「あの、よければ荷物持ちましょうか?」
 まだ四月の初めなのに、ぎらぎらと照りつける太陽。そして目の前に立ちはばかる長い長い階段。その階段を、たくさんの荷物を持ったおばあさんが登ろうとしていたので、私――姫宮 萌音(ひめみや もね)はとっさに声をかけたのだった。
「あら、本当に?」
 おばあさんはそういって私の事を見た。
 今日は高校の入学式の日。しかし、早めに学校についておきたいと思い、いくらか早くに出発したので時間に余裕はあるはずだ。私は一度腕時計を見て時間を確かめると、笑顔でうなずいた。
「じゃあ……少し手伝ってもらおうかしら」
 おばあさんはうれしそうに荷物を私に渡した。しかし、遠慮したのか、半分の荷物は自分で持っていた。
「あ、私、全部の荷物持ちますよ」
 私がそういうと、おばあさんは「でも、この荷物重くって……」と言って申し訳なさそうな顔をした。
「大丈夫ですよ! これでも一応、体力には自信ありますから!」
 と、私は右手で胸をたたいた。
「……そう、じゃあ、お願いしようかしら。疲れたら私が持つので、いつでも言ってくださいね」
 そういって、おばあさんは私に荷物を預けた。体力に自信があるとは言ったけれど、この階段を全て余裕で登れるわけではない。その上に、想像していたよりも重かった荷物を抱えると、無事に登りきれるのか不安になったが……自分から言ったからには頑張らないと。私は袖をまくり上げ、気合を入れた。

「ふぅ、ここで半分か」
 この階段、思っていたよりも、しんどい。体力に自信があるとか言っておきながら、半分登っただけでとても息が上がり、汗も少しかいてきたので恥ずかしい。私は、階段が一区切りした平面のところで立ち止まり、少し息を整えた。私たちが休憩している間にも、元気に走りながら階段を上っていく小学生や、この暑い中しっかりとスーツを着ている社会人、一定の速度で走っている女の人など意外とたくさんの人がこの階段を行き来している。ここから、下を見るとだいぶ登ってきたが、上を見るとまだまだ続いている。
「ほんとに、ありがとうねぇ。飲み物は、お茶でいいですか?」
 そういっておばあさんは水筒からお茶をコップに入れてくれた。
「ありがとうございます」
 私はそういっていただいた。お茶は氷できんきんに冷やされていて、暑かった体にはとても気持ちがよかった。
 水分補給でパワーが戻った私は、頂上まで頑張ろう! と気合を入れなおす、と。
 視界がぐらっと揺れ、目に見えたものが空になった。
 思っていたよりも後ろに立っていたようで、足を踏み外し、階段から落ちそうになっているんだ……。
 頭で、怖いほど冷静に、その時の状況を悟った。やばい、私このままじゃ落ちちゃって、最悪――。
 今この時間全てがスローモーションのように感じた。これからの痛みなどの恐怖で目をつぶると……。
「おぉっと、大、丈夫?」
 男の人の声。恐る恐る目を開けてみると、階段から落ちそうだった私は、男の人の胸の中で受け止めてもらっていた。この状況を理解できなかった私はそのまま固まってしまったので、男の人がベンチに座らせてくれた。
 その男の人――いや、男の子、かな? は、私と同じ制服を着ていた。同じ高校の子か、という事よりも気になったのが……。
 その男の子の見た目だった。足は長く、身長は百八十センチくらいありそう。それに、顔は小さくて肌も雪のように白く、目は大きくて髪の毛と同じような少し茶色がかった色、鼻筋が通った鼻に薄い唇。絵本の中の王子様みたいにかっこよかったのだ。
「お嬢さん! 大丈夫ですか! お怪我はございませんか⁉」
 そのおばあさんの声で、私はふっと我に返った。「はい、大丈夫です……」とバクバクなっている心臓を抑えながら返事を返すとベンチから腰を上げる。そして男の子の方を向いてペコッと頭を下げる。
「え、えっと、さっきはありが――」
「この荷物、上まで持っていっていいんすか?」
 私の言葉をさえぎり、男の子はおばあさんにきいた。おばあさんは戸惑いながらも「え、ええ。お願いしてもいいかしら……?」と答えていた。それを聞くなり私が持っていた荷物全部をひょいっと持った。私がとても重いと感じていた荷物を軽々と。そのまま階段を上ろうとしていたので、私は小走りで追いかける。
「あ、あの! その荷物、私も持ちますよ!」
 最初に手伝うといったのは私だから最後まで手伝わないといけないし、全部荷物をもって手伝ってもらうのは申し訳ない。だからそう声をかけると、少し考えた顔をしたあと、一つの紙袋を前に突き出した。
「じゃ、これ持ってくれる?」
 私はその紙袋を受け取った。たくさんの荷物があるのに、一つの荷物、しかも軽いものを私に渡してくれた。気持ちはありがたいが、私だってもうちょっと持てる。そのことを言っても「さっきこけそうになった奴は一つ持てば十分だ」と言って渡してくれない。何度言っても同じ答えだったので、あきらめておばあさんと二人、男の子の後ろをついていく事にした。