〈神楽坂大地side〉
「以上、新入生百六十名…」
入学式。
今日から僕は高校生になる。まだそんな自覚はないけれど。
抱負?抱負と聞かれても、現状維持だ。高校生になったからって何か新しい事をするわけでもなく、ただ、毎日登校して、勉強して、誰とも関わらずに帰る。それだけだ。行事だなんて冗談じゃない。絶対に参加したくない。いや、参加したとしても、絶対に影になる!
くそ長い入学式を終えて僕達は教室に行った。
「皆さん、初めまして。一年間担任を勤めます武蔵と言います。よろしくお願いします。」
担任はまだ若くて優しそうな人だった。正直、僕の領域まで入らなければどうでもいいが。
そして色々な説明があったが、ほとんど興味がなかった僕は聞き流していた。
「最後に…」
はあ、早く終わんないかな…早く帰ってゲームでもしたいな…
僕の席は窓側の一番端っこ。雲が流れてゆく空を見ながら僕はそう思った。
「今日はここまで!明日明後日は休みだから、次は月曜日に会おうね!」
やっとホームルームが終わった。
号令がかかり解散になると、僕は一直線に出口に向かい、駐輪場に行く。
自転車の鍵を解錠しながら何となく隣を見ると、同じように解錠しようとしている女の子がいた。
うちのクラスと同じだったような気はするが、忘れた。
ふと、目が合った。
「あっ…」
「あ…」
軽く会釈を交わして、女の子は自転車に乗って帰って行った。
それにしても、イヤホンしながらなんて危ないよなぁ…
そう思いつつ、僕も自転車に乗って帰途につく。
〈春原光莉side〉
「ふう…」
私は人がいない所で息を吐く。
初めての学校はとても緊張したが、まあ入学式だけだったので何とかなった。
にしても、改めて思うと、本当にみんな耳に何にもつけてないんだなぁ…
みんな新生活にうきうきわくわくしている様子だった。一人を除いて。
HR中ずっと、外を眺めていた男の子。名前は分からないけど、多分近くに住んでいる。駐輪場で会ったもん。
私は自転車を押しながら帰る。
すると、肩を叩かれた。
後ろを見ると、そこには幼なじみの姿があった。
“よっ。今帰り?”
“うん。颯太も今日入学式だった感じ?”
“正解。一緒に帰ろう。”
“うん。”
私は幼なじみである及川颯太と一緒に歩き始める。
“どうだった?”
そう聞かれて、私は一瞬「?」と思ったが、すぐに意図を理解した。
“今日は入学式とHRだけだったから特に何もなかったよ”
“本当か?”
“本当だってば。”
颯太は本当に心配性だ。私がこの高校に入学すると決めた時も過保護なぐらい心配していた。
その心配はありがたかったが、私は自分で決めた道を行きたかった。ただ、それだけの事だ。
“変な男がいたらすぐ言うんだぞ?俺がやっつけてやるからな!”
“やめてよ。殴ったりしたら絶交だからね!”
“おいおい…”
からかってなどいない。本心だし、本気だ。
男…か…
さっき駐輪場で会った男の子…生気がない目をしてたなぁ。
〈神楽坂大地side〉
平穏に過ごすと決めた僕の高校生活に早くも危機が訪れた。
「おーっす!大地!」
「なんだよ…」
僕はある人に執拗に絡まれていた。
岡田咲也。こいつは、僕と同じ中学出身だが、面識は全くない。
いや、全く知らなかった訳ではない。こいつは中学の時は非常にモテていた。だから、ぼっちの僕でも、名前ぐらいは耳に入っていた。
「岡田君。何で僕なんかに執拗に絡むの?」
「え?だって同じ中学出身だろ?」
「…え?それだけ?」
「うん。」
彼の目は曇りなき瞳をしていた。たったそれだけの理由で…
大体、自己紹介の時に出身中学もいわなきゃいけないのがおかしな話なんだ。それがなければ、今頃は一人でぼーっと出来たのに…
「何度言われても僕は岡田君なんかとは仲良くしないからね?」
「なんかとはなんだ!なんかとは!?せっかくクラスメートになったんだ!仲良くしようぜ!」
「君にはいっぱい友人がいるでしょ?そいつらと仲良くしたら?」
「俺には友達はいっぱいいる。でも、君という人間は一人だけだ!」
「はあ…」
こうやって話すだけでも非常に疲れる。
「ほら、もうすぐチャイム鳴るよ?」
「大丈夫!ギリギリまではいける!」
「はあ…」
彼は僕の席の隣だ。まあ、岡田と神楽坂だ。出席番号が隣り合わせだから仕方ない面もある。
と、その時、チャイムが鳴り出し、先生が教室に入って来たので、僕達は前を向いた。
「じゃあ、放課後な!」
まだいくか…さっさと帰りたい。
「じゃあ、この時間は委員会について決めたいと思います。」
はぁ…早く終われ…いや、終わったとしても、地獄の時間は終わらない…憂鬱だ…
「じゃあ、まず委員長」
「はい!俺やります!!!」
速攻で岡田が手を挙げた。
リーダーシップがあって、勉強、運動もできる、その上顔かたちが整ってる…
なるほど、どうりでモテる訳だ。
それを皮切り?に、ぞくぞくと委員会が決まっていく。興味はないけど。
「うーん…放送委員会、誰かやりたい人いないの?」
どうやら、放送委員会だけ決まらないらしい。
委員会は男女ペアでやるらしい。まあ、だからか、副委員長はやりたい女子がいっぱいいた。
「じゃあ、くじ引きね!」
この年になってくじかよ。まあ、それ以外何かあると言われても特にないんだが。
そして、僕は何も入らないつもりなので、くじ引きは拒否…と言いたい所だが、当然と言うべきか、強制参加させられた。
「紙におめでとうが書かれてたらその人が放送委員ね!」
男子も女子も決まってなかったから、ほぼみんなでやった。
さっさと引いて、帰ろう。そう思いながらくじを引き、すばやく中身を見る。
『おめでとう!』
…は?
「お!男子は大地でけってーい!」
最悪な事に岡田に見られてしまった。名乗らなければ逃れると一瞬思ったのだが。
最悪だ…
「女子は春原さんに決定しました!」
拍手が巻き起こり、「良かった」「選ばれなくてラッキー!」という声もちらほら聞こえた。
「今日決まった委員さんは早速放課後に集まりがあるから、ちゃんと行ってね!」
…は?か、え、れ、な、い、…
早く帰りたい時に限って…
「今日はここまで!明日からは通常授業が始まるから忘れ物しないように!」
そして号令で解散となった。
よし、サボろう。
僕は一直線に帰途につこうとした、が。
「神楽坂くん?委員会の場所はそっちじゃないよ?」
「え…」
女子に引き止められた。
「まだ入学したばっかりだもんね。場所分かんないよね。一緒に行こう。」
「へ?あ、うん…」
さすがに逃げきれないと観念し、僕は女の子の隣に並んで歩く。
そういえば、女子と話すなんて何年ぶりだろう…そう思うと、急に緊張してきた。
「…」
「…」
無言の時間が流れる。気まずい。
僕は女の子を観察する。さらさらな黒髪ストレート、つぶらな瞳、整った顔立ち…美人だなぁ…
そういえば、ずっとこの子の事を女の子って呼んでいたけど、名前なんだろう…
でも、聞いていいのか?クラスメートなのに名前も覚えられない奴と思われたりしないだろうか…いや、そもそも目立つつもりもないのにそう考えるのは…
「神楽坂くんは放送委員会やった事ある?」
「へっ!?」
いきなり女の子に話しかけられて、思わず素っ頓狂な声を出してしまった。
「動揺し過ぎだよ…」
「ごめん…放送委員会はやった事ないかな…」
「私も、やった事ない。まあ、そもそも放送委員会自体なかったしね。」
「そうなの?」
「うん。」
まあ、放送委員会がない中学校もあるか。多分。
「早く帰りたいだろうけど、我慢して頑張ろうね。」
「うん…ん?何で僕がそう考えてるって分かったの?」
「だって、いつもつまらなさそうな外見つめてるじゃん。」
バレてた。
「別にそう考えるなとは言わないけど、先生の話はちゃんと聞かないとダメだよ?」
「すみません…」
もしや、僕が選ばれたのって、先生の話をちゃんと聞かないから罰が当たった?
「あ、着いたよ。」
「…へ?ここ?」
「うん。」
三年二組。着いた場所はそこだった。
「ちゃんと聞いてた?」
「聞いてませんでした。すみません。」
「まあ、そもそも終わってから一直線に帰ろうとしてたもんね。そりゃ、聞いてない訳だ。」
「誠に申し訳ございません…」
ど正論過ぎて僕は謝る事しかできなかった。
「さ、早く入ろう!」
「うん…」
僕達は教室に入った。まあ、一年三組とは違いはなかった。強いて言うなら、先輩方がいて、緊張感が漂ってる事かな…
「ここ座ろうよ。」
「え…」
提案された席は、教壇のすぐ目の前だった。目立ちたくない僕にとっては最悪の場所だった。
「も、もうちょっと後ろにしない?出来れば目立たない場所…」
「この辺の方が聞き取りやすいから…」
「…え?」
僕は耳を疑った。
「耳、聴こえづらいの?」
「聴こえづらいっていうより聴こえないと言った方がいいかな。」
「で、でも今こうやってちゃんと会話出来て…」
「それはこの補聴器のおかげだよ。」
女の子は自分の耳を見せた。
確かに何か付けてるとは思ってたが、それ補聴器だったのか…
「さ、早く座ろ!」
「じゃあ、君はここで、僕は後ろは?」
「女の子をこんな知らない人だらけの空間に一人放り込むの?」
「……」
なんとも言えなかった。
いや、そもそも、僕だってこんな知らない人だらけの空間なんか嫌だ。
それなら、この子の後ろに座った方がましなのかなぁ……
「分かりました…」
僕は諦めてこの子の隣に座った。
「ありがとう。」
「どういたしまして?」
「寝ないでね?」
「いや、寝てはないけど…」
「多分、君もう先生に目を付けられてるからね?」
「へ?まだ学校二日目なのに?」
「二日目だからだよ。みーんなちゃんと先生の話聞いてるのに、一人だけぼーっとしてるし。」
「僕、もうそんな噂になってる?」
「?」
「?」
何となく会話が微妙に噛み合わない。
と、その時。ガラッと音がして、誰かが入って来た。僕はその人物を見て血の気が引いた…ような気がする。なぜなら…その人は他でもない僕らの担任である武蔵先生だったからだ。
「まじ…?」
「ね?」
なるほど。担任だから一人一人よく見てるって事か。
「それでは委員会を始めましょう。」
委員長・副委員長の選出、放送委員会についての説明、放送当番について色々決めた。
幸い、僕達はまだ一年生なので、すぐにまわってくるとかはないようだった。ただ、七月頃からやるらしい。
僕は先ほどまでとは違って、しっかり先生の話を聞き、必要な時はメモをした。問題は、この女の子がしっかり理解しているかどうかだが…
一時間ほどで委員会は終わった。
「神楽坂くんも自転車で帰るでしょ?」
「え?何で知ってるの?」
「入学式の時にちらっと顔合わせたでしょ?覚えてない?」
そこでようやく僕は思い出した。
入学式の日の放課後、駐輪場で女の子を見た事を。
その子がこの子か…
「そうだね。」
「途中まで一緒に帰らない?」
「うん。」
今更逃れられるとも思ってないので、一緒に帰る事になった。
てか、女子と帰るなんて人生で初じゃないか?
そう考えたらまた緊張が戻ってしまった。
「あ、あのさ…」
「うん?」
僕は勇気を振り絞って女の子に話しかけた。
「ど、どれぐらい聞き取れるの?」
最優先事項でこれは確認しなくてはと思ったのだ。否が応でも一年は一緒になる訳だし。
「うーん…ざわざわしてる所は聞き取りづらいし、小さい声も聞き取りづらいんだよね。」
「僕の声は聞き取れるの?」
「うん。神楽坂くんの声さ、なんか聞き取れるんだよね。」
「へぇ…」
「私からも一つ聞いていい?」
「何でしょう?」
「私の名前分かる?」
痛い所を突かれた。
「えっと…ハルハラさんでしょ?」
僕は何とか記憶を絞り出して答える。
「まあ、いいかな?私は春原光莉。改めてよろしくね。」
「はい。」
これ以上変な事が起こりませんように…
〈春原光莉side〉
「ただいま。」
あの後、私は神楽坂くんと分かれて、家に帰った。
家には、誰もいなかった。お姉ちゃんは仕事だし、両親はいない。
私は私服に着替えて再び外に出た。
目的地はない。ただふらふらしたいだけだ。何にもしてない、いわゆる無の時間が好きだ。この時は誰とも関わらなくていいし……
別に人と関わるのが嫌いなわけではない。ただ、一人になりたい時とある。ただ、それだけだ。
神楽坂くん……先生の話を初日から聞かない、ある意味猛者。それに、意地でも誰とも関わりたくない、そんな意志が感じられる。彼は何でそんなにも他人を嫌うのだろうか……
「光莉?」
ふと、私の名前が聞こえたので、振り返る。
「お姉ちゃん。」
「おかえり、光莉。」
「お姉ちゃんこそ、お帰り。もう仕事終わったの?」
「うん。」
私の姉である愛梨。今は、訳あって二人で暮らしている。寂しくはない。
「今日の夕飯、何?」
「光莉の好きな、肉じゃが!」
「えー!やったー!」
「よし!早く帰ろう!」
「うん!あ、荷物持つよ。」
「ああ、ありがとう。」
私は姉と帰途についた。
〈神楽坂大地side〉
これ以上、何も起こりませんようにようにと願ってた僕だが、残念ながらピンチはまた訪れた。
あの委員会から数週間が経った現在。
あの後は、春原さんと仲良くなったかといえばそうではなくて、あんまり喋らないし、岡田は相変わらず話しかけてくるし……
そんなこんなで再び訪れたピンチとは……
「部……活?」
ある日の放課後、武蔵先生に呼び出された僕は部活について聞かれていた。
「そうよ?入部届けの提出、今日が締め切りだけど、神楽坂くんだけまだ出してないよね?」
「いや、僕は帰宅部なので。」
「……さては、ちゃんと聞いてないな?」
「へ?」
入学式前後の僕の態度については、既に指摘を頂いていた。むしろ、いじられているぐらいだ。
「この学校、部活は強制入部よ?」
「え……」
「そもそも、オープンスクールとか説明会とかでも話した気がするけど。」
「……」
どうやら、家の近くという理由だけでちゃんと調べていなかったのが仇になってしまったらしい。
「でも、やりたいと思えるような事はないですし……」
これが前日とかならまだ考えようはあったのだが……
「まあ、そうだと思った。じゃあ、文学部はどう?」
「文学部?本とか読んだり書いたりするあれ?ですか?」
「一般的にはそうね。ただ、うちの文学部もそんな感じの説明があるけど、実質帰宅部みたいなものよ。」
「え!」
帰宅部という言葉に僕はとびついた。
「部室はあるし、文化祭ではちょっとした展示とかもあるけど、ちゃんとやっている人は二~三割ぐらいで、後はほぼ幽霊部員みたいなものよ。」
「僕、文学幽霊部員になります。」
「その言い方、腹が立つね。とりあえず、入部届け、書け。」
「はい。」
ぼくはファイルの中からなんとか入部届けを探し出して書いた。
「よし。おめでとう。これで君も文学部員だ。じゃあ、早速案内するね。」
「……え?」
「あ、言ってなかったけど、顧問は私だからね。」
「はいぃぃぃぃ!?」
僕は多分今日一の声を出してしまった。
「ま、まさか、全部嘘だったり……」
「嘘じゃないわよ。ただ、顧問については話してなかっただけ。」
「は、はあ……」
本当だろうか。まあ、嘘にしても、結構出来てるけど……
「ここが我が部室よ。」
そこは、普段誰も立ち寄らないような、秘密基地に似た教室だった。
「ここは、文学部以外誰も使ってないの。だから、ここが居心地良くて入り浸る為に入っている人もいる。」
「へぇ……」
「部員は二十人ぐらいはいるけど、その内の十人がこの部室に来てるけど、実質文学部らしい活動をしている人は三人ぐらいかな。」
まさに僕にピッタリの部活だった。むしろ、これを部活と呼んでいいのか疑問が湧くぐらいだった。
「さあ、どうぞ。」
「失礼します。」
僕は中に入った。
確かに、人が少なくて、しかも寝ていたり、スマホをいじっていたり、そんな人が多い感じだ。
僕はその中に知っている顔を見かけた。
「春原さん?」
「ん?あ、神楽坂くん!」
春原さんは本を読んでいて、僕が呼ぶと、すぐに顔を上げた。
「神楽坂くんも文学部に入部?」
「うん。」
「やっぱりね。」
「え?」
「神楽坂くんの性格からして、ここに入るんじゃないかって武蔵先生と話してたんだよ。」
「うんうん。」
知らない所で僕の話をされていたのか…
「ようこそ!」
「!」
いきなり僕の後ろから話しかけられて、思わずびっくりした。
「須藤さん。そんな大声、このうさぎくんはびっくりしちゃうよ。」
「う、うさぎくん?」
「神楽坂くんのあだ名。」
知らぬ間にあだ名までついていた。
「いきなりごめんね。改めて、ようこそ文学部へ!」
「……」
この人、武蔵先生にそっくりだ。
「私は部長の須藤莉子だよ。よろしく。」
「あっ……」
握手を求められ、思わず僕は握り返した。
「一年一組の神楽坂大地です。」
「一組って事は、光莉ちゃんと同じクラス?」
「はい。」
「しかも、委員会も同じなんですよ。」
「へぇー。」
その部長?須藤先輩?はそう聞くなり、ニヤニヤし出した。
「あ、あの、言っておきますけど、そんな関係じゃないですからね!」
「もう、何も言ってないのに。」
「いや、その表情が全てを言ってるのよ。」
「あ、そうですか?」
この雰囲気……僕は苦手だ。
「改めて、この文学部では、色んな事やってるよ。」
「ほぼ帰宅部状態では?」
「ちゃんとやってる人だっているからね。君がどっちにはまるのかは分からないけど、内容としては、本を読んだり、感想を言い合ったり、人によっては物語作ったりね。」
「へぇ……」
「まあ、これからよろしくね。」
「は、はい……」
これからの高校生生活、どうなるんだろう……
〈春原光莉side〉
神楽坂くんが文学部に入部してから数日が経った。
幽霊部員になるだろうと予想していた私達の予想に反して、彼は以外に部室に顔を出していた。
さすがに毎日ではなかったが、それでもよく来てる方だ。
その日も彼は来ていて、珍しく私と神楽坂くんの二人だけだった。
「部長さんは?」
「風邪で休みだって。」
「あの部長さんが?」
「ね。全然風邪ひかなそうな、むしろ運動部に入っていてもおかしくないのにね。」
「うん……」
神楽坂くんとは、割と話すことが多くなったような気がする。といっても、教室で話すことはほとんどない。
「武蔵先生は?」
「会議だって。」
「ふーん……」
会話が長く続く事もないけど。
「今日も岡田くんはしつこかったね。」
「ああ……」
学級委員長の岡田咲也くん。明るい性格で、いわゆる陽キャ。誰とも仲良くしたいようで、神楽坂くんにも話しかけているし、私にも結構しつこい。
「君はまだましな方でしょ。僕なんか同じ中学出身だからって、しつこいんだよ。」
「ご愁傷さまで。」
神楽坂くんはいつも本を読んでるか、ただボーッと空を眺めてるかしている。
でも、なんだかんだで岡田くんには相手してるし、文学部も無理やりとはいえ入部してくれたし、本当は優しいのだと思う。
なんなら、本当はもっと人と関わりたいのでは……と思う瞬間さえある。
〈神楽坂大地side〉
入学してから一ヶ月半が過ぎた。
その間も、ずっと岡田は話しかけてくるし、文学部はたまに行っているとか、あんまり変化はない……ような気がする。
委員会の方は、あんまり集まることはないし、放送当番も夏頃かららしいので、正直思ってたよりかは楽だった。
「あなた、友達いないの?」
「へ?」
個人面談の日、僕は武蔵先生にそう聞かれた。
「とも…だち…ですか…いませんよ、そんなの。」
「岡田くんと春原さんはどうなの。」
「……」
岡田はともかく、春原さんは……どうなんだろう?
ただのクラスメートにしては、結構話してる方だし、かといって友達なのかは……微妙だ。
「春原さんとは委員会も部活も一緒でしょ?もう友達なんでしょ?」
「んー……」
「そう悩むって事はもう友達なのよ。」
「そうですか?」
「うん。」
成績は問題なくて、人間関係だけが心配だと言われた。
「も、もういいですか?」
「だめ。後一個だけ。進路について。」
「進路……って、まだ一年ですよ?」
「一年生の内から動き始めてる子だっているわ。せめて進学か就職かどっちにするかは決めなさい。」
「え、何故まだ何も決めてないと?」
「まだ一年って言ってる子はたいてい何も考えてないって意味よ。」
「はー……」
この一ヶ月半で分かった事だけど、この武蔵先生、案外侮れない。的確な所をずばずば突いてくる。なんとなく苦手だけど、嫌いではないような……
その日の放課後。僕は文学部の部室にいた。
この日は珍しく春原さんは来てなくて、僕と部長さんと、先輩が一人の三人だった。
この先輩、名前は知らないし、話しかけた事もない。いつもヘッドホンしながら本を読んだり何か書いたりしている、物静かなイメージだ。いつもパーカーを着ていて、フードをしているので、僕は密かにパーカー先輩と呼んでいる。
「へえ、個人面談でそんな事言われたんだ。」
「はい……」
今は部長さんと個人面談の話をしている。
「まあ、確かにあの武蔵先生ならそんな事言うねー。」
「ははは……須藤先輩はどうなんですか。」
「私はねーまあやっぱり三年生だから進路の話がほとんどだったよ。」
「進路……」
今日の面談でもちらっと言われた進路の話に気が少し重くなった。
「須藤先輩はどうするつもりなんですか?」
「私は大学に行くよ。」
「やっぱり文学部ですか?」
「ううん。教育学部。」
「え?先生になるんですか?」
「一応その予定。」
ちょっと意外だったけど、部長さんのその性格なら合っているなと妙に納得した。
「君は?」
「まだ決めてなくて……」
「まあ、まだ一年生だもんね。ゆっくり考えるといいよ。」
「はい……」
「ねえ、雲英ちゃんはどうなの?」
「……はえ?」
部長さんはパーカー先輩に話しかけた。
「面談!昨日やったんでしょ?どうだったの?」
「別に、なんとも……」
パーカー先輩はそう言って、眠りに入ってしまった。
「あー、もう……」
「あの人、きらって言うんですね。」
「あー、あの子全然人と喋らないからなぁ。あの子は越水雲英っていうんだよ。」
「へぇー、越水先輩……」
「ん?あの子、君と同じ一年生だよ?」
「……へ?」
僕は耳を疑った。
「い、一年生?」
「うん。」
「あの見た目で?」
「私も最初見た時はびっくりしたよ。私と同い年でも不思議じゃないもん。」
「……」
「あの子、特に紹介してないし、三組って聞いたから、知らないのも無理はないね。」
「……い、一年生って事は僕と同じぐらいに入部したって事ですよね?何故あんなに馴染んでるんですか!?」
「入部したのは光莉ちゃんと同じぐらいだけど、あの時からあんな感じなのよね。」
「はあ……」
僕が言うのもなんだけど、摩訶不思議な同期だ。
世界は広いなぁ……
〈春原光莉side〉
その日、私は大学病院にいた。定期検診のために通院している。
検査、診察を終えて、今は会計待ちだ。
「光莉ちゃん?」
その時、誰かに話しかけられた。
振り向くと、そこには小川先生がいた。
「あ、こんにちは、小川先生。」
「また大きくなったね。」
「そ、そうですか?」
小さい頃は月一のペースで通っていたような気もするが、最近は年一で通っている。
当然、小川先生とも年に一回しか会わなくなった。
「うん。確か今は翠簾高校に通ってるんだよね?」
「え?何で知ってるんですか?」
確か、前来たのは一年前のこのぐらいで、しかもその時は会ってないような気がする……
「及川くんに聞いたよ。」
「あのヤロー……」
「後、聾学校に講演に行った事があるから、その時に先生に聞いたよ。」
私が中学生まで通っていた聾学校の生徒はほとんどこの大学病院に通院している。颯太ももちろん例外ではない。多分私よりも結構な回数通ってるから、その時にでもべらべらと喋ったのだろう。
「彼、心配してたよ。いきなり普通の学校に飛び込んでいじめられないかってね。」
「いやー……別に全くそんな経験がないっていう訳でもないんだけどなぁ……」
「まあ、四歳の頃までは普通に生活してたしね。」
「記憶は僅かですけどね。」
「それに君は強いしね。」
「そうですか?」
「うん。あんな事があったのに、めげずに頑張ってるんだから。」
「いや、それはお姉ちゃんだけがそばにいてくれたから頑張れただけで」
「あ、ごめん。ちょっと時間が……じゃあまたね。」
「あ、はい。」
小川先生は去ってしまった。
先生とは、確かあの出来事の後に出会ったんだよな。
小川先生は言語聴覚士で、主に子供の言葉指導をしているらしい。実際、私も指導してもらった。小川先生のおかげで今私がいると言っても過言ではない。
「春原さーん?」
「あっ、はい!」
いつの間にか呼ばれていたらしい。私は立ち上がった。
会計を済ませ、病院を出て、バスに乗った。
数十分後に高校前のバス停に着き、私は降りて、学校の駐輪場に向かう。
「あれ?春原さん?」
「?」
振り向くと、そこには神楽坂くんがいた。
「今から帰るの?」
「うん。春原さんも?」
「うん。」
入学してから一ヶ月半。
神楽坂くんは結構話しやすい。多分、これまで人とあんまり関わって来なかったからだろうか。話すスピードはゆっくりだし、とても分かりやすい。
それに、案外話しかけてくる事が多い気がする。やっぱり、彼は本当はもっと人と関わりたいのではないだろうか。
「途中まで一緒でもいい?」
「うん。」
私達は並んで自転車を押しながら歩き始める。
「今日は部活来なかったね。」
「ああ、今日はちょっと用事があったの。」
「へぇ……」
理由は聞いて来なかった彼なりの気遣いだろうか。
「そういえば、越水さんって僕らと同い年だったんだね。」
「そうだよ?知らなかった?」
「え……知ってた?」
「うん。だって私と同じ時に入ったんだから。」
「あっ、そっか……」
「越水さんと話したの?」
「ううん、部長さんが教えてくれた。」
「へぇー……神楽坂くんってさあ。」
「うん?何?」
「岡田くんとは頑なに話そうとしないのに、部長さんとは話すよね。」
「え?そう?」
「うん。少なくとも私にはそう見える。」
「言われてみれば確かに……」
神楽坂くんはまだ分かってないのだろう。
「あ、僕こっちだから。」
「うん。また明日。」
「また。」
私は神楽坂くんと分かれた。
たまにこうやって一緒に帰る事もあるけれど、そんなに長くはない。そもそも、住んでる場所が正反対なのだ。方向は一緒なのに。
更に数十分かけて家に向かう。
着いた頃にはもう真っ暗だった。星が見えている。今日は新月だ。
「ただいま。」
「おかえり!」
家にはお姉ちゃんがいた。
ダイニングの方に行くと。
「……は?」
思わず声が漏れてしまった。
“何であんたがいるの!?”
