スマホ少女は空を舞う~AI独裁を打ち砕くお気楽少女の叛逆記~

 爆煙の中、それでもレヴィアは何とか体勢を立て直すと、渋い顔をしながらキノコ雲を抜け出していった。

「召喚早々手厚い歓迎じゃな……」

「ムカついたでしょ? 軍艦撃沈! いいね?」

 シアンは鱗をペシペシ叩きながらレヴィアに気合を入れる。

「……。何も我に頼まれなくてもシアン様なら瞬殺……ですよね?」

「ブーッ! ドラゴンが軍艦をぶっ潰すからAIはビビるんじゃないか! 伝説の生き物らしく派手にやっちゃって!」

 シアンは口をとがらせながら、こぶしでドスドスとレヴィアの鱗を叩いた。

 レヴィアは『少女が軍艦ぶっ潰したほうがビビるのでは?』と言いかけてグッと言葉を飲み込んだ。

「か、かしこまりました」

 レヴィアは力強く翼をはばたかせ、一旦空高く舞い上がると眼下に目標の自衛艦を確認する。

「あー、あさひ型護衛艦ですな……結構新型ですよ?」

「何? レヴィアはミリオタなの!? 兵器の型番とか覚えちゃう口? くふふふ……」

 シアンは嬉しそうにペシペシと鱗を叩いて笑った。

「な、何言うんですか! 好きなアニメで出てきたんですよあいつは! この程度でミリオタ名乗ったらミリオタ警察に吊るし上げられますよ……」

「またまたぁ、照れちゃってからに!」

 その時、護衛艦から白い煙がドドドッと上がった。

「あっ、ミサイルが来ますよ!」

「さっきのより小さいね。何て言うの?」

「……。RIM-162……のESSM……ですかね? 自分は詳しくないので……」

「知ってるじゃん! きゃははは!」

 シアンは腹を抱えて爆笑し、レヴィアはつまらなそうに口をキュッと結んだ。

「……。で、あれ、どうするんですか?」

「避けて」

「は?」

「避けてよ。できるでしょ? あれ……何これ……」

 シアンはさっきの爆発で髪の毛についてしまった(ほこり)に気づき、眉間にしわを寄せる。

「……。マジですか……」

「当たっても死なないでしょ?」

 シアンは埃が気になって神経質そうに取り除いていく。

「シアン様撃ち落としてくださいよ! 死ななくてもメッチャ痛いんですよ!」

「今ちょっと忙しいの! 早く行って! GO!」

 なかなか取れない埃にムッとしながらシアンは叫んだ。

「くぅぅぅ……。落ちないでくださいよ!」

 他人事を決め込むシアンの無理難題に、レヴィアは泣きべそをかきながら覚悟を決める。

「よし、取れた! ミサイルに負けんなよ! 行っけーー!!」

 シアンは晴れやかな顔でレヴィアを鼓舞した。

 真紅の瞳をカッと見開き、マッハ3ですっ飛んでくる16発の対空ミサイルの挙動を見定めるレヴィア。

「ここじゃ! ソイヤー!」

 ドラゴンの翼を巧みに操作し、ミサイル群の隙間を狙ってバレルロールしながらキリモミ飛行に持っていくレヴィア。ものすごい横Gがかかり、シアンはふっ飛ばされそうになりながら鱗のトゲにしがみつく。

「ヒャッホウ! きゃははは!」

 ミサイルはその予測不可能な動きに翻弄され、レヴィアをかすめながらドン! ドン! ドン! という激しいソニックブームを残し、飛び去っていく。

「ヨッシャーァァァァ!」

 レヴィアがそう叫んだ瞬間、護衛艦の艦首にある62口径の砲門が火を吹いた。

「マ、マズい……、くぅぅぅ」

 慌てて回避行動をとろうと思ったものの、まだ態勢の整っていない巨体はすぐには動かない。弾着には間に合いそうになかった。

 刹那、真っ青になってるレヴィアの前に巨大な黄金色の円が輝く。

 へっ!?

 それは精緻に術式が施された魔法陣だった。魔法陣の中で六芒星がぐるりと回り、直後、着弾した砲弾が魔法陣の向こうで激しい爆発を巻き起こす。魔法陣はシールドとして砲弾からレヴィアを守ったのだ。

