木島屋の中をひと通り見て回った信と叡正は、これ以上得るものはないと判断し店の外に出た。
 来たときには朝だったが、気がつけばすでに日は高くなっていた。
(もう昼か……)
 叡正が空を見ていると、先に外に出ていた信が不自然に足を止めた。
「どうした?」
 叡正が信の背中に向かって問いかけると、信は無言で一歩下がり叡正の横に移動する。
「?」
 叡正が正面を見ると、そこには戸惑いの表情を浮かべた女が立っていた。

「あの……どちら様ですか……?」
 女は、木島屋から出てきた二人を警戒しているようだった。
 叡正は自分の顔が青ざめていくのを感じた。
(これは……捕まるやつじゃないのか……?)
「えっと……これは……」
 叡正は目を泳がせながら必死に言葉を探した。

「あ、もしや……借金の取り立てですか!?」
 女がハッとしたように言った。
「え!? あ、ああ……まぁ……」
 叡正は引きつった顔で曖昧に頷く。

 女は申し訳なさそうな表情を浮かべ、片手で口元を覆った。
「そうだったんですね……。あ、申し遅れました、私はこの家の店主の妹で秋と申します」
「ああ、あの心中した男の……」
 叡正がそう呟くと、秋ははっきりとわかるほど不快そうな表情を浮かべた。
「いいえ。店主はその妻の(せつ)です。私は雪の妹なので」
「ああ……、それはすまない……」
 秋の表情が険しくなったのを見て、叡正は慌てて言った。
「奥さんも……その……確か行方がわからないんだったよな……」
 叡正の言葉に秋は悲しげに目を伏せた。
「はい……。私も探しているのですが、まったく行方がわからなくて……」
「そうなのか……。まぁ、旦那が遊女と心中したなんて噂されたら逃げたくもなるか……」
 叡正がそう言うと、秋は何か言いたげに叡正を見た。
 
「姉は……あの男と別れようとしていたのです……。だから、あの男が誰と心中しても行方をくらますことなんてないはずなのですが……」
 秋は少し言いづらそうに口を開いた。
 叡正は目を丸くする。
「そ、そうなのか……?」
「ええ……、それに……」
 秋は叡正から視線をそらした。

「あの男は……死んでいないのかもしれません……」
 叡正は目を見開く。
 叡正の視界の端で、信も顔を上げたのが見えた。
「どうして……そう思うんだ……?」
 叡正はためらいがちに聞いた。
「お金が……店のお金が……なくなっていたのです……」
 秋は目を伏せたまま答える。

「それは……奥さんが出ていくときに持っていったんじゃないのか……?」
 叡正がそう言うと、秋はハッとしたように顔を上げた。
「そうでした! 借金の取り立てでしたね! すみません! ついてきてください」
 秋は叡正にそう言うと、二人の横を通り抜け木島屋の戸を開けて中に入った。

 叡正と信は一度顔を見合わせた後、秋の後を追う。
 秋は店の奥に進んでいき、一階にある座敷に上がった。
「姉は、あの男に奪われないように店のお金のほとんどを隠していました」
 秋はそう言うと、座敷の畳の縁を掴み持ち上げた。
 持ち上げた畳を別の畳の上に置くと、むき出しになった床板に手をかける。
 床板の一部が簡単にはずれた。
 叡正と信は、ゆっくりと秋に近づいた。
「ここにあるお金には一切手がつけられていませんでした」
 床板をはずすと、そこには箱が置かれていた。
 秋はゆっくりと箱を持ちあげると、そっと畳の上に置く。
「姉が持っていくなら、ここのお金を持っていくはずなのです。……ですから、お金を持っていったのは、おそらくあの男……。心中するのにお金なんて持っていきますか?」
 秋はそう言うと箱のふたを開ける。
 箱の中には溢れるほどのお金が残されていた。

「それで、借りたお金はいくらなのですか? どうせあの男が借りたのでしょう?」
 秋はため息をつきながら、お金を見つめた。
「えっと……」
 叡正はなんと答えていいのかわからず目を泳がせた。
 すると、信が一歩前に出る。
「今日は本当に二人ともいなくなったのか確認に来ただけだ。貸した金については金額を確認してまた来る」
 信が淡々と言った。
「そうですか……。それでは、このお金は私の家で預かっておきますので、そのときは私のところに来てください。ここを出て右手に少し進んだところにある長屋に住んでおりますので」
 秋は特に疑う様子もなく言った。
「ああ、わかった」
 信はそれだけ言うと、背を向けて店の戸口に向かう。
 叡正も慌てて秋に一礼して、信の後を追った。

 二人は店の外に出る。
「なぁ……、どういうことだと思う……?」
 叡正は目を伏せて、信に聞いた。
 信は叡正を見る。
「さぁな。ただ、何か裏がありそうなことだけはわかった」
 信はそれだけ言うと歩き出した。
「一体……どういうことなんだ……?」
 ひとり残された叡正は、木島屋を振り返る。
 家主を失った店はどこか仄暗く、高くなった日の光が店の前に色濃い影を落としていた。