「雪之丞様……またこんなに高い糸を……」
雪之丞から糸の束を受け取った山吹は目を丸くした。
「布もこんな上等な……」
山吹は布と糸を手に取りながら、戸惑いの表情を浮かべていた。
(素直に喜べばいいのに……)
雪之丞は、山吹の様子を見ながら座敷に腰を下ろす。
ここ最近は座敷に入ると同時に、山吹に糸と布を渡すのが習慣になっていた。
「これは金糸ですか!? こんな高い糸は……」
山吹の顔が青ざめていく。
山吹の様子を見て、雪之丞は不満げな表情を浮かべた。
「なんだよ……。嬉しくねぇのか?」
山吹は弾かれたように、顔を上げる。
「そんな! も、もちろん嬉しいです……けど……」
山吹はそう言って雪之丞の顔を見た後、再び糸と布に視線を落とした。
「あまりに高級過ぎて……手が震えて……上手く刺繍ができません……」
雪之丞は糸と布を持つ山吹の手を見つめる。
確かに山吹の手は震えていた。
雪之丞は軽くため息をつくと、山吹の手を両手で包み込む。
「そんな気にするほど高くねぇよ。それに俺にも何か贈ってくれって言って渡してるんだから、これは自分のための糸と布だ。おまえが気にする必要はないんだよ」
「で、ですが……」
山吹が上目遣いで雪之丞を見つめる。
「ですがじゃねぇ。それとも、俺への贈り物を安い糸と布で作る気なのか?」
「そ、そういうわけでは……!」
「じゃあ、これで好きな刺繍でもしてろ。何度も言うが、俺にとっては高くねぇんだから」
雪之丞は山吹の頭をポンポンと叩いた。
山吹はまだ何か思い悩んでいるようだったが、雪之丞を見て少しだけ微笑んだ。
「わかりました……。雪之丞様……、ありがとうございます」
「ああ」
雪之丞も目を伏せて微笑む。
「あの……では、雪之丞様に贈る刺繍はどんなものがいいですか?」
山吹は雪之丞をじっと見つめる。
「好きな柄や……好きなものは何かありますか?」
山吹の目はキラキラと輝いていた。
「好きなもの……?」
雪之丞は頬杖をつきながら、目を閉じた。
(好きなもの……って何かあったか? 別にこれといって何も……)
雪之丞が目を開くと、山吹は変わらずキラキラした目でこちらを見ていた。
(ない……とは言いにくいな……)
「えっと……天ぷらとか……割と好きかな……」
そういう話ではないとは思いつつ、雪之丞はとりあえず思いついたものを口にした。
雪之丞は山吹を横目で見る。
「天ぷら……」
山吹のポカンとした表情を見た瞬間、雪之丞は答えを間違えたと悟った。
「て、天ぷら……ですか……!?」
山吹は目を泳がせる。
「えっと、あの……。わ、私の腕ではなかなか……。その、て、天ぷらを素敵な刺繍に仕上げるのは……その、う、上手くできないかもしれませんが……。あ! でも、け、決して天ぷらがダメだとかそういう! そ、そういうことではなく……! 私の腕の問題でして……。あ、でも……き、金糸を使えば、なんとか……」
天ぷらを必死で肯定しようとする山吹の顔を見て、雪之丞は恥ずかしさで顔が熱くなるのを感じた。
(天ぷらの刺繍をしてほしいって意味じゃねぇよ……)
雪之丞は片手で顔を覆う。
「待て。そういう意味じゃないから……。好きなものを聞かれたから答えただけで……。天ぷらの刺繍なんてダサいもん、天ぷら屋台の店主だって持ってねぇから……」
「あ、ああ……! そ、そうですよね!」
山吹は心底ホッとした表情を浮かべた。
「ああ……。天ぷらは忘れてくれ……」
雪之丞は顔を覆ったまま、うつむいた。
「は、はい」
山吹は、うつむいた雪之丞の顔をのぞき込んだ。
「あ、あの……大丈夫ですか……?」
雪之丞はまだ少し赤い顔を押さえながら苦笑した。
「ああ、なんでもねぇよ……」
雪之丞は息を吐いて顔を上げると、山吹の顔を見つめた。
「……じゃあ、もうアレだ。刺繍は桔梗にしてくれ」
「桔梗ですか?」
山吹が不思議そうな顔で雪之丞を見る。
「うちの……。あ、花巻雪之丞とか花巻檀十郎っていうのは三ツ井屋っていう一門なんだ。で、その一門の家紋が桔梗なんだよ。なんでも一番の贔屓筋が、檀十郎に桔梗の花を贈ったのが由来で桔梗紋になったらしいんだけど、それ以来うちの一門を象徴する花なんだ」
山吹は目を輝かせた。
「そうなんですね! それなら桔梗にしましょう! すごく素敵なお話ですね!」
山吹は嬉しそうに微笑んだ。
(最初から桔梗って言っときゃよかった……)
山吹の顔を見て、雪之丞は心の底からそう思った。
(今度紫の糸でも持ってこよう……)
山吹の笑顔を見ながら、雪之丞はまた次に持ってくる糸について考え始めていた。