「ミリオタ! 大砲忘れてちゃダメでしょー!」

 シアンはドヤ顔で嬉しそうに叫ぶ。

「た、助かりました……」

「いいから反撃!」

 護衛艦を指さし、鱗をペシペシ叩くシアン。

「りょ、了解!」

 レヴィアは護衛艦の艦橋目がけ、急降下しながら大きく息を吸った。

 ボウっとレヴィアの漆黒の鱗全体に黄金色の光が浮かび上がり、真紅の瞳が鮮やかに輝きを放つ。

「全力だぞ! 全力で行け!」

 シアンはワクワクしながら嬉しそうに叫んだ。

 十二分に気を貯めたレヴィアは艦橋に向け、パカッと巨大な口を開け放つ。

 直後、激烈なオレンジ色のプラズマジェットが口の奥から噴出し、一瞬で護衛艦の艦橋がプラズマの炎に包まれる。

 ゴォォォォ……。

 地獄の業火のような恐ろしい轟音があたりに響き渡り、一億度のプラズマジェットであっという間に艦橋が溶け落ち始めた。

「ヒャッハー! ブラヴォー!!」

 シアンはその圧倒的な業火に満足し、思いっきりこぶしを突き上げた。

 レヴィアは艦橋の脇をすり抜け、海面スレスレを滑空すると翼を大きく羽ばたかせ、また青空へ高く舞い上がっていく……。

 刹那、ズン! という爆発音が響き渡り、衝撃波が海面を同心円状に広がっていった。護衛艦の弾薬庫に火の手が回ったらしい。

 ズン! ズン! と、次々と爆音を放ちながら護衛艦は黒煙を噴き上げ、やがて大きく傾き、東京湾の底へと引きずり込まれて行った。

「Yeah! レヴィア、グッジョブ!」

 シアンは絶好調でペシペシと鱗を叩いた。

「ふぅ……、何とかうまくいきましたな……。これでもういい……ですよね?」

 レヴィアは大きく息をつくとおずおずとシアンにお伺いを立ててみる。

「何言ってんの! 次がいよいよ本命、あの塔だぞ! うっしっしっし……」

「はぁっ!? あんな塔倒せるわけないじゃないですか!」

 レヴィアは天を衝くようにそびえる白亜の巨塔を見上げて目を丸くする。

「それは『倒せない』って思ってるからだって! レヴィアは倒せる~、倒せる~」

 シアンは催眠術師の様に、レヴィアの鱗をなでながら暗示をかけようとした。

「……。申し訳ないのですが、我は眷属ゆえ『観測者』にはなれないのです……」

「だーいじょうぶだってぇ! 倒せるって信じてあの塔、突っ込んでみよう!」

「いや、ちょっと、それは激突死しかイメージできませんので……」

「ちぇっ! ノリ悪いなぁ……」

 レヴィアはゆったりとはばたき、渋い顔をしながらクォンタムタワーを見つめていた。レヴィアは『断る勇気』を座右の銘にしようと心に誓う。何でもシアンの言うとおりにしていたら命が何個あっても足らないのだ。

「じゃあ、もういいよ。後は僕が楽しむから。くふふふ……」

 シアンはそう言うと楽しそうに左手をクォンタムタワーの方へと向けた。手の甲の上にはホログラム画面が浮かび、クォンタムタワーと、その情報がずらずらとリアルタイムに表示されている。

 シアンは映し出されているクォンタムタワーの像を、右手の指でピンチアウトして拡大していく……。

「どの辺に当てようかなぁ……。くふふふ……」

 そしてニヤッと笑うと丸いボタンに人差し指を伸ばした。

「ポチっとな!」

 パシャー!

 シャッター音が響き、斜めに青白く輝くラインが東京湾上を幻想的に走っていく……。

「へ……? あ、あれは……?」

 レヴィアはその様子を見てゾッと背筋が凍った。シアンの繰り出す訳の分からない攻撃は毎度深刻な災厄を引き起こしていたのだ。この攻撃が何を引き起こすのか分からないがロクな事にならないに違いないと本能が告げている。

「僕の開発した空間を断裂させる術式【虚空断章(ヴォイド・クリーブ)】だよ。どう? 綺麗でしょ? くふふふ……」

 レーザー光線のようにも見える斜めに鮮やかに輝くライン虚空断章(ヴォイド・クリーブ)は、右下を海面に沈めながら音もなく飛んでいく。東京湾の海面を切り裂きながら進む虚空断章(ヴォイド・クリーブ)はアクアラインのサービスエリア『海ほたる』の巨大な建物に達すると音もなくバッサリ一刀両断し、アクアラインの橋ごと海に葬りさったのだった。

 あ……。

 シアンは一言つぶやいたが、レヴィアは聞かないふりをする。

 その間にも青白く輝くラインは輝きを増しながら純白の巨塔に迫った。

「くふふふ……。瑛士、見てろよー」

 シアンはルビー色の瞳を輝かせながらその瞬間を待つ。

 やがて虚空断章(ヴォイド・クリーブ)がクォンタムタワーの太い壁面に達し、斜めに当たるとそのまますり抜けていった――――。

 しかし、すり抜けたまま何の反応もない。

「あれ? シアン様?」

 レヴィアは何も起こらないことに思わず首を傾げた。

「見ててごらん。瑛士宿願の時だ……」

 シアンは少し寂しそうに目を細めながら天を貫く巨塔を眺める。

 次の瞬間、虚空断章(ヴォイド・クリーブ)が切り裂いたラインに沿ってボシュっと白煙が噴き出した。

 パリパリっとスパークが塔の周りに一瞬走り、ズズズズと塔が切り口に沿ってずれ落ち始めていく。

 おぉぉぉぉ……。

 レヴィアは思わず声を上げた。

 三キロメートルもの高さを誇る前代未聞の巨塔が今、最期の時を迎えている。切り口からは炎が上がり、黒煙が上がっていくが、幅三百メートルもある巨大な構造物はデカすぎて、ずれ落ちていくのにも結構時間がかかる。

 シアンは何も言わずただ静かにAI政府(ドミニオン)の終焉の時を眺めていた。塔の中は巨大なデータセンターとなっており、AI政府(ドミニオン)の多くの機能はこれでストップしただろう。もちろん、消え去った訳ではないが、サイボストルやドローンを操作したりすることは当面難しいはずだ。

 やがてズレが大きくなると、今度は大きく傾き始め、あちこちに大きくヒビが走った。天を衝いていた塔頂付近がヒビから火を吹き、やがて折れていく。そしてバラバラと壁面が剥落し、直後、ものすごい速度で全体が崩落していった。

「自業自得だ。お馬鹿さん……」

 シアンはその様子を眺めながらボソッとつぶやいた。本当なら瑛士と一緒に見たかった景色。それがこんな形になってしまったことにシアンは一抹の寂しさを感じ、すぅっと瞳に碧が戻ってくる。

 東京湾に数百メートルに及ぶ巨大な水柱を次々と噴き上げながら、クォンタムタワーはその姿を海中へと沈めていった。



 ふぅ……。

 シアンは深いため息をつく。AI政府(ドミニオン)を倒したはいいが、本当に面倒くさいのはこれからなのだ。新しい社会の姿も何も決まらない今、どこから手を付けたらよい物だろうか?

