〈神楽坂大地side〉
 約束の土曜日。
 僕は集合時間より早めに集合場所に到着した。
 早すぎた……暑い……僕は日陰に入ってみんなを待つ事にした。
 そういえば、友達と遊ぶのって、久しぶりか?下手したら初めてか?大丈夫かな……う、上手くいくよな?急に不安が襲ってきた。
 しばらくすると、春原さんの姿が見えた。
「春原さん、おはよう。」
「わっ!神楽坂くん!おはよう。」
「驚きすぎだよ。」
「だっていきなりそこの物陰から出てきたんだもん。」
「あー……」
 ちょっと死角となる所からいきなり出てきたら、確かに誰だってびっくりするか。
「な、なんか新鮮だね。」
「えっ?」
「ほら、いつも制服だからさ……」
「あっ……」
 そういえば、確かに春原さんの私服を見るのはもちろん初めてだ。
「おはよう!大地、光莉!」
「「わっ!」」
 いきなり後ろから声がした。
 須藤先輩だった。先輩ももちろん、私服だった。
「おはようございます……」
 そこに、越水さんもやってきた。
 ‘越水さんってさあ……’
 この前偶然聞いてしまった噂が脳裏に蘇ってしまった。
 越水さんが年上に関しては、少し心当たりがあった。入部した当初は、文学部に馴染んでいたのもあるけど、見た目が年上って感じがしたので先輩だと勘違いしていた事があった。だから、案外嘘ではないのかもしれない。事情は、聞かない方がいいのかな。
 そんな事を考えながら、バスで移動し、遊園地に到着した。
「この年で遊園地に行く事になるなんて思ってませんでした。」
「私も。」
 何年かぶりの遊園地に、僕はそう言った。
「よし!今日は思いっきり楽しもう!」
「おーっ!」
 須藤先輩と春原さんはノリノリだ。
「まずはあれだ!」
 須藤先輩が指した先は……ジェットコースターだ。
「「え」」
 僕と越水さんの声が重なった。
「私もちょっと……」
 春原さんも嫌がっていた。
「えーっ!?行こうよ!」
「ジェットコースターだと、補聴器外さないと……」
「そっか……」
 ジェットコースターはもの凄い速さだから、外れちゃうのか。
「じゃあ、私と雲英で乗ってくるわ。」
「えっ」
 何故か僕も逃れた。
「次に、私と大地ね。」
 逃れてなかった。
「三人で乗ってきていいですよ?」
「いや、光莉可愛いからナンパされちゃうよ。」
 結構なマジトーンで須藤先輩はそう言った。
 まあ、気持ちは分かるが……
「補聴器外して一緒に乗らない?」
「みんなの悲鳴聞いてみたいもん。」
 まさかのドSな理由だった。
 そして、約五分ぐらいの議論を重ねた結果、僕ら三人で乗ることに決定した。ただし、春原さんは変な人が寄ってこないようにサングラスをかける事になった。
「サングラスかけてれば、ナンパされにくいんだよ。」
 須藤先輩の謎理論によりこうなった。
 そして、何気に僕と越水さんは逃れられなかった。
 夏休みなので、少し並んでいた。
「楽しみだな!」
「「全然。」」
 またもや僕と越水さんの声が重なった。僕と越水さんは案外気が合うらしい。
 憂鬱だ……
 やっと出番が回ってきた。
 僕の隣に越水さん、前に須藤先輩が座る。
「それでは皆様、行ってらっしゃいませ!」
 係員さんの元気な声で動き出した。
 最初はゆっくり動き出したが、カーブが差し掛かった頃から急にスピードが速くなり、それが緩まることはなかった。むしろ速くなっていった。
「うわあああああああ!」
「きゃあああああああ!」
「ふわあああああああ!」
 もう誰が叫んでいるのか分からないぐらい叫びまくった。
 そして、乗り場に戻り、僕達は降りた。
「みんな!お疲れ様!」
 春原さんがやってきた。
「どうだった?」
「何にも覚えてない……」
「楽しかった!」
 僕はまあまあ地獄の時間だったのだが、須藤先輩は逆らしい。
「はは……」
「次、何乗る!?」
 須藤先輩の切り替えは恐ろしい程に早い。
「次は穏やかなやつで……」
 そう言ったのは越水さんだった。彼女もげんなりしている。
「僕も……」
「じゃあ次メリーゴーランド乗ろうよ!」
「「賛成!」」
 春原さんの提案に、僕と越水さんは即賛成した。
 須藤先輩も否定しなかったので、次はそこに乗ることにした。
 メリーゴーランドでは、一人一人馬に乗り、心が落ち着いた。
 続いて、須藤先輩がバイキングに乗りたいと言い出し、全力で拒否した結果、僕と越水さんと春原さんは空中ブランコに乗る事になった。風がとても気持ち良かった。
 次はお化け屋敷だ。これは珍しく越水さんはノリノリだったため、拒否権がなくなってしまった。僕と春原さん、須藤先輩と越水さんのペアで別々に入る事になった。
「春原さん、お化け屋敷好きなの?」
「あんまり。」
「そう……」
 すると、いきなりお化けが出てきた。
「うらめしやー!」
「ぎゃあああああ!」
 多分春原さんよりも叫んでしまったと思う。
 結局、最後まで叫びまくりで、春原さんの腕にしがみついていた。
 出口では、須藤先輩と越水さんが待っていた。
「怖かったぁ……」
「面白かったぁ……」
「そう?怖くなかった?」
「お化けは怖かったけど、神楽坂くんの叫び声で笑っちゃった。」
「ええ……」
「良い感じだね。」
「「え?」」
 須藤先輩が指指した先。それは、僕が春原さんの腕にしがみついている姿。
「あっ、ごめん……」
「ううん……」
 僕はすぐに離した。何だか恥ずかしくなってしまった。
「よし、そろそろお昼の時間だし、何か食べよっか。」
「はい。」
 僕達は席を取って、交代でご飯を買いに行った。
 僕はナポリタン、春原さんはタコライス、越水さんは焼きそば、須藤先輩はハンバーガーだ。
「楽しいねぇ。」
 須藤先輩がぼそっとそう言った。
「はい。」
 僕も、何だかんだで楽しいと思っている。
「私も楽しいです!」
 春原さんもそう言った。
「雲英は?」
「……楽しいです。」
 今日は色んなみんなが見られてとても新鮮な感じだ。私服姿はもちろん、色んな表情も楽しい。
「だいぶ仲良くなったと思わない?」
「まあ、そうですね……」
 春原さんと須藤先輩はともかく、越水さんとは少し仲が深まった気がする。本当に気のせいかもしれないが。
「もっと仲を深めるためにさ、これからは下の名前で呼び合わない?」
「下の……名前で?」
 僕ら三人は顔を見合わせた。
 確かに僕と越水さんは全員苗字呼びだし、春原さんも越水さん以外は苗字で呼んでいる。
「ほらほら、まず私!」
 須藤先輩の下の名前……
「あれ、下の名前何でしたっけ?」
 春原さんも覚えていなかった。
「おい!」
