人と希望を伝えて転生したのに竜人という最強種族だったんですが?〜世界はもう救われてるので美少女たちとのんびり旅をします〜

「それだと何が問題なんです……なんだ?」

 ケーフィスが恨めしそうな目で見てくる。
 どうしても砕けた話し方をしてほしいようだ。

「浄化しようと思ったらどれほど時間がかかるか分からないんだ。いろいろ手続がこちらにもあって面倒でね。それでこちらとしても考えてね、どうしようか迷ったしいろんな意見があったんだけど君の魂はほとんどそのままにこの世界に転生してもらおうと思うんだ。爺さんもそうするのがいいって言ってたし」

 転生するのはいいけれど転生に関する手続云々はいいのか。
 こちらが気にすることでもないけれど疑問には思ってしまう。

 ケーフィスのいう爺さんとは前の世界の神様のことである。

「何を考えているのか、僕には分かるよ。手続はね、するから面倒なんだ。君はこの世界にとって英雄だ。そして君の魂は特殊。特例中の特例。
 だからすべての手続をすっ飛ばして君を転生させる。不満を持つ神がいないわけじゃないけれどほかにどうしようもないからね。
 それで返事はどう? 考える時間が必要?」

「転生はもちろんいいんだけど魂をそのままで転生ってどういうこと?」

「ああ、そうだね、説明しなきゃいけないね。本当は魂を浄化するって言ったでしょ? その時に魂の穢れとかダメージをまっさらな状態にするんだけど記憶も一緒に消えるんだ」

 つまり浄化しなければ記憶も消えない。
 浄化をせずに転生することになれば記憶を持ったまま転生することになるのである。

「それともう1つ、当然だけど浄化はできないんであって仕方のない措置なんだ。だからお礼として考えていた特典は別にあるんだ」

「特典?」

「そ。転生先の選択が特典さ」

「転生先の選択……」

「最終的にどうなるのかは君がどう生きるか次第だけど何に、どこに生まれてとか周りの環境とかなんでも君の希望を叶えるよ」

「な、なんでも?」

「なんでも」

 ケーフィスが真面目な顔でうなずく。
 要するにスタートを選ばせてくれるというのである。

「それじゃ希望を聞いていくよ。君はこの世界を救った英雄だからね、『世界最強』でも『大金持ち』でもなんでもござれさ」

 どこから出してきたのか机に紙と羽ペンが出現している。
 いきなり希望と言われてもいざ考えてみるとどうしたらいいのか迷う。

 これがゲームか何かなら簡単にできそうなものだけど頭の中だけでそうした構成を練っていくのは意外と難しい。
 そもそも魔法の世界とは無縁に生きてきたのだ。

 何が必要なのかも分からないのだから希望も何もない。
 身体能力が高いとか頭がいいとかそんな程度の考えしか浮かばない。

 さらにはケーフィスによるとこの希望とやらも大まかに言えば初期ステータスのようなものであくまでも可能性となるもの。
 魔力なんかは成長につれ伸びるし身長もある程度は高く設定できるけど生活環境によっても変わってくる。
 
 高くなりうる高い素質は備えられても絶対にそうなっていくとは神様でも言い切ることはできない。
 どんな風になっていくのかは本人の生き方によるところが大きいらしい。
 
 なんの努力もなく才能だけでは開花しきれないのである。
 そして選べるのは個人の資質だけではない。
 
 当然成長には周りの環境も関わってくるので周りの環境や何かも融通が利く。
 両親や兄弟の有無などの家族構成、生まれる家や国まで選ぶことができる。

 家族構成はともかく家や国を考えるのは難しい。
 貴族や平民というだけでない。
 
 望むなら商家や貧民、奴隷といった立場すら可能である。
 国も千差万別。
 
 それぞれ違った文化を持っているし、大都市や田舎、なんなら少数民族もある。

「まあ難しいよね。じゃあこうしようか!」

 ケーフィスに紙とペンを借りて書き込んでみたりしたが早々と手が止まり、腕を組んで唸るように悩んでいるのを見てケーフィスが席を立つ。
 数歩歩いたところでケーフィスの姿がいきなり消え、程なくして同じ場所に現れた。
 
 手には何か文字が書かれた箱を抱えている。
 それを見てケブスが呆れたような顔をして一度ため息をついただけで諦めたようにうなだれた。
 
 何というか苦労がケブスからにじみ出ているようだった。
 ケーフィスはそんなケブスに御構いなしに箱をテーブルに置くと中から3つのコップを取り出した。
 
 背の低いシンプルな作りのコップだけどその素材は何なのか白銀色に輝きとても高価そうに見える。
 次に白磁器のビンを取り出してコルクの蓋を取ってコップに琥珀色の液体を注いだ。
 
