〈神楽坂大地side〉
 月日は流れ、卒業式の前日。
 卒業式のリハーサルが終わり、授業はなかったので、そのまま解散となった。
「「「「「かんぱーい!」」」」」
 僕達文学部メンバーは部室でお別れ及びお疲れ様会をしていた。
 お別れ会は結局、莉子先輩の予定が合わなくて今日の開催となってしまった。
 その頃には光莉ちゃんの怪我は完治していた。後遺症は足を引きずって歩くぐらいらしい。でも、彼女は落ちこんでいない。むしろ、前よりも明るいぐらいだ。やっぱり彼女は強い。
「莉子先輩、大学合格したんですよね?」
「うん!」
「「おめでとうございます。」」
 莉子先輩は無事に大学に合格した。合格発表の日、結果が分かると僕達に報告して来て、喜びを分かち合った。
「これ、私達から合格と卒業祝いです。」
「えっ!ありがとう!」
 僕ら三人でお金を出し合って買った。中身はハンドクリーム三種セットだ。
「ありがとう!大切に使わせてもらうよ。」
 僕らは微笑みあった。選んだのは光莉ちゃんだ。久しぶりに会った時に、莉子先輩の手の乾燥が気になったからと言っていた。
「須藤さん。三年間ありがとう。私の新人時代、ほぼあなたと過ごしたね。」
「そうですね。」
「この文学部に廃部の危機がありながらも退部しないで、最後までいてくれて本当にありがとう。これ、私から感謝の手紙。」
「……ありがとうございます。武蔵先生とは三年間ずっと一緒で、特に半年ぐらい二人だけの時ありましたね。」
「あったね。」
 完全に二人だけの世界に入っているので、邪魔はしないで見守る。
「先生といっぱい話せて良かったです。テニスの事も、話したのは先生が初めてで、受け入れてくれて……」
 そこで、莉子先輩は泣いてしまった。莉子先輩の涙は初めて見た。
「もう、泣かないで。卒業式の前日なのに……」
 武蔵先生も涙目になっている。
「私の青春、武蔵先生のおかげで華やかになりました。ありがとうございますっ!」
 莉子先輩は深々と頭を下げた。
「こちらこそ、ありがとう。」
「雲英……」
「はいっ!」
「入部した時、お前ずーっとヘッドホンして一人の世界入ってたよな。あれ、何聴いてた?」
「えっ、あれ何も流してませんよ。ただ、周りと遮断するために付けてたもので……」
 雲英ちゃんは今もヘッドホンを首にかけているが、耳につけている事は少なくなった。ヘッドホンはお守りだといつか聞いた事があった。
「そうか。あの頃は全然会話に参加しなかったな。でも、みんなで一緒に遊んでからは口数増えたな。」
「はい。」
「それに少し明るくなった。色々な雲英の表情、見ていて楽しかったよ。ありがとう。」
「いえ……」
「これからは文学部、任せたぞ。」
「任されました。私は入学した時、噂のせいもあって人と関わるのが面倒で、全て遮断してました。どこかの誰かのように。」
「うっ……」
 僕の事だ。
「でも、みんなで遊んで、そこから少しずつ話すようになって、関わるのも楽しいと思えるようになりました。莉子先輩のおかげです。本当にありがとうございました。」
「うん。光莉!」
「はい!」
「光莉、君は初めてだった。障害を持っている人と関わるのはね。でも、君は障害なんてないかのように明るかった。いつでもこの文学部を照らしてくれた。君は文学部の光だ。」
「いや、そんな大げさな……」
「いや、本当にそうだ。光莉のいない文学部は暗かった。」
 莉子先輩ははっきり言い切った。まあ同意はするけど。
「これからも誰かにとっての光であって欲しい。ただ、自分の事は大切にしてね。」
「はい。莉子先輩はとっても頼もしい先輩です。入学した時色々な不安があったんですけど、莉子先輩がぜーんぶ吹き飛ばしてくれました。今まで文学部を守ってくれてありがとうございます。これからは私達にお任せください!」
「頼もしい。大地!……泣きすぎだ。」
「だってぇ……」
 武蔵先生の時に貰い泣きしてそれから今までずっと泣いていた。
「君は入部当初はうさぎくんだったな。びくびく震えていた。」
 否定は出来ない。確かにその通りだったから。
「幽霊部員になりそうなタイプだったのに、幽霊にならずに毎日部室に来てくれてありがとう。男子は君だけで本当は緊張してたんじゃないか?」
「……はいぃ。」
 入部した後に気付いたのだが、ちゃんと活動しているのが女子だけだった。部員には男子もいるらしかったが、一度も見かけた事はなかった。
「まあ性格はちょっと女の子に近かったが……でも、一年ですっかり変わったよな。今の君の方がきらきらしていて好きだ。光莉の事、泣かせるなよ?ちゃんと大事にしてやれ。」