雪之丞から糸の束を受け取った山吹は目を丸くした。
「布もこんな上等な……」
山吹は布と糸を手に取りながら、戸惑いの表情を浮かべていた。
(素直に喜べばいいのに……)
雪之丞は、山吹の様子を見ながら座敷に腰を下ろす。
ここ最近は座敷に入ると同時に、山吹に糸と布を渡すのが習慣になっていた。
「これは金糸ですか!? こんな高い糸は……」
山吹の顔が青ざめていく。
山吹の様子を見て、雪之丞は不満げな表情を浮かべた。
「なんだよ……。嬉しくねぇのか?」
山吹は弾かれたように、顔を上げる。
「そんな! も、もちろん嬉しいです……けど……」
山吹はそう言って雪之丞の顔を見た後、再び糸と布に視線を落とした。
「あまりに高級過ぎて……手が震えて……上手く刺繍ができません……」
雪之丞は糸と布を持つ山吹の手を見つめる。
確かに山吹の手は震えていた。
雪之丞は軽くため息をつくと、山吹の手を両手で包み込む。
「そんな気にするほど高くねぇよ。それに俺にも何か贈ってくれって言って渡してるんだから、これは自分のための糸と布だ。おまえが気にする必要はないんだよ」
「で、ですが……」
山吹が上目遣いで雪之丞を見つめる。
「ですがじゃねぇ。それとも、俺への贈り物を安い糸と布で作る気なのか?」
「そ、そういうわけでは……!」
「じゃあ、これで好きな刺繍でもしてろ。何度も言うが、俺にとっては高くねぇんだから」
雪之丞は山吹の頭をポンポンと叩いた。
山吹はまだ何か思い悩んでいるようだったが、雪之丞を見て少しだけ微笑んだ。
「わかりました……。雪之丞様……、ありがとうございます」
「ああ」
雪之丞も目を伏せて微笑む。
「あの……では、雪之丞様に贈る刺繍はどんなものがいいですか?」
山吹は雪之丞をじっと見つめる。
「好きな柄や……好きなものは何かありますか?」
山吹の目はキラキラと輝いていた。
「好きなもの……?」
雪之丞は頬杖をつきながら、目を閉じた。
(好きなもの……って何かあったか? 別にこれといって何も……)
雪之丞が目を開くと、山吹は変わらずキラキラした目でこちらを見ていた。
(ない……とは言いにくいな……)
「えっと……天ぷらとか……割と好きかな……」
そういう話ではないとは思いつつ、雪之丞はとりあえず思いついたものを口にした。
雪之丞は山吹を横目で見る。
「天ぷら……」
山吹のポカンとした表情を見た瞬間、雪之丞は答えを間違えたと悟った。
「て、天ぷら……ですか……!?」
山吹は目を泳がせる。
「えっと、あの……。わ、私の腕ではなかなか……。その、て、天ぷらを素敵な刺繍に仕上げるのは……その、う、上手くできないかもしれませんが……。あ! でも、け、決して天ぷらがダメだとかそういう! そ、そういうことではなく……! 私の腕の問題でして……。あ、でも……き、金糸を使えば、なんとか……」
天ぷらを必死で肯定しようとする山吹の顔を見て、雪之丞は恥ずかしさで顔が熱くなるのを感じた。
(天ぷらの刺繍をしてほしいって意味じゃねぇよ……)
雪之丞は片手で顔を覆う。
「待て。そういう意味じゃないから……。好きなものを聞かれたから答えただけで……。天ぷらの刺繍なんてダサいもん、天ぷら屋台の店主だって持ってねぇから……」
「あ、ああ……! そ、そうですよね!」
山吹は心底ホッとした表情を浮かべた。
「ああ……。天ぷらは忘れてくれ……」
雪之丞は顔を覆ったまま、うつむいた。
「は、はい」
山吹は、うつむいた雪之丞の顔をのぞき込んだ。
「あ、あの……大丈夫ですか……?」
雪之丞はまだ少し赤い顔を押さえながら苦笑した。
「ああ、なんでもねぇよ……」
雪之丞は息を吐いて顔を上げると、山吹の顔を見つめた。
「……じゃあ、もうアレだ。刺繍は桔梗にしてくれ」
「桔梗ですか?」
山吹が不思議そうな顔で雪之丞を見る。
「うちの……。あ、花巻雪之丞とか花巻檀十郎っていうのは三ツ井屋っていう一門なんだ。で、その一門の家紋が桔梗なんだよ。なんでも一番の贔屓筋が、檀十郎に桔梗の花を贈ったのが由来で桔梗紋になったらしいんだけど、それ以来うちの一門を象徴する花なんだ」
山吹は目を輝かせた。
「そうなんですね! それなら桔梗にしましょう! すごく素敵なお話ですね!」
山吹は嬉しそうに微笑んだ。
(最初から桔梗って言っときゃよかった……)
山吹の顔を見て、雪之丞は心の底からそう思った。
(今度紫の糸でも持ってこよう……)
山吹の笑顔を見ながら、雪之丞はまた次に持ってくる糸について考え始めていた。