(どうしてこんなことになったんだ……)
 与太郎は部屋の隅で頭を抱えていた。
 薄暗い部屋の中で、灯りに照らされて蠢くいくつもの影だけが、かすかに与太郎の視界に入る。

「くそっ……、また負けた……。おまえイカサマしてんじゃねぇのか……!?」
「おいおい、運がないのを人のせいにすんなよ」
「なんだと!? てめぇ……! 表出ろ!」

「おい、それよりさっさと次、賭けろよ」
「丁? 半?」

 与太郎は体の震えを抑えながら、両手で耳を塞いだ。
 今までにも賭場に出入りしたことはあったが、ここまで柄の悪い賭場は初めてだった。
 出入りしている人間の質が明らかに違う。
(ここにいたら、そのうち殺されるんじゃねぇのか……)
 与太郎は目立たないように、必死で息を殺す。

 心中の騒ぎが収まるまで隠れていろと言われ、指示されたとおりの賭場に身を隠したが、与太郎の心はもう限界だった。

(あれからひと月は経ったよな……? もう外に出ても大丈夫なんじゃないか……?)

 与太郎がそんなことを考えていると、ふいに部屋が急激に静かになったのに気づいた。
(な、なんだ……?)
 与太郎は思わず顔を上げる。
 ここに来てから、賭場がこんなに静かになったことは一度もなかった。
 
 目の前で賭博に興じていた男たちは、茫然と入口の方を見ている。
「なんであいつが……」
 男たちが小さく呟く。
「仕事でヘマして死んだって噂だったじゃねぇか……」
「なんでここに……」

 与太郎は男たちの視線の先を見る。

 そこには、ひとりの男がいた。
 薄茶色の珍しい髪の男が、ゆっくりとこちらに向かって歩いてきている。
(なんだ……? 普通のやつじゃねぇか……)

 薄茶色の髪の男が、ふいに与太郎の方に視線を向ける。
 顔を上げて男を観察していた与太郎は、完全に男と目が合った。
 薄茶色の瞳が与太郎を捉えると、その目がわずかに見開かれたのがわかった。

(まずい……!)
 与太郎は慌てて、顔を伏せてうずくまった。
(誰だかわからねぇが、あの目……。目的は俺なのか……?)

 賭場は水を打ったように静まり返っていた。
 男の足音がゆっくり近づいてくるのがわかる。
(どうして……! どうして俺のところに……!?)
 うるさいほどに響いている自分の鼓動を抑えるように、与太郎は自分の体をきつく抱きしめた。

 男が与太郎の前で足を止める。
 男の影で与太郎の視界が一気に暗くなった。
(バレたのか……!? それで俺を探しに……!?)

 与太郎が恐る恐る顔を上げると、すぐ目の前に薄茶色の瞳があった。
「ひっ!??」
 与太郎は思わず声を上げると、壁際に後ずさる。
 その瞳はひどく冷たく、ゾッとするほどの威圧感があった。

「おまえが……与太郎か?」
 男は淡々と聞いた。
 その声からも表情からも何の感情も読み取れなかった。
「ち、ち、違う!!」
 与太郎は思わず大きな声で言うと、首を勢いよく横に振った。
「誰だ、それ!? 俺はそんな名前じゃ……ち、違う!!」

 男は何も言わなかった。
 ただ無言で与太郎を見つめると、やがてふっと目を細めた。
「ひっ!??」
 頭から一気に血の気が引いていくような冷淡な笑みだった。
「ほ、本当に……!!」
 与太郎が思わず立ち上がってそう口にすると、首の後ろに強い衝撃を感じた。

(え…………)

 視界の端で薄茶色の髪がふわりと揺れるのが見えた。
 与太郎の意識はそこでプツリと途切れた。