。
「俺が……殺してやる……!」
「ヒッ……!」
雪之丞の手が首に伸びてきたことに気づいた男は、身をよじった。
だが、雪之丞の手が男に届く前に薄茶色の髪の男が雪之丞の腕と肩を掴み、後ろに押し倒した。
そのまま床に抑えつけられた雪之丞がもがく。
「離せ!! 殺してやる!! 今すぐそいつを……!」
手足をバタつかせて抵抗していると、雪之丞の腹に強い衝撃が走った。
「ッ……!」
雪之丞は腹を抱えてうずくまる。
「……悪いな。こいつにはまだ聞きたいことがある。殺してもらったら困る」
薄茶色の髪の男は、縛られたまま呆然としている男を振り返って言った。
「それに、どちらにしろこの男は死罪だ。おまえが手を汚す必要はない」
「そ……んなこと……関係ない……。この手で……そいつを……!」
雪之丞は腹を押さえながら、立ち上がった。
薄茶色の髪の男が短く息を吐く。
「それなら止めはしないが、俺が話しを聞き終わるまで待っていろ」
男はそう言うと雪之丞の腕を取り、引きずっていく。
「お、おい……。やめろ……」
男は戸を開けると、雪之丞を外に出した。
「そこで待ってろ」
男はそう言うと静かに戸を閉めた。
雪之丞は暗闇の中でひとりうずくまった。
(心中じゃなかった……。殺されてたなんて……! 山吹……)
雪之丞は頭を掻きむしる。
(わかってる!! あいつを殺したところで、もう山吹は返ってこない……! それに、こうなった原因は俺にもある……。俺がもっと早く身請けでもなんでもしていれば……!)
「すまない……。山吹……」
雪之丞は絞り出すように呟いた。
(あいつを殺したところで、もう……)
雪之丞はゆっくりと顔を上げた。
(そうか……。あいつを殺したところでどうにもならない……。それなら……)
雪之丞はまだ痛む腹を押さえながら立ち上がった。
(俺が行けばいいんだ……)
雪之丞はゆっくりと通りを進む。
木島屋までの道中に通った橋の上まで来ると雪之丞は足を止めた。
橋の上から流れる川を見つめる。
闇に溶け込んでいるように川はよく見えなかったが、勢いよく流れる水の轟音だけが闇に響いていた。
「山吹……、独りにして悪かったな……。俺もすぐ行くから……」
雪之丞は微笑むと、橋の欄干に足をかけた。
死ぬことを決めた雪之丞の心は、不思議なほど穏やかだった。
(これでラクになれる……)
雪之丞は目を閉じ、欄干から手を離した。
その瞬間、強い力で後ろに引っ張られる。
視界が回り、気がつくと雪之丞は空を見ていた。
後ろに倒れたのだと気づいたのは少し経ってからだった。
茫然としていた雪之丞の視界に、薄茶色の髪が映る。
「死にたいなら好きにしていい。ただ、まだ俺は頼まれていたものを渡していない」
雪之丞はぼんやりと薄茶色の髪の男を見る。
「頼まれていたもの……?」
倒れている雪之丞の体に何かが掛けられた。
「羽織だ」
男が淡々と言った。
(ああ……、刺繍の……)
雪之丞はゆっくりと体を起すと、羽織を手に取った。
「死んだ遊女の願いだそうだ」
男はそれだけ言うと、木島屋に戻っていった。
男が提灯を残していったため、羽織の刺繍は細やかな色の違いまではっきりと見えた。
雪之丞は羽織を見つめる。
(願い……?)
羽織の裾には紫の糸で見事な桔梗の花が描かれていた。
(ああ、本当に上手かったんだな……刺繍……)
雪之丞は微笑んだ。
(こんな手の込んだ刺繍、初めて見た……)
桔梗の花だけでも微妙に色の異なる紫の糸がいくつも使われていて、山吹の刺繍は店に並んでいてもおかしくないほど見事なものだった。
(胸元の刺繍は……家紋か……?)
