「あぁっ! マジかよ……」

 瑛士は混乱の中、頭を抱え込む。

 ピン! チュィィィン……。

 サイボストルは少女に反応し、無慈悲にも少女に照準を向けた。

 猫のために危険をかえりみずに飛び出してしまった少女は、いまや恐るべき死の淵にあった。

 瑛士は、父を失ったばかりで、その心の傷はまだ生々しい。これ以上命を失うことには耐えられそうになかった。

 クソッ!

 瑛士は飛び出すと、少女とは逆の方向に走りながらプラズマブラスターをサイボストルに向かって投げつけた。

「ヘイヘーイ! こっちだ」

 サイボストルはプラズマブラスターに反応してピョンと跳ね、あっさりとかわすと今度は瑛士に照準を合わせる。

 チュィィィンというモーターの高速回転音が不気味に廃墟に響き渡った。

 クッ!

 瑛士はヘッドスライディングのように、崩落して傾いた壁の裏にすっと跳び込む。直後、サイボストルの銃口が火を吹いた。

 パパパパンパン!

 壁の石膏ボードは砕かれ、破片が瑛士の上にバラバラと降り注ぐ。

 うひぃ!

 瑛士は頭を抱えてしゃがみ込むが、サイボストルは壁を全部破壊しつくして炙り出すつもりのようだった。

「チクショウ! 逃げ場所間違えた!」

 このままでは殺されてしまう。次の障害物にまで逃げたいが、とても無事に行ける気がしない。

 くぅぅ……。

 万事休す。でもこれで少女が逃げ切れたならそれも悪くない人生だったかもしれない……。

 瑛士は粉々になっていく石膏ボードの破片を浴びながら、今までの短かった人生を思い返した。

 と、その時、信じられない声が響き渡る。

「きゃははは! はいチーズ!」

 へっ!?

 サイボストルの攻撃が止み、そっと様子をうかがうと、何と少女がサイボストルにスマホカメラを向けて笑っている。

 サイボストルはシュタッと軽く跳んで銃口を少女に向けた。

「バカッ! 逃げろよ!」

 瑛士は叫ぶが、少女は楽しそうにシャッターを切った。

 パシャーッ!
 
 シャッター音が廃ビル内に響き渡る――――。

 刹那、スマホが黄金色の輝きに包まれると、不思議な光の腕が躍動的に飛び出し、まるで生きているかのように踊った。透明で柔らかなサイリウムを思わせる触手は、青白く神秘的な光を放ちながら、サイボストルに向かって一直線に伸び、次々にガッシリと金属ボディをつかんでいった。

 サイボストルは銃を発砲するが、腕に捕まれた状態では弾が正常に飛ばず、暴発してしまう。

 はぁっ!?

 瑛士の目は驚愕に見開かれた。ただのスマホがシャッターを切っただけで恐るべきサイボストルを圧倒しているのだ。光を纏う力強い腕からはキラキラと輝く光の微粒子が噴き出してきて廃墟をほのかに照らし、神聖さすら感じさせる。瑛士にはそれはまさに人類を救うために現れた『神の腕』のように見えた。

 光る腕に捕らわれてサイボストルは身動きが取れず、苦しそうにもがいたが、腕は徐々に力を加えていく。

 ベキッ! ゴキッ! グシャッ!

 不気味な破砕音が廃墟に響き渡る。

 最期、キュゥゥゥ、というサイボストルの断末魔の悲鳴ともとれる音が漏れ、ぐちゃぐちゃにつぶされた金属の塊から、ボスッ! と黒煙が上がった。

「きゃははは! 一丁上がりぃ!」

 腕はすぅっと消えていき、少女は楽しそうに腕を突き上げる。

 瑛士は、まるでキツネに化かされたかのように呆然と立ち尽くす。スマホカメラがどうやってサイボストルを打ち倒せるのか? これまで耳にしたこともない、現実離れした出来事に彼の頭は疑問でいっぱいだった。まるでファンタジーの世界で天使が現れたかのようであったが、神など信じない彼には、まるで現実感が湧かない。

 瑛士は大きく息をつくと、少女に歩み寄る。

「ねぇねぇ、それ……何なの?」

「ん? カメラだよ?」

 少女はキョトンとしながら首をかしげる。

「いやいや、カメラって写真を撮る道具じゃないか。でも、サイボストルを潰せちゃってるよ?」

「くふふふ……。何だろうね?」

 少女は嬉しそうに笑う。

「ま、魔法……なの?」

 瑛士は恐る恐る聞いてみた。まるでファンタジーの世界の神秘の力のように見えたのだ。

「魔法なんてこの世にないよ! 科学だよ科学。この世に科学で説明できないものなどないんだから。きゃははは!」

 少女は屈託のない笑顔を見せる。

 しかし、科学と言われてもカメラでロボットを潰す技術など聞いたことがない。瑛士は渋い顔をして首をひねる。

「いや、そんな技術見たことないんだけど……」

「ふふーん、じゃあキミはもうちょっと科学を勉強する必要があるってことだねっ」

 少女は手を腰につけ、ドヤ顔でポーズを作ると、人差し指を振る。

 瑛士は渋い顔で首を振ると、聞き方を変えた。

「じゃあさ、またサイボストルが出てきたら同じように倒せるの?」

「うん、電池が続く限りね」

 ニコニコと楽しそうな少女。

 強化されたサイボストルはレジスタンスにとって深刻な脅威だった。原理は分からないが、それをスマホで無力化できるのであればとんでもない福音である。

 瑛士は少女に駆け寄るとその手をギュッと握りしめた。

「そしたらさ、仲間に……なってくれないか?」

 レジスタンスはもはやじり貧で、自分たちが倒れたらもはやこの世界はAIの完全なる支配に堕ちてしまう。人類の希望のため、彼女のスマホが必要だったのだ。

「仲間……?」

 少女は自分の唇に人差し指を当て、くびを傾げる。

「さっきのサイボストルたちをスマホでバンバン倒して欲しいんだよ! 頼むよ!」

 瑛士は少女の碧い瞳をまっすぐに見つめ、熱を込めて口説いた。

「奴らを倒すのね? いいよ。くふふふ……、僕壊すのだぁい好き」

 少女はニヤリと小悪魔の笑みを見せる。

 瑛士はその邪悪な雰囲気に戸惑いを隠せなかったが、AIに支配され続ける狂った世界を正すにはなりふりは構っていられないのだ。

「あ、ありがとう。それじゃ君は僕らのレジスタンスチーム【ネオレジオン】の一員だ。一緒にAIを倒して人類の世界を取り戻そう! 僕は瑛士、よろしくね」

 瑛士はややひきつった笑顔でギュッと手を握った。

「僕はシアンだよ。よろしくぅ」

 シアンは楽しそうにそう言うと、ブンブンと握手した手を振る。

 瑛士はその嬉しそうな笑顔に、絶望の暗闇を貫く希望の光が見えた気がした。