「それでさぁ、聞いてくれよ。山吹~」
 男は、横にいる山吹に寄りかかって言った。
「はい、聞いております」
 山吹は困ったように微笑みながら、もう何度目かわからない返事をした。
「俺が稼いだ金なのに、あいつはすぐ隠すんだ。自分が稼いだ金を好きに使って何が悪いんだ? そう思うだろう? 山吹~」
 男は見世に来たときから酒に酔っており、ずっとこの調子だった。
「そうですね……」
 山吹は調子を合わせて返事をする。
「そうだろ? 俺はここまで店を大きくした与太郎様だぞ!」

(ああ……、木島屋さんは確かに大きいお店ですもんね……)
「そ、そうです……よね……」
「山吹~、おまえだけだ。わかってくれるのは……」
 山吹は何と答えていいかわからず言葉に詰まる。
(私は与太郎様のことを、まったくわかっていないと思いますが……)

「よ、与太郎様は魅力的ですから、奥様もきちんとわかっていらっしゃいますよ」
「いいや! あいつは適当に頷いているだけで、俺の言うことなんて何も聞いてないんだ! 腹の中では何を考えているのやら……」
 与太郎は赤い顔でツバを飛ばしながら言った。
 山吹は目を丸くする。
(私も奥様と同じだと思いますが……。こんな私と話していて楽しいのでしょうか……)

 与太郎はここ一ヶ月定期的に山吹のところに来ていた。
 来るときはたいてい酔っており、すぐに山吹を抱くこともあれば、一方的に話しだけして酔いつぶれてしまうときもあった。

「だから、俺は……俺は……」
 与太郎は山吹の肩に寄りかかったままウトウトしていた。
 山吹は与太郎を見つめる。
(この方にもいろいろあるのでしょうね……)

 浮月からは与太郎の相手をするべきではないと言われたが、山吹は声がかかるたび断れずにいた。
(そこまで悪い方ではない気がするし……)
 山吹がそんなことを考えていると、与太郎がイビキをかき始める。
 山吹は微笑むと、与太郎の頭を支えながらゆっくりと与太郎をその場に寝かせた。
 音を立てないように移動し、掛け布団を持ってくるとそっと与太郎にかける。
 

(さて、与太郎様は寝てしまわれたから、私は続きを……)
 山吹は静かに移動すると、奥の戸から羽織と刺繍の糸を取り出した。
 もともと山吹は部屋持ちではなかったが、雪之丞を通すために座敷が必要になったことと客が増えたことで今ではここが山吹の部屋になっていた。
(与太郎様は朝まで起きないでしょうし、続きをさせてもらおうかな……)
 山吹は羽織を見つめて微笑んだ。

 二ヶ月をかけて仕立てた羽織は、山吹が見てもいい出来だった。
「でも、ここからが本番だから……」
 山吹は小さく呟く。
 本来であればじっくりと絵柄を考えてから絵を描いていくが、あまり時間をかけることができないため、山吹はざっくりと描いた絵をもとに刺繍を始めていた。
(次の秋までには仕上げないと……。ああ、でもなんとか夏までには……)
 山吹は、はやる気持ちを抑えながら、ひと針ずつ丁寧に縫っていく。
 紫の糸が描き出していく桔梗の花を見ながら、山吹はそっと目を細めた。