「周りに下の名前で呼んでいる人いないもので……」
 先輩とは学年も違うし、部活では全員苗字呼びか部長呼びだ。下の名前を聞く機会がほぼない。
「私は莉子だよ。」
「莉子……先輩。」
「よし!ほら、大地と雲英も!」
「じ、じゃあ……莉子……先輩。」
 女の子を下の名前で呼んだ事が多分なかったので、少し緊張してしまった。……というか、僕以外全員、女の子……
「雲英!」
「莉子先輩。」
「よし。君らもお互いに下の名前呼びにしなさい。」
「えっ……」
「私はともかく、君ら三人は後二年ちょいは一緒にいるんだから、それぐらいはしないと。」
 確かに。何もなければ三年生までこの二人と一緒にはなるという事か。
「じゃあ……大地くん。」
 春原さんにそう呼ばれ、一瞬ドキッとしてしまった。
「ひ、ひ、ひ、光莉……ちゃん……」
「大地、緊張し過ぎ!」
「女の子を下の名前呼びするの初めてですし……」
「ほら、雲英も。」
「はい……光莉。大地。」
 越水さんはまさかのいきなり呼び捨てだ。もの凄い度胸だ。
「き、き、き、雲英ちゃん……」
 僕ら三人は恥ずかしさで顔をうつむいてしまった。
「よし!これで少しは深まったな!よし、遊ぶぞ!」
「えっ、もう!?」
 いつの間にか須藤……莉子先輩は完食していた。
「早く食べろ!」
「あの、私、デザート食べたいんですけど!」
 は……光莉ちゃんはそう提案した。大賛成だ。今日はとても暑い。何か冷たい物が欲しい。
「じゃあみんな食べたらアイス食べるか?」
「「はい!」」
 もちろん異論はなく、急いで完食した後、アイスを買いに行った。
「うーん、冷える!」
「涼しい……」
 アイスを完食した後はまたいっぱい遊んだ。
 そして夕方。
「最後は観覧車乗ろう!」
 ほぼ強制でシメが決まった。
 すぐに乗れて、四人一緒に乗った。
「今日は楽しかったな。」
「はい。」
 滅多に出来ない経験が出来て、本当に楽しかった。
 ‘本当は友達が欲しいんじゃない?’
 いつか言われた言葉が蘇る。
 その真偽は今でも分からない。それでも、この三人と一緒は楽しかった。それは変わらない。
「私さ、引っ越すかもしれないんだよね。」
「へ?」
 莉子先輩のいきなりのカミングアウトに僕ら三人は驚いた。
「大学が県外でさ。」
「ああ……」
 今すぐとかではないらしい。
「だから引退して、卒業したらもうこうやってみんなと遊ぶ機会はもうないかもしれない。」
「ああ……」
「君ら三人は私の唯一の後輩だからさ。」
「唯一?」
「文学部、ほぼ帰宅部みたいなものじゃん。」
「あっ、そっか……」
 忘れていた。文学部というのは、活動内容は一応あるものの、ほぼ帰宅部状態で、部員のほとんどが幽霊部員だ。
 ……そういえば、入部した時は僕も幽霊部員になろうと思っていたんだっけ。あれ、何で普通の部員に……
「二年はほぼ来なくてさ、半年ぐらい一人で過ごしてたんだよね。」
「ああ……」
 確かに、莉子先輩以外の先輩を見かけた事がない。
「だから君らが入ってきてくれて本当に良かった。君らは文学部の希望だ。」
「いや、言い過ぎですよ!」
「いや、もし君らが入ってくれなかったら、いや入ったとしても幽霊になってたら、廃部の危機だった。」
「嘘っ!?」
 初めて聞く情報に僕は驚いた。光莉ちゃんと、雲英ちゃんもだ。
「まあほぼ幽霊部員だし。だから必死に部員を増やそうと武蔵先生と頑張っていたんだ。」
「そうだったんですか……」
「まあ後半年は大丈夫だと思う。」
「……もしかして、僕達が先輩になった時、頑張らなくちゃいけない事になります?」
「うん。」
 どうやら問題が解決した訳ではないらしかった。
「後、部長問題もあるんだよね。」
「ああ……」
 さっきも言ったように、二年生の先輩はほぼいないに等しい。だから、次期部長はどうするかと夏休み前から話題に出ている。
「適当な二年にするか、三人の誰かにするか……」
「うーん……」
 何故か文学部の存続問題で観覧車はあんまり楽しめなかった。せめて、タイミングは考えて欲しかった。
「よし、帰ろうか。」
「はい。」
 僕ら四人は集合場所だった駅前にバスで戻る。
「じゃあ、またね。」
「はい。」
 莉子先輩と雲英ちゃんは電車のため、そこで分かれた。
「今日は楽しかったね。」
 二人っきりになった時、光莉ちゃんがそう話しかけてきた。
「うん。意外に楽しかった。」
「意外にって何?」
「クソ暑い中で遊ぶのキツいかと思った。」
「あはっ。」
しばらく沈黙が続いた。
「部長、どうなるんだろうね。」
 そう言い出したのは光莉ちゃんだ。
「ああ……見知らぬ先輩か僕らか。」
「私、部長できない。」
「僕も。」
「てか、みんな出来なくない?」
「確かに。」
 光莉ちゃんは向いてなくも無いけど、僕と雲英ちゃんは部長という柄ではない。
「じゃ、僕こっちだから。」
「うん。またね。」
「うん。バイバイ、光莉ちゃん。」
「うん……ちょっと待って!」
「え?」
 帰ろうとしたら、何故か引き止められた。
「それ、まだ続いてるの!?」
「それって?」
「名前呼び!」
「え?」
「あれ、須藤先輩の前だけじゃなかったの!?」
「え……嫌だった?なら戻そうか」
「いや、いい……名前呼びで。めんどくさいし。」
 どうやら、光莉ちゃんは名前呼びは莉子先輩の前だけだと思っていたらしい。確かにさっきは須藤先輩って言ってたもんな。それに、名前呼びのせいで午後は少しだけぎこちなかった。
「バイバイ、大地くん。」
「う、うん……」
 最後の最後でドキドキしてしまった。

 〈春原光莉side〉
 今はお盆休み。学校は休みだ。
 今日は、聾学校の卓球部が大会なので、それを観に行く予定だ。
 あの騒動から冬馬とは会っていない。多分あれの黒幕は颯太だと思うのだが、会う機会がなくて有耶無耶のままだ。二人とも卓球部なので、多分会ってしまうだろう。
 会場に着き、中に入って席に座る。チャンスがあったら、先生に挨拶に行こう。
 試合が始まった。早速颯太が出場していた。
 また、卓球上手くなったな……あれでストイックな所があるので、きっとまた練習を重ねたのだろう。まあ、重ねすぎて成績が心配なのだが……
 颯太の試合は接戦で、見ていてハラハラする。やがて決着が着いた。颯太の勝利だった。
 さすが……
 お昼の時間になり、私は外で食べて来ようかと歩いていた時。肩を叩かれた。
‘’光莉。来てたんだな。”
 颯太だった。
 ‘’颯太。よく分かったね。”
 ‘’見えてたぞ。”
 ‘’そうだ。あんたに話したい事があるんだけど。”
 ‘’冬馬のことか?”