雪之丞は羽織の胸元を提灯で照らした。
(……!)
雪之丞は目を見開く。
「これは…………役者紋か……。あいつ、そんなの知ってたのか……?」
胸元には、桔梗の花を四枚の葉が取り囲んだような柄の紋が描かれていた。
(四つ葉桔梗……)
「願いって……そういう……」
四つ葉桔梗は役者紋だった。ただ、それは雪之丞ではなく檀十郎の役者紋だった。
「はは……これじゃ、今の俺は着れねぇよ……」
桜の中で微笑む山吹の姿が、雪之丞の脳裏に鮮やかに蘇る。
『雪之丞様がすべてをかけて取り組んでおられる歌舞伎も、年季が明けたら観に行こうと思っているのです。舞台に立つ雪之丞様はきっと今以上に輝いていると思いますから……。それが私の一番の望みです』
「山吹……」
雪之丞の目から涙が溢れ出す。
雪之丞が震える手で羽織の襟元に触れると、その瞬間、羽織の内側で何かが光った。
雪之丞がそっと襟元を開くと、背中の羽織裏には眩しいほどに鮮やかな刺繍があった。
金糸と黄色の糸で描き出されていたのは、一面に広がる無数の山吹の花だった。
金の糸が提灯の光を受けて輝く。
「山吹……」
涙で濡れた雪之丞の瞳に、山吹の花が眩しかった。
「……背守りのつもりなのか……」
雪之丞は顔を歪めた。
「山吹……」
嗚咽がこみ上げる。
裂けるように胸が痛かった。
「山吹……、俺は……まだ何も伝えてねぇのに……」
雪之丞は羽織を抱えてうずくまった。
「俺のものになるか、なんて馬鹿みたいなこと言って……。違うんだ……。ただ、愛してるって……。愛してるって……伝えたかった……。そばにいてくれるだけでよかったんだ……」
雪之丞の慟哭が夜の闇に響いていた。
雪之丞は地図に記された場所へと急いでいた。
(心中じゃない? 心中じゃないなら一体……)
雪之丞は足を止めると辺りを見回した。
まだ日が出ていないため薄暗くよく見えなかったが、地図に記されているのはこの辺りのはずだった。
雪之丞は背後にあった建物に近づくと、持ってきた提灯で建物を照らす。
照らし出された看板には「木島屋」と書かれていた。
(ここか……? 灯りはついていないが……)
雪之丞は入口に近づくと、軽く戸を叩いた。
しばらく待ったが何の返事も帰ってこない。
(ここじゃないのか……?)
雪之丞が背を向けて歩き出したとき、ゆっくりと戸が開いた。
「雪之丞か?」
中から男の声が響いた。
「あ、ああ……」
雪之丞が返事をすると、中から薄茶色の髪の男が姿を現した。
男は雪之丞の背後を見ると首を傾げる。
「あいつは一緒じゃないのか?」
(あいつ……? ああ、髪の長い男のことか……)
「悪い……。今、俺の身代わりで歌舞伎小屋に残ってもらっている」
「……そうか」
男はそれだけ言うと、首を動かして中に入るように促した。
雪之丞は警戒しながらゆっくりと建物の中に入る。
建物の奥に小さな灯りがあるだけで、中は足元もよく見えないほどに薄暗かった。
「なぁ、どうして俺をここに呼んだんだ……?」
雪之丞は男に聞いた。
「渡すものがある。それに……おまえも話しが聞きたいだろうと思った」
「話しって……それは山吹の……」
雪之丞がそこまで言いかけたとき、暗闇の中で何かが動く気配がした。
奥の灯りに照らされて、男の背後で何かの影が動くのが見える。
(一人じゃなかったのか……)
「ほかにも……誰かいるのか?」
雪之丞は男を見て聞いた。
男は何も応えず、奥に進んでいく。
「起きたか……」
男はしゃがみ込むと、闇の中で蠢いている何かに話しかけた。
「うぅ……!うぅ!」
低い呻き声のようなものが響く。
(なんだ……? 一体どういう……)
雪之丞は恐る恐る蠢くものに近づいた。
(……!?)