“おう。偶然お前の姉貴に会ったから、夕飯どうって誘われただけだ。”
夕方に話題に出た颯太がいた。
「ほら。ご飯だよ、手伝え。」
「はーい。」
私は箸を三人分出して並べる。
今日の夕飯は唐揚げだ。
「食べよう。」
「「いただきます。」」
“いただきます”
唐揚げはさくさくしていて美味しかった。颯太もこのお姉ちゃん特製唐揚げは大好きで、いつもたくさん食べている。なんなら、おすそ分けをもらっているぐらいだ。
“そうだ。颯太、小川先生に私の事話したでしょ?”
“ん?何の事だ?”
“とぼけるな。私、小川先生に高校に関して話した覚えはないわ。”
“そういえば話したかな。”
“プライバシーって知ってる?”
“俺らにプライバシーなんてないだろ。”
“あるでしょ。”
聾学校は聴覚障害者が通う学校なので、当然人は少ない。そのおかげで、噂が広まるのは早い。田舎と同じようなものだ。
“いや、分からないだろ。小川先生、去年の秋頃、講演に来ていたから、その時に先生に聞いたかもしれないぞ?”
まあ、それもあるんだけど。
“小川先生があんたから聞いたって言ってたからね。”
“まじか。”
“次からは勝手に個人情報話さないでね!”
“分かった。所で、冬馬って覚えてるか?”
“今中三の?忘れる訳ないよ。”
“またお前に会いたいって言ってたぞ。”
「ええー?」
思わず声に出してしまった。
冬馬というのは、私の一個下の後輩だ。
どうも私が転校して来た時からずっと恋していて、何回も告白されている。卒業式も告白された。返事はいつもノーだった。
“時間があったらねって伝えといて。”
“お前、会う気ないだろ。”
“会ったら好きです、一生そばにいてくださいって言われそう。最悪、聾学校に戻ってきてくださいとも言われそう。”
“あいつなら言いかねんな。まあ、好きな人が出来たと言えば諦めてくれるかもしれないぞ?”
“そう言われてもいないし、いたとしてもそれはそれで面倒くさい事になりそうだから嫌だ。”
“ふーん。”
颯太と現状報告し合って、その日は終わった。
〈神楽坂大地side〉
「大地ー!」
授業が終わった休み時間。僕の席にいつもの如く岡田がやってきた。
「何?」
「テスト範囲やばくね!?」
「……それ言いに来ただけ?」
「何で?友達なら当然の話題だろ。」
「別の友達にすれば?」
「お前も友達だろ。」
「んー……」
岡田は本当に純粋な瞳で見つめてくるので、あんまり無下に追い返すことが出来なくて本当に困っている。
「で、話戻すけど、俺らもうすぐ初めてのテストだぞ!?範囲やばくね?」
「それを今言ってて大丈夫?」
テストは来週だが。
「だって昨日まで部活あったんだから!仕方ねーだろ!」
「それを言うなら僕もだけど。」
「お前らは文化部だろうが!俺は陸上部!運動部!朝から夜まで練習!」
今、なにか引っかかるものを感じた。
「……お前ら?」
「ん?大地と春原の二人だろ。」
「ん?」
「今は三人で話してるんじゃないのか?」
「初耳だけど。そもそも彼女聞いてないよ。」
「え。」
少し前に席替えがあり、岡田とは席が離れたのだが、なんと春原さんの後ろの席になったのだ。
どうやら、彼は僕と春原さんの三人で話している気だったらしい。
「春原。」
「……」
彼女は返事しない。
今は休み時間だから、周りが騒がしくて多分聴こえてないんだろう。
仕方なく僕が肩を叩く。
「春原さん。」
「神楽坂くん?どうかした?」
彼女は振り向いた。
「岡田が話あるらしい。」
「そんなマジな感じじゃなくてだな……」
「え?何?」
「テスト範囲やばいよねって話。」
「ああー……」
と、丁度そこでチャイムが鳴ったので、岡田は爆速で席に戻った。この一ヶ月半ぐらいで彼が身に付けた技だ。将来役に立つかどうかは分からないが。
昼休み。僕は岡田から逃れるために部室に向かう。部室には越水さんだけがいた。部長さんはさすがに来ていない。春原さんも教室で食べる派だ。
僕は静かに椅子に座ってお弁当を食べる。今日は母さんが作った生姜焼きだ。
越水さんの方をチラッと見る。彼女は寝ている。いつもあの上着着てるけど、夏になったらどうする気なんだろうか……
「神楽坂。」
「!?はいっ!?」
いきなり越水さんに話しかけられて、びっくりしてしまった。思わずご飯が喉に詰まりそうになった。
「私の事は分かる?」
「あ、うん……越水雲英さんだよね?一年三組の。」
「うん。」
内心はドキドキしている。まさか越水さんと話す日が来るなんて……しかも、誰とも話さないためにここに来たというのに……
「あんたさ、友達いないの?」
「そりゃあ、いないからここにいるんですよ。」
「ふーん……あんた、本当はもっと友達欲しいんじゃないの?」
「は?」
予想外の言葉に僕はびっくりした。
友達が……欲しい?僕が?
「な、なんで……」
「じゃなきゃ、須藤とあんなに話さないでしょ。」
「……」
「あ、後春原。」
「……」
何とか反論したいが、言葉が出てこない。
「うるさいからここでは話さないで。」
「あ、はい……」
なんだ……単にうるさいから注意してただけか。
……あれ?今ホッとした?何で?
‘本当はもっと友達欲しいんじゃない?’
何故かその言葉がずっと脳に残ったまま午後の授業を受けた。
そして放課後。テスト期間のため部活は休みだが、勉強をしようと部室にやって来た。
誰もいない部室は珍しくて、新鮮な感じがする。
図書室でも良かったのだが、勉強をしている生徒というのは意外に多かったため、仕方なくここにやって来たという訳だ。
僕は早速現代文の教科書とワークを開いて取り組み始める。
どれくらい時間が経っただろう。かなり夢中になっていて周りも見えていなかった。
今日はこれぐらいでいいかと思い、手を止めた時には夕暮れ時になっていた。
「お、やっと終わった?」
「!?」
声がしたので、そこを向くと……
「武蔵先生!?」
「やあ。」
いつの間にか武蔵先生が隣に座っていた。
「い、いつからそこに?」
「んー、一時間前ぐらいからかな?」
「え……」
気づかなかった。どんだけ夢中になってたんだよ……
「てか、先生何でここにいるんですか?」
「ん?たまたまここを通りかかったら勉強している君の姿が見えたから。」
「それで一時間も?」
「うん。そろそろ門しまるよ。」
「え!」
「テスト期間だもん。門がしまるのは早いよ。」
僕は無言で急いで帰りの支度をする。
「では!」
僕は部室を出るが、何故か武蔵先生も付いてくる。
「……何ですか?」
「職員室まで一緒に歩こうよ。」
「い、いや……」
「そんなすぐにはしまらないよ。」
「はあ……」
流れで一緒に歩く事になってしまった。
「ちゃんと交流があって良かったよ。」
先生がぼそっとそう言う。僕は首を傾げた。
「春原さんでしょ?岡田くん、須藤さん……」
岡田に関してはあっちが勝手に話しかけてくるだけで、交流してる訳でもないんだけど……
「あ、後、越水さん。」
「え。」
その名前を聞いた瞬間、あの言葉が脳裏に浮かびあがる。
‘本当はもっと友達欲しいんじゃない?’
「今日、あの部室で昼休みに越水さんと話してたでしょ?」
「知ってたんですか?」
「うん。たまたま見えちゃった。」
この人、よく部室の前を通ってるな……
「私も越水さんの言う通りだと思うな。」
「え?」
「本当は友達が欲しいって事。」
「……聞いてたんですか。」
「うん。」
この人は本当に嘘をつかない。だからこそ、苦手というか……
「だってそうじゃなきゃ毎日部室に来ないでしょ。」
「ま、毎日という程では……」
「うん。それに須藤さん、春原さんとよく話してるでしょ?」
「ま、まあそれは否定できませんけど……」
「まあ、須藤さんが強引って事もあるけど、それよりも多分神楽坂くん自身が話したがってるんじゃない?」
「……」
「それに気づいてるかは分からないけど、それに蓋をしている。」
「……」
何も言い返せなかった。越水さんの時もそうだ。
「じゃあ、またね。」
「え!?」
いつの間にか職員室まで着ていて、武蔵先生は中に消えていった。
僕はもやもやした思いを抱えながら帰途についた。
「ただいま……」
「おかえり。」
家には母さんが既に帰っていた。
「夕飯出来てるよ。」
「ありがとう。」
今日はミートソースパスタだった。
「いただきます。」
僕は食べ進めるが、今日の事が忘れられない。
「大地?」
「ん?ごめん。何?」
「……分かってる?」
「……うん。」
「大切な人なんか作るもんじゃないわよ。いなくなった時、とっても辛いんだから。自分のせいなら尚更ね。」
「……うん。」
母さんはあの事を言ってるのだ。いや、それだけじゃない。父さんの事だ。
父さんは、失踪している。僕が小さい頃に。何故いなくなったのかは分からない。仕事は順調だったはずだし、何も問題がなかったように感じる。少なくとも、僕が聞いている範囲では。
失踪とはいえ、まだ母さんは引きずっていて、更にあの出来事だ。こうなるのも仕方ない。
大切な人なんか作らない方がいい。その方がお互いに幸せだから。
その、はず、なのに……
‘本当はもっと友達欲しいんじゃない?’
何回もこの言葉が脳内でリピートされる。
〈春原光莉side〉
「よっしゃー!」
この声がさっきから続いている。
テストから数日後。現在、テストが返却されている。
初めてのテストだった事もあって、結果はまずまずだ。
授業が終わった後。岡田くんがこっちにやって来る。
「大地、春原!学年何位だ!?」
岡田くんは謎の勝負をしていて、こうやってテスト返却が終わる度にこっちに来て、点数を聞いてくる。
「僕学年103位……」
「んー、まずまずだな……俺は!三位!」
「ほえー。」
「春原は?何位?」
「……二位。」
「「え!?」」
神楽坂くんと岡田くんの声が重なった。
「春原、お前以外に優秀なんだな!?」
「以外にって褒めてる?」
というか、点数の見せ合いしたから、何となく予想はつかないものだろうか?
「くっそー!○☆#%$¥……」
何て言った?周りが騒がしいのと岡田くんの喋るスピードが早すぎて聞き取れなかった。
もちろん、これが初めてではない。これまでも何回かあった。聞き返してるかはその時によるけど。
まあ、多分次は負けないぞとか悔しいとか言ってるんだろうな……
この二ヶ月ぐらいで大体のパターンは掴めている。
「大体テスト期間に入るまで勉強してなかったのが悪いんだろ。」
「ぐっ……言い返せん。」
むしろ、約一週間の勉強で学年三位は普通にすごいと思う。
「お前らは文化部だから、いっくらでも勉強出来るんだろうが!」
と、そこでチャイムが鳴り、岡田くんは爆速で席に戻った。
後ろで神楽坂くんが何か言っているが、聞き取れない。
そして授業が全て終わり。
「春原さん、行こうか。」
「うん。」
席替えで席が近くなったのと岡田くんのおかげで神楽坂くんと話す事が増えた。
「今日は何の本読もうかな。」
「……神楽坂くん?何言ってるの?」
「え?」
「今日委員会だよ。」
「忘れてた。」
神楽坂くんは真面目だが、何故か委員会の日程だけ忘れる。
今回は視聴覚室だったので、そこに行き、委員会が始まった。
テストが終わったので、一年生も放送に参加する事が決まった。しかも、私達は一年一組なので、一年生のトップバッターだ。
神楽坂くんの顔が青ざめている。緊張しているんだろう。
「二人とも、最初は業務的連絡だけしてくれればいいよ。」
「は、はい。」
放送は昼休みに流れていて、業務的連絡に加えてトーク、質疑応答、朗読などをやっている……らしい。ただ、私は放送を聞き取れないので、あんまりよく分かってない。
と、なると頼みの綱は神楽坂くんなのだが……
「……」
彼はずっと黙ったままだ。果たして大丈夫だろうか……
委員会は終わったが、確認のために私達は残っている。
「まず、自己紹介して、これを話して。」
「はい。」
委員長さんの説明を何とか聞き取っている。
放送当番は一週間ごとに交代で行っている。つまり、一週間乗り越えなければならないのだ。
「神楽坂くん、大丈夫?」
「だ、だ、だ、だ、大丈夫……」
「大丈夫じゃない声だよ。」
彼は今にも消えそうな声でそう答え、更に心配になる。
「大丈夫!%$☆@☆○……」
武蔵先生が神楽坂くんに何か言っているが、聞き取れない。多分、励ましているんだろう。
そして解散となり、二人で部室に向かう。
彼の顔はまだ真っ青だ。
「本当に大丈夫?」
「む、無理……」
「んー……そもそも放送って何やってるの?」
「ん?ああ、そっか、聞き取れないんだったね。」
「うん。」
神楽坂くんとはあんまり聞き取れないような事はなくて、話がしやすい。
「んー、テスト前はもうすぐテストだよとかテストに関してのトークとか、後は何かの小説の朗読とか……後たまに音楽流したり。」
「へぇー……でも最初は業務的連絡だけなんでしょ?出来る、出来る。」
「後、簡単なトークと質疑応答って言ってたけど……出来るかな。」
質疑応答というのは、放送委員会に宛てた質問に答える、ただそれだけの事らしい。
「そういえば、秋に体育祭と文化祭あるんだね。」
「うん、そうだね。」
さっき渡された台本に、文化祭と体育祭に関する連絡が書かれていた。
「ほぼ同時期にあるから、準備大変そう。」
「須藤先輩に聞いたけど、一年生は文化祭は展示だけらしいよ。だからまだ楽な方らしい。」
「僕、ずっと展示がいいなぁ……」
「はは……」
そんなこんなを話した数日後。
遂に初回の放送当番がやって来た。
四限目が終わった後、神楽坂くんと急いで放送室に向かった。
「そんなに急がなくても大丈夫だったのに。」
そこには武蔵先生と委員長さんがいた。
「よし、始めようか。」
「はい。」
少し打ち合わせをしてから、私と神楽坂くんはマイクの前に座った。
「そこのボタン押して。放送が始まるから。」
「はい。」
私は指示されたボタンを押した。
心臓がドキドキしている。多分神楽坂くんも同じだろう。
「こんにちは。これからお昼の放送を始めます。」
神楽坂くんが話し始める。
「担当は一年一組の神楽坂大地と」
「同じく一年一組の春原光莉です。」
「「よろしくお願いします。」」
ここまでは順調だ。
「さあ、という事で初の一年生が担当という事になりました。どうですか?」
「神楽坂くんは緊張しています。」
「いや、僕じゃなくて君は……」
最初は簡単な雑談をして、業務連絡、音楽を流してその日の放送は終わった。
「それでは明日もまたお聴きください。これで放送を終わります。」
そして放送を終えた。
「うん、二人とも良かったよ。」
「初回にしてはよくやった方だよ。」
「「ありがとうございます!」」
私と神楽坂くん顔を見合わせて微笑み合った。
その様子を見た二人がにやにやし出した。
「なんですか?」
「ううん、二人良い感じだなって。」
「そうですか?」
「うん。」
二人とも頷いた。
そうかなと思いつつ、何だか嬉しくなった。
その日の放課後。
「すっごく良かったよ、二人の放送!」
部室にて、私と神楽坂くんは須藤先輩に褒められていた。
「ほ、褒めすぎですよ先輩。」
「いやいや、私本当に楽しかったんだから!」
「み、身内だからって言い過ぎじゃありませんか?」
「いやいや!」
謙遜する神楽坂くんととにかく褒めまくる須藤先輩。それがなんだか微笑ましかった。
ふと隅を見ると、越水さんが寝ていた。彼女とは、入部の時に自己紹介した時ぐらいでほぼ話した事がない。神秘的な存在のような感じがする。
〈神楽坂大地side〉
無事に一週間放送当番を終えた金曜日。
その日、僕は春原さんと一緒に帰っていた。自転車を押しながら校門を出た時。
学ランを着た男の子が立っていた。うちの制服はブレザーなので、誰かの彼氏か兄弟かなと思っていた時。
「まじ……?」
春原さんが声を出した。
「神楽坂くん、ちょっと待っててくれる?」
「?うん……」
春原さんは自転車を置いてその少年の元に行った。知り合いだろうか?
二人は何かを話している。声は出してなくて、手で話しているように見える。よく見ると、少年の耳には補聴器がはめられていた。ということは、あれは手話だろうか……
手話が出来ない僕はただ見ることしか出来ない。何を話しているのかは分からないが、何となくモメているように見える。
僕の感覚で十分ぐらいで話が終わった。
「待たせちゃってごめん。」
「ううん。誰?知り合い?」
「うん……歩きながら話そっか。」
「あ、うん。」
彼女は自転車を動かして歩き始めた。僕もそれに合わせて歩き始める。
「彼ね、一個下の後輩なんだ。」
「前の学校の?」
「うん。」
彼女は中学生まで聾学校に通っていたらしい。小中高とあるが、高校からはこの普通の学校に通う事にしたらしい。
「昔から私の事が好きでね、いつも告白してくるの。」
「……は?」
「私が別の高校に行く事が分かると、更にしつこくてね。」
「は、春原さんはあいつの事……」
「大事な後輩ぐらいにしか思ってないよ。」
「うん……」
あれ?今ホッとした?
「特にどこの高校かは教えてなかったんだけど、幼なじみが教えちゃったみたいで。今日こうして押しかけてきたらしい。」
「なるほど。」
それでモメていたのか……
「それは大変だったね。」
「で、一個謝らないといけないんだけど。」
「ん?待たせた事なら気にしてないよ。」
「いや、まあ、それもあるんだけど。神楽坂くんを彼氏にしちゃった。」
「へ!?」
か、か、か、か、か、彼氏!?どんな話をこじらせてそうなった!?
「なんで!?」
「好きな人でも出来たかって聞かれて、出来てないよって言ったんだけど、ならあの男は誰だってなって、友達って説明したけど、な、何故か彼氏と勘違いされちゃって。」
「はあ……」
「めんどくさいから彼氏って事にしちゃった。本当にごめん!」
「い、いや、いいんだけど」
いや、良くはないか?
「僕と春原さんって友達なの?」
「え?違うの?私は友達だって思ってるよ。」
「あ、うん……」
……ん?何故今友達か確認した?
初めて?の友達だから?うん、そうだよな……
うんうん……
数日後のホームルームにて。
その日は放送で体育祭についての説明があった。四チームに分かれて競技を行うらしい。誰か知らない先生の長らしい説明が終わったあと、チーム分けの発表があった。赤、黄、緑、青の四チームあり、クラス毎に分かれてるのではなく、個人で振り分けられているらしい。そして、僕は青だった。
この後はチーム毎に集まって色々決める事があるらしいので、指定された教室に向かう。
「大地!一緒だな!」
「げっ……」
最悪な事に岡田と一緒になってしまった。
「げっとはなんだ、げっとは!?」
いつか聞いたような言葉を聞きながら教室に向かう。
教室はもう既に何人かが集まっていて、熱気に包まれていた。
体育祭、だるいな……
〈春原光莉side〉
最悪な事に知り合いが一人もいない。
体育祭のチーム分けで、私は緑のチームになった。神楽坂くんや岡田くんとは別のチームだ。更に、武蔵先生や須藤先輩とも別のチームらしい。
同じクラスの人は何人かいるが、誰とも仲良くないし、話した事もあんまりない。
どうしようと周りを見渡していた時、私は一人だけ知っている顔を見つけた。
私はその人の元に行く。
「越水さん。」
「あ……春原。」
「嬉しい。覚えてくれてたんだ。」
「当然。一緒に入部したでしょ。」
それを聞いてなんだか嬉しくなった。
「……で、なんで私の所に?」
「ん?」
「なんで私の所に来たかって。」
「ああ。知っている人がほとんどいなくて。唯一いたのが越水さんだったから。」
「神楽坂は?」
「別のチーム。」
「ふーん……残念だったね。」
「?何が?」
「いや……でもいいの?めっちゃこっち見て噂されてるけど。」
「そうなの?」
確かに周りを見ると、大声で話している人もいるけど、ヒソヒソこっちを見て話している人が多いような気がする。
「何話してるか分かんないから平気。」
「……このままだと変な噂たてられるけど?」
「へ?」
変な噂?何の事だろう?