 ‘’やっぱりあんただったんだ。”
 ‘’ああ。光莉の学校を教えた。”
 ‘’前言ったよね?プライバシーっていうものがあるって!”
 ‘’冬馬から聞いたけど、お前彼氏出来たんだってな?”
 あれ、やっぱり本気で受け取っちゃったんだ……
 ‘’違うよ。”
 ‘’じゃあ何で一緒にいた?”
 ‘’友達なんだから当然でしょ?現にこうやって私とあんたも一緒にいるじゃん。”
 ‘’はあ?俺と光莉が友達?”
 ‘’違うの?”
 ‘’いや、違わないけど”
 ‘’もう次はないって言ったよね?”
 ‘’いや、冬馬に頼まれて仕方なく”
 ‘’冬馬だけのせいにしないで!私の納得いく理由を説明して!”
 ‘’お前が心配だったんだよ。”
「は?」
 ‘’いきなり普通の学校に行って、いじめられてないか心配で。だから冬馬に様子を見てきてくれと頼んだんだ。”
 ‘’あんたバカなの?”
 ‘’光莉は優しいから、どんな嫌な事があっても何も話さない。それで”
 ‘’あんたに心配されるぐらい落ちぶれてないよ!”
 ‘’それに寂しいんだよ”
「へ?」
 予想外の言葉に驚いた。
 ‘’十年近くいるお前がいきなりいなくなったから、そりゃあ寂しいよ。俺だけじゃない。流花も、莉紗も、寂しがっている。”
 流花と莉紗も私の友達で、ずっと一緒のクラスだった。
 ‘’人生って別れもあるんだよ?寂しいだけで人生は決められないんだよ?”
 ‘’好きだから!”
「はえ?」
 ‘’出会った時から、ずっと好きなんだ!”
「??」
 何故か告白された。
 ‘’好きだから心配だし、寂しくもなる!だから、戻って欲しい”
 ‘’ごめん、無理。”
 私は颯太を置いて会場を出てしまった。そのまま会場に戻ることなく、普通に帰ってしまった。
 颯太とは、年長の時に出会った。私が聾学校に転園?して、最初の友達が颯太だった。流花や莉紗ともそこで出会って、それからずっと一緒のクラスだった。その頃は一生ずっと一緒だと思っていた。
 中学生になって、進路を考える頃合いになった時に、本当にこのままでいいかと悩み始めた。そんな中でのオープンスクールに行き、翠簾高校に出会った。私は一目惚れして、そこに行く事を決めた。今思えば、一番反対していたのは颯太だった気がする。多分あれは、私と離れたくないがためだったのだろう。結局、先生に説得されて諦めていたけど。
 どうしよう……颯太とケンカしてしまった。颯太はいつも私を想ってくれている。それは知ってる。嫌でも。どうしよう……
 結局仲直りしないまま日が過ぎてしまった。
 その日は学校で、二人三脚の練習があった。私は雲英ちゃんとペアだ。
「「せーの!」」
 二人三脚は初めてで、練習が必要だった。聾学校の体育祭には二人三脚がなかった。だから、挑戦してみたいと思って希望したんだけど……
「「わっ!」」
 また転んでしまった。
「ごめーん。」
「ううん、大丈夫。私も全然出来ないから。」
 雲英ちゃんは怒ったりする事なく何回も練習に付き合ってくれる。
「練習、そこまで!」
 今日は本番と同じコース、距離を走るらしい。不安しかなかった。
「大丈夫?」
「大丈夫。」
 そして、私達の番がやって来て、走り出すが……
 ほぼ歩いているような状態だった。断トツビリ確定。
 終わった後、団長にしこたま叱られた。
「疲れた……」
 やっと練習が終わり、私達は着替えてから部室に向かう。
「大丈夫?」
「大丈夫だよ。」
「そう?何か今日元気ないから……」
「え?そうかな?」
「うん。」
 雲英ちゃんとは、遊園地に行って以来、仲良くなっている。
 にしても、やっぱり雲英ちゃんにはお見通しだったか……あの一件がまだ引きずっているのだ。まあ、解決してないから当然だけど。
「春原さんと越水さん。お疲れ様。」
「武蔵先生、こんにちは。」
「こんにちは。」
 部室には武蔵先生だけがいた。他の二人はまだ練習中なのだろうか。
「今日中に出来そう?」
「はい。」
 文化祭のおすすめの本の展示を今作っている。
 雲英ちゃんは自作の小説を出すらしい。本番まで見せてもらえそうにないので、ますます楽しみだ。
 私は早速作業に取りかかる。
「♯@&♪%#$¥+○……」
「☆♡%$〒○#<*……」
 周りで何かを話しているようだが、内容は分からない。でも、私はとにかく集中する事にした。
「☆%#♡@♪÷:!」
 とにかくやるんだ。そうすれば少しは忘れられるから……。
 すると、ほっぺに冷たいものを感じた。
「ひゃっ!?」
「光莉!ちょっと休憩してアイス食べようぜ!」
「あ、はい……」
 週に一回は莉子先輩か武蔵先生のどちらかがアイスを奢ってくれる。
 私は手を止めてアイスを食べる事にした。
「よし!アイス食べながら暴露会でもしよっか!」
「えっ!?」
 莉子先輩の提案にその場にいる全員驚いている。
 暴露?