「はいっ!大事にします。僕が苦しい時、莉子先輩がいたから乗り越えられました。ありがとうございますぅ!」
「うん。せっかくだから、君達もお互いに思っている事言い合ったらどうだ?」
「「「……」」」
 莉子先輩の突拍子な提案にはいつも驚かされてきたけれど、それが何だかんだで確実に僕達を変えてきた。
「大地。」
「はいっ。」
「過ごした時間的には大地とが長かったよな?」
「……そうだね。」
 少なくとも雲英ちゃんにとってはそうだ。
「私があんな事言ったものだから、その後はずーっと私に対してうさぎくん状態になってたよね?」
「……気づいてた?」
「当然。申し訳なかったな。」
 僕は首を振った。その頃はお互い全然話していなかったから。
「私と大地はそっくりだよな。人に関わるのを避けていたけど、ここに入って話すようになって楽しくなってきた。苦しい時も一緒だったな。」
「うん。」
 そういう意味で言えば、雲英ちゃんとは苦楽を共にした。
「後二年、ずっとよろしくな。」
「うん、もちろん。僕も、確かに最初は全然話さなくなったし、雲英ちゃんの事はとっても怖かった。でも、あの言葉は確かに僕に響いていたし、僕を変えるきっかけになったと思う。みんなそうだけど、何でも正直に話しちゃうその性格、僕は好きだよ。これからもよろしく。」
「うん。光莉。」
「はい。」
「君は私にとって高校に入って初めての友達だ。高校に入った時はそんな事夢にも思ってなかったから、今でも驚きだ。二人三脚の練習、大変だったけど楽しかったよね。」
「うん。」
「遊園地と体育祭の練習がきっかけで光莉とは話すようになって。最初は鬱陶しかったが、君は分け隔てなく誰とでも話す。光莉のその笑顔は私の心をじっくり溶かしてくれた。」
 それは激しく同意する。
「私にとって激動の一年だった。その中で一番嬉しかった事は、天使みたいな光莉と友達になれた事だ。本当に、友達になってくれて、ありがとう。」
「ううん、こちらこそだよ。体育祭の時、ほぼ知り合いがいない中はとっても不安だったけど、雲英ちゃんを見つけた時は嬉しくなった。二人三脚のペアが雲英ちゃんになった時も。女の子同士だったから、たくさん話をしたし、相談にも乗ってもらった。本当にありがとう。これからもずっとよろしくね。」
「もちろん。」
「ほら、次は大地と光莉だ。」
「え」
「へ」
 やっぱりか……というか、次は……という事は……
「大地くん。」
「……はい。」
「多分、君との出会いは運命だったんだよ。」
「えっ?」
「だってそうでしょ?委員会や部活で一緒になってなかったら、きっと今こうしていないよ。」
「うん。」
 元々はくじ引きだった。あれで、僕と光莉ちゃんが選ばれ、そこから始まった気がする。だから、委員会で選ばれなければ、部活で武蔵先生に強引に入部させられていなければ、きっと交わる事はなかったはずだ。
「いつも大地くんは私の隣にいてくれたね。教室でも、委員会でも、放送当番でも、部活でも、帰る時も。」
 色々な思い出が蘇る。
「さすがに体育祭は一緒じゃなかったけど、それでも私大地くんがずっといてくれたから安心したよ。いつも私を呼ぶ声、優しい言葉、全てを包み込むような温もり、大地くんの全部好きだよ。これからもわ、私の彼氏でいてください。」
「もちろん。僕も、きっと光莉ちゃんがいなければ、莉子先輩とも、雲英ちゃんとも、咲也とも友達になっていなかった。今、ここにある全ては君のおかげだ。光莉ちゃんはとっても素敵な人間だ。だから弱さをさらけ出してもいい。全部、受け止めるから。好きだよ。」
「ふふっ。」
「あー、青春だねぇ。」
「まあ恋人同士ならやっぱりこうなるよね。」
 僕と光莉ちゃんは顔を赤くした。
「最後は……やっぱり武蔵先生!」
「……えっ、私も?」
「もちろん。文学部の顧問で、いつも私達を見守ってくれたんだから!」
 やっぱり、最後がいたか……
「それに来年度は残る事になったけど、再来年はいるかも分からないんだから、言いたい事全部ぶちまけましょうよ。」
「それもそうね。」
 武蔵先生は来年度異動する可能性は低いらしいが、再来年度は分からない。
「武蔵先生。」
 最初は雲英ちゃんだ。
「担任ではないのに、一番話した先生は間違いなく武蔵先生です。先生はいつも何かを言う訳じゃなくて、ずっと私達を見守ってくれました。どんな話でもちゃんと聞いてくれました。それに、いつも部室の鍵開けてるから、何かあればここに駆けつけて、気持ちを落ち着かせる事も出来ました。いっぱい、ありがとうございます。来年度はどうか私の担任になってください。」