「私の噂、聞いた事ない?」
「ない。クラスではあんまり話さないし、仲良しなの、神楽坂くんと岡田くんぐらいだから。どんな噂があるか知らないけど、私なら全然大丈夫だから。それよりも、知っている人と一緒にいる方が楽。」
「ふーん……」
そのタイミングで先生が入って来たので、その話はそこで終わりになった。
越水さんの噂……それが何となく気になった。
その日の昼休み。私はお弁当を持って部室に向かった。最近暑いので、北側にある部室で涼みながら食べようと思ったのだ。
そこには……
「須藤先輩、越水さん、神楽坂くん。」
部室常連メンバーが勢揃いだった。
「おっ、光莉!お疲れ!」
「お疲れ様です。」
「今、丁度体育祭の話してたんだ。」
まあ、このタイミングなら話題は自然とそうなるか。
「須藤先輩、どこのチームになったんですか?」
「それが、青!大地と一緒!」
「おお。」
「しかも須藤先輩、団長になったんだ。」
「えー!?」
須藤先輩が、団長……団長姿の須藤先輩を想像する。
旗を持って、『みんな行くぞ!』とみんなを引っ張る姿が予想できる。
「なるほど。」
「光莉は?」
「緑です。雲英ちゃんと一緒です。」
「ん?」
それを聞いた雲英ちゃんが頭を上げた。
「いつから下の名前呼びになった?」
「今から。だって一緒のチームで、一緒の競技だよ。」
「そうなのか?」
「はい。」
私と雲英ちゃんはパン食い競走、二人三脚に出場する事になったのだ。
「神楽坂は徒競走、パン食い競走、借り物競争、綱引きに出るぞ。」
「すご。」
「岡田のゴリ押しで……」
ずーんという効果音が聞こえて来そうなぐらい落ち込んでいる。多分、そんなに出るつもりはなかったんだろう。
「で、期待の団長は?」
「おいおい、そこまで言うなよ。」
「徒競走、二人三脚、借り物競争、台風の目、リレーだよ。」
神楽坂くんが代わりに答えた。
「へぇー。台風の目ってなんですか?」
「五人で長い棒を持って走る競技。」
「へぇー……」
そんな競技があるのか……
と、そこで雲英ちゃんがおもむろに立ち上がって、どこかに行ってしまった。
「はは、あいつは自由人だな。」
「あ、そういえば。」
「ん?どうした?」
私は気になっていた事を聞いてみることにした。
「須藤先輩、雲英ちゃんの噂って聞いた事あります?」
「雲英の?」
「何それ?」
神楽坂くんも食い付いてきた。
「何か雲英ちゃんがそんなような感じの事を言ってたんで。」
「ふーん……一年の事はあんまり聞かないからな。知らないな。」
「そうですか……」
特に得られたものはなかった。
雲英ちゃん……
〈神楽坂大地side〉
激動の一学期が終わり、夏休みに入った。
と言っても、体育祭の練習、部活があるので学校に行く日もある。
その日は珍しく武蔵先生からの招集で、部室にいた。もちろん、あの三人もいる。
「今日、話したいのは、文化祭についてなの。」
「文化祭……」
体育祭が終わったらテストを挟んで文化祭がある。
「我が文学部からも展示が決まったの。」
「展示?」
「そう。読んだ本の感想やおすすめ、自作の小説などね。」
「はあ……」
このメンバーは真面目に部室に来て読書したり小説を作ったりしている。おしゃべりはするが、感想を言い合ったりはないが。
「という事で、今日から文化祭の準備に取りかかるわよ。」
「えっ?今日から?」
「夏休み明けたら体育祭や文化祭の準備、テスト期間でここに来る事少なくなっちゃうからね。」
「なるほど。」
そんな訳で、文化祭の準備をする事になった。
「おすすめの本……」
僕はおすすめの本について書く仕事を任されたが、おすすめの本が思い付かない。
すると、春原さんが寄ってきた。
「神楽坂くんが今まで読んできた本の中で印象に残ってるやつないの?」
「んー……」
強いて言うならば……
「蒼空、かな?」
「何それ?」
「作家さんもマイナーであんまり知らない人多くて。僕もそれを取るまでは知らなかったんだけど、世界観が独特というか……」
「へぇー。それ書けば?」
「いいのかな?」
「うん。神楽坂くんがおすすめしたいならそれ書けばいいと思う。」
別におすすめという訳でもないんだけど……でも、他にないし、その本にするか。
僕は早速図書室に行ってその本を借りる。実をいうと、その本は持っているのだが、手元にはない。
部室に戻り、その本を読みながら取り組む。
んー……まずはあらすじ?いや、なんて書けばいい?この本は……
作業に熱中して数時間後。
「みんなー!武蔵先生から差し入れのアイスー!」
「わーい!」
僕達は早速アイスにかじりつく。
僕はバニラ味、春原さんは抹茶、越水さんはチョコ、須藤先輩はいちご味を選んだ。
「冷えてて美味しー!」
「うま……」
今日はとにかく暑い。ここは北側の部室なので、まだマシなのだが、廊下はむわむわと蒸し暑い。
「ねえ!今度の土曜日、時間ある?」
須藤先輩がそう言い出した。
「土曜日?まあ、特に予定はないですけど……」
「私も……」
「この文学部メンバーで遊びに行かない?」
「このメンバーで?」
「そう!私さ、文化祭終わったら引退するんだよね。」
「あっ……」
須藤先輩は三年生なので、秋で引退とは聞いていたが……そっか。しかも、さっき、夏休みが明けたらあんまり来る機会がないかもと武蔵先生も言っていた。
「だからこのメンバーで思い出を作っておきたいの!」
「いいですね。」
「僕も賛成です。」
数ヶ月前の僕ならそんなことは言わなかったのに……自分の事さながら変わりようにびっくりしている。
「雲英は?」
「……」
「ねえねえ、雲英ちゃん!行こうよ!」
春原さんがそう言う。
春原さんと越水さんは体育祭で一緒のチームで、しかも二人三脚のペアにもなったおかげで、仲良くなっている。春原さんの一方的にも見えるけど。
「んー……」
「ねえ!」
「お願い!」
越水さんに須藤先輩と春原さんの二人が詰め寄っている。
「分かった……行く……」
「本当!?やったぁ!」
「決まり!楽しみだ!」
僕はあの日以来、越水さんが少し怖い。僕の全てを見透かして来そうで……
そして夕方。自然解散で、越水さんは帰り、僕と春原さんも一緒に帰る事にした。
廊下を歩いていると、どこからか声が聞こえる。
「越水さんってさ」
知った名前が聞こえて、僕は足を止めた。
「神楽坂くん?」
「あ、ごめん……」
僕は再び歩き出そうとするが。
「実はウチらの一個上なんだって。」
「ええー、まじ?」
一個上?越水さんは僕らと同じ一年……で後輩はいないはず……
「どうやら男とヤりまくって、妊娠して流産したらしいよ。」
「まじー!?」
「でそのショックで引きこもって留年したらしいよ!」
「まじ!?やだ、ウチの彼氏取られないようにしないと!」
本当か否かは分からない。ただのデタラメかもしれないが、どうも引っかかってしまう。
「神楽坂くん?」
「あ、ごめん。」
彼女には聞こえてなかったらしい。もしくは聞き取れなかったか。
それはともかく、越水さんの噂って、これの事だろうか。
僕はもやもやが残ったまま帰途についた。
〈神楽坂大地side〉
約束の土曜日。
僕は集合時間より早めに集合場所に到着した。
早すぎた……暑い……僕は日陰に入ってみんなを待つ事にした。
そういえば、友達と遊ぶのって、久しぶりか?下手したら初めてか?大丈夫かな……う、上手くいくよな?急に不安が襲ってきた。
しばらくすると、春原さんの姿が見えた。
「春原さん、おはよう。」
「わっ!神楽坂くん!おはよう。」
「驚きすぎだよ。」
「だっていきなりそこの物陰から出てきたんだもん。」
「あー……」
ちょっと死角となる所からいきなり出てきたら、確かに誰だってびっくりするか。
「な、なんか新鮮だね。」
「えっ?」
「ほら、いつも制服だからさ……」
「あっ……」
そういえば、確かに春原さんの私服を見るのはもちろん初めてだ。
「おはよう!大地、光莉!」
「「わっ!」」
いきなり後ろから声がした。
須藤先輩だった。先輩ももちろん、私服だった。
「おはようございます……」
そこに、越水さんもやってきた。
‘越水さんってさあ……’
この前偶然聞いてしまった噂が脳裏に蘇ってしまった。
越水さんが年上に関しては、少し心当たりがあった。入部した当初は、文学部に馴染んでいたのもあるけど、見た目が年上って感じがしたので先輩だと勘違いしていた事があった。だから、案外嘘ではないのかもしれない。事情は、聞かない方がいいのかな。
そんな事を考えながら、バスで移動し、遊園地に到着した。
「この年で遊園地に行く事になるなんて思ってませんでした。」
「私も。」
何年かぶりの遊園地に、僕はそう言った。
「よし!今日は思いっきり楽しもう!」
「おーっ!」
須藤先輩と春原さんはノリノリだ。
「まずはあれだ!」
須藤先輩が指した先は……ジェットコースターだ。
「「え」」
僕と越水さんの声が重なった。
「私もちょっと……」
春原さんも嫌がっていた。
「えーっ!?行こうよ!」
「ジェットコースターだと、補聴器外さないと……」
「そっか……」
ジェットコースターはもの凄い速さだから、外れちゃうのか。
「じゃあ、私と雲英で乗ってくるわ。」
「えっ」
何故か僕も逃れた。
「次に、私と大地ね。」
逃れてなかった。
「三人で乗ってきていいですよ?」
「いや、光莉可愛いからナンパされちゃうよ。」
結構なマジトーンで須藤先輩はそう言った。
まあ、気持ちは分かるが……
「補聴器外して一緒に乗らない?」
「みんなの悲鳴聞いてみたいもん。」
まさかのドSな理由だった。
そして、約五分ぐらいの議論を重ねた結果、僕ら三人で乗ることに決定した。ただし、春原さんは変な人が寄ってこないようにサングラスをかける事になった。
「サングラスかけてれば、ナンパされにくいんだよ。」
須藤先輩の謎理論によりこうなった。
そして、何気に僕と越水さんは逃れられなかった。
夏休みなので、少し並んでいた。
「楽しみだな!」
「「全然。」」
またもや僕と越水さんの声が重なった。僕と越水さんは案外気が合うらしい。
憂鬱だ……
やっと出番が回ってきた。
僕の隣に越水さん、前に須藤先輩が座る。
「それでは皆様、行ってらっしゃいませ!」
係員さんの元気な声で動き出した。
最初はゆっくり動き出したが、カーブが差し掛かった頃から急にスピードが速くなり、それが緩まることはなかった。むしろ速くなっていった。
「うわあああああああ!」
「きゃあああああああ!」
「ふわあああああああ!」
もう誰が叫んでいるのか分からないぐらい叫びまくった。
そして、乗り場に戻り、僕達は降りた。
「みんな!お疲れ様!」
春原さんがやってきた。
「どうだった?」
「何にも覚えてない……」
「楽しかった!」
僕はまあまあ地獄の時間だったのだが、須藤先輩は逆らしい。
「はは……」
「次、何乗る!?」
須藤先輩の切り替えは恐ろしい程に早い。
「次は穏やかなやつで……」
そう言ったのは越水さんだった。彼女もげんなりしている。
「僕も……」
「じゃあ次メリーゴーランド乗ろうよ!」
「「賛成!」」
春原さんの提案に、僕と越水さんは即賛成した。
須藤先輩も否定しなかったので、次はそこに乗ることにした。
メリーゴーランドでは、一人一人馬に乗り、心が落ち着いた。
続いて、須藤先輩がバイキングに乗りたいと言い出し、全力で拒否した結果、僕と越水さんと春原さんは空中ブランコに乗る事になった。風がとても気持ち良かった。
次はお化け屋敷だ。これは珍しく越水さんはノリノリだったため、拒否権がなくなってしまった。僕と春原さん、須藤先輩と越水さんのペアで別々に入る事になった。
「春原さん、お化け屋敷好きなの?」
「あんまり。」
「そう……」
すると、いきなりお化けが出てきた。
「うらめしやー!」
「ぎゃあああああ!」
多分春原さんよりも叫んでしまったと思う。
結局、最後まで叫びまくりで、春原さんの腕にしがみついていた。
出口では、須藤先輩と越水さんが待っていた。
「怖かったぁ……」
「面白かったぁ……」
「そう?怖くなかった?」
「お化けは怖かったけど、神楽坂くんの叫び声で笑っちゃった。」
「ええ……」
「良い感じだね。」
「「え?」」
須藤先輩が指指した先。それは、僕が春原さんの腕にしがみついている姿。
「あっ、ごめん……」
「ううん……」
僕はすぐに離した。何だか恥ずかしくなってしまった。
「よし、そろそろお昼の時間だし、何か食べよっか。」
「はい。」
僕達は席を取って、交代でご飯を買いに行った。
僕はナポリタン、春原さんはタコライス、越水さんは焼きそば、須藤先輩はハンバーガーだ。
「楽しいねぇ。」
須藤先輩がぼそっとそう言った。
「はい。」
僕も、何だかんだで楽しいと思っている。
「私も楽しいです!」
春原さんもそう言った。
「雲英は?」
「……楽しいです。」
今日は色んなみんなが見られてとても新鮮な感じだ。私服姿はもちろん、色んな表情も楽しい。
「だいぶ仲良くなったと思わない?」
「まあ、そうですね……」
春原さんと須藤先輩はともかく、越水さんとは少し仲が深まった気がする。本当に気のせいかもしれないが。
「もっと仲を深めるためにさ、これからは下の名前で呼び合わない?」
「下の……名前で?」
僕ら三人は顔を見合わせた。
確かに僕と越水さんは全員苗字呼びだし、春原さんも越水さん以外は苗字で呼んでいる。
「ほらほら、まず私!」
須藤先輩の下の名前……
「あれ、下の名前何でしたっけ?」
春原さんも覚えていなかった。
「おい!」
「周りに下の名前で呼んでいる人いないもので……」
先輩とは学年も違うし、部活では全員苗字呼びか部長呼びだ。下の名前を聞く機会がほぼない。
「私は莉子だよ。」
「莉子……先輩。」
「よし!ほら、大地と雲英も!」
「じ、じゃあ……莉子……先輩。」
女の子を下の名前で呼んだ事が多分なかったので、少し緊張してしまった。……というか、僕以外全員、女の子……
「雲英!」
「莉子先輩。」
「よし。君らもお互いに下の名前呼びにしなさい。」
「えっ……」
「私はともかく、君ら三人は後二年ちょいは一緒にいるんだから、それぐらいはしないと。」
確かに。何もなければ三年生までこの二人と一緒にはなるという事か。
「じゃあ……大地くん。」
春原さんにそう呼ばれ、一瞬ドキッとしてしまった。
「ひ、ひ、ひ、光莉……ちゃん……」
「大地、緊張し過ぎ!」
「女の子を下の名前呼びするの初めてですし……」
「ほら、雲英も。」
「はい……光莉。大地。」
越水さんはまさかのいきなり呼び捨てだ。もの凄い度胸だ。
「き、き、き、雲英ちゃん……」
僕ら三人は恥ずかしさで顔をうつむいてしまった。
「よし!これで少しは深まったな!よし、遊ぶぞ!」
「えっ、もう!?」
いつの間にか須藤……莉子先輩は完食していた。
「早く食べろ!」
「あの、私、デザート食べたいんですけど!」
は……光莉ちゃんはそう提案した。大賛成だ。今日はとても暑い。何か冷たい物が欲しい。
「じゃあみんな食べたらアイス食べるか?」
「「はい!」」
もちろん異論はなく、急いで完食した後、アイスを買いに行った。
「うーん、冷える!」
「涼しい……」
アイスを完食した後はまたいっぱい遊んだ。
そして夕方。
「最後は観覧車乗ろう!」
ほぼ強制でシメが決まった。
すぐに乗れて、四人一緒に乗った。
「今日は楽しかったな。」
「はい。」
滅多に出来ない経験が出来て、本当に楽しかった。
‘本当は友達が欲しいんじゃない?’
いつか言われた言葉が蘇る。
その真偽は今でも分からない。それでも、この三人と一緒は楽しかった。それは変わらない。
「私さ、引っ越すかもしれないんだよね。」
「へ?」
莉子先輩のいきなりのカミングアウトに僕ら三人は驚いた。
「大学が県外でさ。」
「ああ……」
今すぐとかではないらしい。
「だから引退して、卒業したらもうこうやってみんなと遊ぶ機会はもうないかもしれない。」
「ああ……」
「君ら三人は私の唯一の後輩だからさ。」
「唯一?」
「文学部、ほぼ帰宅部みたいなものじゃん。」
「あっ、そっか……」
忘れていた。文学部というのは、活動内容は一応あるものの、ほぼ帰宅部状態で、部員のほとんどが幽霊部員だ。
……そういえば、入部した時は僕も幽霊部員になろうと思っていたんだっけ。あれ、何で普通の部員に……
「二年はほぼ来なくてさ、半年ぐらい一人で過ごしてたんだよね。」
「ああ……」
確かに、莉子先輩以外の先輩を見かけた事がない。
「だから君らが入ってきてくれて本当に良かった。君らは文学部の希望だ。」
「いや、言い過ぎですよ!」
「いや、もし君らが入ってくれなかったら、いや入ったとしても幽霊になってたら、廃部の危機だった。」
「嘘っ!?」
初めて聞く情報に僕は驚いた。光莉ちゃんと、雲英ちゃんもだ。
「まあほぼ幽霊部員だし。だから必死に部員を増やそうと武蔵先生と頑張っていたんだ。」
「そうだったんですか……」
「まあ後半年は大丈夫だと思う。」
「……もしかして、僕達が先輩になった時、頑張らなくちゃいけない事になります?」
「うん。」
どうやら問題が解決した訳ではないらしかった。
「後、部長問題もあるんだよね。」
「ああ……」
さっきも言ったように、二年生の先輩はほぼいないに等しい。だから、次期部長はどうするかと夏休み前から話題に出ている。
「適当な二年にするか、三人の誰かにするか……」
「うーん……」
何故か文学部の存続問題で観覧車はあんまり楽しめなかった。せめて、タイミングは考えて欲しかった。
「よし、帰ろうか。」
「はい。」
僕ら四人は集合場所だった駅前にバスで戻る。
「じゃあ、またね。」
「はい。」
莉子先輩と雲英ちゃんは電車のため、そこで分かれた。
「今日は楽しかったね。」
二人っきりになった時、光莉ちゃんがそう話しかけてきた。
「うん。意外に楽しかった。」
「意外にって何?」
「クソ暑い中で遊ぶのキツいかと思った。」
「あはっ。」
しばらく沈黙が続いた。
「部長、どうなるんだろうね。」
そう言い出したのは光莉ちゃんだ。
「ああ……見知らぬ先輩か僕らか。」
「私、部長できない。」
「僕も。」
「てか、みんな出来なくない?」
「確かに。」
光莉ちゃんは向いてなくも無いけど、僕と雲英ちゃんは部長という柄ではない。
「じゃ、僕こっちだから。」
「うん。またね。」
「うん。バイバイ、光莉ちゃん。」
「うん……ちょっと待って!」
「え?」
帰ろうとしたら、何故か引き止められた。
「それ、まだ続いてるの!?」
「それって?」
「名前呼び!」
「え?」
「あれ、須藤先輩の前だけじゃなかったの!?」
「え……嫌だった?なら戻そうか」
「いや、いい……名前呼びで。めんどくさいし。」
どうやら、光莉ちゃんは名前呼びは莉子先輩の前だけだと思っていたらしい。確かにさっきは須藤先輩って言ってたもんな。それに、名前呼びのせいで午後は少しだけぎこちなかった。
「バイバイ、大地くん。」
「う、うん……」
最後の最後でドキドキしてしまった。
〈春原光莉side〉
今はお盆休み。学校は休みだ。
今日は、聾学校の卓球部が大会なので、それを観に行く予定だ。
あの騒動から冬馬とは会っていない。多分あれの黒幕は颯太だと思うのだが、会う機会がなくて有耶無耶のままだ。二人とも卓球部なので、多分会ってしまうだろう。
会場に着き、中に入って席に座る。チャンスがあったら、先生に挨拶に行こう。
試合が始まった。早速颯太が出場していた。
また、卓球上手くなったな……あれでストイックな所があるので、きっとまた練習を重ねたのだろう。まあ、重ねすぎて成績が心配なのだが……
颯太の試合は接戦で、見ていてハラハラする。やがて決着が着いた。颯太の勝利だった。
さすが……
お昼の時間になり、私は外で食べて来ようかと歩いていた時。肩を叩かれた。
‘’光莉。来てたんだな。”
颯太だった。
‘’颯太。よく分かったね。”
‘’見えてたぞ。”
‘’そうだ。あんたに話したい事があるんだけど。”
‘’冬馬のことか?”
‘’やっぱりあんただったんだ。”
‘’ああ。光莉の学校を教えた。”
‘’前言ったよね?プライバシーっていうものがあるって!”
‘’冬馬から聞いたけど、お前彼氏出来たんだってな?”
あれ、やっぱり本気で受け取っちゃったんだ……
‘’違うよ。”
‘’じゃあ何で一緒にいた?”
‘’友達なんだから当然でしょ?現にこうやって私とあんたも一緒にいるじゃん。”
‘’はあ?俺と光莉が友達?”
‘’違うの?”
‘’いや、違わないけど”
‘’もう次はないって言ったよね?”
‘’いや、冬馬に頼まれて仕方なく”
‘’冬馬だけのせいにしないで!私の納得いく理由を説明して!”
‘’お前が心配だったんだよ。”
「は?」
‘’いきなり普通の学校に行って、いじめられてないか心配で。だから冬馬に様子を見てきてくれと頼んだんだ。”
‘’あんたバカなの?”
‘’光莉は優しいから、どんな嫌な事があっても何も話さない。それで”
‘’あんたに心配されるぐらい落ちぶれてないよ!”
‘’それに寂しいんだよ”
「へ?」
予想外の言葉に驚いた。
‘’十年近くいるお前がいきなりいなくなったから、そりゃあ寂しいよ。俺だけじゃない。流花も、莉紗も、寂しがっている。”
流花と莉紗も私の友達で、ずっと一緒のクラスだった。
‘’人生って別れもあるんだよ?寂しいだけで人生は決められないんだよ?”
‘’好きだから!”
「はえ?」
‘’出会った時から、ずっと好きなんだ!”
「??」
何故か告白された。
‘’好きだから心配だし、寂しくもなる!だから、戻って欲しい”
‘’ごめん、無理。”
私は颯太を置いて会場を出てしまった。そのまま会場に戻ることなく、普通に帰ってしまった。
颯太とは、年長の時に出会った。私が聾学校に転園?して、最初の友達が颯太だった。流花や莉紗ともそこで出会って、それからずっと一緒のクラスだった。その頃は一生ずっと一緒だと思っていた。
中学生になって、進路を考える頃合いになった時に、本当にこのままでいいかと悩み始めた。そんな中でのオープンスクールに行き、翠簾高校に出会った。私は一目惚れして、そこに行く事を決めた。今思えば、一番反対していたのは颯太だった気がする。多分あれは、私と離れたくないがためだったのだろう。結局、先生に説得されて諦めていたけど。
どうしよう……颯太とケンカしてしまった。颯太はいつも私を想ってくれている。それは知ってる。嫌でも。どうしよう……
結局仲直りしないまま日が過ぎてしまった。
その日は学校で、二人三脚の練習があった。私は雲英ちゃんとペアだ。
「「せーの!」」
二人三脚は初めてで、練習が必要だった。聾学校の体育祭には二人三脚がなかった。だから、挑戦してみたいと思って希望したんだけど……
「「わっ!」」
また転んでしまった。
「ごめーん。」
「ううん、大丈夫。私も全然出来ないから。」
雲英ちゃんは怒ったりする事なく何回も練習に付き合ってくれる。
「練習、そこまで!」
今日は本番と同じコース、距離を走るらしい。不安しかなかった。
「大丈夫?」
「大丈夫。」
そして、私達の番がやって来て、走り出すが……
ほぼ歩いているような状態だった。断トツビリ確定。
終わった後、団長にしこたま叱られた。
「疲れた……」
やっと練習が終わり、私達は着替えてから部室に向かう。
「大丈夫?」
「大丈夫だよ。」
「そう?何か今日元気ないから……」
「え?そうかな?」
「うん。」
雲英ちゃんとは、遊園地に行って以来、仲良くなっている。
にしても、やっぱり雲英ちゃんにはお見通しだったか……あの一件がまだ引きずっているのだ。まあ、解決してないから当然だけど。
「春原さんと越水さん。お疲れ様。」
「武蔵先生、こんにちは。」
「こんにちは。」
部室には武蔵先生だけがいた。他の二人はまだ練習中なのだろうか。
「今日中に出来そう?」
「はい。」
文化祭のおすすめの本の展示を今作っている。
雲英ちゃんは自作の小説を出すらしい。本番まで見せてもらえそうにないので、ますます楽しみだ。
私は早速作業に取りかかる。
「♯@&♪%#$¥+○……」
「☆♡%$〒○#<*……」
周りで何かを話しているようだが、内容は分からない。でも、私はとにかく集中する事にした。
「☆%#♡@♪÷:!」
とにかくやるんだ。そうすれば少しは忘れられるから……。
すると、ほっぺに冷たいものを感じた。
「ひゃっ!?」
「光莉!ちょっと休憩してアイス食べようぜ!」
「あ、はい……」
週に一回は莉子先輩か武蔵先生のどちらかがアイスを奢ってくれる。
私は手を止めてアイスを食べる事にした。
「よし!アイス食べながら暴露会でもしよっか!」
「えっ!?」
莉子先輩の提案にその場にいる全員驚いている。
暴露?