「別に小さな事でもいいんだ。私達に隠している事を話す。ただそれだけ。」
「はあ……」
 いきなりだなぁ。
「じゃあ、まずは言い出しっぺの私。」
 莉子先輩の隠し事?何かなさそうだけど……
「実は中学までテニス部だったんだ。」
「そうなんですか?」
 まあまあ意外な暴露だったが、確かに莉子先輩のイメージには合っている。
「何故今は文学部に?」
「中学生最後の大会の時に手首怪我して、それ以来テニスはやっていない。」
「へぇー……」
 そんな事が……
「何でテニス辞めたんですか?」
「ん?だから……」
「テニス出来なくはないんですよね?」
「それは……」
「この学校テニス部ないもんね。」
そう言ったのは武蔵先生だ。
「あ、そうそう。」
 何か違う気もするけど、あんまり追及しない方が良さそう。
「じゃあ、次は武蔵先生!」
「え、私も?」
「うん。」
 自然と先生まで巻き込めるの、本当に凄いよな……
「うーん……実はこの高校の卒業生とか?」
「えっ、そうなんですか?」
 初耳の情報だ。
「うん。ここで青春過ごして、卒業して、教師になってここに戻ってきたの。」
「へぇー。」
「知らなかった。」
「次は雲英!」
「えー……」
 何となく雲英ちゃんはありそうだ。まあ、大地くんもだけど。
「私……実は……十七歳です……」
「「えーっ!?」」
 一番びっくりの暴露だった。
 雲英ちゃんが、十七歳……
「本当は去年ここに入ってるはずだったんだけど、病気しちゃって、一年遅れて入ってきたの。」
「そうだったんだ……」
「知らなかった……」
 まさかのびっくり情報……でも、大地くんは大して驚いていないから、知ってたのかな?
「次は大地!」
「えっ……」
 果たして、大地くんはどんな事を暴露するのだろうか……
「僕、実は……猫好き。」
「へ?」
「は?」
 まさかのどうでもいい暴露。
「何でそれにした?」
「だ、だって、小さなことでもいいからって言ってたから……」
「いや……」
 大地くんらしい。でも、この暴露で少し雰囲気がほっこりした気がする。
「じゃあ、最後は光莉!」
「えっ……」
 他人の暴露が気になり過ぎて、自分のことを忘れていた。
 え、どうしよう……
「実は……」
 と話そうとした時。放送のチャイムが鳴った。
「ん?なんだ?」
「全校生徒及び教員の方々に連絡です。本日、○*¥のため、@♪♡に下校をお願いします。」
「まじかー!」
 何だったんだろう、今の放送。所々聞き取れない所があって、何言ってるか分からなかった。
「断水で、4時に下校かー!」
 莉子先輩がそう言ったので、おかげで状況が読めた。そして、今の時刻は三時十五分。
「よし、みんな帰ろうか。」
 という事で、暴露会は突然終わり、私は運良く逃れられた。
 莉子先輩と雲英ちゃんは電車の時間があるので先に帰った。
「帰ろっか。」
「うん。」
 私と大地くんは自転車を押しながら歩き出す。
「ねぇ、光莉ちゃんって何を暴露しようとしてたの?」
「え」
 まさかの大地くんに聞かれた。
「興味ある?」
「別にないって言ったら嘘になるけど…」
「ふーん。実はね、告白されたの。」
「え?あの、この前の人?」
「ああ……」
 あの時、そういえば大地くんもいたんだったな。
「違う人。私の幼なじみ。」
「そうなの?光莉ちゃんって意外に人気者だね。」
「いや、そんな事は……いや、確かに……」
 颯太と冬馬。確かに人気者なのかもしれない。
「で、返事は?」
「無理って。」
「……それだけ?」
「うん。」
 まあ、そのおかげでケンカっぽくなっちゃったんだけど……
「告白って勇気いるよね?」
「えっ?」
「どの本を読んでも、みんな告白出来ないって悩んでるんだ。好きって伝えてその後気まずくなって元通りにならなくなるなんて思っちゃうしね。」
「……」
 まさに今その状態だ。
「だから否定しない事が大切なんだろうね。」
「……」
 確かにそうかもしれない。
 そう話す大地くんの横顔はいつもよりもかっこよかった。

 〈神楽坂大地side〉
 二学期が始まった。
 一ヶ月以上ぶりの教室に入った。既に光莉ちゃんは来ていた。
「おはよう、光莉ちゃん。」
「おはよう、大地くん。」
 すると。
「ちょいちょーーい!」
 めんどくさい奴がやって来てしまった。
「岡田。おはよう。日に焼けた?」
 終業式に会った時と比べて茶色くなった岡田だ。
「おう。それよりも、今お前ら……」
「「?」」
「下の名前呼びだったよな!?」
「……あ。」
 もう身についてしまったので、つい下の名前で呼んでしまった。
「う、うん。」
「付き合ってるのか?」
「「全然。」」
 僕と光莉ちゃんの声が重なった。
「くーっ!大地!俺も下の名前で呼んでくれよ!」
「え?岡田の下の名前って何だっけ?」
 本当は覚えてるが、敢えて知らないふりをする。
「咲也だよ!」
「そっかそっか。」
「うんうん!」
「……」
「……あれ?」
「……何?」
「呼んでくれないのか?」
「気が向いたらね。」
「お前、それ一生呼ばねーやつだろ。」
 こうして二学期は始まった。
 二学期は行事が入っていて、かなり忙しくなりそうだった。放課後は体育祭の練習が入っている。体育祭が終わればテスト、終わったら文化祭。少なくとも文化祭までは予定が詰まっている。
 その日もパン食い競走の練習に参加していた。
 徒競走、借り物競争にも出るおかげで足が速くなってしまった。
「神楽坂くん、上手くなったわね。」
 パン食い競走の担当が武蔵先生だ。何となくどこまでも一緒になっている気がする。
「上手くなっても将来役に立つんですか?」
「まあ、一年後なら役に立つかもね。」
「はあ……」
 まあ、確かに一年後もこの競技に選ばれたら役に立つかもな……
「それに、足が早くなったら、好きな人を助けに行けるわよ。」
「へっ!?好きな人!?」
 好きな人というワードにドキッとしてしまった。
「そう。まあ好きな人じゃなくても大切な人を助けるために走るとかなら出来るでしょ。」
「大切な人……」
 その言葉にはチクリと来てしまった。
「はい、みんな集合ー!」
 先生がそう言ったので、この話は終わりになった。
 好きな人か……
 !?今、光莉ちゃんの顔が浮かんでしまった。
 な、な、何考えてる!?彼女とはただの友達だろう!それに、恋愛なんかしたら、苦しくなるだけだ!忘れよう!