 3つのコップにそれぞれ注ぐとケーフィスはそれぞれの前にコップを置く。
 ケブスは困惑と喜びが混ざったような表情を浮かべてケーフィスの方を伺っているけれど一体これは何なのだろうか。

「とりあえずグッといこうよ。記念さ、記念。世界が救われた記念」

 ケーフィスがコップを持って突き出してくる。
 ケブスは何が言いたげな様子だったが言葉を飲み込んで同様にコップに手を添えた。

 神様が持ってきたものだし危険もないだろう。
 ケーフィスが持ってきたならジュースか何かだと推測してコップを持ち上げる。

「かんぱーい」

 熱さも冷たさも感じない不思議なコップを軽く打ち当てると鈴を鳴らしたような良い音が鳴る。
 グイっとコップの液体を一気にあおる。

「んっ!」

 子供の見た目をしているから勝手にジュースだと思い込んでいた。
 2人に合わせて軽く口に流し込んでしまったけれどこの琥珀色の液体の正体はお酒であった。

 ふくよかな香りが口いっぱいに広がり鼻を抜け、くどくない甘みを残して喉を熱くしながら通り過ぎていく。
 いくらでも飲めてしまいそうな美味しい果実酒であった。

 何の警戒もなくこのお酒を煽ってしまったことを後悔するほどの美味さと飲みやすさを持っている。
 それでいながら度数はそれなりにあるようで喉に熱さのようなものも感じ、それもまた心地よいぐらいである。

 ケーフィスはグイッと一口で飲みきってしまったようだが、ケブスはこれが何なのか分かっていたようで幸せそうな顔をしてチビチビと嗜んでいる。

「これは……なかなか」

 すぐにカーっと顔が熱くなるような感覚が襲ってくる。
 思いのほかアルコールが強い。

「ほれ、もう一献」

 ケーフィスは再びお酒をなみなみとコップに注いでくれる。

「これはねぇ、神に供えられる特別なお酒なのさ。量が少なくてなかなかお目にかかれないお酒なんだけど、今日は特別だからね」

 悪戯っぽくウインクしてみせるケーフィス。
 もう死んでるからこれ以上死ぬこともない。
 
 そんな風に言われてお酒の美味しさも相まってドンドンと飲んでいってしまう。
 箱からおつまみや他のお酒も取り出して酒宴が始まる。

「そぉ〜だな〜。やっぱりイケメン! イケメンがいい!」

「オッケーオッケー、イケメンだね〜」

「でも完璧完全イケメンなのもなぁ〜、だいぶイケメンぐらいにして〜あとは行動で男を魅せてやるぐらいがいいかな〜」

「なぁーるほどぉ〜、世界一のイケメンだとやりすぎらもんね〜」

 あっという間に顔は赤くなってテーブルやイスなんか無視してケーフィスと地面に座って転生後の初期ステータスについてダラダラと考えていた。
 ケブスは2杯ほどチビチビ飲んだ時点で潰れており、幸せそうにテーブルに突っ伏して寝ている。

 思いついたままに何かを言うとケーフィスが指を振りペンを操って紙に発言を書き込む。

「幼馴染が欲しい! っていうのはダメかな〜?」

「うん、難しいけど今回は特例でオッケーしちゃお〜」

「さっすが神しゃま! しびれるぅ〜」

 神の世界は常に明るく夜は更けない。
 一体何を言ったのか覚えていないほど飲んでいて、気づいたら泥のように眠ってしまった。

 ーーーーー
「ううっ……」

 どれほど飲んでどれほど眠ったのだろうか。
 環境に変化の見られない神の世界では時間の感覚が分からない。

 もっともあんなに飲んで楽しくやっていたら普通の状況でも時間感覚が狂ってしまうに違いない。
 二日酔いのような頭痛やなんかは無いものの、ボヤッとしていてまだ夢見心地な感じがする。

「おはようございます」

 上半身を起こしてゆっくりと深呼吸をして意識をしっかりさせていると女性の声が聞こえた。
 周りを見渡すとケーフィスやケブスの姿はなく、丸テーブルやイスも無くなっていて代わりに足の短い四角いテーブルとメイドのような格好をした女性が脇に立っていた。