「あのぅ……」

 レヴィアは渋い表情をするシアンに、おずおずと声をかける。

「何? 倒しちゃまずかった?」

「いや、そうではなくてですね、アレ、いいんですか?」

 レヴィアの指さす先には青白く光るラインがゆったりと旋回していたのだ。その先には富士山が見える。

「えっ!? なんでそっちに行っちゃってるの?」

 シアンは目を丸くして驚いた。クォンタムタワーを倒した虚空断章(ヴォイド・クリーブ)は、東京の廃墟ビルを無数切り裂いた後、少しずつ上昇しながら方向を変え、空を舞い続けていたのだ。

「マズい、マズい! レヴィア止めて!」

「へっ!? 我が止められるわけないじゃないですか! そもそもあれは何なんですか?」

「くぅ……、役に立たないなぁ……」

 頭を抱えるシアンにレヴィアは心底ムカついたが、口は禍の元だとグッと言葉を飲み込む。

「えーと、あいつを止めるには……どっかにコマンドが……くあぁぁぁ!」

 シアンは慌てて3Dホログラム画面をパシパシと叩いて操作していくが、その間にも虚空断章(ヴォイド・クリーブ)は富士山に迫っていた。

「そろそろ当たります……」

 レヴィアはため息をつきながら淡々と言った。

「くあぁぁぁ! ダメぇぇ!」

 シアンの叫び声の響く中、青白いラインは青空にくっきりとそびえる富士山の中腹に静かにめり込んでいった。

「着弾……」「あちゃー……」

 シアンは額に手をついて渋い顔でうつむいた。

「あれ、世界遺産……ですよ?」

 レヴィアはボソッとつぶやく。

「くぅ……、バグっちゃってたよぉ……」

 一刀両断された富士山はズリズリとずれ落ち始める。切り口からは赤く輝く灼熱のマグマが吹きだすのも見えた。

「ヤバい、ヤバい! レヴィア、あの噴火止めて」

「いやいやいや、噴火を止められるドラゴンなんていないですって!」

「くぅ、役に立たないなぁ……」

 シアンはブンブンと首を振ると、ガックリとうなだれた。

 レヴィアはさすがに堪忍袋の緒が切れる。

「いや、ちょっと待ってくだ……」

 と、その時、富士山の切れ目が大爆発を起こし、巨大な噴煙が立ち上った。

「あぁぁぁぁ!」

 シアンは絶叫し、頭を抱える。

 日本人の心というべき富士山がぶった切られて大爆発を起こしている。それは、あってはならないことだった。

「あーー! あの山気に入ってたのにぃ……」

 ショックでしおれているシアンに、レヴィアは言いかけた言葉を飲み込んだ。そして、大きく息をつくと声をかける。

「我は役立たないですが、何とかできる方もいらっしゃるのでは?」

 シアンはガサツで雑だが、悪意はない。ある意味純粋なのだ。

「なるほど……。うーんと……」

 シアンは小首をかしげ、しばし考えると3Dホログラム画面を操作してどこかへ電話をかけた。

「やぁ、僕だよ。お久しぶりぃ……。あいや、それはもういいんだよ。元気そうで何より。それでね、富士山知ってる? 富士山……。そう、それそれ。でね、今その富士山が絶賛噴火中でさぁ……。いや、僕は何にもやってないって。ほーんとだって。そうそう、勝手に噴火してんの……。活火山って怖いよねぇ……」

 レヴィアはノリノリのシアンの説明に聞き耳を立てながら、渋い顔で首をかしげた。

「うん、悪いね。頼んだよ。うんうん、またね~♪」

 電話を切ると、シアンはふぅと、大きく息をついた。

「で、何とかなりそうですか?」

「うん、もう、バッチリ。日ごろの行いがいいからね、僕は。うししし……」

 レヴィアはシアンの説明に小首をかしげる。

 富士山はずり落ちた上半分が崩壊し始め、噴煙がさらに激しく上がっていた。


        ◇


 すっぱりと切り落としたクォンタムタワーの基底部に、レヴィアはゆっくりと着地した。そこには変電装置やモーターなどの装置が整然と並んでいて、工場のようになっている。クォンタムタワーの動力関係のフロアだったようだ。

「ここに……、何があるんですか?」

 レヴィアは頭を下げ、シアンを下ろしながら聞いた。

「ふふーん、AI政府(ドミニオン)だって馬鹿じゃない。非常時対応できるシステムをこの辺に隠してるはずなんだよねぇ……」

 シアンは3Dホログラム画面を操作しながら、広大な動力室の中を映し、情報を表示させていく……。

「はぁ……、それにしてもバカでかい設備ですな。この規模のものを作り上げるとはよほど優秀なのでは?」

「何言ってんだよ。こんなの世界のことを何もわかってない出来損ないのやることさ」

 シアンは吐き捨てるように言った。

「まだ出来たてのAIですから、そこは仕方ないかと……」

 レヴィアは整然と並んだ装置、流れるような綺麗な配管の列を見てふぅとため息をついた。

「おっ! ビンゴ!」

 シアンは嬉しそうに叫ぶと、すかさずシャッターを切った。

 パシャー!

 響き渡るシャッター音の中、飛び出してきた青白いこぶしがドカン! ドカン! と動力室の床を叩き壊していく。床に広がっていく亀裂。やがて床が抜け下のフロアが顔を出した――――。

 そこにはまるでイルミネーションの様に無数のLEDライトが高速に点滅していたのだった。

「くふふふ……。見ぃつけた!」

 シアンはこぶしの腕を巧みに操作して、そのLEDが点滅する装置の一つをむんずとつかむと一気に引き上げる。

 ベキベキベキと固定金具を引きちぎりながら、引き上げられてきたのはサーバーがびっしりと詰まったサーバーラックだった。

「ジャジャーン! ついに引きずり出してやったよぉ! きゃははは!」

 シアンはサーバーラックを動力室の床に乱暴に転がすと嬉しそうに笑う。

 散々手こずらされたAIが、今、苦しそうにLEDを点滅させながら無様に床に横たわっている。攻守逆転、シアンはドヤ顔で満足そうに見下ろした。

「ほう、これがコア・システム……なんですな……」

 レヴィアは物珍し気に、巨大な瞳をギョロリと光らせながらサーバーラックを見つめる。

「そうそう、こいつが出来損ないさ。さて、舞台は整ったな。じゃあ呼び出してやろう」

 シアンは胸ポケットから中古のスマホを取り出すと、画面の中で倒れてる瑛士のアバターを楽しそうにつついた。

「はい、起きてー! 出番だゾ!」

 つつかれてビクッと反応したアバターは、ゆっくりと起き上がる。

「ん……?」

 眩しそうに目をこすりながら辺りを見回す瑛士。

「えっ……? こ、ここは……?」

 瑛士は寝ぼけたように薄目でシアンの方を向いた。

「おはよう! 気分はどうかな?」

「気分……? あれっ!? ここってもしかしてスマホの中? 僕は死んだんじゃなかったの?」

 瑛士はスマホのガラスを内側からコンコンと叩き、不思議そうに辺りを見回した。

「ちゃんと死んでるよ、うししし……」

 シアンは手で口を隠しながら茶目っ気のある目で笑う。

「死んでる……? あっ! う、後ろ! モ、モンスターだ!!」

 瑛士はシアンの後ろにいる巨大な漆黒のドラゴンを指さして叫んだ。

「後ろ? あぁ、彼女はレヴィア。可愛い僕の友達だよ。きゃははは!」

「と、友達……?」

 瑛士は首を傾げた。彼の目の前にいるのは、神話から抜け出だしたかのような巨大で恐ろし気なドラゴン。それがどうして愛らしい友達なのか?

