「ねぇ、ヒロ。私たち、付き合っていたんだよね?」
ハルに問いかけられて驚く。
意識せず目が見開いていく感覚がした。
俺も雪の中へ入っていけば、ハルとの距離を縮めて、近くに行けるかもしれない。
けれど「付き合っていたんだよね?」という言葉が重たくて、俺はその場に立ちすくむしかできなかった。
「私ね、さっき教室でヒロに話しかけた時、結構勇気出したんだよ? だってもう一年くらい話していなかったから」
「……悪かった」
「なにが?」
「俺が男としてちゃんとしていれば、自然消滅とか、なかったと思う」
「やっぱり、ヒロの中では終わったことだったんだ」
ハルは雪からわずかに顔を出したブランコの柵に座り、マフラーに顔を埋めていた。
「私、ヒロのことずっと好きだったんだ」
「それは……」
『それは俺も同じだ』だと言いたかった。けれど俺が言い淀んでいる間に、ハルは視線を落としたまま話し続けた。
「あれ、学祭マジックだったよね? 一年生の時、一緒に文化祭の準備していたらいい感じになって。それまで幼馴染の親友だって思っていたけれど、あの時初めて、ヒロのこと男の子だって意識した」
どう答えたらいいかわからなかった。
『幼馴染の友達だと思っていた』のは俺も同じだ。いや、そう思い込もうと必死だったと言う方が正しかったかもしれない。
俺の方から付き合おうと言って付き合ったけれど、結局好きだとは言えなかった。
「ごめん。俺はちゃんと、ハルのことが好きだった」
「ありがとう。でも、もう遅いよね、私たち」
恋仲になったらどうすればいいかわからなくて、今まで通りとはいかないと意識したら余計ギクシャクして……そんな風に毎日を無為に過ごしていたら、二人の交流は何もかもが途絶えてしまっていた。
「ヒロは大学どこにいくの?」
合格すれば地元の国立大学に進むと答えると、ハルは俺の方へ視線を向け、微笑んだ。
「ヒロなら受かるよ」
「ハルは、どこに行くんだ?」
「上智だよ。昨日合格通知きた」
ジョウチ、と言われて一瞬わからなくなる。
そんな俺を見てか、ハルは再び微笑んでいた。
まるで子供に向ける笑い方だなと思った。
「私、来月から東京で一人暮らしなんだ」
そう言われて、東京の私立大学に進学するんだと合点がいく。
勝手にハルは地元に残ると思っていた。
「すげーじゃん。おめでとう。よく受かったな」
「ううん。ラッキーだっただけだよ」
「そんなことないよ」
こんなことなら、もっとハルと話しておけば良かった。
今更後悔をしても遅い。なのに、どんどんと後悔の波が押し寄せてくる。俺はその思考の濁流の飲み込まれそうになる。
恋仲になることが全てではないだろう。しかし、ハルを繋ぎ止めておく手段が、もう俺には残されていなかった。
「今日ね、ヒロと話そうと思っていたの。私、東京行くんだって。それと、私はヒロのこと好きだったよって。卒業アルバムの中、よく探してみてね」
「えっ?」
「ばいばい、ヒロ」
ハルは俺に背を向けたまま、来た時とは反対側の出口へと歩いていく。
踏み出す足が一足ずつ雪に埋まりながらも、止まることなく歩いていく。
俺はずっと、片想いし続けていたその背中を見て、動けなかった。

自宅に帰り、卒業アルバムをパラパラとめくっていると、とあるページの余白に、小さな字でこう書かれていた。

――ずっと好きでした。今までありがとう。

黒のボールペンで書かれたその文字を見つけた俺は、部屋を飛び出した。
消滅なんかで終わらせないために。