 草原ではなく家の中にいた。

「お水はいかがですか」

「もらうよ。ありがとう」

 水の入った木のコップを渡してくれたメイドさんはとても美人な人だった。
 ここにいるということはもしかしたら神様なのかもしれない。

 しかしケーフィスとため口で話していて緩んだ意識はなかなか戻らずサラッとため口で返してしまった。
 程よく冷えた水は体に染み渡る。

 もう一杯もらって飲んでようやく頭がハッキリとしてくる。

「簡単にですがお食事も用意してあります」

 テーブルの上には具材をパンで挟んだ料理、いわゆるサンドイッチというやつが置いてある。
 さんざん飲み食いして起きた直後ならお腹はすいてないというところだったけど水を飲んでスッキリした頭と体は何か食べ物を欲していた。

 死んでいても食欲というものがあるのか。

「いただきます」

 ちゃんと手を合わせてからサンドイッチを食べる。
 そうしている間もメイドさんは横に立ってコップに水を注ぎ足してくれたり、サンドイッチを食べ終わった後はどこから持ってきたのかケーキをデザートに出してくれた。

「転生に関してもうすぐ準備が整いますのでもうしばらくここでくつろいでもらうよう、主神より仰せつかっております」

 くつろぐといっても何をしていいのか。
 気温は快適で気分も悪くはないけどゲームやスマホといったものはおろか本などの娯楽もない。

 休むにしても散々寝たし床に寝るわけにもいかない。
 草原ならそれもよかったが見知らぬ家の床は抵抗がある。
 
 しばらくというのもどれほどの時間なのか。
 あたかも普通のリビングのようだが時計もないのでそもそも時間すら分からない。

 残り少なくなったケーキを口に放り込みながら時間を潰す方法を考えてみるものの何もないのだから何もしようがない。

「時間潰しになるかは分かりませんがよければこちらをどうぞ」

 ドサっとテーブルに置かれる分厚い本の数々。
 『魔法学入門』『中世界略歴史』『魔物図鑑』『世界の歩き方』などといった本をメイドさんが持ってきてくれた。

 もちろん心惹かれるのは『魔法学入門』である。

「ありがとう」

 どれもハードカバーの分厚い本.。読みきるにはだいぶ時間がかかるだろう。
 手に取るとずっしりと重い『魔法学入門』をペラペラめくり始めた。

 ーーーーー

「ペルフェ、こちらが注文書になりまーす」

 ケーフィスはメガネをかけた腰まである黒髪のクールな印象の美人に数枚の紙を手渡した。
 酔っ払いながら考えた転生後の初期ステータス希望案である。
 
 とりあえず書き留めたものをケブスが箇条書きにして簡単にまとめていた。
 この世界の創造神はややゆるい。

 それも人間の信仰によるところであって、神様は子供のような純粋な心を持ち楽しいことが大好きな神様であって、自分が作った世界をせっかくだから色々と賑やかに、それでいて楽しんでもらおうと考えていた。
 人間や魔人、魔物なんかを生み出して神様は世界から自分を切り離し、世界に住まうモノどもに世界を委ねてそれを楽しんでいる。

 世界の危機には加護という形で救済を与えたりするけれど基本は関わらず苦しみすら1つの楽しさのためのタネだと考える。
 そんな信仰の影響を受けて創造神はかなり軽く子供っぽい感じの神様になってしまった。

 ただ切り離しているといってもそんな性格の神様が世界に関わらないはずもなく、問題が起きることもしばしばあった。
 そんな神様の尻拭いは他の神であり神に仕える下神、それに世界に住まう者たちなのだ。

 ペルフェはそんな奔放な創造神を見て怪訝な顔をする。
 だいたい持ってくるのは厄介案件だからだ。

 別世界から来た人間の魂を転生させるということについては聞いていたけれど、まさか自分に仕事が回ってくるとは思わなかった。
 神に書かれた希望を見て、ペルフェは思い切り眉間にシワを寄せる。

 字が汚い、書いてあるやつも塗りつぶしたりバツで消してあったりと読みにくいことこの上ない。
 ケブスがまとめたものをさらにケーフィスが書き加えていた。

 
 別の世界ではステータスを目に見える形で表示できたりスキルという形で能力を表したり強化したりすることもあるそうだが、この世界においてはそうした便利表示のシステムはない。
 希望の能力など数値化などできるものではないのである程度ざっくりしたものになるのは要求が大雑把なのはしょうがない。

 提案したこともあるのだけれど分からない方が面白いのだと創造神に却下されたのだ。
 解読に苦労しながら実際に中身を見てまとめてみると要望としてはシンプルなものがほとんどだった。
 