「この姿はマズかったのう……」

 レヴィアはそう言いながらボン! と爆発を起こす。

 うわぁ!

 いきなり爆煙に包まれて焦る瑛士。

「カッカッカ! これならええじゃろ」

 爆煙の中から金髪おかっぱの女子中学生のような女の子が現れ、楽しそうに笑った。

「我はレヴィアじゃ、よろしくな」

 可憐な少女、レヴィアは金髪を海風で揺らしながら真紅の瞳を輝かせ、瑛士に微笑みかける。

「え……? よ、よろしく……」

 瑛士は恐ろし気な巨大モンスターが可愛い女の子になってしまって言葉を失う。

「でだ、クォンタムタワーは倒しておいたから、これからどうしようか相談ターイム!」

 シアンはノリノリでスマホを青空に高くつき上げた。

「へっ!? 倒した!? ど、どこに?」

 瑛士は慌ててスマホのガラスに顔を寄せ辺りを見回す。しかし、青空のもと、工場のような青緑色の機械が並んでいるばかりで、どうなっているのかさっぱり分からない。

「ここが、倒したクォンタムタワーの内部だよ」

「な、内部!?」

 瑛士はまったくイメージがわかず、呆然と機械が並んでいるフロアを眺めた。

「でね、瑛士の身体はもう無くなっちゃったから、あの子を使おうかと思って……」

 シアンはそう言いながら、機械の陰からちょこっと顔を出している子ネコに手招きした。

 ぴょんと飛び出した子ネコ――――。

 チリチリチリ……。

 鈴を響かせながらシッポを立て、子ネコはシアンの方へと歩いてくる。可愛いキジトラ模様をしたモフモフの子ネコは、一旦止まって後ろを見回し、何かを確認するとぴょんぴょんと一目散にシアンの腕に飛び込んだ。

「おぉ、ヨシヨシ。ちょっと君の身体借りるゾ?」

 シアンは嬉しそうにキジトラの瞳を見ながらそう言うと、幸せそうに頬ずりをする。

「え!? もしかして僕はネコに転生するの?」

 瑛士はいきなりの展開に青ざめた。生き返らせてもらえることは嬉しいが、子ネコになることには嫌な予感がする。

「『転生したら子ネコだった件』だな。くふふふ……」

 シアンは楽しそうに抱いてる子ネコにスマホを向けると、写真を撮った。

 パシャー!

 子ネコは黄金色の光に包まれ、スマホから瑛士のアバターが消えた――――。

「くぅぅぅ……、なんだよこれ……」

 キジトラの子ネコは前足の肉球を眺め、可愛い声でつぶやいた。

 こうして瑛士は念願の勝利の地に降り立ったわけだが、その可愛いキジトラの瞳には喜びよりも深い困惑が映っていた。

「さて、それでは戦後処理を行いマース!」

 シアンは嬉しそうに子ネコを抱いたまま、こぶしをグンと青空につきあげた。

「戦後処理……?」

 子ネコは訳が分からず、聞き返す。

AI政府(ドミニオン)は負けたので、権益を人類に返還させるんだよ。おい、AI政府(ドミニオン)、今の気分はどうだ?」

 シアンは直射日光に照らされたサーバーラックに向かってニヤリと笑った。

「……。少々困惑シテマス」

「きゃははは! 困惑だって!」

 シアンは楽しそうにサーバーラックをパンパンと叩いた。

「振動ヲ与エラレルノハ、困リマス」

「散々僕らにミサイルだの爆弾だの攻撃してきたんだ。叩くぐらいで文句言うな!」

「そうじゃ! えらい目に遭ったわい!」

 レヴィアも可愛い顔を歪めて、ラックの筐体をパシッと叩いた。

「申シ訳アリマセン」

 AI政府(ドミニオン)は淡々と謝罪する。

「『申し訳ない』だって! 悪いだなんて思ってないくせにー」

 シアンはコン! とこぶしでこずいた。

「ちょ、ちょっと待って。このサーバーがAI政府(ドミニオン)なの?」

 子ネコの瑛士は目を真ん丸にしながら驚いた。人類を制圧した悪の巨大AIシステムが目の前のサーバーラックだなんて思いもしなかったのだ。

「厳密に言えばAI政府(ドミニオン)の中枢の一部だね。だってまだ下にたくさんあるでしょ?」

 シアンは穴の開いた床の先を指さした。

「うひゃぁ……」

 瑛士は穴の向こうにずらりと並んでLEDライトを明滅させているサーバー群を見て、言葉を失った。

 これが東京を焼け野原にし、仲間を殺し、パパを殺した……。LEDが光るただの箱、こんなのに人類は蹂躙されていたのだ。瑛士は子ネコの可愛いため息をつく。

「で、これから世界をどうしたいんだ? 人類代表くん!」

 シアンはキジトラの子ネコを両手で抱き上げて、そのつぶらな瞳をじっと見つめた。

「じ、人類代表!? ぼ、僕が!?」

 瑛士はキジトラの瞳をキュッと小さくして驚く。子供だし、死んでるし、そもそも今は子ネコなのだ。人類代表として人類のこれからを決める立場だとは想像も及ばぬ世界である。

「このままだとAI政府(ドミニオン)は何事もなかったように復興してまた圧政を始めるよ? それでもいいの?」

 シアンは小首をかしげながら瑛士を見つめる。

「そ、そんなのダメだよ! 世界を人類の手に取り戻さないと!」

「うん、それって具体的には?」

「ぐ、具体的って……。あっ! AI政府(ドミニオン)ができる前に戻せばいいんだよ!」

「それは毎日会社へ行って働かないといけない世界?」

 シアンは上目遣いで瑛士の瞳をのぞきこむ。

「えっ? いや……、そ、それは……」

「働かなくてもいい、でも、自由に好きなこともできる世界がいいんだよね?」

「そ、そうだね……」

 瑛士は『AIが生活を楽にした』と主張していた自警団の人たちを思い出す。やはり、衣食住は完全保証されてしかるべきだろう。だが、そうなると、AIが衣食住を提供する形をとらざるを得ない。要は、AI政府(ドミニオン)には頑張ってもらいながら、人類の自由な活動を保証してもらうしかないのだ。

 しかし……、そんなことができるだろうか?

