「え?」
「私もお返しに、ヒロに何か書くよ」
「あ、あぁ……」
お互いのアルバムを交換し合い、俺はハルのそれの裏表紙をめくった。
クラスの女子連中からのコメントでいっぱいになっており、余白を見つけるのが難しった俺は、右端の隅に「卒業おめでとう」と一言書くだけに終わった。
「書けた?」
「おう」
「……“卒業おめでとう”って、なに、このありきたりな感じ!」
「だって書く場所ほとんどなかったから」
ハルから返されたアルバムを見てみると、そこには小さな字で「卒業おめでとう! 体に気をつけてこれからも頑張ってね。幼馴染として応援しています」と書かれてあった。
「なんか悪いな」
「なにが?」
「いや、思ったよりちゃんと書かれていてビビった」
「なんでビビるの?」
あぁ、俺はハルとちゃんと喋れるんだなと思った。
もう一年以上話していなかったというのに。
俺はとうに、ハルの視界から外されているとばかり思っていた。
「これから二人で帰らない?」
「えっ?」
ふと辺りを見渡すと、クラスメイトの半数が教室から出払っていた。
「ハルは、それでいいのか?」
「うん。女子は18時からカラオケ行くって話が出ていたけれど、それまで暇だから。男子も二次会あるの?」
「いや、何も聞いていないな」
俺にかかっていないだけで、有志が二次会のようなものを催している可能性もあったが、誘われたところで行く気がない俺にとって、クラスの予定なんてどうでもよかった。
「じゃあ一緒に帰ろうよ」
ハルはロッカーの扉をあけ、厚手のダッフルコートとチェック柄のマフラーを取り出した。
「もうこのロッカー使うのも、今日で最後なんだよね」
「ハルは卒業式、泣いた?」
「うーん、ちょっとだけ? ヒロは泣いてなさそう」
「ご名答」
そんなやりとりをしながら、コートとマフラーを身につけ、教室を後にした。

**
玄関を出ると、外は粉雪が降っていた。
それを見て俺はフードをかぶる。
ハルの髪は舞い散る雪で少し濡れていた。
駅までの道のりを歩いている間、特に会話はなかった。
どうしてハルが俺なんかと一緒に帰りたがったのかはわからない。
それに俺は、ハルについて色々なことを知らない。
どこの大学を受け、どこに行くつもりなのかも知らなかった。
「ねぇ、近くの公園寄って行かない?」
近くの公園とは、俺とハルがよく行っていた、遊具もほとんどなく、ベンチが所在なさげに設定されている小さな公園のことだ。
「いいけど、まだ雪あるんじゃ?」
「あー、確かに。ブランコ乗れないかもね」
「ブランコ乗る気だったのか?」
「ダメ?」
「ダメじゃないけど、濡れると思うぞ」
「じゃあ立ち漕ぎで」
「高校生になって立ち漕ぎって」
「高校生は今日で終わるけどね」
「いや、高校卒業は今日でも、高校生って身分は三月いっぱいまで適用されるぞ」
「へぇ〜、そうなんだ! ヒロって物知りだよね」
「いや、江藤がホームルームで言っていただろ……。“あなたたちは三月三十一日までこの学校の生徒だから、くれぐれも自覚を持って生活するように”って」
「あれ? 江藤先生そんなこと言っていたっけ?」
そんな話をしながら歩いていると、やがてハルが行こうと提案した公園に着いた。
やはり雪が積もっていて、ベンチはその半分ほどが雪に埋まり、ブランコは使われないよう一番高い棒のところに巻き付けられている。
「あちゃー。これじゃあブランコ乗れないね」
そう言うとハルはザクザクと音を立てて、除雪されていない雪の上を歩いていく。
ハルの後ろ姿を見て、俺は二年前のことを思い出していた。