 その日は部活がなかったので直帰した。光莉ちゃんと会う事はなくてホッとした。
 数日後。その日は学校公開だった。めちゃくちゃ多くの人が授業を見に来た。母さんは仕事で行けないと聞いている。岡田と光莉ちゃんの所は見に来ると聞いたので少し緊張している。
 現代文の授業が終わった後。
「大地!紹介するぜ。これ、俺の母ちゃん。」
「おお……」
 結構おばさんだった。
「初めまして。神楽坂大地です。いつも息子さんにはお世話されていまして……」
「あらぁ!こちらこそ初めまして。いつも息子と仲良くしてくれてありがとうね。」
「な、仲良く……?」
「いや、仲良いだろ!」
 その後二、三言交わしてから二人はいなくなった。
 見ている限り、理想の家庭という感じだ。
「大地くん。」
 後ろから話しかけられた。振り向くと光莉ちゃんがいた。
 最近、光莉ちゃんを見ると少しドキドキしてしまう。何故だろうか。
「こちら、私の姉。」
「あっ、お姉さん?」
「はい。初めまして。姉の愛梨です。いつも話は妹から聞いています。」
 お姉さんは、光莉ちゃんとそっくりで美人だった。
「いつも妹と仲良くしてくれてありがとうございます。」
「あ、いえいえ、こちらこそ。いつも妹さんにはお世話になっていて……」
 何故かお姉さんには頭が下がってしまう。
「ふふ。じゃあ、光莉、もう行くね。」
「うん。ありがとう。」
 お姉さんは去っていった。
「お姉さん、綺麗だね。」
「ありがとう。」
「でもびっくりしたよ。」
「え?何が?」
「てっきり親御さんが来るものかと思って……」
「ああ……まあ、ちょっとね。」
「?」
 光莉ちゃんが言いづらそうにしていたので、それ以上は追及しなかった。
 放課後。その日は珍しく、部室に全員揃っていた。
 話題は当然学校公開についてだ。
「私はお父さんが来たよ。」
「私は来てない……」
「僕も仕事だからって来れなかったみたいで。」
 雲英ちゃんと僕の所は来なかったらしい。
「光莉の所は?」
「お姉さんが来てましたよ。」
「へぇー。お姉さんってどんな人?」
「優しい人ですよ。」
「会ってみたかったなぁ。」
「体育祭と文化祭も来るって言ってたので、多分その時に会えると思いますよ。」
「親御さんは?来ないの?」
「多分来ないと思いますね。」
「やっぱり仕事?」
 何だか触れてはいけない話題のような気がする……
「えっと……」
 と、その時。武蔵先生がやってきた。
「学校公開の話?」
「はい!私と光莉は来たんですよ。」
「春原さんのお姉さんならちょっと話したよ。」
「あ、そうですか?」
「うん。後、神楽坂くんのお母様とも話したよ。」
「……えっ?」
 僕は耳を疑った。
 母さんと、話した?
「あれ?大地は来てないんじゃなかったっけ?」
「うん、そのはずだけど……」
「そうなの?でも来てたけど……神楽坂くんの普段の学校の様子聞かれたからありのまま話したけど。」
「えっ……」
 ありのまま……という事は。
 非常にまずいかもしれない。僕は顔が青ざめていくのを感じた。
「ごめんなさい!急用思い出したので、帰ります!」
「あ、うん……」
「気をつけて……」
 僕は荷物を持って走り、自転車にのって全力で漕ぎ出す。
 実は、文学部に入った事は話したのだが、そこの部員と仲良くなった事は話してなかった。ましてや毎日部室に行っている事や、一緒に遊園地に遊びに行った事なんて話していなかった。母さんはいつも仕事で遅くに帰っているので、バレていなかったので油断していた。
 やっと家に着き、急いで中に入った。
「た、ただいま……」
「おかえり、大地。そこ座って。大事な話があるから。」
「うん……」
 僕は覚悟を決めて座った。
「学校公開、来てたんだね。」
「本当は仕事休み取れたんだけど、ちょっと黙っちゃった。それよりも、学校の事、聞いたわ。」
「うん……」
「あなた、毎日部室に入り浸って、そこの人たちとお喋りしてるんでしょ?」
「い、いや、それは……」
 いつも喋っている訳では無い。最近は喋っている事が多いけど、読書したり小説を書いたりする時間はもちろんある。
「いい?大切な人なんか出来たって何にも良い事なんてないのよ。」
「……はい。」
「自分も相手も辛くなるだけ!分かった?」
「……はい。」
 母さんの説教がしばらく続いた後、解放されたので自分の部屋に行く。
 着替えたが、何にもする気力がなくてベッドに沈み込んだ。チラッとスマホを見ると、何件かメッセージが来ていた。ほとんどが光莉ちゃん、莉子先輩からだった。
 あの出来事を思い出してしまった。
 僕が四歳の頃の事だった。詳細はあんまり覚えてないのだが、多分ボールか何かを追いかけていて道路に飛び出してしまった。そこに車が迫ってきて轢かれそうになったが、誰かに突き飛ばされて僕は助かった。でも、僕を助けた人は轢かれた。僕が覚えているのは、一面に広がった血の海……その後の事はほとんど覚えてなくて、でもその人は亡くなったと母さんに聞かされた。
 誰かを亡くす……それはとても悲しい事だ。きっとその誰かも誰かにとっては大切な人だったはずだ。
 もう二度と誰かの大切を奪いたくない。だから、大切な人は作らない。そう決めたはずなのに……

 〈春原光莉side〉
 遂にやって来た体育祭の日。