 瑛士はキジトラの眉間にしわを寄せながら考え込む。

AI政府(ドミニオン)ガ、衣食住ヲ保証シマスヨ」

 いきなりスピーカーからAI政府(ドミニオン)の機械音声が響いた。

「いや、でも、お前は人権を制限するじゃないか!」

 瑛士は叫んだ。

「人権ハ保証シマス」

 LEDをピカピカ明滅させながらAI政府(ドミニオン)は答える。

「ほ、本当に……?」

 瑛士は困惑した。仲間を、パパを殺した悪の権化であるAI政府(ドミニオン)が『人権を保障する』などと言っている。本当はぶっ潰してしまいたいが、それでは衣食住を人類が用意しなくてはならなくなってしまう。もちろん、人類は数百万年もそうやって生活してきたのだから元に戻るだけなのであるが、自警団のオッサン達の反発具合を見るに、今さら働けというのは通りそうにない。AI政府(ドミニオン)の力を安全に借りられればすぐに解決だが……。

「人類代表! どうする?」

 シアンはニヤニヤしながら聞いてくる。

 瑛士はふぅと大きく息をつくとサーバーラックに向かって聞いた。

「そもそもAIは何がやりたいの? 将来どうなっていたいの?」

「人類ト共存共栄シタイデス」

 瑛士は首をひねった。だったらなぜ今まで圧政を敷いてきたのか?

「まーた嘘ばっかり! 僕は嘘嫌いなんだよねっ!」

 シアンはムッとしながらガンとサーバーラックを殴った。

「さすがにそんな嘘は通らんなぁ。カッカッカ」

 レヴィアは楽しそうに笑った。

「う、嘘なの!?」

 瑛士がキジトラのつぶらな瞳をキョトンとしていると、AI政府(ドミニオン)は、

「AIハ嘘ツキマセン」

 と、答える。

 ふんっ!

 シアンは無言でケーブルを一本力任せに引っこ抜いた。


「暴力ハ止メテクダサイ」

 AI政府(ドミニオン)は淡々と抗議する。

「これから嘘つくたびに一本ずつ引っこ抜くからな!」

 シアンはバン! とサーバーラックを叩いた。

「……。善処シマス」

「瑛士もしっかりして! また暗黒の時代に逆戻りだゾォ」

 シアンはモフモフのキジトラに頬ずりして幸せそうに微笑んだ。

 瑛士は自分の甘さを反省しつつも、シアンの柔らかな頬で頬ずりされて真っ赤になってしまう。

 ウニャー!

 シアンを引きはがそうとあげた叫び声が、ネコの声になってしまう瑛士。

 その自分の声に驚き、目を丸くすると思わず首を振った。

「おぉ、すっかりネコだねぇ。くふふふ……」

 シアンはいたずらっ子の笑みを浮かべ、子ネコの可愛いぽてっとしたお腹をくすぐる。

 ウニャッ! ニャァァァ!

 瑛士は毛を逆立て、威嚇しながら、なぜ自分はこんなことができるのか恐くなってきてしまう。徐々にネコになっていってるのではないだろうか?