 雑でどうとでも解釈できるものはこちらの裁量で選択するしかない。

「それにしても何ですか、この幼馴染が欲しいって!」

「幼馴染っていうのはね、君でいうセンソンみたいな……」

「そういうことではありません!」

 幼馴染が何たるかを問うているわけでない。
 幼馴染なんていうのは用意しようと思って用意するのではない。

 世界にあまり手を出せないのだから子供の出生もそれこそ授かり物に他ならず、適当に産ませようで産ませられるものでもないのだ。
 子を司る神が少し先の出生について分かるので幼馴染的な近さの子供の出生は可能だが、両親同士が仲が良かったりしなければ幼馴染として成立しない可能性もあるし単に近くで近い時期に生まれればいいというわけじゃない。

 それに幼馴染条件をクリアしながら他の条件もクリアしようと思うのは難しい。
 変なところでバカ真面目なペルファは頭を抱える。

「けれどこの世界を救ってくれたまさに神様みたいな人の希望なわけだよ?」

 悪びれる様子もなくのたまうケーフィスだがその言葉は正しく、しかと恩に報いなければいけないとペルフェは思う。
 どっちにしろ創造神に怒鳴ったところでもはや意味もないことだと分かっているから簡単にまとめた希望を再度しっかりと書き直してどうにかおおよそクリア出来るように努力した方が早い。

 思わずため息が漏れる。

「他の条件はおよそ難しくはありません……やはりこの幼馴染……プクファンに連絡をして子供がどこで生まれそうか確認して…………」

 仕事モードに入ってブツブツとつぶやいているペルフェの視界にもうケーフィスは入っていない。
 つまらそうに口を尖らせてケーフィスはその場を後にした。

「種族は……人…………人?」

 意思の疎通とは難しい。
 雑な神様が書いた、酔っ払いの会話のメモ書きなんて思わぬ解釈を生んでしまうこともあるのだ。

 持ってこられた本のいくつかをようやく読み終わった頃、転生を司るペルフェという女神に呼ばれてまばゆいほどの光が溢れる門を通ったことはなんとなく覚えている。
 その前後の記憶はやや曖昧であってよく思い出せない。

 ケーフィスもその場にいたような気もするし何か言っていたような気もするけれど、それが別れの挨拶だったの最後に再び感謝を述べのかすら分からない。
 ただ温かさと安心感に包まれて、眠るように転生を果たしたのだった。
 旅に出発したリュードたちであるがこの旅の始まりは二人きりではない。
 リュードたちが住む森は魔物も多くいて危険が高い。

 なのでリスクを減らすためにリュードたちは村から出発する行商に同行して旅は始めたのであった。

「よろしくお願いしますね、シューナリュードさん!」

 事前の顔合わせもあったけれど同行させてもらうのだから今一度改めて挨拶する。
 行商はメインとなる商人の人狼族夫婦とその息子、それに荷物持ち兼護衛が3人の計6人がいる。
 
 そんなに荷物持ちがいなくてもマジックボックスの魔法がかかったカバンがあるので入れていけばいいじゃないかと思うがそうもいかない事情がある。
 現代ではマジックボックスの魔法がかかったカバンも貴重品である。

 村ではリュードの父親のヴェルデガーが作れるので比較的普及したものではあるが外では違う。
 マジックボックスの魔法がかかったカバンがあることをあからさまにしてあまり身軽な持ち物で移動することは良い選択とは言えない。

 なので大量とは言えなくてもある程度の荷物は持って移動する。
 それに道中には魔物や盗賊などの危険性もあるので護衛も必要である。

 今回はリュードとルフォンの他に商人も息子も同行することになっていて名前はロセアといい、リュードとルフォンと同い年である。
 鍛冶屋の息子ラッツといいテユノといい歳の近いところで色々な奴がいる。

 ロセアは同年代で見ても小柄な体格をしている。
 理由は知らないけれど何故なのかリュードをシューナリュード、しかもさんを付けて呼んでいた。

 近い年の人は愛称のリュードでなくとも多くが呼び捨てなのに同い年でこう呼ばれるのは珍しい。

「よろしくお願いします、みなさん」

 行商の雰囲気は軽く、そのまま村長になってしまえばよかったのになんて冗談もありながら歩いていく。
 町へのルートはちゃんと道のよう整備はされている。
 
 何回も人が通っていくので獣道のようになっていたところを先代の村長時代に整備していたのである。
 馬車なんかが通れるような道ではなくて草を刈り、でこぼこしたところを軽くならしただけであるが何もない頃よりははるかにマシである。

 問題がない限り毎回同じルートを同じペースで進んでいくので、休むのもおおよそ同じ場所になる。
 周りを切り開いて焚き火用に少しだけ掘り下げた場所があり、そこで夜を過ごす。