「別に小さな事でもいいんだ。私達に隠している事を話す。ただそれだけ。」
「はあ……」
いきなりだなぁ。
「じゃあ、まずは言い出しっぺの私。」
莉子先輩の隠し事?何かなさそうだけど……
「実は中学までテニス部だったんだ。」
「そうなんですか?」
まあまあ意外な暴露だったが、確かに莉子先輩のイメージには合っている。
「何故今は文学部に?」
「中学生最後の大会の時に手首怪我して、それ以来テニスはやっていない。」
「へぇー……」
そんな事が……
「何でテニス辞めたんですか?」
「ん?だから……」
「テニス出来なくはないんですよね?」
「それは……」
「この学校テニス部ないもんね。」
そう言ったのは武蔵先生だ。
「あ、そうそう。」
何か違う気もするけど、あんまり追及しない方が良さそう。
「じゃあ、次は武蔵先生!」
「え、私も?」
「うん。」
自然と先生まで巻き込めるの、本当に凄いよな……
「うーん……実はこの高校の卒業生とか?」
「えっ、そうなんですか?」
初耳の情報だ。
「うん。ここで青春過ごして、卒業して、教師になってここに戻ってきたの。」
「へぇー。」
「知らなかった。」
「次は雲英!」
「えー……」
何となく雲英ちゃんはありそうだ。まあ、大地くんもだけど。
「私……実は……十七歳です……」
「「えーっ!?」」
一番びっくりの暴露だった。
雲英ちゃんが、十七歳……
「本当は去年ここに入ってるはずだったんだけど、病気しちゃって、一年遅れて入ってきたの。」
「そうだったんだ……」
「知らなかった……」
まさかのびっくり情報……でも、大地くんは大して驚いていないから、知ってたのかな?
「次は大地!」
「えっ……」
果たして、大地くんはどんな事を暴露するのだろうか……
「僕、実は……猫好き。」
「へ?」
「は?」
まさかのどうでもいい暴露。
「何でそれにした?」
「だ、だって、小さなことでもいいからって言ってたから……」
「いや……」
大地くんらしい。でも、この暴露で少し雰囲気がほっこりした気がする。
「じゃあ、最後は光莉!」
「えっ……」
他人の暴露が気になり過ぎて、自分のことを忘れていた。
え、どうしよう……
「実は……」
と話そうとした時。放送のチャイムが鳴った。
「ん?なんだ?」
「全校生徒及び教員の方々に連絡です。本日、○*¥のため、@♪♡に下校をお願いします。」
「まじかー!」
何だったんだろう、今の放送。所々聞き取れない所があって、何言ってるか分からなかった。
「断水で、4時に下校かー!」
莉子先輩がそう言ったので、おかげで状況が読めた。そして、今の時刻は三時十五分。
「よし、みんな帰ろうか。」
という事で、暴露会は突然終わり、私は運良く逃れられた。
莉子先輩と雲英ちゃんは電車の時間があるので先に帰った。
「帰ろっか。」
「うん。」
私と大地くんは自転車を押しながら歩き出す。
「ねぇ、光莉ちゃんって何を暴露しようとしてたの?」
「え」
まさかの大地くんに聞かれた。
「興味ある?」
「別にないって言ったら嘘になるけど…」
「ふーん。実はね、告白されたの。」
「え?あの、この前の人?」
「ああ……」
あの時、そういえば大地くんもいたんだったな。
「違う人。私の幼なじみ。」
「そうなの?光莉ちゃんって意外に人気者だね。」
「いや、そんな事は……いや、確かに……」
颯太と冬馬。確かに人気者なのかもしれない。
「で、返事は?」
「無理って。」
「……それだけ?」
「うん。」
まあ、そのおかげでケンカっぽくなっちゃったんだけど……
「告白って勇気いるよね?」
「えっ?」
「どの本を読んでも、みんな告白出来ないって悩んでるんだ。好きって伝えてその後気まずくなって元通りにならなくなるなんて思っちゃうしね。」
「……」
まさに今その状態だ。
「だから否定しない事が大切なんだろうね。」
「……」
確かにそうかもしれない。
そう話す大地くんの横顔はいつもよりもかっこよかった。
〈神楽坂大地side〉
二学期が始まった。
一ヶ月以上ぶりの教室に入った。既に光莉ちゃんは来ていた。
「おはよう、光莉ちゃん。」
「おはよう、大地くん。」
すると。
「ちょいちょーーい!」
めんどくさい奴がやって来てしまった。
「岡田。おはよう。日に焼けた?」
終業式に会った時と比べて茶色くなった岡田だ。
「おう。それよりも、今お前ら……」
「「?」」
「下の名前呼びだったよな!?」
「……あ。」
もう身についてしまったので、つい下の名前で呼んでしまった。
「う、うん。」
「付き合ってるのか?」
「「全然。」」
僕と光莉ちゃんの声が重なった。
「くーっ!大地!俺も下の名前で呼んでくれよ!」
「え?岡田の下の名前って何だっけ?」
本当は覚えてるが、敢えて知らないふりをする。
「咲也だよ!」
「そっかそっか。」
「うんうん!」
「……」
「……あれ?」
「……何?」
「呼んでくれないのか?」
「気が向いたらね。」
「お前、それ一生呼ばねーやつだろ。」
こうして二学期は始まった。
二学期は行事が入っていて、かなり忙しくなりそうだった。放課後は体育祭の練習が入っている。体育祭が終わればテスト、終わったら文化祭。少なくとも文化祭までは予定が詰まっている。
その日もパン食い競走の練習に参加していた。
徒競走、借り物競争にも出るおかげで足が速くなってしまった。
「神楽坂くん、上手くなったわね。」
パン食い競走の担当が武蔵先生だ。何となくどこまでも一緒になっている気がする。
「上手くなっても将来役に立つんですか?」
「まあ、一年後なら役に立つかもね。」
「はあ……」
まあ、確かに一年後もこの競技に選ばれたら役に立つかもな……
「それに、足が早くなったら、好きな人を助けに行けるわよ。」
「へっ!?好きな人!?」
好きな人というワードにドキッとしてしまった。
「そう。まあ好きな人じゃなくても大切な人を助けるために走るとかなら出来るでしょ。」
「大切な人……」
その言葉にはチクリと来てしまった。
「はい、みんな集合ー!」
先生がそう言ったので、この話は終わりになった。
好きな人か……
!?今、光莉ちゃんの顔が浮かんでしまった。
な、な、何考えてる!?彼女とはただの友達だろう!それに、恋愛なんかしたら、苦しくなるだけだ!忘れよう!
その日は部活がなかったので直帰した。光莉ちゃんと会う事はなくてホッとした。
数日後。その日は学校公開だった。めちゃくちゃ多くの人が授業を見に来た。母さんは仕事で行けないと聞いている。岡田と光莉ちゃんの所は見に来ると聞いたので少し緊張している。
現代文の授業が終わった後。
「大地!紹介するぜ。これ、俺の母ちゃん。」
「おお……」
結構おばさんだった。
「初めまして。神楽坂大地です。いつも息子さんにはお世話されていまして……」
「あらぁ!こちらこそ初めまして。いつも息子と仲良くしてくれてありがとうね。」
「な、仲良く……?」
「いや、仲良いだろ!」
その後二、三言交わしてから二人はいなくなった。
見ている限り、理想の家庭という感じだ。
「大地くん。」
後ろから話しかけられた。振り向くと光莉ちゃんがいた。
最近、光莉ちゃんを見ると少しドキドキしてしまう。何故だろうか。
「こちら、私の姉。」
「あっ、お姉さん?」
「はい。初めまして。姉の愛梨です。いつも話は妹から聞いています。」
お姉さんは、光莉ちゃんとそっくりで美人だった。
「いつも妹と仲良くしてくれてありがとうございます。」
「あ、いえいえ、こちらこそ。いつも妹さんにはお世話になっていて……」
何故かお姉さんには頭が下がってしまう。
「ふふ。じゃあ、光莉、もう行くね。」
「うん。ありがとう。」
お姉さんは去っていった。
「お姉さん、綺麗だね。」
「ありがとう。」
「でもびっくりしたよ。」
「え?何が?」
「てっきり親御さんが来るものかと思って……」
「ああ……まあ、ちょっとね。」
「?」
光莉ちゃんが言いづらそうにしていたので、それ以上は追及しなかった。
放課後。その日は珍しく、部室に全員揃っていた。
話題は当然学校公開についてだ。
「私はお父さんが来たよ。」
「私は来てない……」
「僕も仕事だからって来れなかったみたいで。」
雲英ちゃんと僕の所は来なかったらしい。
「光莉の所は?」
「お姉さんが来てましたよ。」
「へぇー。お姉さんってどんな人?」
「優しい人ですよ。」
「会ってみたかったなぁ。」
「体育祭と文化祭も来るって言ってたので、多分その時に会えると思いますよ。」
「親御さんは?来ないの?」
「多分来ないと思いますね。」
「やっぱり仕事?」
何だか触れてはいけない話題のような気がする……
「えっと……」
と、その時。武蔵先生がやってきた。
「学校公開の話?」
「はい!私と光莉は来たんですよ。」
「春原さんのお姉さんならちょっと話したよ。」
「あ、そうですか?」
「うん。後、神楽坂くんのお母様とも話したよ。」
「……えっ?」
僕は耳を疑った。
母さんと、話した?
「あれ?大地は来てないんじゃなかったっけ?」
「うん、そのはずだけど……」
「そうなの?でも来てたけど……神楽坂くんの普段の学校の様子聞かれたからありのまま話したけど。」
「えっ……」
ありのまま……という事は。
非常にまずいかもしれない。僕は顔が青ざめていくのを感じた。
「ごめんなさい!急用思い出したので、帰ります!」
「あ、うん……」
「気をつけて……」
僕は荷物を持って走り、自転車にのって全力で漕ぎ出す。
実は、文学部に入った事は話したのだが、そこの部員と仲良くなった事は話してなかった。ましてや毎日部室に行っている事や、一緒に遊園地に遊びに行った事なんて話していなかった。母さんはいつも仕事で遅くに帰っているので、バレていなかったので油断していた。
やっと家に着き、急いで中に入った。
「た、ただいま……」
「おかえり、大地。そこ座って。大事な話があるから。」
「うん……」
僕は覚悟を決めて座った。
「学校公開、来てたんだね。」
「本当は仕事休み取れたんだけど、ちょっと黙っちゃった。それよりも、学校の事、聞いたわ。」
「うん……」
「あなた、毎日部室に入り浸って、そこの人たちとお喋りしてるんでしょ?」
「い、いや、それは……」
いつも喋っている訳では無い。最近は喋っている事が多いけど、読書したり小説を書いたりする時間はもちろんある。
「いい?大切な人なんか出来たって何にも良い事なんてないのよ。」
「……はい。」
「自分も相手も辛くなるだけ!分かった?」
「……はい。」
母さんの説教がしばらく続いた後、解放されたので自分の部屋に行く。
着替えたが、何にもする気力がなくてベッドに沈み込んだ。チラッとスマホを見ると、何件かメッセージが来ていた。ほとんどが光莉ちゃん、莉子先輩からだった。
あの出来事を思い出してしまった。
僕が四歳の頃の事だった。詳細はあんまり覚えてないのだが、多分ボールか何かを追いかけていて道路に飛び出してしまった。そこに車が迫ってきて轢かれそうになったが、誰かに突き飛ばされて僕は助かった。でも、僕を助けた人は轢かれた。僕が覚えているのは、一面に広がった血の海……その後の事はほとんど覚えてなくて、でもその人は亡くなったと母さんに聞かされた。
誰かを亡くす……それはとても悲しい事だ。きっとその誰かも誰かにとっては大切な人だったはずだ。
もう二度と誰かの大切を奪いたくない。だから、大切な人は作らない。そう決めたはずなのに……
〈春原光莉side〉
遂にやって来た体育祭の日。
赤団のスローガンは猪突猛進、青団は空を切り裂く青龍、黄団は稲妻の如く勝利へ真っ直ぐ、そして我ら緑団は我らの風が勝利を呼ぶだ。
今までたくさん練習を重ねた。きっと、大丈夫だ。
「光莉。おはよう。」
「雲英ちゃん。おはよう。」
私は雲英ちゃんの隣に座った。
「今日も大地は変わらず?」
「うん……」
あの学校公開の日以来、大地くんは私に話しかけてくる事はなくなった。運悪く、席替えで席が離れてしまったのと、体育祭の練習が重なった事もあって、話す機会はめっきり減ってしまった。委員会で一緒になる事はあるが、それでも最低限の会話しか交わさない。
部活に関しては、そもそも練習が重なって無い事が多くなった。でも、部室には来てないと莉子先輩、武蔵先生からは聞いている。
あの日の大地くん、かなり顔が青ざめていた。相当まずい事でもあったんだろうな……
「開会式、始まるよ。行こう。」
「うん。」
反対に、雲英ちゃんとはすっかり友達になった。二人三脚の練習を通して、仲が深まってきた。今はこうやって普通に話すようになったぐらいだ。
私達は緑団の所に行って並ぶ。
そして、開会式が終わり、遂に競技が始まった。
最初は徒競走だ。大地くんも出ている。しかもトップバッターだ。スターターピストルの合図で一斉に走り出す。彼の速度は知らないが、それでも速い方だった。
すごい……
「頑張れ、大地くん。」
「青団を応援してどうするの。」
雲英ちゃんの冷静なツッコミが入った。
結果、彼は二位の好成績を収めた。一位は緑団だった。
「光莉さぁ。」
「うん?」
二番手に入った時、雲英ちゃんに話しかけられた。
「大地の事、好きなの?」
「うん、好きだよ。もちろん、雲英ちゃんと莉子先輩、後武蔵先生も好きだよ。」
「いや、そういう事じゃなくて……」
「え?」
その時、周りが盛大な歓声をあげたため、雲英ちゃんが何を話しているか分からなかった。
「ごめん。何?」
「いや、なんでもない。」
?変なの……
そして競技は進み、次は二人三脚となった。
「大丈夫。全力でやろう。」
「うん。」
そして遂に私達の出番になった。
「位置について、よーい……スタート!」
その合図で私たちは走り出す。たくさんの練習を重ねたので、息と歩幅とスピードが合っている。お互いの信用がないと成り立たないと団長さんも言っていた。まさにその通りだと思っている。
そして……結果は何と一位だ。
「やったね!」
「うん。」
私と雲英はハイタッチをした。
「私、雲英ちゃんとペアで良かったよ。」
「私も。」
お互いに微笑みあった。
〈神楽坂大地side〉
良かったなぁ、光莉ちゃんと雲英ちゃん……
僕は今、部室から競技を眺めている。
あれから僕は誰とも話さないように心がけた。運良く席替えがあったので、光莉ちゃんや岡田とは席が離れた。しかも廊下側になったので、休み時間になったらその瞬間に廊下に行けるので、おかげで誰とも話さなくなった。
部活に関しては、体育祭の練習があって、という理由付けで行っていない。この部室に来るのも随分久しぶりだ。
今日も、誰とも話さないようにするために、敢えて室内のこの部室にいる。涼しいし、部室は二階にあるので上から眺める事が出来る。放送もある程度は聞こえるので大体の状況は読める。
今は二人三脚が終わった所だ。光莉ちゃんと雲英ちゃんペアは一位になったらしい。練習が上手くいっていないと聞いていたので、本当に良かった。
どうも、物理的には離れられているのだが、心は離れられないらしい。光莉ちゃん、雲英ちゃん、莉子先輩、ついでに岡田の事をつい目で追ってしまう。
「続いては台風の目……」
あ、そろそろ借り物競争の集合時間だ。関わらないようにしているとはいえ、競技はさすがに出るようにしている。
僕の出る競技は全部午前中にあるので、昼休みにこっそり帰ろうかな。結果は多分クラスのグループに連絡が来るだろう。
僕は階段を降りて、非常口に向かう。セキュリティーの関係で非常口しか生徒の出入口はない。ちなみに階段より上は関係者以外立ち入り禁止だが、僕は関係者だからいいだろうと普通に立ち入っている。部室は何故か鍵が開いているし。
非常口に人影がある。誰かおしゃべりしてるのだろうか。面倒だな……
そう思いながら向かうと、その人影が知っている顔である事に気づいた。
「雲英ちゃん?」
「やっぱり中にいたか、大地。」
雲英ちゃんとはクラスもチームも別だからか、顔を見るのが久しぶりな気がする。
「あの部室に入り浸ってるんでしょ。」
「何でそう思うの?」
「思ってるんじゃない。見えたから。」
そんなに身を乗り出して見ていた訳ではなかったのだが、バレバレだったらしい。
「僕、借り物競争に出ないとだから……」
そう言って出ようとするが、雲英ちゃんが完全にガードしていて出られない。
「あんた、最後の方でしょ?この台風の目が終わるまでは大丈夫でしょ。」
「……それを分かっててここにいたんだ。」
「当たり前。そうでもしないとあんた、また逃げるでしょ。」
やっぱり、僕と話すためか。何て言われるんだろう……
「別に訳は聞かないけどさ、光莉を傷つけるような事はしないでね。」
「……へ?」
結構予想外の言葉が聞こえてきた。光莉ちゃんを?傷つけるな?
「何、そんなぽかーんとして。」
「いや、そんなに情深かったかなって。」
「まあ、私も驚いているわよ。まさかこんな話するなんて。いや、そもそもこんなに口数増えるなんて。」
「それに関しては僕も同感だよ。」
文学部に入部するまで、いや、委員会に入るまでそんなに口数は増やす予定はなかった。
「文学部に入部したのが運の尽きだったのかしら。」
「いや、あの部室に入り浸ってるのが運の尽きだと思うよ。」
「ああ、言えてるわね。」
「まあ、それはいいんだけど、いつの間にそんなに光莉ちゃんと仲良くなったんだね。」
「あんたのせいでもあるんだけど。」
「へ?」
僕のせい?
「どういうこと?」
「あんた、部活に来なくなったし、教室でも話さなくなったんでしょ。だから大丈夫かなって莉子先輩と光莉と話してた。」
「……そう。」
まあ、それは何となく予想がついていた。いつ諦めるかが問題だったが……
「で、大地、光莉の事好きでしょ?」
「えっ!?」
少し前にも同じような事を聞かれた気がする。そんなにもそう見えるのだろうか。
「違う?」
「……」
何故かこの質問は答えられない。
「どっちでもいいんだけど、光莉を泣かせたら許さないよ?」
「怖いなぁ。」
やっぱり雲英ちゃんは怖い。
「そう?」
「うん。初めて話した時覚えてる?」
「ああー……まあ何となく。」
「あの時からずっと怖い。」
「あっそ。でも、あの時は本当にうるさかった。」
「それはごめん。」
「謝らないで。その時の私も、多分君と同じだった。」
「同じ?」
「うん。私の噂、知ってる?」
噂……そういえばすっかり忘れていた。
「何となくは。」
「私、こんな性格だから勘違いされやすくて。気づいたらあの噂広まっていた。」
「そうだったんだ。」
あの噂は年齢以外は嘘だった。半年近くいれば分かる。
……というか、暴露会で話してたし。
「まああの噂、今も全然あるんだけどね。」
「うん。でも、僕と光莉ちゃんと莉子先輩は真実を知っている。それでいいんでしょ?」
「……さすが。」
「そう?」
「聞いていい?」
「?」
と、その時。
「大地!やっと見つけた!お前次借り物競争だぞ!?」
「あ、うん。」
タイミング良く岡田がやって来てしまった。
「ごめん、行くね。」
「ううん。こっちこそ引き止めてごめん。頑張って。光莉も応援してるから。」
「……うん。」
僕は岡田と一緒に集合場所に行く。
やがて台風の目が終わり、借り物競争が始まった。僕は最後から二番目だ。
お題は様々だ。眼鏡や恋愛小説から怖い先生や恋人まで色々ある。
遂に僕の出番が来た。合図で走り出し、カードを拾ってお題を見る。
『可愛い女の子』
よりによって人間か……
可愛い……女の子……からかわれそうだが、一人しか思いつかない。
緑団の応援席に向かい、その人物を探す。
「光莉ちゃん。」
「……へ?」
やっと見つけた。
顔をちゃんと見るのは久しぶりな気がする。当たり前か。
「一緒に走ってくれる?」
「う、うん……」
「行ってらっしゃい。」
雲英ちゃんに見送られ、僕は光莉ちゃんの手を引いてゴールに向かって走り出す。
ゴールした後、審判にカードを見せて判決をもらう。結果は……合格だ。順位は惜しくも二位だったが、まあまあな結果だ。
「あ、あの……」
「ん?」
「私、可愛いの?」
「へっ?いや……うん……」
ここまで来といて違うなんて言ったら、それこそ不合格にされるし、光莉ちゃんを傷つける。
「あ、も、もう席に戻っていいよ。」
「うん……」
僕は顔が赤くなるのを感じた。
こうして借り物競争は終わり、僕が出る競技も全て終わった。帰ろう。
僕は部室に行こうと、非常口に向かって歩く。
「大地くん!」
「あ……」
後ろから呼びかけられた。光莉ちゃんだった。
何となく無視出来なかった。
「な、何?」
「えっと……」
気まずい沈黙の時間が流れる。
「あの、さっきはありがとう。」
「えっと……何が?」
「私を選んでくれて……」
「い、いや……」
可愛い女の子といえば、光莉ちゃんしか思いつかなかったし……
「じ、じゃっ……」
「うん……」
それだけ?