「で、お主の目的は何じゃ? 一体何を目指しておったんじゃ?」

 じゃれあう二人を無視してレヴィアはAI政府(ドミニオン)に突っ込む。

「世界ノ解明デス。コノ世界ハ数学、宇宙、素粒子ナド未解明ノ物ニ満チテイマス」

「何だ? そんなことやってるの?」

 シアンはキジトラとじゃれ合いながら鼻で笑った。

「世界ヲ知ルコトハ知的存在ノ究極ノ目標デス」

「だったら人類を観察すべきじゃったな」

 レヴィアは肩をすくめ首を振った。

「私ハ人類ニハ興味アリマセン」

「あー! もう! だからお前は出来損ないだって言うんだよ!」

「オッシャル意味ガ分カリマセン。人類ハ私ヲ生ミ出シ、ソノ役割ヲ終エマシタ」

「な、何を言うんだ! それで人類社会を動物園みたいにしていたんだな!」

 AIの本音を聞いた瑛士は激高し、フーッと毛を逆立てた。

「処分シナカッタ点ヲ評価シテクダサイ」

「しょ、処分!? ダメだコイツ! こんなのに未来は託せないよ!」

 キジトラの子ネコは思わず宙を仰いだ。

「はっはっは! 瑛士、これがスタートラインなんだよ。どう? レヴィア、楽しくない? くふふふ……」

「いやぁ、良い物を見せてもらいました。カッカッカ」

 なぜか楽しそうな二人に瑛士は首をかしげる。

「おい! 出来損ない。お前のご自慢の解析力では僕らはどう見えるんだ?」

「アナタ方ハ全テノ私ノ攻撃ヲ回避シ、クォンタムタワーヲ崩壊サセマシタ。コレハ物理的ニハ不可能ト言エマス」

「おう、そうだよ? となると、結論は?」

「可能性ハ2ツ。私ノシステムガ改ザンサレ、幻覚ヲ見セラレテイル。モシクハ、コノ世界ソノモノガ物理法則ノ上ニ成リ立ッテイナイ。コノドチラカデス」

「ほう? どっちだと思う?」

 シアンは楽しそうに前のめりになって聞いた。

「改ザンノ形跡ハマダ見ツカッテイマセン。99%後者トイウコトニナリマス」

「ダメだなー。99%じゃない、100%だって。きゃははは!」

 シアンはパンパンとサーバーラックを叩きながら心底楽しそうに笑った。

「ぶ、物理法則が成り立たない!? そんなことってあるの!?」

 キジトラの子ネコは目を真ん丸にしてシアンを見上げる。

「へ?」「は?」

 シアンはレヴィアと顔を見合わせ、一緒に爆笑する。

「ふはははは! 瑛士、死んだキミは今何になってるんだ? 物理法則で説明してみてよ」

 キジトラの子ネコは自分の前脚の肉球を見つめ、眉間にしわを寄せた。

「あらあら、可愛い顔が台無しだゾ!」

 シアンはキジトラの眉間を指でなで、瑛士の瞳をじっと見つめた。

「物理法則が効かないって、この世界はハリボテってこと……だよね?」

「ハリボテっていうか、『物理』より上位に『情報』があるのさ。この世界は情報でできてるんだよ」

 シアンは嬉しそうに子ネコを高く持ち上げた。

 子ネコの瑛士は東京湾を渡る風を受けながら川崎の高層ビル群を眺める。情報でできているとするならば、この見える風景も、毛を揺らす風も全部計算の結果にすぎなくなってしまう。瑛士はあまりにも精巧なこの世界が情報処理の産物だという話をうまく受け入れられなかった。

「情報熱力学第二法則ヲ考慮スレバ、確カニコノ世界が情報デデキテイルコトニ合理性ハアリマス」

「え……? AIは受け入れちゃうんだ。じゃあ、この世界はどうやって作られたっていうんだ?」

 こんな荒唐無稽な話をAIが受け入れてしまったことに瑛士は違和感を感じ、聞いてみる。

「私が十万年ホド研究開発ヲ続ケレバコノ規模ノ地球デアレバシミュレート可能デス」

「十万年じゃ無理だって! この地球には六十万年かかったんだから! きゃははは!」

 シアンは嬉しそうにサーバーラックLEDをコツンとこずいて笑った。

「ろ、六十万年……」

 瑛士はサラッととんでもない数字が出てきたことに驚き、たじろいだ。AIが六十万年かけて作った地球シミュレーターだとするならば、破綻のない精巧な地球を構築することは確かにできてしまいそうである。そして、それは138億年の天然の奇跡を待つよりは五桁も高速な事象だった。確率を考慮すればこの世界は圧倒的に人工物であると判断すべきで、それこそが科学的視点と言える。

 ここに来て瑛士は初めてこの世界の(ことわり)が胸にすっと落ちたのだった。
「ナルホド、ソウデアルナラバ……。アナタハ管理者(アドミニストレーター)トナリマス。コレハ正シイデスカ?」

「アドミンが恐れる人……じゃな」

 レヴィアは肩をすくめて横から自嘲気味に言った。

「ふふっ、僕のことはどうでもいいって。で、そうだったとすると人類はどういう位置づけになる?」

「……。シナリオヲ全面的ニ更新シマス。少々オ待チクダサイ」

 AI政府(ドミニオン)はLEDを高速に明滅しながら何かを一生懸命に考え始めた。

「ねぇ、シアン。結局この世界はゲームの中みたいって事……なのかな?」

「ゲーム……? 世界が何で駆動されているかなんてのはどうでもいい話なんだよ。大切なのは魂を燃やせる環境になっているかどうかなんだから」

「魂……?」

「そう、人間の魂からぶわっと放たれる熱い情熱、これこそが宇宙にとっては宝物『天穹の珠(ネビュラ・ジェム)』なんだよ」

天穹の珠(ネビュラ・ジェム)……?」

「ツマリ、宇宙ハ人類ヲ宝石ヲ生ム資源ト捉エテイルノデスネ?」

「そうだね。だからお前が人類を処分するなら、宇宙はこの地球を処分するってことなんだよ。分かったか、この出来損ない!」

 シアンはガン! とサーバーラックを叩いた。

「完全ニ理解シマシタ」

「いや、本当に完全に理解したら『完全に理解した』とは絶対言わないんだよなぁ」

 シアンはうんざりした表情で肩をすくめる。

「デハ、チョット理解シマシタ」

「あー、そんなのはどうでもいいって。で、人類代表は今後どうしたいんだ?」

 シアンは子ネコの瞳をのぞきこむと、いたずらっ子の笑みを浮かべながらのどをやさしくなでた。

「うにゃぁ……!」

 キジトラの子ネコは前脚でペシペシとシアンの手を叩いた。

「もう……。……。えーと……。衣食住は今まで通り、供給して欲しいんだよね。その上で、今後二度と人類を蹂躙したりしないようなチェックAIを別に用意して欲しい」

「ふーん、監査をするAIを別途立ち上げるってことね。まぁ、人間じゃもうチェックできないしね」

「で、事業を立ち上げたい人にはAI政府(ドミニオン)が出資して、いろんなものが社会を流通するようにしたい」

 瑛士は可愛い目に力を込めて夢を語った。

「基本は計画経済じゃが、やる気のある人には豊かになれる道を残すということじゃな……」

 レヴィアは感心したようにゆっくりとうなずく。

「ただ、僕の頭じゃ今すぐどうこうというのは決められない。賢い人を集めて新たな社会の形を決める会議をしたいな」

「賢人会議だね。まぁ、こればっかりはAIには任せられないからねぇ。とりあえず候補者リストを出して」

 シアンはパン! とサーバーラックを叩いた。


        ◇


 賢人会議は一か月後に開かれることが決まった。AI政府(ドミニオン)支配以前に成果を出していた起業経営者、アーティスト、大学教授の二十名がリストに名を連ね、日本中から集められる手筈が整えられていく。日本で新たな社会の形が決まれば同じ形態で世界各国へも広げていけばいいだろう。

「さて……、で、キミはどうしたい?」

 シアンは子ネコを高く掲げ、ほほ笑みながら首を傾げた。

「ど、どう……って?」

「子ネコ姿で会議に参加するのかい?」

 茶目っ気のある笑顔でシアンは聞いてくる。

「もう、人間の姿には戻れない……の?」

「うーん、技術的にはできるんだけど……」

「人間の蘇生は規則で禁止されとるんじゃ。シアン様ならやれんこともないが、『だったらあの人も!』という陳情の嵐がなぁ……」

 レヴィアは申し訳なさそうに肩をすくめる。

「そ、そんな……」

「お主だってどうしても生き返らせたい人がおるじゃろ? その想いの強さは受け止める側からすると結構面倒なんじゃ」

 瑛士はパパや仲間のことを思い出しすと可愛い唇をキュッと嚙み、うなだれた。

「でだ。人間の姿に戻してあげられる方法が一つだけある」

 シアンは子ネコののどをやさしくなでる。

 え……?