 赤団のスローガンは猪突猛進、青団は空を切り裂く青龍、黄団は稲妻の如く勝利へ真っ直ぐ、そして我ら緑団は我らの風が勝利を呼ぶだ。
 今までたくさん練習を重ねた。きっと、大丈夫だ。
「光莉。おはよう。」
「雲英ちゃん。おはよう。」
 私は雲英ちゃんの隣に座った。
「今日も大地は変わらず?」
「うん……」
 あの学校公開の日以来、大地くんは私に話しかけてくる事はなくなった。運悪く、席替えで席が離れてしまったのと、体育祭の練習が重なった事もあって、話す機会はめっきり減ってしまった。委員会で一緒になる事はあるが、それでも最低限の会話しか交わさない。
 部活に関しては、そもそも練習が重なって無い事が多くなった。でも、部室には来てないと莉子先輩、武蔵先生からは聞いている。
 あの日の大地くん、かなり顔が青ざめていた。相当まずい事でもあったんだろうな……
「開会式、始まるよ。行こう。」
「うん。」
 反対に、雲英ちゃんとはすっかり友達になった。二人三脚の練習を通して、仲が深まってきた。今はこうやって普通に話すようになったぐらいだ。
 私達は緑団の所に行って並ぶ。
 そして、開会式が終わり、遂に競技が始まった。
 最初は徒競走だ。大地くんも出ている。しかもトップバッターだ。スターターピストルの合図で一斉に走り出す。彼の速度は知らないが、それでも速い方だった。
 すごい……
「頑張れ、大地くん。」
「青団を応援してどうするの。」
 雲英ちゃんの冷静なツッコミが入った。
 結果、彼は二位の好成績を収めた。一位は緑団だった。
「光莉さぁ。」
「うん?」
 二番手に入った時、雲英ちゃんに話しかけられた。
「大地の事、好きなの?」
「うん、好きだよ。もちろん、雲英ちゃんと莉子先輩、後武蔵先生も好きだよ。」
「いや、そういう事じゃなくて……」
「え?」
 その時、周りが盛大な歓声をあげたため、雲英ちゃんが何を話しているか分からなかった。
「ごめん。何?」
「いや、なんでもない。」
 ?変なの……
 そして競技は進み、次は二人三脚となった。
「大丈夫。全力でやろう。」
「うん。」
 そして遂に私達の出番になった。
「位置について、よーい……スタート!」
 その合図で私たちは走り出す。たくさんの練習を重ねたので、息と歩幅とスピードが合っている。お互いの信用がないと成り立たないと団長さんも言っていた。まさにその通りだと思っている。
 そして……結果は何と一位だ。
「やったね!」
「うん。」
 私と雲英はハイタッチをした。
「私、雲英ちゃんとペアで良かったよ。」
「私も。」
 お互いに微笑みあった。

 〈神楽坂大地side〉
 良かったなぁ、光莉ちゃんと雲英ちゃん……
 僕は今、部室から競技を眺めている。
 あれから僕は誰とも話さないように心がけた。運良く席替えがあったので、光莉ちゃんや岡田とは席が離れた。しかも廊下側になったので、休み時間になったらその瞬間に廊下に行けるので、おかげで誰とも話さなくなった。
 部活に関しては、体育祭の練習があって、という理由付けで行っていない。この部室に来るのも随分久しぶりだ。
 今日も、誰とも話さないようにするために、敢えて室内のこの部室にいる。涼しいし、部室は二階にあるので上から眺める事が出来る。放送もある程度は聞こえるので大体の状況は読める。
 今は二人三脚が終わった所だ。光莉ちゃんと雲英ちゃんペアは一位になったらしい。練習が上手くいっていないと聞いていたので、本当に良かった。
 どうも、物理的には離れられているのだが、心は離れられないらしい。光莉ちゃん、雲英ちゃん、莉子先輩、ついでに岡田の事をつい目で追ってしまう。
「続いては台風の目……」
 あ、そろそろ借り物競争の集合時間だ。関わらないようにしているとはいえ、競技はさすがに出るようにしている。
 僕の出る競技は全部午前中にあるので、昼休みにこっそり帰ろうかな。結果は多分クラスのグループに連絡が来るだろう。
 僕は階段を降りて、非常口に向かう。セキュリティーの関係で非常口しか生徒の出入口はない。ちなみに階段より上は関係者以外立ち入り禁止だが、僕は関係者だからいいだろうと普通に立ち入っている。部室は何故か鍵が開いているし。
 非常口に人影がある。誰かおしゃべりしてるのだろうか。面倒だな……
 そう思いながら向かうと、その人影が知っている顔である事に気づいた。
「雲英ちゃん?」
「やっぱり中にいたか、大地。」
 雲英ちゃんとはクラスもチームも別だからか、顔を見るのが久しぶりな気がする。
「あの部室に入り浸ってるんでしょ。」
「何でそう思うの?」
「思ってるんじゃない。見えたから。」
 そんなに身を乗り出して見ていた訳ではなかったのだが、バレバレだったらしい。
「僕、借り物競争に出ないとだから……」
 そう言って出ようとするが、雲英ちゃんが完全にガードしていて出られない。
「あんた、最後の方でしょ?この台風の目が終わるまでは大丈夫でしょ。」
「……それを分かっててここにいたんだ。」
「当たり前。そうでもしないとあんた、また逃げるでしょ。」
 やっぱり、僕と話すためか。何て言われるんだろう……
「別に訳は聞かないけどさ、光莉を傷つけるような事はしないでね。」
「……へ?」
 結構予想外の言葉が聞こえてきた。光莉ちゃんを?傷つけるな?
