咲耶は頼一の手紙を読み終えると静かにため息をついた。
「よりによって菊乃屋とは……。それに想像以上だな……」
叡正の出家の理由は咲耶の想像を上回るほど悲惨なものだった。
(妹が売られた先も菊乃屋では……)
咲耶は頭を抱えた。
菊乃屋の遊女の待遇は小見世の中でも劣悪だった。
そのためなのか足抜けも心中も、ほかの見世に比べて圧倒的に多い。
(楼主が問題なのだろうな…)
咲耶は何度か菊乃屋の楼主を見かけたことがあった。
言葉を交わしたことはないが、ろくでもない人間だということはひと目でわかった。
値踏みするような目つき、歪んだ口元。
可能であれば咲耶が最も関わりたくないたぐいの男だった。
おそらく遊女のことを商品としか思っていない。
壊れたらまた新しいものを仕入れる感覚なのだろう。
遊女の働かせ方が異常なことでも吉原では有名だった。
(それにあの見世はおそらく……)
「花魁、弥吉が手紙を受け取りにきました。お渡しする手紙はありますか?」
緑が襖ごしに咲耶に声をかけた。
「ああ、ちょうどよかった。緑、弥吉を呼んできてくれないか?」
「はい、承知しました」
しばらくすると弥吉が緑とともに部屋の前にやってきた。
「入ってくれ」
咲耶の言葉を受けて、弥吉が部屋に入る。
「お呼びですか?」
「ああ、まずこれが今日の分の手紙だ」
咲耶は弥吉に手紙を渡した。
「場所はわかるか?」
「あのお屋敷ですよね。咲耶太夫のお客は大物ばかりなので、ほとんどわかりますよ」
弥吉はそう言って笑った。
「あとひとつ、これは信への伝言なんだが、少し手伝ってほしいことがあるから、明日の昼前に一度来てほしいと伝えてくれないか?」
「手伝ってほしいことですか?」
「ああ、私ではできないことなんだ」
「俺じゃダメですか?」
弥吉は咲耶を真っ直ぐに見た。
「咲耶太夫には本当に感謝してるんで、俺でできることはなんでも言ってください!」
咲耶は弥吉に微笑んだ。
「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ。ただ、今回はもう少し年が上でないと無理なんだ。気持ちだけもらっておくよ」
「そうですか……」
弥吉は残念そうにうつむいた。
咲耶はそんな弥吉の様子を見て微笑むと、聞いてみたかったことを口にした。
「ところで、弥吉はどんなふうに信と知り合ったんだ? 弥吉が困っていたところを信が助けたようなことは聞いているが」
実際には、信からは通りがかりに会った子どもを連れて帰ったという不思議な話を聞いていたが、いくつか質問して断片的な情報から信が助けたのだと咲耶は判断した。
「ああ、はい。助けてもらったんです。俺、ちょっと仕事でヘマしちゃって……。雇い主たちにボコボコにされてたんですけど、そこに信さんが通りがかって……。なんかボーッと見てくるヤツがいるなぁと思ったら、信さんが俺に話しかけてきたんです。『生きたいか?』って。今回はマジで死ぬかもって思ってたんで、『死にたくない』って言ったら、あっという間に信さんが俺を殴ってたやつらをやっつけてくれて……」
弥吉は懐かしむように笑った。
「『それなら、生きればいい』って俺の頭をなでたんですよ! カッコイイ!! って思ったんですけどね……勘違いだったかもしれないです。信さん、いろいろヤバい人でした」
弥吉は苦笑した。
「行くところがないなら来るかって言われて居候させてもらったんですけど、信さんの生きるの定義を先に聞いておけばよかったです」
弥吉はやはり草を食べさせられていたんだろうかと、咲耶は弥吉に少し同情した。
「信さんがあれなんで、俺がしっかりしないと! 信さんはヤバい人ですけどなんか本当に真っ直ぐで、俺キライじゃないんです」
弥吉はそう言うと、明るく笑った。
咲耶はそんな弥吉を見て微笑む。
「そうか……ありがとう。弥吉がいてくれれば安心だな」
(弥吉がいてくれてよかった)