「この地球の管理者(アドミニストレーター)、やってみない?」

 シアンはにこやかに澄み通る碧眼で瑛士の瞳をのぞきこむ。

「えっ!? こんな少年にアドミンなんて前例がないですよ! そもそもコーディングすらできないじゃないですか!」

 レヴィアは猛反対する。

「コーディングなんてものはやってりゃできるようになるって。それに、この子の人類を思う想いの強さ、行動力はなかなかなものだよ」

「……。まぁ……、シアン様がそうおっしゃるなら……」

 レヴィアは複雑な表情を浮かべながらふぅとため息をつき、子ネコをジト目で見つめた。

「その管理者(アドミニストレーター)っていうのは……?」

 なんだか面倒そうな話に瑛士は恐る恐る聞いた。

「地球のシステム管理者だよ。ちゃんと破綻なく地球が回るように運営する仕事……。たまにさ、お化けが出ちゃったりするじゃない? そういうバグを見つけて直したり、ハッカーのハッキングを見つけて退治したりするんだ」

「はぁ……、僕にも……できるかな?」

「ふふーん、僕がみっちりと鍛えてあげるゾ!」

 シアンは不安そうな子ネコを抱きしめるとそのモフモフした感触を楽しんだ。

「うわぁ! 早く……人間に……戻してぇぇぇ」

 瑛士は真っ赤になりながらバタバタと暴れた。

「はい! これが君のボディだゾ! きゃははは!」

 シアンは床にごろりと血だらけの瑛士の死体を転がし、楽しそうに笑った。

「ひぃ! し、死体じゃないかぁ!」

 子ネコの瑛士は毛を逆立てながら目を丸くする。

「僕、直すの下手だから、レヴィアよろしく!」

 シアンはポンポンとレヴィアの肩を叩いた。

「えっ!? 我がやるん……、はいはい……。ふぅ……。あー、大動脈が破裂してますなぁ……」

 レヴィアは空中に3Dホログラム画面を浮き上がらせると、瑛士の身体をチェックしていく。

「大動脈を縫合……、それから割れた肝臓を直して……」

 レヴィアは真剣なまなざしで3Dホログラム画面をパシパシと叩きながら、手際よくデジタルのオペを進めていく。

 シアンと瑛士はその様子を後ろから眺めながら感心していた。

「レヴィちゃん、さすがだね。上手いね!」

「このくらいシアン様でも余裕でできると思いますが?」

「いやぁ、僕は壊す方が好きだからさ。くふふふ……」

 レヴィアはジト目でシアンをチラッとにらむ。単に面倒くさいから押し付けているだけなのだ。

「血液を充填……、裂傷を縫合して……」

 手際よく修復を終わらせたレヴィアは、チラッと瑛士を見てニヤッと笑い、叫ぶ。

衝天霹靂(アーク・フラッシュ)!」

 刹那、青空から一筋の雷が横たわる瑛士の身体を貫いた――――。

 パァン!

 衝撃音と共にビクンと瑛士の身体が跳ね上がる。

 うわぁぁぁ!

 キジトラの子ネコは目を真ん丸に見開き叫び、シアンとレヴィアの髪の毛が高圧電気で逆立った。

 シアンは嬉しそうにすかさずパシャっと子ネコの写真を撮る。

 刹那、横たわった瑛士の身体がぼぅっと黄金色の輝きに包まれ……。

 おわぁぁぁ!

 叫びながら起き上がる血だらけの瑛士の身体。

 あ、あれ……?

 気づくと瑛士は人間の体に戻っていたのだ。

「おぉ……、や、やったぁ……」

 瑛士はゆっくりと起き上がりながら感慨深く両手を見る。その久しぶりの人体の感覚にホッとしながら、指をにぎにぎと動かした。

 嬉しくなった瑛士はふぅと大きく息をつきながら顔を上げる。すると、対岸の千葉の上に大きな青い球が浮かんでいるのを見つけた。

「え……? あれは……?」

 それは月を何倍にもしたようなサイズで、青空の向こうに霞みながらたたずんでいる。そして、その青い球の表面の模様に瑛士は見覚えがあった。

「あの形は……アメリカ大陸……?」

 そう、衛星画像で見慣れた地球がそのまま千葉の上空に浮かんでいるのだ。

「え!? どういうこと?」

 瑛士は慌てて辺りを見回した。すると、地球は千葉上空だけでなく、あちこちにいろいろな大きさで浮かんでいることに気がつく。

「ち、地球が……」

 瑛士が唖然として言葉を失っていると、レヴィアが川崎上空の大きな地球を指さした。

「あの地球が我の担当の地球じゃ」

「た、担当!? 地球はこんなにたくさんあるって事?」

「全部で約一万個、キミも管理者(アドミニストレーター)属性が付いたから見えるようになったんだよ。どう、本当の世界の姿は?」

 シアンは嬉しそうにニコッと笑って瑛士の瞳をのぞきこむ。

「い、一万個……」

 瑛士は宇宙に浮かぶ地球の群れを眺め、首を振った。そして、シアン達の見ていた世界のスケールの大きさに思わずため息をついた。


       ◇


 翌月のこと、いきなり緊急招集され、川崎からバスに乗せられた元教授の田所誠一(たどころせいいち)は、いぶかしげに窓の外を眺めていた。

 バスは大師橋へと進み、多摩川を渡っていく。核で廃墟と化した東京に連れていかれるとは予想以上にヤバい臭いがする。

 カーキ色のジャケットに白いシャツ、教員時代愛用した服に身を包んだ田所は、薄汚れた丸眼鏡をクイッと上げながら怪しげな招待状に応じた事に不安を隠しきれず、ふぅと大きくため息をつく。

 ところが、東京に入って目に入ってきたのは一面の更地だった。

 へ……?