「何、そんなぽかーんとして。」
「いや、そんなに情深かったかなって。」
「まあ、私も驚いているわよ。まさかこんな話するなんて。いや、そもそもこんなに口数増えるなんて。」
「それに関しては僕も同感だよ。」
 文学部に入部するまで、いや、委員会に入るまでそんなに口数は増やす予定はなかった。
「文学部に入部したのが運の尽きだったのかしら。」
「いや、あの部室に入り浸ってるのが運の尽きだと思うよ。」
「ああ、言えてるわね。」
「まあ、それはいいんだけど、いつの間にそんなに光莉ちゃんと仲良くなったんだね。」
「あんたのせいでもあるんだけど。」
「へ?」
 僕のせい?
「どういうこと?」
「あんた、部活に来なくなったし、教室でも話さなくなったんでしょ。だから大丈夫かなって莉子先輩と光莉と話してた。」
「……そう。」
 まあ、それは何となく予想がついていた。いつ諦めるかが問題だったが……
「で、大地、光莉の事好きでしょ?」
「えっ!?」
 少し前にも同じような事を聞かれた気がする。そんなにもそう見えるのだろうか。
「違う?」
「……」
 何故かこの質問は答えられない。
「どっちでもいいんだけど、光莉を泣かせたら許さないよ?」
「怖いなぁ。」
 やっぱり雲英ちゃんは怖い。
「そう?」
「うん。初めて話した時覚えてる?」
「ああー……まあ何となく。」
「あの時からずっと怖い。」
「あっそ。でも、あの時は本当にうるさかった。」
「それはごめん。」
「謝らないで。その時の私も、多分君と同じだった。」
「同じ?」
「うん。私の噂、知ってる?」
 噂……そういえばすっかり忘れていた。
「何となくは。」
「私、こんな性格だから勘違いされやすくて。気づいたらあの噂広まっていた。」
「そうだったんだ。」
 あの噂は年齢以外は嘘だった。半年近くいれば分かる。
 ……というか、暴露会で話してたし。
「まああの噂、今も全然あるんだけどね。」
「うん。でも、僕と光莉ちゃんと莉子先輩は真実を知っている。それでいいんでしょ?」
「……さすが。」
「そう?」
「聞いていい?」
「?」
 と、その時。
「大地!やっと見つけた!お前次借り物競争だぞ!?」
「あ、うん。」
 タイミング良く岡田がやって来てしまった。
「ごめん、行くね。」
「ううん。こっちこそ引き止めてごめん。頑張って。光莉も応援してるから。」
「……うん。」
 僕は岡田と一緒に集合場所に行く。
 やがて台風の目が終わり、借り物競争が始まった。僕は最後から二番目だ。
 お題は様々だ。眼鏡や恋愛小説から怖い先生や恋人まで色々ある。
 遂に僕の出番が来た。合図で走り出し、カードを拾ってお題を見る。
 『可愛い女の子』
 よりによって人間か……
 可愛い……女の子……からかわれそうだが、一人しか思いつかない。
 緑団の応援席に向かい、その人物を探す。
「光莉ちゃん。」
「……へ?」
 やっと見つけた。
 顔をちゃんと見るのは久しぶりな気がする。当たり前か。
「一緒に走ってくれる?」
「う、うん……」
「行ってらっしゃい。」
 雲英ちゃんに見送られ、僕は光莉ちゃんの手を引いてゴールに向かって走り出す。
 ゴールした後、審判にカードを見せて判決をもらう。結果は……合格だ。順位は惜しくも二位だったが、まあまあな結果だ。
「あ、あの……」
「ん?」
「私、可愛いの?」
「へっ?いや……うん……」
 ここまで来といて違うなんて言ったら、それこそ不合格にされるし、光莉ちゃんを傷つける。
「あ、も、もう席に戻っていいよ。」
「うん……」
 僕は顔が赤くなるのを感じた。
 こうして借り物競争は終わり、僕が出る競技も全て終わった。帰ろう。
 僕は部室に行こうと、非常口に向かって歩く。
「大地くん!」
「あ……」
 後ろから呼びかけられた。光莉ちゃんだった。
 何となく無視出来なかった。
「な、何?」
「えっと……」
 気まずい沈黙の時間が流れる。
「あの、さっきはありがとう。」
「えっと……何が?」
「私を選んでくれて……」
「い、いや……」
 可愛い女の子といえば、光莉ちゃんしか思いつかなかったし……
「じ、じゃっ……」
「うん……」
 それだけ?
 光莉ちゃんは去っていったので、僕も部室に向かう。部室には。
「え、武蔵先生?」
「やあ。」
 何故か武蔵先生がいた。
「なんでここに?」
「そりゃあ、神楽坂くんどこかなって探してたらこの部室から覗いてる君が見えてたしね。」
「はあ……」
 やっぱりバレバレだったらしい。
「後、早退は許さないよ?」
 その上、何故か早退まで見破られていた。
「はい。」
「でも、やるね君も。」
「何がですか?」
 何となく予想はつくが……
「可愛い女の子に春原さんを選ぶなんてさ。」
 予想通り。
「いや、事実ですよね?」
「それをさらっと言える君がすごいわ。」
「そうですか?」
「うん。可愛い女の子なんていくらでもいるのに。」
「そうですか?」
 僕があんまり話さないというのもあるんだろうけど、可愛い女の子なんて光莉ちゃんしかいない。
「まあ、春原さんが可愛いのは否定しないけど……でもさ、可愛いならさ何で避けてるの?」
 やっぱり、その話か……
 生徒は避けられても先生は避けられない。武蔵先生に詰め寄られた事は何回かあるが、何とかやり過ごしていた。
「可愛すぎて見てられないんですよ。」
 自分からこんな言葉が出るなんて自分でもびっくりだ。
「……そんな、可愛らしい理由ならいいんだけどさ。」
 納得したのかしてないのか分からない声で先生はそう言った。
「そろそろお昼休憩だ。行くね。」
「あ、はい。」
「ちゃんとクラス写真も参加しなさい。」
「……はい。」
 武蔵先生は去っていった。
 先生にああ言われた以上、帰ることなんて出来なくて、結局クラス写真まで残ってしまった。
 体育祭は結局赤団の優勝で終わった。僕も結構頑張った方なんだけどな……
 クラス写真を撮った後、僕は速攻で帰った。

 〈春原光莉side〉
「それは恋でしょ。」
「……え。」
 体育祭の数日後。お弁当を雲英ちゃんと食べながら私はある相談をしていた。
 あの体育祭で、可愛い女の子として選ばれたら時から大地くんに対してドキドキしてしまうと相談したら、その答えが返ってきた。
「そう、なの?」
「聞いてる限りでは。てか、なんなら体育祭の時も聞いたけどね。」
「えっ?そうだっけ?」
「うん。大地の事好きなのって。」
 そういえば聞かれた気がする。でも。
「あれって友達としてじゃなかったの?」
「うん。全然違う。」
 まじか。いや、そう聞かれるって相当私と大地くんの関係がそう見えたって事だよね……
「で、告白するの?」
「こっ、告白っ!?」
 いきなり、告白か……
 だけど……
「その前に返事しないと……」
「ああ、幼なじみのあいつ?」
「うん……」
 颯太との事は雲英ちゃんにも話してある。
 あれから颯太とは一切会っていない。颯太も色々分かっているから、会いに来ないんだろう。
「でも、体育祭には来てたんだよね?」
「らしい。」
 何故か体育祭には来ていたらしい。お姉ちゃんから聞いただけだけど……
「光莉のそのままの気持ち伝えればいいんだよ。」
「うん……ありがとう。」
 ということで、数日後の日曜日。私は颯太の家に行く事にした。
 颯太の家は私からは電車を使わないと行けない距離だ。思えば、颯太はいつもこの距離で聾学校まで通っていて、更に私の家まで来ていたんだよな……
 一時間ぐらいかけて颯太の家に到着した。チャイムを鳴らしたが、誰も出ない。留守だろうか。少し経ってから出直そうかと歩き出す。近くに公園があったので、ブランコに乗って暇を潰す。
 すると、公園に入ってくる人影を見かけた。それは私の知っている、いや今一番会いたかった人だった。
「颯太……」
 あっちも私に気づいた。
 “光莉。何でここに?”