そこには柱に縛りつけられた男がいた。
「話せるようにしてやるが、大きな声は出すな。出せばすぐに殺す」
薄茶色の髪の男はそう言うと、縛られている男の口に詰めていたものを抜き取った。
「はっ……! た、助けてくれ! な、なんで俺を……!?」
縛られている男は、縋るように二人を見た。
(な、なんだ……? こいつは一体誰なんだ……)
雪之丞は思わず後ずさった。
「おまえが殺したのか? 雪という女と山吹という遊女、二人共……」
男の声が響く。
(……え? 今、なんて言った……?)
「おまえが殺したのか?」
男がもう一度聞いた。
「お、俺は悪くない! せ、雪は俺のことを怒鳴って、罵って……、だ、だからちょっと叩いたら死んじまっただけで……、じ、事故だ! 事故なんだよ……。そ、それに山吹は悪い女で……お、俺に思わせぶりな態度とっておきながら、俺を裏切ったんだ!」
(何を……言っているんだ……この男は……)
「俺と逃げようって言ったのに……! あいつ俺に言ったんだ……」
男は忌々しげな表情を浮かべる。
「『私は雪之丞様のものです』って……!」
雪之丞は目を見開いた。
「愛してるのは雪之丞だけだとか言って、俺を馬鹿にして……! だ、だからちょっと黙らせようと思って、首を絞めたらそのまま死んじまって……。あ、あいつが悪いんだ……!」
(何を……言って……?)
目の前の光景がグラグラと揺れているようだった。
(首を絞めた……? そのまま死んだ……?)
「俺は何も悪くないんだ! なぁ……助けてくれ……!」
縛られている男は縋りつくように雪之丞を見た。
(この男に……山吹が……殺された……?)
雪之丞の中で何かがプツリと切れる音がした。
「……してやる……」
雪之丞はふらふらと縛られている男に近づく。
「俺が……殺してやる……!」
「ヒッ……!」
雪之丞の手が首に伸びてきたことに気づいた男は、身をよじった。
だが、雪之丞の手が男に届く前に薄茶色の髪の男が雪之丞の腕と肩を掴み、後ろに押し倒した。
そのまま床に抑えつけられた雪之丞がもがく。
「離せ!! 殺してやる!! 今すぐそいつを……!」
手足をバタつかせて抵抗していると、雪之丞の腹に強い衝撃が走った。
「ッ……!」
雪之丞は腹を抱えてうずくまる。
「……悪いな。こいつにはまだ聞きたいことがある。殺してもらったら困る」
薄茶色の髪の男は、縛られたまま呆然としている男を振り返って言った。
「それに、どちらにしろこの男は死罪だ。おまえが手を汚す必要はない」
「そ……んなこと……関係ない……。この手で……そいつを……!」
雪之丞は腹を押さえながら、立ち上がった。
薄茶色の髪の男が短く息を吐く。
「それなら止めはしないが、俺が話しを聞き終わるまで待っていろ」
男はそう言うと雪之丞の腕を取り、引きずっていく。
「お、おい……。やめろ……」
男は戸を開けると、雪之丞を外に出した。
「そこで待ってろ」
男はそう言うと静かに戸を閉めた。
雪之丞は暗闇の中でひとりうずくまった。
(心中じゃなかった……。殺されてたなんて……! 山吹……)
雪之丞は頭を掻きむしる。
(わかってる!! あいつを殺したところで、もう山吹は返ってこない……! それに、こうなった原因は俺にもある……。俺がもっと早く身請けでもなんでもしていれば……!)
