頼一は隠密からあがってきた報告書を見つめていた。
ひと通り読み終えると頼一は報告書を机に置き、ため息をつく。
(おそらくこれなのだろうが……。なんともきな臭い話しだな……)
頼一はもう一度報告書に視線を向ける。
七年前、名門の旗本が取り潰しになっていた。
真面目で堅実と評判だった当主がある日突然乱心。親族や家臣など数十人を惨殺したうえ、屋敷に火を放った。
当主はそれ以降行方知れず。
当主には息子と娘がいたが、母もそのとき亡くなっており息子は出家。娘は一度親戚に引き取られた後、遊郭に売られていた。
(咲耶が知りたがっていた娘が売られた先は……菊乃屋……か……。なぜ小見世に…?)
小見世は名前の通り見世の規模が小さいため、待遇も大見世に比べると格段に落ちる。
(元旗本の娘という肩書があれば、少なくとも中見世には入れたはずだが……。しかもよりによって菊乃屋とは……)
頼一は眉をひそめた。
菊乃屋は小見世の中でも評判のよくない見世だった。
吉原は頼一の管轄ではないため詳細はわからなかったが、足抜けや心中が異常なほど多いことで有名だった。
つまり消える遊女が多いのだ。
(無事に見つかればいいが……)
頼一はため息をつくと、目を閉じた。
(なるべく早く知らせるべきか……)
頼一は目を開けると筆をとり、報告書でわかったことを手紙にまとめていく。
明日にでも使いを出して届けさせようと決め、頼一は手紙を懐にしまった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
【一ヶ月前】
「……もういない?」
叡正は言葉の意味が理解できずにいた。
「ああ、売っちまったよ、吉原に」
屋敷の縁側で酒をあおっていた女は、馬鹿にしたような顔で庭に立ったままの叡正を見た。
「どうしてですか……叔母さん……。妹を引き取っていただくためにお金もお渡ししたのに……。自分の子のように育てるためだとおっしゃったから、俺は……最低でも七、八年は会わないという約束も守って……」
叡正が言い終えるより先に女が鼻で笑う。
「なんで私があいつを育てなきゃならないんだ……」
女は酒を注ぎながら言った。
「うちをめちゃくちゃにしたのは一体誰だと思ってるんだ?」
「それは……」
「うちの旦那と上の息子を殺したのは誰だって……聞いてるんだよ!」
女は注いだ酒を勢いよく叡正にかけた。その瞳は怒りと悲しみで濡れていた。
叡正には返す言葉がなかった。
「うちの旦那が何をした……? 十歳にもならないうちの息子が何をしたっていうんだ! ……うちだけじゃない……支えてきた親族や尽くしてきた御家人たちが何をしたっていうんだ!! 切り殺されたり、焼き殺されたりするようなことをしたとでも……? そんなこと許されるわけがないだろう! それなのに……なんでおまえたちは生きている……?」
女は顔を歪めて笑う。
「これは、復讐なんだよ……。おまえたちが笑って生きるなんて絶対に許さない……! 苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで、それでも死ぬこともできずに無様に生きていけばいい……!」
女の憎しみのこもった眼差しに耐え切れず、叡正は目を伏せた。
女はフッと笑うと、再び酒を注ぎ始める。
「もうここにはいないってわかったんなら、さっさと帰んな。時間の無駄だ。気になるなら吉原中を探し回ればいいじゃないか」
女は注いだ酒を飲みほして声をあげて笑った。
「まぁ、さすがにもう死んじまってるかもしれないけどね!」
叡正は唇をかみしめると、なんとか一礼だけしてその場を後にした。
(一体どうしてこうなった……。父が悪いのはわかっている……。けれど……じゃあ、俺たちが一体何をしたっていうんだ……)
叡正の握りしめた手のひらは爪が食い込み、血が滲んでいた。
(あの女の口調からすると、もうすでに遅いのかもしれない……。それでも……)
叡正は顔をあげた。何をするべきか、もう心は決まっていた。
ひと通り読み終えると頼一は報告書を机に置き、ため息をつく。
(おそらくこれなのだろうが……。なんともきな臭い話しだな……)
頼一はもう一度報告書に視線を向ける。
七年前、名門の旗本が取り潰しになっていた。
真面目で堅実と評判だった当主がある日突然乱心。親族や家臣など数十人を惨殺したうえ、屋敷に火を放った。
当主はそれ以降行方知れず。
当主には息子と娘がいたが、母もそのとき亡くなっており息子は出家。娘は一度親戚に引き取られた後、遊郭に売られていた。
(咲耶が知りたがっていた娘が売られた先は……菊乃屋……か……。なぜ小見世に…?)