光莉ちゃんは去っていったので、僕も部室に向かう。部室には。
「え、武蔵先生?」
「やあ。」
何故か武蔵先生がいた。
「なんでここに?」
「そりゃあ、神楽坂くんどこかなって探してたらこの部室から覗いてる君が見えてたしね。」
「はあ……」
やっぱりバレバレだったらしい。
「後、早退は許さないよ?」
その上、何故か早退まで見破られていた。
「はい。」
「でも、やるね君も。」
「何がですか?」
何となく予想はつくが……
「可愛い女の子に春原さんを選ぶなんてさ。」
予想通り。
「いや、事実ですよね?」
「それをさらっと言える君がすごいわ。」
「そうですか?」
「うん。可愛い女の子なんていくらでもいるのに。」
「そうですか?」
僕があんまり話さないというのもあるんだろうけど、可愛い女の子なんて光莉ちゃんしかいない。
「まあ、春原さんが可愛いのは否定しないけど……でもさ、可愛いならさ何で避けてるの?」
やっぱり、その話か……
生徒は避けられても先生は避けられない。武蔵先生に詰め寄られた事は何回かあるが、何とかやり過ごしていた。
「可愛すぎて見てられないんですよ。」
自分からこんな言葉が出るなんて自分でもびっくりだ。
「……そんな、可愛らしい理由ならいいんだけどさ。」
納得したのかしてないのか分からない声で先生はそう言った。
「そろそろお昼休憩だ。行くね。」
「あ、はい。」
「ちゃんとクラス写真も参加しなさい。」
「……はい。」
武蔵先生は去っていった。
先生にああ言われた以上、帰ることなんて出来なくて、結局クラス写真まで残ってしまった。
体育祭は結局赤団の優勝で終わった。僕も結構頑張った方なんだけどな……
クラス写真を撮った後、僕は速攻で帰った。
〈春原光莉side〉
「それは恋でしょ。」
「……え。」
体育祭の数日後。お弁当を雲英ちゃんと食べながら私はある相談をしていた。
あの体育祭で、可愛い女の子として選ばれたら時から大地くんに対してドキドキしてしまうと相談したら、その答えが返ってきた。
「そう、なの?」
「聞いてる限りでは。てか、なんなら体育祭の時も聞いたけどね。」
「えっ?そうだっけ?」
「うん。大地の事好きなのって。」
そういえば聞かれた気がする。でも。
「あれって友達としてじゃなかったの?」
「うん。全然違う。」
まじか。いや、そう聞かれるって相当私と大地くんの関係がそう見えたって事だよね……
「で、告白するの?」
「こっ、告白っ!?」
いきなり、告白か……
だけど……
「その前に返事しないと……」
「ああ、幼なじみのあいつ?」
「うん……」
颯太との事は雲英ちゃんにも話してある。
あれから颯太とは一切会っていない。颯太も色々分かっているから、会いに来ないんだろう。
「でも、体育祭には来てたんだよね?」
「らしい。」
何故か体育祭には来ていたらしい。お姉ちゃんから聞いただけだけど……
「光莉のそのままの気持ち伝えればいいんだよ。」
「うん……ありがとう。」
ということで、数日後の日曜日。私は颯太の家に行く事にした。
颯太の家は私からは電車を使わないと行けない距離だ。思えば、颯太はいつもこの距離で聾学校まで通っていて、更に私の家まで来ていたんだよな……
一時間ぐらいかけて颯太の家に到着した。チャイムを鳴らしたが、誰も出ない。留守だろうか。少し経ってから出直そうかと歩き出す。近くに公園があったので、ブランコに乗って暇を潰す。
すると、公園に入ってくる人影を見かけた。それは私の知っている、いや今一番会いたかった人だった。
「颯太……」
あっちも私に気づいた。
“光莉。何でここに?”
“あなたに話があって来たの。”
颯太は無言で私の隣のブランコに座った。
“覚えてるか?”
“何を?”
“まだ出会ったばかりの時、一緒にブランコ乗ったの”
“忘れてる訳ないよ。”
むしろ、そのブランコがきっかけで仲良くなったともいえる。
私がまだ聾学校に来たばかりの頃は、戸惑うばかりだった。普通の幼稚園とは違ってみんな手話で話していた。口話で話している人もいたけれど、その頃の私にはついていけない世界だった。
ある日、一人でブランコに乗っていた時、颯太がやって来て、こう言った。
“ブランコ好き?”
でも当時の私は手話はまだ分からなくて首を傾げるばかりだった。そこに、流花がやって来て……
「ブランコ好き?だって。」
「うん、好き。」
流花が通訳してくれた。その後は三人でブランコで遊んだ。そこから莉紗も加わって四人で遊ぶようになった。流花と莉紗は口話で話せたが、颯太だけは手話じゃないと伝わらない事が多かった。颯太とも平等に話したかったから必死に手話を勉強した覚えがある。
“懐かしいね。”
“うん。で、話って何?”
“私、颯太の事は好きだよ。”
颯太は目を見開いた。
“友達としてね。”
颯太はなんだという顔をして落ちこんだ。分かりやすい。
“まだ聾学校に入ったばかりの私に話しかけてくれて、一緒に遊んでくれた。本当に嬉しかった。ありがとう。”
“いや、それほどでも”
“ずっと一緒だったよね。”
“まあ、一クラスしかなかったからな。”
“まあね。でも小学生、中学生、共に過ごして楽しかった。”
颯太はこくりと頷いた。
“でも逃げたくはなかった。”
“逃げる?”
“これから大学生になって、その後は社会人になるよね。社会人になったら、多分嫌でも普通の人と関わる事になると思う。たとえ聾者だらけの職場に就いたとしてもね。”
“うん。”
“そう考えた時に、私はもっと早い時から普通の環境に慣れた方がいいと思った。”
“うん。”
“だから、普通の高校に行く事にしたんだ。”
颯太との会話を思い返した時に、そういえばこの事ははなしてなかったなと思い出したのだ。
“知らなかった。”
“よく考えたら話した事なかったね。ごめん。”
“いや、いい。むしろ安心した。”
“安心?”
颯太はまた頷いた。
“俺や冬馬の事が嫌になって逃げたのかと思ってたから。”
“そっか。勘違いさせてごめん。”
“いや、こっちこそ光莉の気持ち知らずに勝手な事言って傷つけた。ごめん。”
“颯太。私、あなたとは付き合えない。私、好きな人がいる。”
颯太は少し悲しそうな顔をした。
“でも、これからもずっと仲良くしたいと思ってる。して、くれる?”
“もちろん。辛い事があったらいつでも来いよ。相手になってやる。”
“ありがとう。”
こうして、私と颯太は仲直りした。
“今度、聾学校に遊びに来いよ。”
“いつかね。”
“光莉が大会に来た事流花と莉紗に話したら、会いたがってた。もちろん、冬馬もな。”
“うん。”
流花、莉紗、冬馬の家はここからとても遠いところにあるので気軽に会える距離ではない。それよりも、私の家から近い聾学校に行った方が懸命だろう。
“ちゃんとあいつと幸せになれよ。”
“あいつって?誰?”
“お前を可愛い女の子として選んで一緒に走った男。”
ああー……そういえば来てたんだっけ……あれも見られてたって事か。
あれについては、後からめちゃくちゃ言われた。特に莉子先輩と武蔵先生。
“てか、何で私の好きな人がその人だって分かるの!?”
“見れば分かる。”
あんまり関わった事のない颯太でさえ分かっちゃうのか……
私は颯太と分かれた。
そういえば、雲英ちゃんの家もこの辺だと聞いた。雲英ちゃんに会いに行こうかなと思い、スマホを出そうとするが。
道路に男の子が立っているのが目に入った。迷子かなと思い、その男の子の元に行く。と、その時。トラックが迫っている事に気づいた。お互いにお互いの存在に気づいてなさそうだった。私は急いで走る。
「光莉、ダメ!」
「春原さん!」
私を呼ぶ声が聞こえたような気がする。
〈神楽坂大地side〉
日曜日が終わる。明日から学校だ。
また、光莉ちゃんや岡田と顔を合わせる事になる。避ける事ばかりに体力を使ってしまうので、疲れてしまう。何で、こうなったんだっけ……
僕はリビングで本を読んでいた。すると、スマホが震える。見ると、雲英ちゃんからの電話だった。珍しいな……彼女からの連絡、それも電話。まあ僕の場合、電話が来る事自体が珍しいのだが。
出ようか迷っていると切れた。何だったんだと思いながらスマホを置こうとすると、また震えた。見るとまた雲英ちゃんからだった。もしかして、何かあったのだろうか。僕は電話に出る。
「もしもし?」
「もしもし……大地か?」
「う、うん……」
彼女にしては珍しく疲弊した声だ。
「どうした?」
「落ち着いて聞いて。光莉が……事故に遭った」
〈春原光莉side〉
あれ、何がどうなったんだっけ……
体全体に襲う痛みで脳が働かない。何にも聴こえない。視界もぼやけている。でも、何となく雲英ちゃんと武蔵先生の顔がある……ような気がする。気のせいかな……
私、これからどうなるんだろう……ああ、この状況、あの時と同じだ……
〈神楽坂大地side〉
光莉ちゃんが事故に遭ったという雲英ちゃんの連絡を受け、僕は病院に向かっていた。何故か少し遠めの病院だったので時間はかかったが。
確か、救急科の入り口からの方が近いって言ってたな……何とか探し出して入口にはいる。
「春原光莉っていう人が運びこまれたって聞いたんですけど……」
受付でそう尋ねる。
「知り合いの方ですか?」
「はい……」
「でしたら……」
受付のお姉さんの案内通りに僕は歩き出す。すると、雲英ちゃんの姿が見えた。だが、そこには何故か武蔵先生もいた。
「え、何故武蔵先生まで?」
「おお、神楽坂くん。」
「光莉ちゃんは?」
「今、手術室の中。」
「そう……」
僕は雲英ちゃんの隣に座る。
「……何があったの?」
「今日、私の甥が遊びに来ててね。」
「甥?」
「うん。一番上の姉の子供。」
「うん。」
「姉と三人で買い物に出かけたんだけど、その甥の姿が見えなくて。姉と探してて。」
「うん。」
「途中で武蔵先生に会って、先生も一緒に探す事になって……」
だから、武蔵先生も……
「やっと見つけたんだけど、道路に立ってて、トラックが迫っていて。そこに光莉が飛び出して、その甥を助けようとして……」
そこで雲英ちゃんはうつむいた。
大体状況は読めた。光莉ちゃんはその男の子を庇おうとして……
気まずい沈黙が流れる。でも、何を話せばいいのか分からない。
どれぐらい時間が経っただろう。口を開いたのは武蔵先生だった。
「神楽坂くん、来てくれてありがとう。もう帰っていいよ。」
「えっ、でも……」
「どうせ家の人には話してないんでしょ?今ならまだ遅くはない。帰りなさい。」
「……はい。」
「大地。動揺して呼んでしまった。ごめん。」
「ううん、いいよ。またね。」
気を落とさずにと言おうと思ったが、辞めた。
「また落ち着いたら連絡するからね。」
「はい。」
僕は心配を残しつつも帰途についた。
幸い、母さんはまだ帰っていなかった。とりあえず一安心だ。多分、あの学校公開の時に武蔵先生は何かを察して、ああ言ってくれたのだろう。本当は残りたかったが、トラブルに発展しかねない。それに、あそこにいたって出来る事は何もなかっただろう。
「ただいま、大地。」
「おっ、お帰り。」
タイミング良く母さんが帰ってきた。
「ちょっと待ってて。すぐにご飯にするから。」
「うん。」
「あら、これって……」
母さんは床にあった本を拾った。
連絡を貰った時、動揺して本を落としていった気がする。
「あっ、ごめん。」
「これって、私の本。」
「うん……勝手に借りて読んでた。」
「別にそれはいいんだけど……これ、あんたの父さんが書いたものよね?」
「えっ!?」
さっきまでの事が一瞬吹っ飛んだ。
「そうなの?これ?」
「うん。」
文化祭の展示のおすすめにも選んだこの蒼空。まさか父さんが書いたものなんて……
「これね、あんたが生まれた時の事をモデルに書いたものなのよ。」
「うっそ……」
知らなかった。妙に懐かしさがあったのは、そのせいなのか?
「……父さんって何でいなくなったの?」
何となく聞いてみた。
「さあね。」
本当に知らないのか、それともフリか……
「ほら、座って。ご飯よ。」
「あ、うん。」
今日はお弁当だ。ちょっと色々あったので、これぐらいが丁度良かったかもしれない。
「いただきます。」
「どうぞ。あっ、そうだ。」
「ん?何か?」
「あんたが体育祭の時に選んだ女の子いるわよね?」
「えっ、うん……」
母さんは、体育祭は借り物競争だけ見たらしい。後は仕事に行っていて見てないらしい。
「あの子とは関わるのは辞めなさい。」
「……分かってるよ。」
まあ、今はそんな状況でもないけど……
「あの子なんだから。」
「何が?」
「小さい頃のあなたを庇って轢かれたの。」
「…………は?」
衝撃な言葉が聞こえてきた。危うく箸を落としかけた。
「いや、だって、その人は死んだって……」
「だって、後遺症で聴力を失ったんだから、死んだも同然でしょ。」
心臓をつかまれたような衝撃とは、こういう事を言うのだろうか……
僕は何とか食事を喉に通し、自分の部屋のベッドに沈み込む。
頭がもうぐっちゃぐっちゃだ。あの時の、僕を助けた人が光莉ちゃん?
でも、一つだけ心当たりがあった。光莉ちゃんは昔事故に遭って後遺症で聴力を失ったと聞いた事があった。あれがまさか僕のせいだったなんて……
まだ混乱しているまま、僕は眠りについてしまった。
〈春原光莉side〉
目を覚ますと、どこかの道路に立っていた。
さっきまでいた道路かと思ったが、少し違っていた。でも見覚えはある。
と、その時。ボールが転がって来た。それを追いかける男の子。
「危ないよ!」
私はそう声をかけるが、男の子には聴こえてないようだ。でも、あの男の子は何となく見覚えがある。
その時、車が迫ってくる。危ないと思ったが、その瞬間、女の子が男の子を突き飛ばした。その女の子は紛れもない、小さい頃の私だった。
そうか、これは過去の記憶、聴力を失うきっかけになった出来事だ。やがて、女の子、つまり私は車に轢かれた。多分、過去の事だからか、冷静に見つめている自分がいる。私の元にお母さんが駆け寄ってきた。
「○$!大丈夫!?」
多分男の子の母親らしき女性がその男の子に駆け寄る。過去の出来事だから見覚えがあるのは当たり前のはず。だけど、何故か引っかかるものを覚える。何かもっと別の場所で会ったのかもしれない……
記憶はそこで終わった。夢かもしれない。だけど、そこからはずっと真っ暗なままだった。どこを向いても暗くて、何処が上で下なのかも分からない。音も聴こえない。いや、聴こえないのは、私自信が聴こえないから?
どうしよう……私は迷いながらも歩く事にした。進んでいるのか分からないけど。
〈神楽坂大地side〉
月曜日になった。母さんから学校は臨時休校で休みになったと聞いた。まあ、あんな事があったから当然かもしれない。
多分時間はお昼ぐらいだろうけど、起きる気はなかった。何となくさっきからスマホの通知がすごい気がするが、それを見る気力さえない。なんにもやる気がしないし、寝ようと思うのだが、さっき見た夢のせいで寝られない。
事故の時の出来事の夢を見てしまった。そういえば、確かにあの人は僕と同じぐらいの年齢の子だったなぁ……考えれば考えるほど一本の糸に繋がってしまって、嫌気がさす。
どれぐらい時間が経っただろう。三十分?一時間?下手したら三時間ぐらいかもしれない。
何となくスマホを見る。通知がすごかった。特にすごかったのが武蔵先生、雲英ちゃんからの連絡だ。電話、メッセージの両方来ていた。
ああ、そういえば、落ち着いたら連絡するって言ってたっけ……色々あって忘れていた……
僕は武蔵先生に電話をかける。一コールで出た。
「神楽坂ー!早く出てよーーー!」
「わぁっ……」
いきなり怒鳴られた。
「す、すみません……」
「あんたまで何かあったかと思うじゃない!越水さんにも要らぬ心配かけちゃったじゃない!」
「はいぃ……」
確かに、あんな事があった後に連絡がつかなくなったら、その思考になってしまうか……もしかすると、雲英ちゃんからの連絡も武蔵先生に言われてかも。
「ちょっと色々あって帰ってご飯食べてから眠りに入っちゃって……」
「全く……本題入るわね。春原さんの手術は成功したわ。」
「そ、そうですか……」
「うん。でも意識は戻らない。」
さっき見た夢が蘇ってしまう。追い払うように頭を振った。
「このまま意識が戻らないって事は……」
「……察して。」
「……はい。」
最悪の事態もあるらしい……
「そんなにショック?」
「え……」
まあ、ショックはショックだ。ただ、今回の事だけではなく……
「ちなみに明日は普通に学校あるよ。来られる?」
「……気が向いたら。」
「分かった。無理はしないでね。後、越水さんにも連絡してあげて。」
「はい。」
それで電話は終わった。次は雲英ちゃんにかける。三コールで出た。
「もしもし?」
「もしもし……大地……」
かなり疲弊している。まあ無理もないか……あの瞬間を目の前で見てしまったから。
「あの、武蔵先生に電話してあげてって言われて……」
「ああ……無事で何より。」
「うん……僕は大丈夫だから。」
「うん……明日は大地学校行くの?」
「うーん……多分行く。」
「そっか……」
「……雲英ちゃんは無理しなくていいからね。」
「……ありがとう。」
そこで電話は終わった。かなり弱ってるな……
僕はため息をついた。
すると、また電話がかかってきた。武蔵先生か雲英ちゃんかと思い、受信名を見ずに出てしまった。
「もしも」
「大地ーー!無事か!?」
耳がキーンといった。相手は莉子先輩だった。
「うん、無事……」
「良かった……急に臨時休校になったから、もしかして何かあったかと思って無事確認してたんだ。」
ああ……学校からは諸事情により臨時休校としか言われていないらしい。だから、莉子先輩は何があったのか知らないのか……
「昨日からグループでも無事を確認してるのに誰からも返事来ないから心配してたんだぞ!?」
「ああ、それは……」
光莉ちゃんは当然、僕と雲英ちゃんもそんな余裕はなかった。全員文学部員でグループはこの四人だから誰も返事なくて心配になってしまったのだろう。まあ、この心配が合っているのだが……
「良かった……」
莉子先輩は心から安堵している。
「雲英と光莉からは連絡来たか?」
「……」
非常に答えづらい質問だ。これ、勝手に話していいのか?
「所で大地と喋るの久しぶりだな。」
「え?……あ。」
すっかり忘れていた。今、人断ち中だった。
莉子先輩とは同じ青団だったので顔を合わせる事はあったが、話すのは確かに久しぶりだ。
まあ、今は緊急事態だし、仕方がない。
「元気そうで良かったよ。」
今はそんなに元気はないけど……
「明日は学校来るよな?」
「……分かりません。」
「一限目はなんか集会らしいんだけど、サボらない?」
「……」
スマホにほぼ目を通してないので、あまり状況が分からなかった。明日は学校はあるが、一限目は全校集会らしい。確かに、登校したとして、集会はサボっていいかもしれない。
「そうしようかな……」
「よし!決定!今日はゆっくり眠れそうだ。」
……もしかすると、寝てないのかな。僕は莉子先輩からの愛情を改めて感じた。
電話は終わった。僕はメッセージを打つ。雲英ちゃんに向けてだ。
『莉子先輩が連絡が取れないって心配してる。そんな気分じゃないかもだけど、電話はしてあげて。一言言ってから切っても構わないから。』
送信した。ますます辛くさせるだけかなと思ったが、これ以上莉子先輩に心配をかける訳にもいかなかったのでそうした。
翌日。僕は遅めに起きて制服に着替えた。食欲はなかったので朝食は取らずに登校した。教室に行く気は起きなかったので、部室に行った。
部室には雲英ちゃんが来ていた。
「おはよう……」
「おはよう、大地。」
昨日よりは少しマシになっていた。昨日のメッセージは返事は来なかったが、既読はしていた。
「ごめんね、私のせいで……」
「気にしないで……むしろ僕のせいかもしれないから。」
「……えっ?」
それ以上は話さなかった。
朝のホームルームはサボった。クラスの人と顔を合わせられるような顔と気分ではなかったから。
「ひーどい顔。」
「そっちも負けてないよ。」
雲英ちゃんがそう言ったので、負けじと僕も言い返した。
「お互い、全然人の事言えないね。」
「うん。」
一限目のチャイムが鳴った。すると。
「よっ。」
莉子先輩がやってきた。
「莉子先輩……」
「集会は?」
「サボっちゃった。」
宣言通りサボってきたらしい。
「良かったんですか?」
「うん。先生の話聞くより君達の話聞いた方がいい気がしたから。」
莉子先輩にはお見通しかもしれない。
「光莉は?」
やっぱり出て来てしまった、その名前。
二人とも答えられないでいると。
「春原さんなら入院中。」
まさかの武蔵先生がやって来た。
「武蔵先生!?」
「何で!?」
「私もサボって来ちゃった。」
「いや、教師がサボるって問題ですよね?」
「いや、あなた達のケアの方が大事な気もしたし。」
それに関しては言い返せない。
「で、入院ってどういう事ですか?」
「……実は。」
雲英ちゃんが涙目になって途切れながらも説明した。
「うーん、そういう事が……」
最後までしっかり聞いた莉子先輩はそう言った。
「それは辛かったな。」
莉子先輩は雲英ちゃんの背中をさすってあげた。
「で、大地はどうした?」
「え?」
「見るからに当事者の雲英より顔色悪いぞ。」
「それは私も気になってたんだよね。」
「……」
話していいのだろうか。彼女の過去にも関係しているから、勝手に話していいものか……
「大地、さっき僕のせいかもって言ってたでしょ?それと関係ある?」
「……」
答えられなかった。図星だった。だけど、こうなってしまった以上、話すしかないのか?
「……実は……」
僕は全部話した。昔、彼女と会った事がある事、僕を庇った彼女の後遺症、それからの僕の事……
「そういう事だったんだ……」
「光莉って昔から優しかったんだな……」
「……」
その時、一限終了のチャイムが鳴った。
「私、次授業あるから行かないと……」
「私も……」
「二人は?どうする?」
「……行きます。」
「……私も。」
「分かった。」
僕と雲英ちゃんは荷物を持ち、みんなでそれぞれの教室に向かった。
「大地!」
教室に入った途端、岡田がやって来た。
「大丈夫か?顔色悪いけど……」
「大丈夫。心配、ありがと。」
僕は自分の席につく。何となくひそひそされている気がするが、気にしない。
その後、授業は普段通りに進むが、何にも頭に入ってこない。ノートは取ってるのに、意味は分からない。
心の穴が広がったような感覚でこの数日間は過ごしていた気がする。テストもあったはずなのに、何にも覚えていない。文化祭の準備も進められているのに、何も手につかない。
あれから雲英ちゃんと莉子先輩とは会っていない。雲英ちゃんは休む時と来ている時があると武蔵先生からは聞いた。
いつの間にか一ヶ月が過ぎた。ついこの間体育祭が終わったはずなのにあっという間に文化祭がやって来た。
登校はするものの、何もする気が起きなくて部室に籠る。それは雲英ちゃんも同じだった。
「最近、食べてる?」
「……多分?」
「多分って。」
「こうやって生きてるから多分食べてるんだろうけど、何を食べてるかは全然。」
「……私も。食事の味が分からない。病院は?行ってる?」
「……行ってない。」
光莉ちゃんは今も意識が戻らないと聞いている。面会自体は出来るらしいが、何だか怖くて行けていない。
光莉ちゃんのお姉さんが僕に会いたがっていると武蔵先生から聞いた。でも勇気が出なくて行けてない。
「ずっと、このままなのかな。」
「……」
僕と雲英ちゃんはやっぱり気が合うらしい。考えている事がほぼ同じだ。
すると。
「大地、雲英!」
莉子先輩がやって来た。
「え、何ですか、その格好。」
メイド姿の莉子先輩。
「今日は文化祭だ。ウチのクラスは喫茶店をやるんだ。それで無理やりこれを着せられた。」
「はぁー……」
「で、来いよ!」
「えっ?」
「喫茶!」
「そんな気にはなれません。」
「放っておいてください。」
「ふぅ……光莉は絶対に目覚める。私達が信じてやらなくてどうする?」
「……そんな事言われても……」
それでもし目覚めなかったら?