「すまない……。山吹……」
雪之丞は絞り出すように呟いた。
(あいつを殺したところで、もう……)
雪之丞はゆっくりと顔を上げた。
(そうか……。あいつを殺したところでどうにもならない……。それなら……)
雪之丞はまだ痛む腹を押さえながら立ち上がった。
(俺が行けばいいんだ……)
雪之丞はゆっくりと通りを進む。
木島屋までの道中に通った橋の上まで来ると雪之丞は足を止めた。
橋の上から流れる川を見つめる。
闇に溶け込んでいるように川はよく見えなかったが、勢いよく流れる水の轟音だけが闇に響いていた。
「山吹……、独りにして悪かったな……。俺もすぐ行くから……」
雪之丞は微笑むと、橋の欄干に足をかけた。
死ぬことを決めた雪之丞の心は、不思議なほど穏やかだった。
(これでラクになれる……)
雪之丞は目を閉じ、欄干から手を離した。
その瞬間、強い力で後ろに引っ張られる。
視界が回り、気がつくと雪之丞は空を見ていた。
後ろに倒れたのだと気づいたのは少し経ってからだった。
茫然としていた雪之丞の視界に、薄茶色の髪が映る。
「死にたいなら好きにしていい。ただ、まだ俺は頼まれていたものを渡していない」
雪之丞はぼんやりと薄茶色の髪の男を見る。
「頼まれていたもの……?」
倒れている雪之丞の体に何かが掛けられた。
「羽織だ」
男が淡々と言った。
(ああ……、刺繍の……)
雪之丞はゆっくりと体を起すと、羽織を手に取った。
「死んだ遊女の願いだそうだ」
男はそれだけ言うと、木島屋に戻っていった。
男が提灯を残していったため、羽織の刺繍は細やかな色の違いまではっきりと見えた。
雪之丞は羽織を見つめる。
(願い……?)
羽織の裾には紫の糸で見事な桔梗の花が描かれていた。
(ああ、本当に上手かったんだな……刺繍……)
雪之丞は微笑んだ。
(こんな手の込んだ刺繍、初めて見た……)
桔梗の花だけでも微妙に色の異なる紫の糸がいくつも使われていて、山吹の刺繍は店に並んでいてもおかしくないほど見事なものだった。
(胸元の刺繍は……家紋か……?)
雪之丞は羽織の胸元を提灯で照らした。
(……!)
雪之丞は目を見開く。
「これは…………役者紋か……。あいつ、そんなの知ってたのか……?」
胸元には、桔梗の花を四枚の葉が取り囲んだような柄の紋が描かれていた。
(四つ葉桔梗……)
「願いって……そういう……」
四つ葉桔梗は役者紋だった。ただ、それは雪之丞ではなく檀十郎の役者紋だった。
「はは……これじゃ、今の俺は着れねぇよ……」
桜の中で微笑む山吹の姿が、雪之丞の脳裏に鮮やかに蘇る。
『雪之丞様がすべてをかけて取り組んでおられる歌舞伎も、年季が明けたら観に行こうと思っているのです。舞台に立つ雪之丞様はきっと今以上に輝いていると思いますから……。それが私の一番の望みです』
「山吹……」
雪之丞の目から涙が溢れ出す。
雪之丞が震える手で羽織の襟元に触れると、その瞬間、羽織の内側で何かが光った。
雪之丞がそっと襟元を開くと、背中の羽織裏には眩しいほどに鮮やかな刺繍があった。
金糸と黄色の糸で描き出されていたのは、一面に広がる無数の山吹の花だった。
金の糸が提灯の光を受けて輝く。
「山吹……」
涙で濡れた雪之丞の瞳に、山吹の花が眩しかった。
「……背守りのつもりなのか……」
雪之丞は顔を歪めた。
「山吹……」
嗚咽がこみ上げる。
裂けるように胸が痛かった。
「山吹……、俺は……まだ何も伝えてねぇのに……」
雪之丞は羽織を抱えてうずくまった。
「俺のものになるか、なんて馬鹿みたいなこと言って……。違うんだ……。ただ、愛してるって……。愛してるって……伝えたかった……。そばにいてくれるだけでよかったんだ……」
雪之丞の慟哭が夜の闇に響いていた。