小見世は名前の通り見世の規模が小さいため、待遇も大見世に比べると格段に落ちる。
(元旗本の娘という肩書があれば、少なくとも中見世には入れたはずだが……。しかもよりによって菊乃屋とは……)
頼一は眉をひそめた。
菊乃屋は小見世の中でも評判のよくない見世だった。
吉原は頼一の管轄ではないため詳細はわからなかったが、足抜けや心中が異常なほど多いことで有名だった。
つまり消える遊女が多いのだ。
(無事に見つかればいいが……)
頼一はため息をつくと、目を閉じた。
(なるべく早く知らせるべきか……)
頼一は目を開けると筆をとり、報告書でわかったことを手紙にまとめていく。
明日にでも使いを出して届けさせようと決め、頼一は手紙を懐にしまった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
【一ヶ月前】
「……もういない?」
叡正は言葉の意味が理解できずにいた。
「ああ、売っちまったよ、吉原に」
屋敷の縁側で酒をあおっていた女は、馬鹿にしたような顔で庭に立ったままの叡正を見た。
「どうしてですか……叔母さん……。妹を引き取っていただくためにお金もお渡ししたのに……。自分の子のように育てるためだとおっしゃったから、俺は……最低でも七、八年は会わないという約束も守って……」
叡正が言い終えるより先に女が鼻で笑う。
「なんで私があいつを育てなきゃならないんだ……」
女は酒を注ぎながら言った。
「うちをめちゃくちゃにしたのは一体誰だと思ってるんだ?」
「それは……」
「うちの旦那と上の息子を殺したのは誰だって……聞いてるんだよ!」
女は注いだ酒を勢いよく叡正にかけた。その瞳は怒りと悲しみで濡れていた。
叡正には返す言葉がなかった。
「うちの旦那が何をした……? 十歳にもならないうちの息子が何をしたっていうんだ! ……うちだけじゃない……支えてきた親族や尽くしてきた御家人たちが何をしたっていうんだ!! 切り殺されたり、焼き殺されたりするようなことをしたとでも……? そんなこと許されるわけがないだろう! それなのに……なんでおまえたちは生きている……?」
女は顔を歪めて笑う。
「これは、復讐なんだよ……。おまえたちが笑って生きるなんて絶対に許さない……! 苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで、それでも死ぬこともできずに無様に生きていけばいい……!」
女の憎しみのこもった眼差しに耐え切れず、叡正は目を伏せた。
女はフッと笑うと、再び酒を注ぎ始める。
「もうここにはいないってわかったんなら、さっさと帰んな。時間の無駄だ。気になるなら吉原中を探し回ればいいじゃないか」
女は注いだ酒を飲みほして声をあげて笑った。
「まぁ、さすがにもう死んじまってるかもしれないけどね!」
叡正は唇をかみしめると、なんとか一礼だけしてその場を後にした。
(一体どうしてこうなった……。父が悪いのはわかっている……。けれど……じゃあ、俺たちが一体何をしたっていうんだ……)
叡正の握りしめた手のひらは爪が食い込み、血が滲んでいた。
(あの女の口調からすると、もうすでに遅いのかもしれない……。それでも……)
叡正は顔をあげた。何をするべきか、もう心は決まっていた。