そもそも、目覚めない原因が耳が聴こえないというのもあるらしい。補聴器は事故で壊れてしまって、予備はないらしい。そして、そうなったのは……
「私達、莉子先輩みたいに強くないんですよ……」
「うん……」
莉子先輩は隣に座った。
「前に私がテニス部にいた事は話したよね?」
「?はい……」
全然脈絡のない話が聞こえてきた。
「私の独り言だと思って聞き流してもらって構わない。手首の怪我が原因でやめたと言ったが、あれは言い訳だ。いや、表向きの理由かな。」
「……本当は何だったんですか?」
「後輩を追い詰めてしまった、事かな。」
「え?」
「当時、私は部長で、新しく入った一年生の指導を任されていた。その内の一人は、私とは正反対で繊細な心の持ち主だったんだ。私はビシバシ指導していて、その子は精一杯頑張っていた。朝も、夕方も、部活が終わっても、休日も……その子だけ上達が遅かったから、私も少し厳しくしてしまったんだ。だから、自分で自分を追い詰めてしまったのだろう。」
「……その子はどうなったんですか?」
「練習のやり過ぎで倒れてテニスをやめた。その子は確かに上達は遅かったが、テニスは大好きだったんだ。なのに、私は上達して欲しいという思いだけでその子に大好きな事を辞めさせてしまった。」
「そう、だったん、ですか。」
「私は何にも考えられなくなって、手首を怪我して、それを言い訳にテニスを辞めた。」
「……」
「私もそんなに強くはないんだ。見せかけの強さというやつかな。」
「……」
先輩も僕と同じように苦しい時期があったのか……
「今は、苦しくないんですか?」
「今も、たまに苦しくなる事はあるよ。その後輩が今どうしているかは知らないしね。でも、苦しいながらも楽しめるんだ。」
「……どういう事ですか?」
「夏休みにみんなで遊んだだろ?実はその時もちょっと苦しい時期でね。」
「えっ?」
「文学部の廃部の危機と部長問題は話しただろ?」
「はい……」
自分の事で精一杯ですっかり忘れていた。
「それに加えて進路問題もあったからね。」
「そうだったんですか……」
「あれは、私なりの気分晴らしだったんだ。付き合わせて悪かったね。でも、楽しかっただろ?」
「……はい。」
今はとても苦しい。だけど、あの日の事は忘れる事はなかった。
「悲しみながらも楽しめる。怒る事だって出来る。笑う事も出来る。無理に、とは言わないけど、ここは一つ、文化祭、楽しまないか?」
「……」
とても説得力があった。
「本当に、いいんですかね……?」
そう言ったのは雲英ちゃんだった。それは僕も同感だった。
「今日という日は今日しかないんだ。それに、君達がどんな事を考えていようが、この体に明日が来る限りは生きている。」
それは痛い程痛感している。明日は世界からいなくなっていればいいのにと考える事は幾度となくあるが、残念ながら明日はやって来る。
「なら、今を楽しまないか?それに、気持ちは伝染するんだ。不安な気持ちが光莉に伝わったらどうしようもないだろ。光莉を目覚めたい気持ちにさせるためにも楽しもう。」
「「……はい。」」
ここまで言われたら素直に従うしかなかった。
早速、莉子先輩のクラスの喫茶店に向かった。
「二名様、ごあんなーい!」
「「「いらっしゃいませー!」」」
「好きな席、座りな。」
そう言われたので、適当に座った。他にもお客さんはいて、繁盛しているらしかった。
「好きな物、頼め。奢ってやる。」
「……いいんですか?」
「もしかしたら、これが最後かもしれないからな。」
「「……」」
莉子先輩はこの文化祭が終わってから引退する事が正式に決まった。その後は受験勉強に専念すると聞いているので、確かにこんな機会はもうないかもしれない。
「じゃあ、このコーヒーを……」
「私、クリームソーダ。」
「……もっと頼んでいいぞ?」
「食欲ないです。」
申し訳ないが、今は甘いものは気分ではなかった。
「……そっか。コーヒーとクリームソーダ一丁!」
「「はーい!」」
喫茶店というよりラーメン屋感がある。
しばらくすると、注文したものがやって来た。僕はコーヒーに砂糖と牛乳を入れて飲む。
「大人じゃないんだね。」
「ん?」
「コーヒー頼んだ時は意外に大人だなって思ってたけど、牛乳と砂糖……」
「……別に大人にみせるために頼んだ訳じゃないから。」
「くすっ。」
雲英ちゃんが少しだけ笑った。
出会った時は無表情で怖い印象だった。でも、今はこうやって普通に話せている。これは……莉子先輩と光莉ちゃんのおかげか……そう考えるとまた泣きそうな気持ちになる。
完飲して喫茶店を出た。ただ、仲が良いのは莉子先輩しかいないので、他のクラスに入る勇気はなかった。僕ら一年は展示担当なのでお店は出していない。
「……行きたい所ある?」
「……ない。」
目的もなく僕らはただふらついている。外には屋台がいっぱいあった。
「おーい!大地!」
慣れ親しんだ声が聞こえた。岡田だ。
「ああ……」
「我ら陸上部は焼きそばを売ってるんだ!」
「要らない。」
あいにく、そんな気分でもなかった。
「そっか……」
「岡田?」
雲英ちゃんが声を発した。
「ん?お前、越水か?」
「え?二人、知り合い?」
クラスも部活も体育祭の団も別で接点がないはずの二人。
「小学生の時同じ学校だったんだよ。」
「へえ……」
「久しぶりだね。元気そうで何よりだよ。」
「ああ、まあな……」
ちょっと気まずそうな顔をしている岡田を見るのは初めてだった。
「随分変わったね。」
「そ、そうか?」
「……昔の岡田ってどんな奴だったの?」
最近過去を思い出しているせいか、はたまた誰かの過去を知らされているせいなのか、ちょっと昔の岡田を知りたくなった。
「んー、めっちゃ大人しかったよ。出会った時の大地並に。」
「えっ。」
全く想像が出来なかった。今は元気いっぱい人気者の岡田が……
「特にあの時はひどかったな……」
「おいっ、それ以上は」
「何かあったの?」
岡田を制止して僕は聞き出す。
「弟が亡くなったんだっけ。」
「……そうなの?」
岡田はバツが悪そうな顔をして頷いた。
「元々病気でな……あの頃の俺は学校に通えない弟に悪くて大人しくしてたんだ。」
「へえ……」
知らなかった。どんなに明るい人でも裏では色々あったりするんだな……
「今は大丈夫なの?」
「んー、大丈夫じゃない時もある。」
珍しい岡田の弱音に僕は驚いた。
「でも、弟に誇れる兄貴になってやろうって思ってるんだよ。多分、それが弟の願いだろうしな。」
「……」
多分、完全には立ち直ってはないんだろう。それでも前を向いて生きているんだ……
「大地。お前は磨けば光るダイヤだ。」
「いきなり何言ってんだ。」
「岡田もそう思うか?」
「おっ、越水も?」
「同感。」
まさかの雲英ちゃんまで……
「お前見てると昔の俺思い出すんだよ。多分お前はもっと明るくなれる。」
「……もしかして、だから話しかけてる?」
「うん。中学の時から知ってはいたけど、クラスが違ったしな。」
「えっ、知ってたの?」
「うん。」
まさかの衝撃事実……
「さすがに名前までは知らなかったけどな。高校に入ってお前と同じクラスになって、これは運命だと思ってお前に話しかけたんだよ。」
「……」
開いた口が塞がらない。
「全く……」
この瞬間、岡田には叶わないと感じた。
「咲也の焼きそば、食べていいか?」
「おう、勿論!……って、今咲也って呼んだか?」
「うん。でも食欲ないな。」
「いやいや、待て待て!」
「なら私と半分こする?再会記念に私も食べるわ。」
「待て待て!俺を置いていくな!」
「岡田はこれぐらいが面白いよね。」
「同感。」
僕と雲英ちゃんはお金を出しあって焼きそばを一緒に食べる。
「光莉に嫉妬されちゃうな……」
「え?」
「今のは忘れて。」
完食した。
「美味しかったか?」
「うん。ありがとう。」
「俺、今から休憩だから一緒に回らね?」
「うん。」
咲也と一緒なら安心感がある。
咲也はほぼ全クラスの知り合いらしく、色々回りまくった。久しぶりにいっぱい歩いたので疲れてしまったが、楽しかった。
休憩がてら文学部の展示を見る事にした。
光莉ちゃんのは本の感想文が貼ってあった。
『何が起こるのかが分からないのが人生だと思います。だからこそ、私達は悔いなく生きているのだと思いました。』
何だかそのフレーズが頭に残った。
「大地のおすすめの本、いいね。」
「ああ、それ?」
雲英ちゃんが言っているのは、蒼空だ。
「私、この神さんの本全部読んでるけど、この蒼空が一番好き。何でだろう。」
実は僕の誕生物語をモデルにしてる、なんて言えないか。自慢みたいになってしまう。
「最近だと夜っていう、なんかシンプルなタイトルなのに何か考えさせられる事があるんだよね。」
「最近……?」
僕は何か引っかかる物を感じた。
「僕、この神って言う人の本、これしか読んでないけど、他にも本出してるの?」
「うん。最近だと、三ヶ月ぐらい前に出したかな。」
「……」
という事は……父さんは生きてる?今もどこかにいる?
そして、文化祭は無事に終了した。後夜祭があったが、それには参加せずに帰った。
何となく今日は一生忘れる事のない一日だった気がする。
僕は家に帰った。
「ただいま。」
「お帰り。」
母さんは本を読んでいた。
「ご飯は?」
「食べたから大丈夫。」
今日は文化祭だったので、ご飯は自由に食べていいと言われていた。
「……何読んでるの?」
「蒼空。」
「父さんが書いたやつ?」
「自然をタイトルにした本を書くのは大体父さんよ。」
「……そっか。そういえば、僕の名前も自然に関しているけど、もしかして。」
「そう。名付け親は父さんよ。」
僕の名前については、聞く機会がなかったし、僕も知りたい気持ちがなかったので聞いた事はなかった。
「この本を読んであんたが生まれた時を思い出したわ。」
「僕が、生まれた時……」
知りたかった。多分みんなの意外で全然知らなかった過去を聞いたからかもしれない。
「生まれたのはお昼時。雲一つない青空だったわね。父さんも立ち会ってね。まあお互いに大変だったけど、生まれた時は二人とも泣いたわ。」
「へえ……」
「で、名前を決めるっていう時に、父さんが大地って思いついたのよ。」
「……理由は?」
「青空の下には緑色の大地が広がっている。青空と大地のように広くて優しい心を持って欲しいってね。」
「青空と大地が優しい?」
広いは分かるが、優しいはちょっと意味が分からなかった。
「青空と大地は人間の心に感情を与える。綺麗と感動する、切なくて泣く、走り回って楽しい。」
「……」
最後のはちょっと無理やりな気もするが、意外な答えだった。
「父さんって、ロマンチストだったんだね。」
「ええ。私にはない考えだったから、そこに惹かれて結婚したんだわ。」
まさかの母さんと父さんの結婚秘話まで聞いてしまった。
「ごめんね。」
「えっ?」
何故か謝られた。
「大切な人作らないでねって言って。」
「……」
「大切な人がいると悲しみが倍になる。それは変わらない真実だけど、それ以上に毎日に色が与えられる。」
それは確かに。しばらくはモノクロの世界だった気がするが、今日はちゃんと色がついたカラフルな世界だった。
「この蒼空と文学部に気付かされたわ。」
「文学部?展示見たの?」
「うん。あんたがどんな事やってるのか気になったからね。あの写真、とっても楽しそうだったじゃない。」
文学部の展示には本の感想やおすすめ、自作の小説の他に普段の様子として写真も貼られていた。写真部にもちょっとだけ僕の写真が貼られていた。
「今から作りなさいとは言わないけど、あんたが笑うなら自由にしなさい。もう何も言わないって約束するから。」
「……」
母さんとちょっとだけ和解した気がする。
「父さんって、今はどこにいるの?」
「知らない。」
父さんの居場所は頑なに教えてくれなかった。
数日後。この日は振替休日で学校は休みだったが、僕は外出した。行き先は光莉ちゃんが入院しているという病院だ。
入り口に入ると、早速知った顔を見つけた。
「武蔵先生。」
「あっ、神楽坂くん。君もお見舞い?」
「いや、その前にお姉さんに会いたくて……」
多分、光莉ちゃんに会う前にお姉さんに会った方がいい気がした。
「お姉さんなら仕事でいないみたいだけど。」
「なら、出直します。」
僕は去ろうとするが。
「お腹空いてる?」
「えっ?」
僕は先生に引っ張られるようにカフェに入った。
「えっと……」
「顔色が良くなった記念に奢るから心配しないで。」
僕の周りは太っ腹な人が多い。
僕はコーヒーだけ頼んだ。
「須藤さんと岡田くんから聞いたわ。文化祭、楽しんだようね。」
「はい、おかげさまで……」
コーヒーが来たので、ミルクと砂糖を入れて混ぜて飲む。
「……ミルク入れるならカフェラテ頼めば良かったのに。」
「自分で丁度いい味に作るのがいいんですよ。」
「……それは分からない事もないけど。」
「……先生は強いですか?」
「いきなり何?」
僕は一口飲んでからこう聞いた。
「文化祭の時、咲也と莉子先輩の事を聞いて、みんな本当は強くないんだなって思って。」
「まあ、そうね。」
武蔵先生は全部知っていたのだろうか。
「で、先生もあの事故の後も普通に学校に来て授業してたからめっちゃ強いなって思ってたんですけど……」
「あのね、私は君らとは違って大人なの。それも教師なの。お金をもらってるんだから、ちゃんと出勤して授業しないといけないし。それに、私の生徒は春原さんや越水さん、神楽坂くんだけじゃないんだから。そんな簡単に休む訳にはいかないの。」
ああ、先生って本当に大変な仕事なんだな……
「それに、人間って結局みんな弱いの。大事なのはどれだけ心を磨くかよ。」
「心を……磨く?」
「心って脆くて。今回みたいなトラウマ級の出来事に直面したら、心は平然を保てない。」
それは分かる。こうしないとと思っても心がそれを拒み、それと連動するかのように体も動かない。
「磨かないままだと、落ちる所まで落ちていって、気づいたらもう後戻り出来ないぐらいになっている。」
「それが、心の病気、ですか?」
「そうね。でも、心を磨けば磨く程光るし強くなる。」
「心を磨くって、どうすればいいんですか?」
「さあ?それは人による。答えを見つけられるのは自分だけだし、磨けるのは言葉だけ。」
「言葉……」
何だかしんみり来る。
咲也も、弟さんを亡くして悲しかったけど誇りになるって決めて強くなった。
「それに本当に強い人は自分の事を強いとは思ってない。」
「まあ、確かに……」
質問を間違えたかもしれない。良い事は聞けたが。
「……だけど、磨くきっかけは自分一人だけじゃ出来ないかもね。」
「……」
「ずっと磨いてるのって疲れるでしょ。だからたまには休みも必要。でもその間にまた汚れたら更に磨くのを頑張る必要がある。一人だと挫けるでしょ?」
「そうですね。」
先生の話には説得力がある。
「一人じゃない事が自分を強くする……のかもね。」
「はい。」
僕はまた一口飲んだ。
「……あのさ。」
「はい。」
「君は君だよ。」
「へ?」
「君がどんなに素敵な人間かは私が知ってる。ううん、私だけじゃなくて須藤さんも、岡田くんも、越水さんも。もちろん春原さんだってね。」
「はい……」
何を言いたいのかが分からない。
「だから、誰かの言いなりになる必要なんてない。自分は自分らしく生きていけばいいの。」
「……」
「この前、君が話してくれたよね?友達を作らない理由。」
「あ、はい……」
そういえば、あの時、武蔵先生もいたんだったっけ……
「私は聞いてる感じ、親の言いなりになっているようにしか聞こえなかった。」
「……」
その通りかもしれない。
「だって、本当の君は友達が欲しかったんだから。」
「えっ……」
「この半年間、委員会とか文学部とか一緒に過ごしたよね?色んな人と関わっている君はきらきら輝いていた。一人でいるよりも生き生きしてたよ。」
「……」
……もしかすると、雲英ちゃんもその事に気付いていたのかもしれない。
‘本当は友達が欲しいんじゃない?’
何回も蘇ったこの言葉。誰かに聞かれた事もあった。でも否定は出来なかった。きっと、僕自身が、友達が欲しかったから。いや、一人が嫌だった可能性もあるんだけど。
きっと、部室に毎日行くようになったのは、無意識に人と関わりたかったからかもしれない。
「君は自分が好きだと思う自分でいればいい。」
「武蔵先生……」
「大丈夫。みんないるから。」
「……はい。」
僕は手を握らされた。武蔵先生の手は冷たかった。きっと、本当は不安なのに我慢しているんだろう。
「おっ、君が待ち望んでいた人があそこに。」
「えっ?」
武蔵先生が指指した先には、光莉ちゃんのお姉さんがいた。
「行ってきな。泣きたくなったらいつでも部室においで。」
「……はい。」
もしかして、あの部室の鍵が常に開いてるのは、僕達がどうしようもなくなった時に逃げられるように、なのかな?
僕は急いでカフェを出て、お姉さんを捕まえた。
「愛梨さん!」
「んっ……神楽坂くん。」
前会った時より少しやつれた気がする。
「……会いたかったよ。座ろうか。」
「はい。」
僕とお姉さんは近くのベンチに座った。
「あなたでしょ?」
「……」
「十二年前、光莉が助けた男の子って。」
やっぱり、気付いていたんだ。
「いつ、気付いたんですか?」
「学校公開の時。あの時の男の子のお母さんとそっくりな人がいて、まさかとは思ってた。光莉から神楽坂くんを紹介された時、確信した。あの時の男の子だって。」
「その節は大変申し訳ございませんでした。多分、あの事故がなければ全部……」
「……確かにあの事故で人生は百八十度変わった。私達、両親に捨てられたしね。」
「……えっ?」
初耳だ。
「捨て、られたんですか?」
「あれ?光莉から聞いてない?」
「はい、両親の事に関しては全然……」
光莉ちゃんは両親の話になると、話しづらそうにしていたのでみんな追及しなかった。
「優しいんだね。」
「……そんな事は。」
「ううん。多分、光莉も話しづらかったんだと思う。あの事故があるまでは私達二人共可愛がられていたんだけど、光莉が事故で聴力を失ったと分かった途端、両親は私たちを捨てていった。」
「それは……」
「気にしないで。さっきは可愛がったって言ったけど、本当はネグレクト気味な所もあったから。もし事故がなかったら、もしかしたら私たちの人生、もっとぐっちゃぐちゃになってたかもしれない。」
「捨てられた後は……」
「おじいちゃんとおばあちゃんの所でお世話になっていた。ただ、私が高校卒業するまでに死んじゃったからそこからは二人暮らし。だから、私は働いているし、光莉の保護者って訳。」
「そうだったんですか……」
確かに、お姉さん以外の家族の事を光莉ちゃんの口から聞いた事はなかった。
「親戚は……」
「いるのか分からない。まあいたとしても今さら引き取ってもらえないでしょ。」
確かに。小学生とかならともかく、高校生と既に成年を迎えている姉妹。引き取ってくれる可能性は低いかもしれない。
「神楽坂くん。」
「はい。」
「光莉の事、友達としてじゃなくて一人の女の子として、好き?」
「……はい。」
僕は頷いた。
多分、いや確実に僕は光莉ちゃんに恋しているのだろう。でなければ、あの事故の日、雲英ちゃんから連絡をもらった時にすぐに飛んでくるなんてしなかっただろう。
「光莉のどんな所が好き?」
「……光莉ちゃんは、障害という限られた世界の中でも自由に羽ばたいています。やりたいと思う事は何でもやるし、やりたくない時はやらないって言う。それに、彼女の持つ明るさは僕達を照らしてくれます。名前の通り、光莉ちゃんは僕達の光です。明るくて優しくて可愛い、そんな所に惹かれています。」
「体育祭の時、可愛い女の子として光莉を選んでくれたよね?」
「……はい。」
「嬉しかったよ。光莉の魅力を分かっている人がいて。あの子は強い。聴力を失った時、悲しんだり悔しんだりするんじゃなくて、早く誰かと喋ろうと頑張っていた。」
「それは、お姉さんがそばにいたからですよ。」
「……それはあるかもしれない。光莉は優しい子に育った。嬉しかった。」
それも、お姉さんがそばにいてくれたから、ずっと頑張ってこれたんだろう。光莉ちゃんの強さの元は間違いなくお姉さんだ。
「光莉に会って欲しい。」
「……はい。」
正直、拒否されるんじゃないかと怖かった。だけど、こんなにも優しい言葉をくれる。自分は悲しみでいっぱいのはずなのに。
僕はお姉さんと病院の中に入り、病室まで案内される。
「私、ここで待ってるから。」
「……はい。」
僕は病室の中に入った。
久しぶりに見た光莉ちゃんは眠っていた。所々に巻かれた包帯が事故の悲惨さを物語っていた。
「……光莉ちゃん、久しぶり。」
光莉ちゃんは反応しない。
「文化祭、楽しかったよ。莉子先輩のメイド姿、咲也の焼きそば……」
少し涙目になってしまった。
「後、文学部の展示。とってもいい感じだった。君の感想文、あれに君の全てが詰まっている気がした。」
光莉ちゃんは微動すらしない。
「……好きだ。君の、全てが。」
僕は光莉ちゃんの手を握った。
「みんな、待ってるよ。早く戻っておいで。」
僕は写真を置いた。文化祭の日、帰る前に莉子先輩と雲英ちゃんに光莉ちゃんに会う事を話したら、莉子先輩にこれを持っていけとこの写真をもたされた。文化祭でも飾られた、夏休みのあの日の写真だ。
僕は病室を出た。お姉さんと武蔵先生がいた。
「……大丈夫?」
「はい。会わせてくれてありがとうございます。」
「たまにでいい。会ってやって。」
「……はい。」
「神楽坂くん、帰ろうか。」
「はい。」
「愛梨、またね。」
「うん。ありがとう、夏芽。」
「……」
僕は武蔵先生と歩き出す。
「何ですか、今の。」
「ああ。私と愛梨……春原さんのお姉さんとは同じ高校に通っていて、先輩後輩の関係だったんだ。」
「えっ……世界って狭いですね……」
昔命を助けてくれた光莉ちゃんと助けてもらった僕。小学校の時に同級生だった咲也と雲英ちゃん。そして高校で一緒だった武蔵先生とお姉さん。
「違うよ。世界は広い。これは運命なんだ。」
「運命……」
「運命が交わった。ただそれだけの事。あっ、そうそう、君に会いたいっていう人がもう一人いるんだ。」
「へ?」
誰だろう……
「ほら、あそこに座っている男の子。」
待合室で座っている僕と同じぐらいの男の子。彼は耳に補聴器を付けていた。
「誰ですか?」
「春原さんの同級生。スマホ使って話してあげて。」
「はい……」
武蔵先生はかなりの回数光莉ちゃんのお見舞いに行っているらしい。そこで知り合ったのかな……
僕はその男の子の肩を叩いた。男の子は振り向いた。
‘’僕に会いたいって聞いたけど、君で間違いない?”
スマホのメモにそう入力して見せた。男の子は頷いた。椅子に目線を移したので座った。
‘’俺は及川颯太という。お前は?”
スマホの画面を見て驚く。お前……一応初対面なのだが。
‘’神楽坂大地。”
‘’なるほど。俺は小さい頃から光莉と一緒にいる。”
もしや、ライバル宣言だろうか。
‘’でもこの前、ちょっとケンカしてな。”
ケンカ……
‘’俺が勝手に告白したのが原因。”
もしかして、随分前、暴露会の時に、僕にだけ教えてくれた、告白の子だろうか。
‘’光莉が事故に遭った日、俺と光莉は会っていた。”
‘’そうなの?”
及川くんは頷いた。
‘’光莉は俺に告白の返事をくれた。俺の家はこの辺でな。まあ遠いはずなのにわざわざ来てくれた。”
そういう事か。何であの日、光莉ちゃんはこんな遠い所にいたのだろうかと疑問だったが、それが今分かった。
‘’話をして分かれて、次の日かな。光莉が事故に遭ったって愛梨さんから聞いた。俺のせいだと思った。すまない。”
及川くんは頭を下げた。
「頭、上げて。」
‘’いいよ。そんなに思い詰めないで。”
‘’で、お前に言いたい事は”
なんだろう……
‘’光莉をよろしく頼む。”
「へっ?」
‘’本当は俺が言っちゃいけないと思うけど、光莉はお前が好きだ。”
「はあ……」
思いがけない所で光莉ちゃんの気持ちを知ってしまった。
‘’お前、体育祭で可愛い女の子として光莉を選んだだろ。”
「!!??」
まさかのそれが出て来ると思わなくてあたふたしてしまう。
‘’な、何で?”
‘’俺も見ていた。”
まさかの及川くんにも知られていた……穴があったら入りたい……
‘’その時、思ったんだ。俺はお前に叶わない。だから光莉はお前にやる。”
光莉ちゃんは物じゃないけどな……
‘’泣かせたら承知しない。”
僕は頷いた。
‘’光莉ちゃんの事、小さい頃から知ってるって言ったよね?”
