三月一日。

まだ多くの雪が降り積り、寒々とした曇り空が広がっているなかで、卒業式はつつがなく執り行われた。
式自体はとても平凡で、いささか退屈なものだった。
クラスの代表が男女一名ずつ卒業証書を受け取り、前生徒会長が答辞を読んでいく。
洟を啜る音が聞こえてきたかと思えば、一方で後期試験に向けて赤本を開いている奴もいて、卒業生の思いはてんでんばらばらだった。
最後にうろ覚えの校歌を全員で歌って、教室に戻る。
ホームルームにて担任から改めてお祝いの言葉が述べられた後、教師特有の少々説教くさい長話がされる。いつもは教師の話を気怠げに話を聞くクラスメイトたちも、今日は卒業式だということもあってか、真面目に話を聞いている連中が多かった。もちろんそうじゃない奴らもいたけれど。
話が終わると一人ずつ名前を呼ばれ、卒業証書と卒業アルバム、そして記念品が渡される。記念品は学校名を印字されたボールペンとのことだ。
出席番号が最後の俺は、クラスメイトが前に出て行っては担任と握手をしてみんなから拍手される姿を、頬杖を突きながらぼんやりと見ていた。
大体半分くらいまで呼ばれると、
「高橋悠加(はるか)」
「はい」
窓際の俺の席から二つ前の席に座るハルが名前を呼ばれ、立ち上がって前に出ていく。
小学校から高校まで腐れ縁だったハルの後ろ姿を見ながら、自分の高校生活を少しだけ振り返ってみた。適当に学校を楽しんでは受験勉強をしていた高校生活だったと思う……ただ一つの出来事を除けば。
「卒業おめでとう」
「ありがとうございます」
機械的な作業にわずかな感傷が含まれたこの一連の作業はどんどんと進んでいき、やがて残すところは俺だけとなった。
「最後。渡辺大夢(ひろむ)」
「はい」
「卒業おめでとう。大学に行っても頑張れよ」
「ありがとうございます」
席に戻ると、一旦ホームルームを終了するが、その後しばらくの間は自由に話して過ごしていいと言われた。
「なぁ渡辺。アルバムの裏にメッセージ書こうぜ」
「高校生になってもやるのか?」
「だって、何も書かないとか寂しいじゃん」
隣の席に座る田中に促され、俺は先ほど配られたばかりの記念品のボールペンを手に取った。
田中とは3年のクラス替えになってからよく話す仲になっており、友達かと聞かれれば友達だと言えるような奴だと思う。受験した国立大学も同じで、二人とも合格できていれば大学でも同級生になる。
俺はそのことを見込んで「大学でもよろしく」と一言コメントを書いた。
「これで落ちていたら笑えねえな」
「たしかにな」
ヘラヘラと笑い合う。
どこか地に足つかないこの感覚は、高校生特有のものなのだろうか。
「俺も渡辺に何か書いてやるよ」
「いや、俺はいいよ」
「いいからよこせって」
そう言って田中からアルバムを取り上げられ、コメントを書かれる。
中味は「俺はお前のこと、いい奴だと思っている。これからもよろしく」だった。
恥ずかしいが、悪い気はしなかった。
それから話したことがあるクラスの男子ほぼ全員と、コメントを書き合った。
つい先ほどまでは真っ白だったページが、少しずつ黒のインクで埋まっていく。
俺以外にも、記念品のボールペンを使ってコメントを書いているやつは多かった。
もう書く相手もいないだろうと思っていた時に、ふと「ヒロ」と声をかけられた。
俺のことをその呼び名で呼ぶやつは一人しかいない。
顔を上げると、卒業アルバムを抱きしめるように持っているハルが立っていた。
「私にも、その……買えてもらえないかな」
「……構わないけど」
「じゃあ、交換っ」