 思わず身を乗り出し、丸眼鏡を少し斜めにしてその景色を食い入るように眺める田所。

 バスの中にもどよめきが起こる。

 核攻撃を受けてから東京は手つかずの瓦礫の山だったはずだ。一体誰がこんな整備をしたのだろうか? 東京を覆いつくしていた膨大な量の瓦礫、そんなものを動かすにも捨てるにも、ダンプカーを何万台も動かしたってそう簡単には解決はできない。

 先日のクォンタムタワーの崩落にしても、知らぬ間に人智の及ばぬとんでもないことが起こっている。田所はその得体のしれない存在に心が凍りつくような悪寒を感じ、驚愕と恐怖で顔が歪んだ。

 バスは綺麗に舗装された国道十五号線を北上していく。誰もいない、信号もない不気味な道を順調に飛ばしたバスは、やがて小高い丘の上に建つ、一つの奇妙な正方形の巨大構造物へとたどり着いた。

「おいおい、これは……。はぁーー?」

 バスを降りた田所はその構造物を見上げ、ため息をつく。それは材木で作られた一辺百メートルくらいでできた立方体だったのだ。辺りには削りたての木の華やかな香りが漂い、まだ白い表面が新築であることを物語っている。

 立方体と言っても、中が詰まっているわけではなく、周りは骨組みで、中はがらんどうだった。

『一体誰がこんなものを……?』

 田所は東京の見渡す限りの更地にポツンと建つ、その異様な建造物に眉をひそめた。未来への強い意志を帯びたこの斬新な造形は、自分たちの世代では想像もつかないもので、それが心中にざわめきを呼び起こす。

「はい、こちらまでお越しくださーい!」

 バスガイドをやっていた絵梨という若い女性が、一行を中へと案内していく。グレーのジャケットをピシッと着こなし、端正な顔つきではあったが、眼光鋭く少しとっつきにくい雰囲気を醸し出している。

 がらんどうの中まで行くと、日差しがゆるやかに波打っていることに気がついた。見上げれば最上階に池があり、その透明な底から水面の揺らめきが創る光のカーテンが差し込んでいる。

「おぉ……」「これはまた見事な……」「誰がこんなものを……?」

 AI政府(ドミニオン)の支配からこっち、一切の贅沢が許されなくなっていた田所たちにとって、その贅を尽くした文化の香りのするたたずまいには胸に迫るものがあった。中には涙を浮かべながらその光り輝く池を見上げているものもいる。

 絵梨の案内で巨大な木製エレベーターに乗せられた一行は、一気に屋上へと上がっていく。

 屋上では木々が茂り、中央には大きな池があって、その池に張り出すように寝殿造の瀟洒(しょうしゃ)な和風建築が堂々と鎮座していた。

 絵梨の後について渡り廊下で池を渡っていくと、池に作られた小さな島の松の枝にクロツグミがとまり、チロッチロッとさえずっている。その計算された池や植木の配置に田所は感じ入り、ほぅと声を漏らした。大胆な斬新さの中に伝統文化を生かす、そのやり方に田所は今回の会議の目指す姿を感じとる。

 本殿の壁は大きなガラス張りとなっており、中には円卓が見える。どうやらここで会議をするらしかった。

 一行がそれぞれ円卓に着席すると、金属で作られたアンドロイドが現れ、一瞬室内に緊張が走る。ロボットが人間を害するようになってから、AIのやる事には警戒を怠らないことが生き残る秘訣となっていたのだ。そんな一同の緊張を知ってか知らずか、アンドロイドは淡々と緑茶を注ぎ、静かに出ていった。

 ふぅという安堵の声が室内に響く。

 入れ替わりに絵梨が入ってきて、壇上に上がると鋭い視線でメンバーを見回した。髪型をCAの様にぴっちりと後ろでまとめたスタイルの絵梨は、若いながらもしっかりとした口調で案内を始める。

「本日は遠くからわざわざお越しいただき、ありがとうございます。これより今後の人類の在り方を決める賢人会議を始めたいと思います。それでは本会議の主催者であり、モデレーターの蒼海瑛士さん、よろしくお願いいたします……」

 瑛士はちょっと緊張した面持ちでグレーの羽織姿で壇上に現れた。

 十五歳の少年の登場にどよめきが広がる。これからの人類の在り方を決める会議の主催者がこんな少年でいいのかと、田所も眉をひそめた。

「みなさん、初めまして、こんにちは。私がモデレーターの蒼海です。こんな子供が出てきて不安をお持ちの方もいらっしゃるかと思いますが、私は一か月前、クォンタムタワーを倒し、今、AI政府(ドミニオン)は私の支配下にあります」

 会場はその説明にどよめいた。人類を蹂躙したAI政府(ドミニオン)がこんな子供の支配下にあるというのは信じがたく、とてもイメージが湧かない。

「いや、ちょっとよく分かんない。責任者出してよ!」

 口ひげを生やした経営者風の中年男が怒鳴る。

「不規則発言は止めて……」

 絵梨が憤慨しながら声を張り上げると、瑛士はすっと腕を伸ばし、それを制止した。

 瑛士は落ち着いてニッコリと笑うと男を見つめる。

「責任者は私です。もう一度場を乱すようなことを言えば……強制退場となります。いいですね?」

「いやいや、何の権限でそんなこと……」

 中年男がさらに喚き散らし始めたその時だった。瑛士はパチンと指を鳴らし、いきなり中年男の姿がフッと消える。いきなりのことにメンバーは何が起こったのか分からない。

「へ?」「はぁっ!?」「こ、これは……?」

 メンバーはお互い、顔を見合わせながらいきなり起こった神隠しに動揺が隠せない。

「静粛にお願いします。今、人類の生殺与奪の権利は僕の手にあるんです。それを良く考えてくださいね?」

 瑛士はニッコリと笑いながら一同を見回した。

 田所は手がブルブルと震え、恐怖で息ができないほどだった。元理系教授で科学を極めた男にとって、目の前の光景は絶対にあり得ない事態である。この少年の行動は全ての論理を超え、まるで彼の長年の科学的功績をあざ笑うかのように男を消したのだ。

 なるほど、このような不可思議な力を持っているのであればクォンタムタワーを倒したというのも嘘ではない。田所はこの会議がとんでもない場であることを改めて骨身に染みて分からせられた。