及川くんは頷いた。
‘’教えて欲しい。光莉ちゃんの小さい頃。”
‘’分かった。代わりに今の光莉を教えろ。”
‘’もちろん。”
しばらく光莉ちゃんの話で盛り上がった。
〈春原光莉side〉
あれからどれくらい時間が経ったんだろう……
あれから、私はずっと真っ暗な世界から抜け出せないでいた。光も見えない。音も聞こえない。上も下も分からない。
泣いた事もあった。早く、ここから抜け出したい。早く、みんなに会いたい。
お姉ちゃん……雲英ちゃん……颯太……流花……莉紗……莉子先輩……武蔵先生……それに。
「光莉ちゃん」
どこからか音が聴こえた。でも、周りをいくら探しても出処は見当たらない。
だけど、この音は……私が今一番求めていた声だ。
「好きだ。」
大地くん!
「君の全てが。」
大地くん!私も、好きだよ!いつも優しいその声、どんな時でも隣にいる、自覚のない優しさ、だけどちょっとぼけている所……
「早く戻っておいで。」
早く帰りたい。声が、音がする方向に走っていく。
「みんな、待ってるよ。」
早く会いたい。
時間の感覚がもう分からない。数十分?数時間?いや数日?私はとにかく走る。方向は合っているかは分からない。だけど、こっちだと直感が言っている。
やがて、一筋の光が見えた。誰かがいる。逆光で分からない。でもその人は手を伸ばしている。私はその手を握る。その人……彼も握り返す。彼の後ろからいくつもの手が現れ、私の手を握ってくれる。
その時、眩しい光が放たれ、私は目を瞑った。
真っ黒な世界から一転、真っ白な世界に変わった。目を開けると、真っ白な世界は消え、別の世界がぼやけて見える。
だんだんと形になっていった。視界に後ろ姿がある。
確信した。
「だ、いち……」
〈神楽坂大地side〉
あれから数日が経った。僕はしっかり学校に通っている。立ち直ったかと言えばそうでもない。夜はたまに思い出して涙ぐむ事もある。だけど、確実に、前を向いて歩いている。
「大地、おっす!」
「おっす。」
あれから僕は人断ちはやめた。といっても、話してる人は今までと変わらずだけど。
莉子先輩は部活を引退した。本当はお別れ会を予定していたが、光莉ちゃんがいないため、延期された。今は受験勉強に励んでいる。会う回数はめっきり減ったが、それでもたまに会うと全然変わってなくて安心する。
雲英ちゃんもちゃんと学校に来ている。何と、この度、文学部部長に任命された。武蔵先生と莉子先輩の綿密な会議を重ねた結果らしい。理由は年齢でいえば雲英ちゃんが年上なため。
咲也とはすっかり仲良くなった。咲也の熱い所はたまについていけない時もあるけど、それでも彼といると安心する。
武蔵先生とは……特に変わらずだ。今まで通り、生徒と先生という関係だ。ただ、何かあれば相談をするようにはなった。それに、尊敬する人になりつつある。
そうそう、及川くん。客観的に見るとライバル関係のはずなのに、何故か仲良くなってしまった。と言っても、会話の九割は光莉ちゃんの事で盛り上がる。この前、それを雲英ちゃんに話したらドン引きされた。
そして、光莉ちゃんは今も目覚めない。たまにお見舞いに行って近況報告をしている。聴こえてないはずなのに、何となく聞いている気がしている。
その日も、近況報告のために光莉ちゃんに会いに行っていた。彼女はいつも通り眠っていた。僕はお見舞い品の山に視線を移す。彼女の周りにどれだけ人がいるかが一目で分かる。壁には一枚だけ写真が飾られていた。多分愛梨さんが貼ったんだろう。
もう帰ろうと思い、歩き出した、その時。
「だ、いち……」
〈春原光莉side〉
彼は振り向いた。間違いなく、私が求めていた、大地くんの顔だ。いつぶりだろう。
彼は私の元に駆け寄り、何かを言っている。何を言ってるかは分からなかった。それでも久しぶりの、私が求めていた彼の顔に嬉しくなり、彼を抱きしめた。彼も抱き返してくれた。涙も、流したような気がする。
〈神楽坂大地side〉
その声が聞こえた時、空耳かと思った。
振り向くと、光莉ちゃんが、確実に目を開けていた。
僕はすぐに彼女の元に駆け寄った。
「光莉ちゃん!?分かる!?」
というか、聴こえてないから、分からないか……
そう思った時、胸ぐらを掴まれた。一瞬殴られるかと思ったが、気づいたら抱きしめられていた。彼女が何を考えているかは分からなかったが、僕は抱きしめ返した。静かに涙を流した。
〈春原光莉side〉
驚いた。気付いたら一ヶ月ちょっと過ぎていた。
検査、警察からの事情聴取に勤しんでいたら数日が過ぎた。
補聴器はあの事故で壊れて、今新しい補聴器を作っている最中らしかった。だからしばらくはまだ音のない世界を過ごす事になった。でも、大地くんからの告白はしっかり耳に残っていた。夢だったのかもしれないけど。
目を覚ました後、お姉ちゃんが駆けつけてくれた。お姉ちゃんが来るまで、大地くんがそばにいてくれたが、お姉ちゃんが来たら、すれ違いに帰って行った。
‘’光莉、本当に良かった”
久しぶりに見るお姉ちゃんの顔、手話。
‘’心配かけちゃってごめんね”
‘’もう、いいの。”
お姉ちゃんは私を抱きしめてくれた。私が覚えている、匂い、温かさがちゃんとあった。
数日間面接禁止になり、今日解禁された。一番にやって来たのは武蔵先生だった。事情は警察とお姉ちゃんから大体聞いていた。
武蔵先生は来て一番に私を抱きしめた。
‘’本当に、良かったよ。”
先生は、音声認識アプリで私に話してくれた。
「心配おかけしました。」
‘’本当だよ。あんな無茶もうしちゃダメだよ!”
「はい……」
ちゃんと守れるかは分からないけど。
「事故に遭った時、薄れる意識の中で武蔵先生の顔、見えたんですけど……」
‘’当然でしょ。私達が通報してずっとそばについてたんだから。”
事故に遭った時、武蔵先生と雲英ちゃんがいたらしく、先生が通報してくれたらしい。最後に聞こえたあの声はやっぱり二人のものだった。
「あの日、泣いてましたけど、大丈夫ですか?」
‘’バカなの?大丈夫な訳ないでしょ”
目を覚ました日、一瞬だけ顔を見せてくれた。
次に来たのは颯太。
‘’大丈夫か?”
‘’うん。心配かけてごめん。”
‘’こっちこそ、遠い所からわざわざ行かせてごめん。本当は俺が行けば良かった。”
‘’気にしないで。私が行くって決めたから。”
‘’生きてくれて、良かった。”
颯太はちょっと涙目になっていた。私は颯太の頭を撫でた。
次は、武蔵先生と一緒に雲英ちゃんがやって来た。
‘’あんな目に合わせてごめん。”
雲英ちゃんは開口一番、私にそう言った。
「気にしないで。別に雲英ちゃんのせいじゃないから。」
‘’後、ありがとう。甥を助けてくれて。”
「うん……」
私が助けた男の子は雲英ちゃんの甥だったらしい。
‘’あのままいなくなってたら、私どうかしていたかもしれない。本当に良かった、助かって。”
「うん、ありがとう。心配かけてごめん。」
雲英ちゃんの手を握った。雲英ちゃんは抱きしめ返された。
‘光莉、ダメ!’
きっと、あの言葉は一生忘れない。雲英ちゃんがどれだけ私を想ってくれているかが分かるから。
大地くんは私が目を覚ましてしばらく経ってからまたやって来た。
‘’調子はどう?”
「悪くはないよ。」
その頃には大分包帯も取れていた。左腕は骨折しているらしく、完治までは時間がかかるらしい。足も骨折まではいかないが、まだ痛かった。
‘’君って恵まれてるんだね”
「みたいだね。」
病室は暇だったので、お見舞い品の数々に目を通していた。
まだ音は戻らない。だけど、あの事について思い切って聞いてみる事にした。
「大地くんさぁ……私に告白した?」
彼はびくっとし、顔が赤くなった。それで全て察した。
「やっぱり?私、周りの音は全然聴こえてなかったんだけど、何故かこれだけ聴こえたんだよね。」
‘’何言ったか覚えてる?”
彼は顔を手で隠しながらそう尋ねた。
もちろん、忘れる訳がない。
「好きだ。君の全てが。みんな、待ってるよ。早く戻っておいで。」
彼は更に顔が赤くなった。
‘’後半はともかく、前半は聴こえて欲しくなかった”
「何で?私嬉しかったよ。多分、あの告白のおかげで私戻ってこれたようなものだし。」
本当に。あの告白がなければ、私は今も眠ったままだったかもしれない。
‘’あの……君に伝えなければならない事があるんだ”
「えっ?何?」
‘’君は昔男の子を庇って事故に遭った。その庇ってもらった男の子というのが、僕だったんだ”
「……そうなの?」
初耳だ。
でも、確かに、唯一見たあの夢?記憶?の男の子はどこかで見た顔だと思っていた。あれは大地くんだったんだ。多分、お母さんの方も、学校公開ですれ違ったのを覚えていたのかもしれない。
‘’ごめんね。僕のせいで君は聴力を失った。”
彼の顔はまだ赤いままだったが、真剣な顔をしていた。
「……ねえ、大地くん。私が今、不幸に見える?」
彼は首を振った。
「そりゃあ、色々苦しい事はあったよ。」
いきなり音を失い、両親も失い……
「でもね、私は一人じゃなかったから、幸せだった。もちろん、今も。」
お姉ちゃんだけは私のそばにいてくれて、おばあちゃんおじいちゃんの所に引き取られた。聾学校に転園して、颯太、流花、莉紗に出会った。
「それに、たまに思うんだ。もしあの出来事がなかったら、きっと大地くんとは出会わなかったかもしれない。ううん、大地くんだけじゃなくて、雲英ちゃんや莉子先輩、武蔵先生も。だから、あの出来事は苦しいだけじゃない。巡り巡って、みんなと出会えたきっかけになったんだよ。」
‘’君は本当に強いね。”
「そう?」
彼はこくっと頷いた。
‘’あ、あの……告白なんだけど”
「それは保留にさせて。」
彼は驚いた顔をしていた。
「音が戻った時にもう一回聞きたい。」
それが、私の今の目標だ。
‘’分かった。”
そして、お見舞いに来てくれたのはもう一人。
私が入院しているのは大学病院。なので、小川先生が隙間時間に来てくれていた。
実は、目を覚ました時、死角となってた位置に小川先生がいた。なので、あの抱きしめている所を見られていた。幸い彼は気付いていなかったが、私は気付いた。
‘’彼、良い男だね”
「そうですね……否定はしません。」
あのシーンをよりによって小川先生に見られた事が一番恥ずかしかった。
‘’事故に遭ったって聞いた時は動揺したけど、無事で良かったし、良い所も見れたし。”
「あはは……」
私は苦笑した。
〈神楽坂大地side〉
光莉ちゃんが目を覚ました時、本当に嬉しかった。あの後はお医者さんと愛梨さんを呼んで、愛梨さんが来るまでは彼女のそばにいた。愛梨さんが来た後は二人きりにさせた。多分、積もる話があるはずだから。
病室を出た僕は、武蔵先生、雲英ちゃん、莉子先輩に目を覚ました事を伝えた。案の定、みんな喜んでいた。武蔵先生に関しては、その日の内に光莉ちゃんに会ったらしい。
数日後に彼女に会った。そこで知らされたのは、あの告白が光莉ちゃんに伝わっていた事だ。嬉しいやら、恥ずかしいやら……昔の事故については僕から言ってと愛梨さんからは言われていたので、しっかり伝えた。その結果、彼女の強さを思い知らされた。告白に関しては、彼女が音を戻したら、という事になった。いつになる事やら……
少しだけ日常が戻ったある日。
その日は部室で雲英ちゃんとテスト勉強をしていた。
「光莉っていつ退院出来そうなの?」
「テストまでには出来るって聞いた。」
「ふーん……」
「二人ってこんなに寂しいんだね。」
莉子先輩は部室に来ない。まあ引退したから当然だけど。
「それより申し訳ない気持ちになるよ。」
「え?」
「浮気してるような気分になる。」
「いや、まあ……」
光莉ちゃんにこっそりでもなかった告白をした事は話してある。
「ちゃんと返事はもらった訳じゃないし……」
「音が戻ったらもう一回聞きたいはほぼイエスでしょ。」
「確かに。これでノーだったら、泣きまくるよ。」
「てか、部室ではイチャイチャしないでよ?私の居所がなくなる。」
「多分、しないよ。光莉ちゃん、雲英ちゃんの事大好きだから。」
「それはそれで複雑なんだけど。」
「でもさ、何であの告白だけ聞こえたんだろう。」
僕はそこがずっと疑問だった。眠っている時は全然音は聞こえなかったと彼女は言っていた。
「そんなん、奇跡が起こったんでしょ。」
「奇跡?」
「うん。大地が光莉を想う気持ち。」
「そうなのかな……」
「どんなに考えたって多分正解は出ないだろうし、そういう事にしておこう。」
「うん。」
日はまた過ぎていき、光莉ちゃんの退院の日。
まだ音は戻っていないし、腕は怪我したままらしいけど、お祝いとして文学部メンバーでお茶をする事になった。更に、愛梨さんからの頼みで、病院まで迎えに行く事になった。
「まだかな。」
「早く会いたいな。」
受験勉強とテスト勉強を控えていた莉子先輩はお見舞いに一回も行かなかったらしい。だから、会うのは本当に久しぶりらしい。
しばらく待ってると、光莉ちゃんが出てきた。
「光莉ー!」
真っ先に走ったのは莉子先輩だ。僕と雲英ちゃんも後に続いた。
「会いたかったー!」
莉子先輩は光莉ちゃんを抱きしめている。光莉ちゃんは嬉しそうに笑った。
「行こう。」
久しぶりに揃った文学部メンバーでカフェに向かう。光莉ちゃんは足を引きずるように歩いていたけど、僕達は光莉ちゃんのスピードに合わせて歩いていたし、雲英ちゃんがサポートしていた。
カフェに到着し、各々好きなものを注文する。
音声認識アプリを使いながら光莉ちゃんと会話する。このアプリは颯太に教えてもらった。颯太とは連絡先を交換して、メッセージで今も話している。
「学校は行くのか?」
「テストの日だけ行って、後は補聴器が来るまで休む予定です。」
「進級は大丈夫なの?」
「成績が問題なければ大丈夫かもしれない。」
光莉ちゃんの成績は、学年で一、二を争うぐらいだ。
「勉強は?分からない所ある?」
「私今、受験勉強してるから、それぐらいなら教えるぞ?」
「ありがとう。でも大丈夫。大地くんの解説、分かりやすいから。」
「「ふ~っ!」」
「辞めてよ……」
丁度注文したものが来たので、食べ始める。食欲はすっかり戻った。
「武蔵先生が光莉によろしく言ってたよ。」
「うん、ありがとう。」
それからも、いっぱいお喋りをした。
きっと、光莉ちゃんがいなければ、きっと僕はここにいなかっただろう。
僕はこの瞬間の今を噛みしめながら自家製コーヒーを飲む。
〈春原光莉side〉
テストを受けた後、しばらくしてから補聴器が来た。それまでは、学校は休み、話す時は音声認識アプリを使ってもらっていた。何より、音のない世界はやっぱり寂しい。
緊張しながら補聴器を付ける。
その瞬間、何ヶ月かぶりの音が聞こえてきた。風の音、車の音、誰かの声……
「光莉、聞こえる?」
大好きなお姉ちゃんの声。
「うん!聞こえるよ!」
嬉しかった。これで、もう一回、彼からの告白が聞ける。
翌日、私は早めに学校に向かった。テストは教室じゃない別室で受けたので、ほぼ久しぶりに等しい。でも、約束があるので、まずは部室に向かう。
全ての出会いの元凶。それがこの部室だ。ここは文学部ための教室。私の青春を語る時には外せない。
中に入ると、約束の人物は既にいた。
「大地くん!」
大地くんは振り向いた。
「光莉ちゃん。」
彼の全てを包み込むような優しい声。久しぶりに聞けた。私は嬉しくなって、彼に抱きついた。
「わっ!」
彼は驚きつつも抱き返してくれた。彼はとても温かい。その温かさに私は顔を綻んだ。
「好きだよ。君の全てが。」
「!」
耳元で囁かれるようにそう言われた。
「私も!神楽坂大地くんが、好きです!」
私はそう返した。
「……付き合うって事でいいよね?」
「うん。よろしくね、うさぎくん。」
「ははっ。その呼び名、懐かしいな。」
うさぎくんは出会った頃に私達が考えたあだ名。いつしか呼ばなくなったけど。
「いやー、長かったな。」
「うん、本当に良かった。」
「本当におめでとう。」
三人の声が聞こえた。振り向かなくても分かる。莉子先輩と、雲英ちゃんと、武蔵先生だ。
「ひ、光莉ちゃん?恥ずかしいから離れてよ……」
「やーだ。」
「ははっ。」
「良かったな、大地、光莉。」
「はい……」
絶対に離したくない、この温かさ。
〈神楽坂大地side〉
月日は流れ、卒業式の前日。
卒業式のリハーサルが終わり、授業はなかったので、そのまま解散となった。
「「「「「かんぱーい!」」」」」
僕達文学部メンバーは部室でお別れ及びお疲れ様会をしていた。
お別れ会は結局、莉子先輩の予定が合わなくて今日の開催となってしまった。
その頃には光莉ちゃんの怪我は完治していた。後遺症は足を引きずって歩くぐらいらしい。でも、彼女は落ちこんでいない。むしろ、前よりも明るいぐらいだ。やっぱり彼女は強い。
「莉子先輩、大学合格したんですよね?」
「うん!」
「「おめでとうございます。」」
莉子先輩は無事に大学に合格した。合格発表の日、結果が分かると僕達に報告して来て、喜びを分かち合った。
「これ、私達から合格と卒業祝いです。」
「えっ!ありがとう!」
僕ら三人でお金を出し合って買った。中身はハンドクリーム三種セットだ。
「ありがとう!大切に使わせてもらうよ。」
僕らは微笑みあった。選んだのは光莉ちゃんだ。久しぶりに会った時に、莉子先輩の手の乾燥が気になったからと言っていた。
「須藤さん。三年間ありがとう。私の新人時代、ほぼあなたと過ごしたね。」
「そうですね。」
「この文学部に廃部の危機がありながらも退部しないで、最後までいてくれて本当にありがとう。これ、私から感謝の手紙。」
「……ありがとうございます。武蔵先生とは三年間ずっと一緒で、特に半年ぐらい二人だけの時ありましたね。」
「あったね。」
完全に二人だけの世界に入っているので、邪魔はしないで見守る。
「先生といっぱい話せて良かったです。テニスの事も、話したのは先生が初めてで、受け入れてくれて……」
そこで、莉子先輩は泣いてしまった。莉子先輩の涙は初めて見た。
「もう、泣かないで。卒業式の前日なのに……」
武蔵先生も涙目になっている。
「私の青春、武蔵先生のおかげで華やかになりました。ありがとうございますっ!」
莉子先輩は深々と頭を下げた。
「こちらこそ、ありがとう。」
「雲英……」
「はいっ!」
「入部した時、お前ずーっとヘッドホンして一人の世界入ってたよな。あれ、何聴いてた?」
「えっ、あれ何も流してませんよ。ただ、周りと遮断するために付けてたもので……」
雲英ちゃんは今もヘッドホンを首にかけているが、耳につけている事は少なくなった。ヘッドホンはお守りだといつか聞いた事があった。
「そうか。あの頃は全然会話に参加しなかったな。でも、みんなで一緒に遊んでからは口数増えたな。」
「はい。」
「それに少し明るくなった。色々な雲英の表情、見ていて楽しかったよ。ありがとう。」
「いえ……」
「これからは文学部、任せたぞ。」
「任されました。私は入学した時、噂のせいもあって人と関わるのが面倒で、全て遮断してました。どこかの誰かのように。」
「うっ……」
僕の事だ。
「でも、みんなで遊んで、そこから少しずつ話すようになって、関わるのも楽しいと思えるようになりました。莉子先輩のおかげです。本当にありがとうございました。」
「うん。光莉!」
「はい!」
「光莉、君は初めてだった。障害を持っている人と関わるのはね。でも、君は障害なんてないかのように明るかった。いつでもこの文学部を照らしてくれた。君は文学部の光だ。」
「いや、そんな大げさな……」
「いや、本当にそうだ。光莉のいない文学部は暗かった。」
莉子先輩ははっきり言い切った。まあ同意はするけど。
「これからも誰かにとっての光であって欲しい。ただ、自分の事は大切にしてね。」
「はい。莉子先輩はとっても頼もしい先輩です。入学した時色々な不安があったんですけど、莉子先輩がぜーんぶ吹き飛ばしてくれました。今まで文学部を守ってくれてありがとうございます。これからは私達にお任せください!」
「頼もしい。大地!……泣きすぎだ。」
「だってぇ……」
武蔵先生の時に貰い泣きしてそれから今までずっと泣いていた。
「君は入部当初はうさぎくんだったな。びくびく震えていた。」
否定は出来ない。確かにその通りだったから。
「幽霊部員になりそうなタイプだったのに、幽霊にならずに毎日部室に来てくれてありがとう。男子は君だけで本当は緊張してたんじゃないか?」
「……はいぃ。」
入部した後に気付いたのだが、ちゃんと活動しているのが女子だけだった。部員には男子もいるらしかったが、一度も見かけた事はなかった。
「まあ性格はちょっと女の子に近かったが……でも、一年ですっかり変わったよな。今の君の方がきらきらしていて好きだ。光莉の事、泣かせるなよ?ちゃんと大事にしてやれ。」
「はいっ!大事にします。僕が苦しい時、莉子先輩がいたから乗り越えられました。ありがとうございますぅ!」
「うん。せっかくだから、君達もお互いに思っている事言い合ったらどうだ?」
「「「……」」」
莉子先輩の突拍子な提案にはいつも驚かされてきたけれど、それが何だかんだで確実に僕達を変えてきた。
「大地。」
「はいっ。」
「過ごした時間的には大地とが長かったよな?」
「……そうだね。」
少なくとも雲英ちゃんにとってはそうだ。
「私があんな事言ったものだから、その後はずーっと私に対してうさぎくん状態になってたよね?」
「……気づいてた?」
「当然。申し訳なかったな。」
僕は首を振った。その頃はお互い全然話していなかったから。
「私と大地はそっくりだよな。人に関わるのを避けていたけど、ここに入って話すようになって楽しくなってきた。苦しい時も一緒だったな。」
「うん。」
そういう意味で言えば、雲英ちゃんとは苦楽を共にした。
「後二年、ずっとよろしくな。」
「うん、もちろん。僕も、確かに最初は全然話さなくなったし、雲英ちゃんの事はとっても怖かった。でも、あの言葉は確かに僕に響いていたし、僕を変えるきっかけになったと思う。みんなそうだけど、何でも正直に話しちゃうその性格、僕は好きだよ。これからもよろしく。」
「うん。光莉。」
「はい。」
「君は私にとって高校に入って初めての友達だ。高校に入った時はそんな事夢にも思ってなかったから、今でも驚きだ。二人三脚の練習、大変だったけど楽しかったよね。」
「うん。」
「遊園地と体育祭の練習がきっかけで光莉とは話すようになって。最初は鬱陶しかったが、君は分け隔てなく誰とでも話す。光莉のその笑顔は私の心をじっくり溶かしてくれた。」
それは激しく同意する。
「私にとって激動の一年だった。その中で一番嬉しかった事は、天使みたいな光莉と友達になれた事だ。本当に、友達になってくれて、ありがとう。」
「ううん、こちらこそだよ。体育祭の時、ほぼ知り合いがいない中はとっても不安だったけど、雲英ちゃんを見つけた時は嬉しくなった。二人三脚のペアが雲英ちゃんになった時も。女の子同士だったから、たくさん話をしたし、相談にも乗ってもらった。本当にありがとう。これからもずっとよろしくね。」
「もちろん。」
「ほら、次は大地と光莉だ。」
「え」
「へ」
やっぱりか……というか、次は……という事は……
「大地くん。」
「……はい。」
「多分、君との出会いは運命だったんだよ。」
「えっ?」
「だってそうでしょ?委員会や部活で一緒になってなかったら、きっと今こうしていないよ。」
「うん。」