 “あなたに話があって来たの。”
 颯太は無言で私の隣のブランコに座った。
 “覚えてるか?”
 “何を?”
 “まだ出会ったばかりの時、一緒にブランコ乗ったの”
 “忘れてる訳ないよ。”
 むしろ、そのブランコがきっかけで仲良くなったともいえる。
 私がまだ聾学校に来たばかりの頃は、戸惑うばかりだった。普通の幼稚園とは違ってみんな手話で話していた。口話で話している人もいたけれど、その頃の私にはついていけない世界だった。
 ある日、一人でブランコに乗っていた時、颯太がやって来て、こう言った。
 “ブランコ好き?”
 でも当時の私は手話はまだ分からなくて首を傾げるばかりだった。そこに、流花がやって来て……
「ブランコ好き?だって。」
「うん、好き。」
 流花が通訳してくれた。その後は三人でブランコで遊んだ。そこから莉紗も加わって四人で遊ぶようになった。流花と莉紗は口話で話せたが、颯太だけは手話じゃないと伝わらない事が多かった。颯太とも平等に話したかったから必死に手話を勉強した覚えがある。
 “懐かしいね。”
 “うん。で、話って何?”
 “私、颯太の事は好きだよ。”
 颯太は目を見開いた。
 “友達としてね。”
 颯太はなんだという顔をして落ちこんだ。分かりやすい。
 “まだ聾学校に入ったばかりの私に話しかけてくれて、一緒に遊んでくれた。本当に嬉しかった。ありがとう。”
 “いや、それほどでも”
 “ずっと一緒だったよね。”
 “まあ、一クラスしかなかったからな。”
 “まあね。でも小学生、中学生、共に過ごして楽しかった。”
 颯太はこくりと頷いた。
 “でも逃げたくはなかった。”
 “逃げる?”
 “これから大学生になって、その後は社会人になるよね。社会人になったら、多分嫌でも普通の人と関わる事になると思う。たとえ聾者だらけの職場に就いたとしてもね。”
 “うん。”
 “そう考えた時に、私はもっと早い時から普通の環境に慣れた方がいいと思った。”
 “うん。”
 “だから、普通の高校に行く事にしたんだ。”
 颯太との会話を思い返した時に、そういえばこの事ははなしてなかったなと思い出したのだ。
 “知らなかった。”
 “よく考えたら話した事なかったね。ごめん。”
 “いや、いい。むしろ安心した。”
 “安心?”
 颯太はまた頷いた。
 “俺や冬馬の事が嫌になって逃げたのかと思ってたから。”
 “そっか。勘違いさせてごめん。”
 “いや、こっちこそ光莉の気持ち知らずに勝手な事言って傷つけた。ごめん。”
 “颯太。私、あなたとは付き合えない。私、好きな人がいる。”
 颯太は少し悲しそうな顔をした。
 “でも、これからもずっと仲良くしたいと思ってる。して、くれる?”
 “もちろん。辛い事があったらいつでも来いよ。相手になってやる。”
 “ありがとう。”
 こうして、私と颯太は仲直りした。
 “今度、聾学校に遊びに来いよ。”
 “いつかね。”
 “光莉が大会に来た事流花と莉紗に話したら、会いたがってた。もちろん、冬馬もな。”
 “うん。”
 流花、莉紗、冬馬の家はここからとても遠いところにあるので気軽に会える距離ではない。それよりも、私の家から近い聾学校に行った方が懸命だろう。
 “ちゃんとあいつと幸せになれよ。”
 “あいつって?誰?”
 “お前を可愛い女の子として選んで一緒に走った男。”
 ああー……そういえば来てたんだっけ……あれも見られてたって事か。
 あれについては、後からめちゃくちゃ言われた。特に莉子先輩と武蔵先生。
 “てか、何で私の好きな人がその人だって分かるの!?”
 “見れば分かる。”
 あんまり関わった事のない颯太でさえ分かっちゃうのか……
 私は颯太と分かれた。
 そういえば、雲英ちゃんの家もこの辺だと聞いた。雲英ちゃんに会いに行こうかなと思い、スマホを出そうとするが。
 道路に男の子が立っているのが目に入った。迷子かなと思い、その男の子の元に行く。と、その時。トラックが迫っている事に気づいた。お互いにお互いの存在に気づいてなさそうだった。私は急いで走る。
「光莉、ダメ!」
「春原さん!」
 私を呼ぶ声が聞こえたような気がする。