「うん、それは私の権限では厳しいけど……越水さんはいつもヘッドホンしていて、本を読んでるか書いてるか寝てるか、そのイメージしかなかった。全然話に入ってもくれなかったし。そんな時かな。まさかの近所同士でびっくりしたの。」
 そう。実は雲英ちゃんと武蔵先生は家が近所らしい。というか、マンションの隣室同士らしい。だから、あの事故の時に一緒にいたらしかった。
「まあだからといって何かが変わった訳でもなくて。でも一番近くで見ていて、だんだん明るくなっていったのが分かった。苦しくて辛かった時もあったけど、いつもこの部室に駆けつけてくれて、嬉しかったよ。ありがとう。」
「武蔵夏芽先生。」
 次は光莉ちゃんだ。
「高校に入って初めての担任が武蔵先生で本当に良かったです。私が困った時にはいつも助けてくれました。武蔵先生がいたから、私は毎日学校に通えました。あの事故の時も、そばにいてくれたから安心したし、あの涙も温もりも忘れません。」
「あぅっ……それは忘れて。」
「嫌です。」
 唯一、武蔵先生の弱さを見せたのが光莉ちゃんだろう。あんな事があっても、僕の前ではずっといつも通りだったから。
「絶対、忘れません。本当にありがとうございます。来年度も担任になってください。」
「だからそれは難しいって……春原さんは文学部の光だよ。須藤さんも言ってたけど、いつも文学部を照らしてくれた。それだけじゃない。いつも勉強も放送も全力で頑張っていたね。何でも惜しまずに努力する所、本当に尊敬するよ。でも、あの事故と情けない所を見せてしまった事は今でも後悔している。絶対に!無茶はするな!大切な彼氏のためにも。」
「……はい。」
 武蔵先生と愛梨さんが友達である事は光莉ちゃんは知らないらしい。それが原因で贔屓されていると思われたくないからだと言っていた。卒業したら話すかもしれないから黙っていろと口止めされている。
「武蔵先生。」
 最後はもちろん僕だ。
「いつも僕と向き合ってくれてありがとうございます。あの頃の僕は本当にめんどくさい性格をしていました。正直苦手でもありました。でも、委員会、部活で一緒になって話すようになって、苦手意識はなくなりました。苦しかった時、ちゃんと話を聞いてくれたし、優しい言葉ももらいました。本当にありがとうございます。三人連続で、来年度も担任になってください。」
「……それならまず三人クラス一緒にならないとだよ。」
「むしろ最高です。」
「神楽坂くん、正直、君が一番めんどくさかった。話は聞かないし、ボーッとしてるし……」
「はひぃ……」
「文学部はともかく委員会まで一緒になったのは何かの運命だったかもしれないね。多分一年生の中で一番話したのは君だよ。君とは一人の生徒としてというよりかは一人の人間として向き合っていたと思う。」
 一人の、人間……確かに、僕に対しては先生と生徒という感じではなかったかもしれない。
「私は向き合い、君はそれにしっかり応えてくれた。ありがとう。彼女、しっかり大切にしなさい。」
「はいっ。」
 こうして感謝の伝え合いは終わり、お別れ及びお疲れ様会はお開きとなった。
 翌日、須藤莉子先輩は立派に卒業していった。

 〈春原光莉side〉
 あれから一ヶ月。
 私達三人は二年生に進級した。奇跡が起こり、三人一緒のクラス、そして担任は武蔵先生になった。
 あの事故から変わったこと。
 登下校の時は大地くんが私の荷物を自転車に乗せて送ってくれるようになった。後遺症として歩くのに少し障害が出てしまった。痛くはないのだが、自転車に乗れなくなった。自転車は捨てなかった。私と大地くんを繋げたものの一つだし、私の愛車だから。
 大地くんはたくさんの人と話すようになった。特に岡田くん。とても明るくなって嬉しい反面、女の子からも少しずつ人気が出始めて来たので嫉妬している。
 後、大地くんは蒼空を持ち歩くようになった。全ての始まりだからと言っていた。意味はよく分からなかったが、何だかその時の彼の顔がかっこよかったので、特に追及はしていない。もしかしたらいつか話してくれるかもしれないし。
 一番衝撃だったのは、大地くんと颯太が仲良くなっていた事だ。絶対的にライバル関係のはずなのに、何故か私の話でいつも盛り上がっているらしい。嬉しいやら、恥ずかしいやら……今もたまに話しているらしい。