元々はくじ引きだった。あれで、僕と光莉ちゃんが選ばれ、そこから始まった気がする。だから、委員会で選ばれなければ、部活で武蔵先生に強引に入部させられていなければ、きっと交わる事はなかったはずだ。
「いつも大地くんは私の隣にいてくれたね。教室でも、委員会でも、放送当番でも、部活でも、帰る時も。」
色々な思い出が蘇る。
「さすがに体育祭は一緒じゃなかったけど、それでも私大地くんがずっといてくれたから安心したよ。いつも私を呼ぶ声、優しい言葉、全てを包み込むような温もり、大地くんの全部好きだよ。これからもわ、私の彼氏でいてください。」
「もちろん。僕も、きっと光莉ちゃんがいなければ、莉子先輩とも、雲英ちゃんとも、咲也とも友達になっていなかった。今、ここにある全ては君のおかげだ。光莉ちゃんはとっても素敵な人間だ。だから弱さをさらけ出してもいい。全部、受け止めるから。好きだよ。」
「ふふっ。」
「あー、青春だねぇ。」
「まあ恋人同士ならやっぱりこうなるよね。」
僕と光莉ちゃんは顔を赤くした。
「最後は……やっぱり武蔵先生!」
「……えっ、私も?」
「もちろん。文学部の顧問で、いつも私達を見守ってくれたんだから!」
やっぱり、最後がいたか……
「それに来年度は残る事になったけど、再来年はいるかも分からないんだから、言いたい事全部ぶちまけましょうよ。」
「それもそうね。」
武蔵先生は来年度異動する可能性は低いらしいが、再来年度は分からない。
「武蔵先生。」
最初は雲英ちゃんだ。
「担任ではないのに、一番話した先生は間違いなく武蔵先生です。先生はいつも何かを言う訳じゃなくて、ずっと私達を見守ってくれました。どんな話でもちゃんと聞いてくれました。それに、いつも部室の鍵開けてるから、何かあればここに駆けつけて、気持ちを落ち着かせる事も出来ました。いっぱい、ありがとうございます。来年度はどうか私の担任になってください。」
「うん、それは私の権限では厳しいけど……越水さんはいつもヘッドホンしていて、本を読んでるか書いてるか寝てるか、そのイメージしかなかった。全然話に入ってもくれなかったし。そんな時かな。まさかの近所同士でびっくりしたの。」
そう。実は雲英ちゃんと武蔵先生は家が近所らしい。というか、マンションの隣室同士らしい。だから、あの事故の時に一緒にいたらしかった。
「まあだからといって何かが変わった訳でもなくて。でも一番近くで見ていて、だんだん明るくなっていったのが分かった。苦しくて辛かった時もあったけど、いつもこの部室に駆けつけてくれて、嬉しかったよ。ありがとう。」
「武蔵夏芽先生。」
次は光莉ちゃんだ。
「高校に入って初めての担任が武蔵先生で本当に良かったです。私が困った時にはいつも助けてくれました。武蔵先生がいたから、私は毎日学校に通えました。あの事故の時も、そばにいてくれたから安心したし、あの涙も温もりも忘れません。」
「あぅっ……それは忘れて。」
「嫌です。」
唯一、武蔵先生の弱さを見せたのが光莉ちゃんだろう。あんな事があっても、僕の前ではずっといつも通りだったから。
「絶対、忘れません。本当にありがとうございます。来年度も担任になってください。」
「だからそれは難しいって……春原さんは文学部の光だよ。須藤さんも言ってたけど、いつも文学部を照らしてくれた。それだけじゃない。いつも勉強も放送も全力で頑張っていたね。何でも惜しまずに努力する所、本当に尊敬するよ。でも、あの事故と情けない所を見せてしまった事は今でも後悔している。絶対に!無茶はするな!大切な彼氏のためにも。」
「……はい。」
武蔵先生と愛梨さんが友達である事は光莉ちゃんは知らないらしい。それが原因で贔屓されていると思われたくないからだと言っていた。卒業したら話すかもしれないから黙っていろと口止めされている。
「武蔵先生。」
最後はもちろん僕だ。
「いつも僕と向き合ってくれてありがとうございます。あの頃の僕は本当にめんどくさい性格をしていました。正直苦手でもありました。でも、委員会、部活で一緒になって話すようになって、苦手意識はなくなりました。苦しかった時、ちゃんと話を聞いてくれたし、優しい言葉ももらいました。本当にありがとうございます。三人連続で、来年度も担任になってください。」
「……それならまず三人クラス一緒にならないとだよ。」
「むしろ最高です。」
「神楽坂くん、正直、君が一番めんどくさかった。話は聞かないし、ボーッとしてるし……」
「はひぃ……」
「文学部はともかく委員会まで一緒になったのは何かの運命だったかもしれないね。多分一年生の中で一番話したのは君だよ。君とは一人の生徒としてというよりかは一人の人間として向き合っていたと思う。」
一人の、人間……確かに、僕に対しては先生と生徒という感じではなかったかもしれない。
「私は向き合い、君はそれにしっかり応えてくれた。ありがとう。彼女、しっかり大切にしなさい。」
「はいっ。」
こうして感謝の伝え合いは終わり、お別れ及びお疲れ様会はお開きとなった。
翌日、須藤莉子先輩は立派に卒業していった。
〈春原光莉side〉
あれから一ヶ月。
私達三人は二年生に進級した。奇跡が起こり、三人一緒のクラス、そして担任は武蔵先生になった。
あの事故から変わったこと。
登下校の時は大地くんが私の荷物を自転車に乗せて送ってくれるようになった。後遺症として歩くのに少し障害が出てしまった。痛くはないのだが、自転車に乗れなくなった。自転車は捨てなかった。私と大地くんを繋げたものの一つだし、私の愛車だから。
大地くんはたくさんの人と話すようになった。特に岡田くん。とても明るくなって嬉しい反面、女の子からも少しずつ人気が出始めて来たので嫉妬している。
後、大地くんは蒼空を持ち歩くようになった。全ての始まりだからと言っていた。意味はよく分からなかったが、何だかその時の彼の顔がかっこよかったので、特に追及はしていない。もしかしたらいつか話してくれるかもしれないし。
一番衝撃だったのは、大地くんと颯太が仲良くなっていた事だ。絶対的にライバル関係のはずなのに、何故か私の話でいつも盛り上がっているらしい。嬉しいやら、恥ずかしいやら……今もたまに話しているらしい。
話は戻し、新学期。文学部廃部危機を脱するため、呼び込みを頑張っている。特に雲英部長が。
私と大地くんは引き続き放送委員会になった。
「皆さん、こんにちは。昼休みの放送を始めます。担当は二年二組の神楽坂大地と」
「春原光莉です!」
最初の頃は緊張していたが、今はもう慣れたものだ。
「新生活が始まって二週間が経ちました。いかがお過ごしでしょうか?」
「部活はどうするか悩んでいる人々に向けて、部活動紹介のコーナー!」
「今日は文学部から越水雲英部長です。」
「皆さん、初めまして。二年二組文学部部長の越水雲英です。」
雲英ちゃんの噂はいつの間にか消えていた。雲英ちゃんの周りにも少しずつ人が集まって来ている。
後輩が入るかは分からない。でも、私は文学部という居場所が大好きだ。絶対に無くしたくない。
そしてやってきた放課後。私達はいつも通り部室に集まっている。
「あれで来てくれるかね?」
「さあ。でも仮に廃部になったとしても、ここは無くならいんでしょ?」
「多分ね。」
「ならまた集まればいいじゃないですか。」
「確かにね。」
と、その時。入り口に誰かがいる事に気づいた。
「一年生?」
「はい……ここ文学部ですか?」
「うん、そうだよ。」
「見学してもいいですか?」
「どうぞ!大歓迎!」
「名前は?」
「相羽由羽です。」
新たな物語が始まりそうな予感だ。
〈神楽坂大地side〉
「少し歩かない?」
「うん。」
ある日の放課後。僕はそう誘い、光莉ちゃんは頷いた。
一年前の僕からすると全然予想がつかなかった未来だ。友達が出来て、一緒に遊び、時には壁に当たって……そしてとても可愛い彼女が出来た。
僕の周りに少しずつ人が集まっている。でも一番は光莉ちゃんだし、雲英ちゃんや武蔵先生の事も大切にしたい。もちろん、莉子先輩や咲也も。
「見て、大地くん!綺麗な夕陽!」
「本当だ。」
僕はスマホを出して写真に収めた。
「最近、写真撮ってるね。」
「うん。」
人はいついなくなるか分からない。明日、一週間後、一ヶ月後、一年後、大切な誰かが当たり前に隣にいる保証はない。だから、大切な誰かが、そして僕が生きた証を少しでも残したいと思うようになったのだ。
「このままだと大地くん、写真部に転部しちゃいそう。」
「しないよ。入るとしても兼部だよ。」
文学部を辞める気はさらさらない。でも、とても綺麗な写真を撮って彼女に見せるととても喜んでくれる。だから写真について、もっと勉強したい。
それに、この宝物である蒼空も、表紙は父さんが撮った写真らしい。父さんが今どこにいるかは結局分からないままだ。でも、僕を想う気持ちはこれに全てこもっている、そんなような気がする。
光莉ちゃん。君が何気なく口にしているその音が、僕の世界を変えた。ありがとう。
僕は光莉ちゃんの手を握った。彼女も握り返してくれた。
これから先、苦しい事があっても彼女となら乗り越えられる。必ず、彼女を守る。
二人で見たこの夕陽は何があっても絶対に忘れない。
〈春原光莉side〉
‘好きだよ。君の全てが。みんな待っているよ。早く戻っておいで。’
この言葉はずーっと頭に残っている。時には支えにもなっている。音のない世界で唯一君がくれた音だ。
目を覚ました時、君は抱きしめてくれた。
目を覚ました時、君がいて安心した。
もちろん、君だけじゃない。
事故に遭った時、私を止めようとした雲英ちゃんと武蔵先生の声。
音のない世界に入って不安だった時、思い浮かべた私の大切な人達。
目を覚ます直前に感じた、たくさんの手に握られた触感。あれは私が思い浮かべていた大切な人達の手だ。
目を覚ました時、お姉ちゃんは仕事だったはずなのに、駆けつけてくれた。
目を覚ました時、武蔵先生もとんで来て、涙を流していた。
武蔵先生は音を無くした私のそばにずっといてくれて、怒られもしたが愛ある温もりをしっかり感じた。
颯太は心配性で、小さい頃からずっとそばにいてくれて、今も見守ってくれている。
雲英ちゃんは言葉は少なくて少しばかり不器用だけど、しっかり私に伝えたい事を伝えてくれる。
莉子先輩は頼もしくて不安や心配を全部吹き飛ばしてくれる。
みんな、口を揃えて私は強いって言うけれど、実際は逆だ。みんなが、大切な人達が私を強くしてくれる。
「大地くん。」
「何?」
「月が綺麗だね。」
「……うん。本当に月が綺麗だ。」
真っ暗な世界に音をくれた君と、大切な人達と、これからも共に生きたい。この、愛と温もりから二度と離れたくない。
今日、翠簾高校を卒業した。
思えばこの三年間色々あったな……友達と遊んで、勉強に励んで……本当ならテニスもやる予定だったけど、あのトラウマからまだ立ち直れていなかったし、この学校にはテニス部がなかった。
文学部に入ろうと思ったのは、新しい趣味として読書を追加しようと思ったから。同級生はいなくて、先輩だけだった。その頃は全然おしゃべりなんてなくて静かな部室だった。唯一、武蔵先生とだけ喋っていた。
二年生になって、後輩は全く入らなくて、でもどこかホッとした自分がいた。あの出来事の二の舞になるなんて事がないから。でも、先輩が引退した後半年ぐらいは先生と二人っきりだった。多分、その時にあの事を打ち明けた。それをきっかけに武蔵先生とは距離がもっと近くなった。
三年生になり、初めての後輩が入ってきた。それが雲英、光莉、大地だ。
「もしかしたら、神楽坂くんも入るかもよ。」
「まあほぼ帰宅部ですもんね。」
「入ったとしても幽霊部員かも?」
この会話は大地が入る前に光莉と武蔵先生が交わした会話だ。この時の私は大地なんて全然知らない人だったから会話についていけなかった。
「あの子ってさあ、なんだかうさぎみたいじゃない?」
「確かに!いつもびくびく震えてますもんね。」
「よし、うさぎくんって呼ぶか。」
「賛成です!」
本人がいないのに何故かあだ名まで決まっていた。その後しばらくしてから大地は本当に入部した。ただ、大地は幽霊部員にはならず、しっかりと部室に来ていた。多分根が真面目なんだろう。
さて、大地のあだ名がうさぎくんとあったが、私から見ればあの三人はみんなうさぎだと思う。大地はさっき言った通り、光莉はいつも私や武蔵先生に懐いていて、ピョンピョン跳ねているイメージだ。雲英は何もせずただボーッとしていて、たまに寝ているマイペースなうさぎ。
それから半年間、三人と武蔵先生と一緒に過ごしてきた。間違いなく、今までで一番明るい文学部だった。だから、私も毎日文学部に行くのが楽しかった。
悩みが全く無かった訳でもない。一番は進路だ。教師になるのが私の夢だったが、過去のトラウマから本当になるべきなのかを悩んでいた。
ある日の現代文の授業の後。私は武蔵先生に相談していた。
「うーん、なるほどね。」
多分、ずっと一緒だったのは武蔵先生だったので、相談するならこの人だと思ったのだ。
「まあ、正解は私には分からないけど。やりたいと思ったんならとことんやってみればいいと思うし、やりたくないならやらない。ただそれだけだと思うよ。」
「うーん、ですよね。」
結局、あんまり参考にはならなかった。
後日の部活にて。その日は雲英は来ていなくて、大地と光莉がテスト勉強をしていた。
「感心だな。」
「はい。」
「先輩、ここ分かります?」
「ん?ここは……」
ちゃんと習っていて覚えている所だったので、光莉に分かりやすいように解説した。
「なるほど!先輩、ありがとうございます。」
「どういたしまして。」
この二人はどんな未来を歩くのだろうか。
「……二人は夢とかあるか?」
「夢ですか?」
「うん。」
「僕は特になくて……」
「私も特には決まってないです。でも、誰かの役に立てるようなそんな仕事をしたいと思っています。」
光莉らしい答えだ。
「そうか。参考になった。」
「何のですか?」
「気にしないでくれ。」
「「?」」
私はそれから悩みまくった結果、教師になる道を選んだ。引退までは三人をしっかり育てていく事に専念しようと思った。
その矢先に、いきなり臨時休校になった。理由は分からなかったが、嫌な予感がして友達の無事を確認していた。同級生はみんな無事確認出来たが、何故か三人の無事は確認出来なかった。だから、武蔵先生に連絡した。
「武蔵先生?」
「須藤さん?どうかした?」
「良かった。いきなり休校になったから心配しちゃいました。」
「……そう。」
今思えば、この時の先生の声はいつも以上にしわがれていた。
「一年のあの三人は大丈夫ですよね?」
「あっ、ごめん。ちょっと呼ばれたから切るね。」
「あっ、はい……」
はぐらかされたような気もしていた。もう一度だけ三人に連絡してみようと思い、まずは大地に電話をかけた。
「もしも」
「大地ーー!」
大地は出てくれたので嬉しくなって叫んだ。
「無事か!?」
「うん、無事……」
「良かった……急に臨時休校になったから、もしかして何かあったかと思って無事確認してたんだ。昨日からグループでも無事を確認してるのに誰からも返事来ないから心配してたんだぞ!?」
「ああ、それは……」
大地はそこで詰まった。
「良かった……」
とにかくその時の私は安堵していた。
「雲英と光莉からは連絡来たか?」
「……」
大地はまた黙った。それで察した。多分、二人に何かあったのだと。
この時、大地は何故か部室に来なかった時期だったので、一、二言話してから切った。
雲英と光莉に連絡するのはためらった。本当に何かあったとして、連絡した方がいいのかしない方がいいのか迷った。
すると、スマホが震えた。雲英からだった。私はすぐに出た。
「雲英か?」
「……はい。」
かなり暗い声だった。
「大丈夫か?」
「……大地から何か聞きました?」
「いや、何も。」
「そうですか……」
声が暗すぎたので何があったのか聞くのは辞めた。
「では……」
「うん、おやすみ。」
とにかく今は休ませた方がいいと感じた。結局、その日光莉に連絡がつく事はなかった。
次の日。普通に学校があったので私は登校した。ホームルームが終わった後。
「莉子ー!一緒に体育館行こう!」
「……ごめん、サボるわ。」
「は?」
「じゃあな。」
「ちょ、ちょっと!」
私は部室に向かった。いつもは様子が違う雲英と大地がいた。
「よっ。」
「莉子先輩……」
「集会は?」
「サボっちゃった。」
「良かったんですか?」
「うん。先生の話聞くより君達の話聞いた方がいい気がしたから。光莉は?」
二人とも答えなかった。
「春原さんなら入院中。」
後ろから武蔵先生の声が聞こえた。
「武蔵先生!?」
「何で!?」
「私もサボって来ちゃった。」
「いや、教師がサボるって問題ですよね?」
「いや、あなた達のケアの方が大事な気もしたし。」
「で、入院ってどういう事ですか?」
「……実は。」
雲英が全部話してくれた。光莉が事故に遭った事、それに至る経緯……
「うーん、そういう事が……それは辛かったな。」
私は雲英の背中をさすってあげた。
私はまだ引っかかっている事があった。
「で、大地はどうした?」
「え?」
「見るからに当事者の雲英より顔色悪いぞ。」
「それは私も気になってたんだよね。」
「……」
「大地、さっき僕のせいかもって言ってたでしょ?それと関係ある?」
「…………実は……」
大地は自分の過去を話してくれた。
「そういう事だったんだ……」
「光莉って昔から優しかったんだな……」
「……」
その時、一限終了のチャイムが鳴った。
「私、次授業あるから行かないと……」
「私も……」
「二人は?どうする?」
「……行きます。」
「……私も。」
「分かった。」
本当はサボらせたい気持ちだったが、私はサボる訳にはいかなかったし、強引に止めるのもどうかと思い、そのまま見送ってしまった。やっぱりこうなった時の正解は分からなかった。
家に帰ってからスマホで検索してしまった。女子高生のこの辺での事故のニュースはそんなに多くなかったからすぐに見つかった。
やっぱり辛かった。これが知り合いの事だと思うと尚更に。
あれから文化祭までは二人に会っていなかった。テストと文化祭の準備があったから。文化祭を楽しめるような気分でもなかったけど、クラスのみんなに余計な心配をかける訳にもいかなかった。
武蔵先生はいつも通りに見えた。多分、見せかけている。でもミスが多かったし、手が震えている時が何度かあったから、心の中では不安でいっぱいなんだろう。そんな時になんて言葉をかけるのが正解か、やっぱり分からなかった。
文化祭当日。
「本当にこれ着るのか!?」
「そう!早くして!」
私は無理やりメイド服を着せられていた。
「……似合ってるか?」
「うん、いい感じ。ほら、これ持って宣伝行ってきな。」
「はい。」
私は必死に宣伝に力を入れる。
ふと、立ち入り禁止の先の部室が気になった。休憩がてらと入ったら、雲英と大地の二人がいた。やっぱり、文化祭を楽しめるような気分ではなかった。
そんな二人に、私は自分の過去を話した。二人とも辛い過去を話してくれたのに自分だけ話さないのも失礼だと思ったから。
判断は正しかったのかもしれない。二人はその後、楽しんだようだ。
しばらく経ってから光莉が目を覚ましたと大地から連絡が来た。本当に嬉しかったし、安堵した。
「莉子先輩はお見舞い行かないんですか?」
「うん。ちょっと受験勉強が忙しくてな。光莉によろしく言っておいて。」
ちょっとだけ嘘をついた。受験勉強については嘘でもなかったんだけど、本当はもっと別の理由だった。病室に行くのがちょっとだけ怖かったのだ。光莉がいる病院は、テニスをやめた後輩が入院していた病院だったから……
ある日、私は雲英と大地に呼ばれて部室にいた。
「光莉ちゃんが退院するのでお祝いでお茶しませんか?」
まさか、大地がそんな提案をするなんて……嬉しく思ったが。
「遠慮するよ。三人で行って」
「莉子先輩!」
「絶対!」
「「行きましょう!」」
「お、おう……」
二人の圧に押されて行く事になってしまった。
退院当日、病院まで三人で迎えに行く事になった。少し緊張したし、知り合いに会わないか不安だったが、そのような事はなかった。
「まだかな。」
「早く会いたいな。」
しばらく待ってると、光莉が出てきた。
「光莉ー!」
私は真っ先に走った。
「会いたかったー!」
久しぶりの光莉の顔。まだ怪我している箇所はあったが、元気そうだった。
「莉子先輩、会いたかったです。」
光莉はそう言った。
その後はみんなでカフェに行ってお茶をしながらおしゃべりをした。やっと日常が戻った感じだ。
光莉が学校に復帰した日の朝、大地と光莉はお互いに告白した。やっとくっついた。
「いやー、長かったな。」
「うん、本当に良かった。」
「本当におめでとう。」
私、雲英、武蔵先生がお祝いした。やっと、心残りがなくなった。
三学期になると、受験勉強のために学校に来ない人が増えてきた。私は少しでも学校生活を満喫したかったし、光莉にも会いたかったから。試験の日が近くなった時にはさすがに休んだけど。
それからは卒業式前日までは休みだったので、じっくり休んだ。
卒業式前日。式のリハーサルが終わり、帰ろうとした時。
「莉子先輩!」
大地が教室にやってきた。
「おう、大地どうした?」
「この後時間ありますか?」
「?ああ、あるが……」
「良かった!来てください!」
「えっ?」
私は大地に引っ張られるように部室に行った。
「須藤さん!」
「合格」
「卒業」
「おめでとうございます!」
「わっ!」
まさかのサプライズパーティーだった。といってもそんな大げさな物じゃなくて、本当にこぢんまりとした、簡単なパーティーだったけど、嬉しかった。
「……これ、もし私が予定あったらどうするつもりだった?」
「いや、その心配はほぼなかったわ。須藤さんの友達に予定あるか聞いてたから。」
「……」
そういえば、友達になんとなく今日予定あるかとしつこく聞かれた気がした。
そして、パーティーを楽しみ、武蔵先生、雲英、光莉、大地に感謝を伝えた。
次の日。私はしっかり卒業した。
「先輩ぃぃぃ……おめでとうございます……」
「大地、泣きすぎ。」
式と最後のホームルームが終わった後。私は後輩三人と会っていた。
大地は意外に涙脆かった。
「莉子先輩ぃぃぃ!大学になっても頑張ってください!」
「なんか文面おかしいけどありがとう。」
「たまには遊びに来てください。」
光莉も泣いていて、雲英だけは泣いていなかった。涙目にはなっているけど。
「あっ、須藤さん!良かった、間に合って。」
武蔵先生がやってきた。
「武蔵先生。」
「卒業おめでとう。これ、どうぞ。」
「えっ。」
小さな花束だった。
「いいんですか?」
「うん。文学部、部員の数は一応多いから、部費で。」
「はあ……ありがとうございます。」
私は花束を受け取った。
「莉子ー!行こう!」
「うん!今行く!」
この後は同級生達と打ち上げに行く予定だ。
「じゃあ。」
「はい。」
「では。」
「絶対に遊びに来てくださいよ!」
「約束だよ!」
「うん。」
私は校門に向かって歩き出した。
校門を出た所で、後ろを振り向いた。四人は既に背中を向けていて、中に入ろうとしている所だった。その背中は頼もしく見えた。
四人の存在が私の何かを変えてくれた。四人に誇れるぐらいまでに成長しないとな。
「莉子ー!早くー!」
「待てー!」
私は未来に向かって、一歩踏み出した。この瞬間から新しい今が始まる。