咲耶は今日改めてそう思った。
「よりによって菊乃屋とは……。それに想像以上だな……」
叡正の出家の理由は咲耶の想像を上回るほど悲惨なものだった。
(妹が売られた先も菊乃屋では……)
咲耶は頭を抱えた。
菊乃屋の遊女の待遇は小見世の中でも劣悪だった。
そのためなのか足抜けも心中も、ほかの見世に比べて圧倒的に多い。
(楼主が問題なのだろうな…)
咲耶は何度か菊乃屋の楼主を見かけたことがあった。
言葉を交わしたことはないが、ろくでもない人間だということはひと目でわかった。
値踏みするような目つき、歪んだ口元。
可能であれば咲耶が最も関わりたくないたぐいの男だった。
おそらく遊女のことを商品としか思っていない。
壊れたらまた新しいものを仕入れる感覚なのだろう。
遊女の働かせ方が異常なことでも吉原では有名だった。
(それにあの見世はおそらく……)
「花魁、弥吉が手紙を受け取りにきました。お渡しする手紙はありますか?」
緑が襖ごしに咲耶に声をかけた。
「ああ、ちょうどよかった。緑、弥吉を呼んできてくれないか?」
「はい、承知しました」
しばらくすると弥吉が緑とともに部屋の前にやってきた。
「入ってくれ」
咲耶の言葉を受けて、弥吉が部屋に入る。
「お呼びですか?」
「ああ、まずこれが今日の分の手紙だ」
咲耶は弥吉に手紙を渡した。
「場所はわかるか?」
「あのお屋敷ですよね。咲耶太夫のお客は大物ばかりなので、ほとんどわかりますよ」
弥吉はそう言って笑った。
「あとひとつ、これは信への伝言なんだが、少し手伝ってほしいことがあるから、明日の昼前に一度来てほしいと伝えてくれないか?」
「手伝ってほしいことですか?」
「ああ、私ではできないことなんだ」
「俺じゃダメですか?」
弥吉は咲耶を真っ直ぐに見た。
「咲耶太夫には本当に感謝してるんで、俺でできることはなんでも言ってください!」
咲耶は弥吉に微笑んだ。
「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ。ただ、今回はもう少し年が上でないと無理なんだ。気持ちだけもらっておくよ」
「そうですか……」
弥吉は残念そうにうつむいた。
咲耶はそんな弥吉の様子を見て微笑むと、聞いてみたかったことを口にした。
「ところで、弥吉はどんなふうに信と知り合ったんだ? 弥吉が困っていたところを信が助けたようなことは聞いているが」
実際には、信からは通りがかりに会った子どもを連れて帰ったという不思議な話を聞いていたが、いくつか質問して断片的な情報から信が助けたのだと咲耶は判断した。
「ああ、はい。助けてもらったんです。俺、ちょっと仕事でヘマしちゃって……。雇い主たちにボコボコにされてたんですけど、そこに信さんが通りがかって……。なんかボーッと見てくるヤツがいるなぁと思ったら、信さんが俺に話しかけてきたんです。『生きたいか?』って。今回はマジで死ぬかもって思ってたんで、『死にたくない』って言ったら、あっという間に信さんが俺を殴ってたやつらをやっつけてくれて……」
弥吉は懐かしむように笑った。
「『それなら、生きればいい』って俺の頭をなでたんですよ! カッコイイ!! って思ったんですけどね……勘違いだったかもしれないです。信さん、いろいろヤバい人でした」
弥吉は苦笑した。
「行くところがないなら来るかって言われて居候させてもらったんですけど、信さんの生きるの定義を先に聞いておけばよかったです」
弥吉はやはり草を食べさせられていたんだろうかと、咲耶は弥吉に少し同情した。
「信さんがあれなんで、俺がしっかりしないと! 信さんはヤバい人ですけどなんか本当に真っ直ぐで、俺キライじゃないんです」
弥吉はそう言うと、明るく笑った。
咲耶はそんな弥吉を見て微笑む。
「そうか……ありがとう。弥吉がいてくれれば安心だな」
(弥吉がいてくれてよかった)
咲耶は今日改めてそう思った。