 話は戻し、新学期。文学部廃部危機を脱するため、呼び込みを頑張っている。特に雲英部長が。
 私と大地くんは引き続き放送委員会になった。
「皆さん、こんにちは。昼休みの放送を始めます。担当は二年二組の神楽坂大地と」
「春原光莉です!」
 最初の頃は緊張していたが、今はもう慣れたものだ。
「新生活が始まって二週間が経ちました。いかがお過ごしでしょうか?」
「部活はどうするか悩んでいる人々に向けて、部活動紹介のコーナー!」
「今日は文学部から越水雲英部長です。」
「皆さん、初めまして。二年二組文学部部長の越水雲英です。」
 雲英ちゃんの噂はいつの間にか消えていた。雲英ちゃんの周りにも少しずつ人が集まって来ている。
 後輩が入るかは分からない。でも、私は文学部という居場所が大好きだ。絶対に無くしたくない。
 そしてやってきた放課後。私達はいつも通り部室に集まっている。
「あれで来てくれるかね?」
「さあ。でも仮に廃部になったとしても、ここは無くならいんでしょ?」
「多分ね。」
「ならまた集まればいいじゃないですか。」
「確かにね。」
 と、その時。入り口に誰かがいる事に気づいた。
「一年生?」
「はい……ここ文学部ですか?」
「うん、そうだよ。」
「見学してもいいですか?」
「どうぞ!大歓迎!」
「名前は?」
「相羽由羽です。」
 新たな物語が始まりそうな予感だ。

 〈神楽坂大地side〉
「少し歩かない?」
「うん。」
 ある日の放課後。僕はそう誘い、光莉ちゃんは頷いた。
 一年前の僕からすると全然予想がつかなかった未来だ。友達が出来て、一緒に遊び、時には壁に当たって……そしてとても可愛い彼女が出来た。
 僕の周りに少しずつ人が集まっている。でも一番は光莉ちゃんだし、雲英ちゃんや武蔵先生の事も大切にしたい。もちろん、莉子先輩や咲也も。
「見て、大地くん!綺麗な夕陽!」
「本当だ。」
 僕はスマホを出して写真に収めた。
「最近、写真撮ってるね。」
「うん。」
 人はいついなくなるか分からない。明日、一週間後、一ヶ月後、一年後、大切な誰かが当たり前に隣にいる保証はない。だから、大切な誰かが、そして僕が生きた証を少しでも残したいと思うようになったのだ。
「このままだと大地くん、写真部に転部しちゃいそう。」
「しないよ。入るとしても兼部だよ。」
 文学部を辞める気はさらさらない。でも、とても綺麗な写真を撮って彼女に見せるととても喜んでくれる。だから写真について、もっと勉強したい。
 それに、この宝物である蒼空も、表紙は父さんが撮った写真らしい。父さんが今どこにいるかは結局分からないままだ。でも、僕を想う気持ちはこれに全てこもっている、そんなような気がする。
 光莉ちゃん。君が何気なく口にしているその音が、僕の世界を変えた。ありがとう。
 僕は光莉ちゃんの手を握った。彼女も握り返してくれた。
 これから先、苦しい事があっても彼女となら乗り越えられる。必ず、彼女を守る。
 二人で見たこの夕陽は何があっても絶対に忘れない。

 〈春原光莉side〉
 ‘好きだよ。君の全てが。みんな待っているよ。早く戻っておいで。’
 この言葉はずーっと頭に残っている。時には支えにもなっている。音のない世界で唯一君がくれた音だ。
 目を覚ました時、君は抱きしめてくれた。
 目を覚ました時、君がいて安心した。
 もちろん、君だけじゃない。
 事故に遭った時、私を止めようとした雲英ちゃんと武蔵先生の声。
 音のない世界に入って不安だった時、思い浮かべた私の大切な人達。
 目を覚ます直前に感じた、たくさんの手に握られた触感。あれは私が思い浮かべていた大切な人達の手だ。
 目を覚ました時、お姉ちゃんは仕事だったはずなのに、駆けつけてくれた。
 目を覚ました時、武蔵先生もとんで来て、涙を流していた。
 武蔵先生は音を無くした私のそばにずっといてくれて、怒られもしたが愛ある温もりをしっかり感じた。
 颯太は心配性で、小さい頃からずっとそばにいてくれて、今も見守ってくれている。
 雲英ちゃんは言葉は少なくて少しばかり不器用だけど、しっかり私に伝えたい事を伝えてくれる。
 莉子先輩は頼もしくて不安や心配を全部吹き飛ばしてくれる。
 みんな、口を揃えて私は強いって言うけれど、実際は逆だ。みんなが、大切な人達が私を強くしてくれる。
「大地くん。」
「何?」
「月が綺麗だね。」
「……うん。本当に月が綺麗だ。」
 真っ暗な世界に音をくれた君と、大切な人達と、これからも共に生きたい。この、愛と温もりから二度と離れたくない。