 早く進んでも遅く進んでもそうしたキャンプポイントのようなところまで行って、その日の旅を切り上げるのだ。
 運が良く、町に着くまでの間に魔物に遭遇することはなかった。

「人がいっぱいいる……」

 町に着いて、ルフォンは驚きの声を漏らした。
 村に比べるとたくさんの人が歩いている。

 まだまだこれぐらいで驚いてちゃ今後持たないぞと思うが水を差す真似はしない。
 ルフォンは今フードをかぶっている。真人族の中には魔人族に良い顔をしないものもいるからだ。

 獣人族は見た目で分かりやすく、大戦前では奴隷にされていた獣人族も多い。
 人数も多く戦争で前に立って戦った獣人族もたくさんいたので未だに獣人族に対して根強い偏見の目は存在している。

 ルフォンはどうしてもその見た目から獣人族に勘違いされてしまう。
 ケモミミを隠すのが苦手なのでしょうがなくフードで隠している。

 リュードはというと堂々とツノを出している。
 別にリュードは完全にツノを消してしまえるがもはやルフォンがやらないならリュードもその特徴を消してしまうことはしない。

 フードをかぶっても膨らみで違和感がありすぎるので隠すことをやめてしまった。
 偏見の目で見たいのなら見ればいい。

 そんなこと今更気にしない。
 それに堂々としていればわざわざひそひそとしてくる人も意外と少ないものである。

 規模としては小さい町なので人の目は多くない。
 元はもっと廃れてつぶれそうな村だった。

 竜人族の村が森にできて、竜人族や人狼族が魔物を狩って減らし、魔物の素材を町に売りに来てくれるので町はかなり持ち直した。

「申し訳ございません。あと一部屋しか空きがなくて……」

 キョロキョロと町の様子を興味深そうに見回すルフォンを微笑ましく眺めながら行商の時にいつも使う宿に向かった。
 今回はリュードとルフォン、ロセアといつもよりも人数が多いので宿の空き状況を聞いたところ、こう返事が返ってきた。

 行商の日は決まっているのでいつものメンバー分は空きを確保してくれているのだが予想外の人員の分までは確保してくれてはいない。
 むしろ行商の来るタイミングは商品入荷の時期になるので宿も埋まってしまっていた。

「いや、問題はないんじゃないか」

 ロセアの父がなんてことはないように言った。

 普段取っている部屋は4人部屋1つと2人部屋1つ。
 4人部屋に護衛の3人が泊まり、2人部屋に商人夫婦が泊まっている。

 今空きがあるのは2人部屋1つ。
 泊まれる人数は8人で今いる人数も8人。

 ロセアの父が4人部屋に行き、ロセアの母とルフォン、リュードとロセアでそれぞれ2人部屋に泊まれば解決できる。
 一瞬だけルフォンと同室かなんて考えた自分が恥ずかしいリュードだった。

 こうした宿の費用も行商側で持ってくれることになってくれていた。
 みんなの思いやり、旅の餞別みたいなものである。
 
 ただお世話になっているだけなのも悪いのでリュードとルフォンも行商を手伝って荷物を持つ。
 といっても最初の町で寄るのは商会1ヶ所だけである。
 
 他の町にも行って商売をするし何ヶ所も回ると面倒なので懇意にしている商人としか商売をしない。
 この町の他に2つの町、計3つの町に行く予定で、1回目の交渉は今後の商談を占うことにもなる大事な商談である。

 そうして始まった商談はロセアの父が手腕を振るって、やや有利な条件で話をまとめた。
 気を良くしたのか昼は予定よりも少しだけ良いお店で食べて、あとは自由となった。

 町を探索したかったがリュードとルフォンだけでは不安なのでロセアにもついてきてもらって町の中をぶらぶらと探索した。
 次の日の朝には次の街に向けて出発となるので滞在時間はとても短かった。
 商談して出ていくのに荷物は一杯だとおかしい。
 かといって少なすぎても変に見えるので出発する時にはほどほどに抑えておく。

 次の街に着く時にはしっかりと荷物を出しておき、商品があることをアピールする。
 誰が見ているとも限らないので町に入る時から準備は怠らない。

 2つ目の町でも商談の相手は決まっているし取引する内容にも大きな変わりはない。
 簡単な挨拶を交わして、いつものように取引内容の確認をしてスムーズに商談は終わった。

 この町でもいくつか物を買って1つ目の町と同じように一晩泊まって出発した。
 そして3つ目の町に着いた。

 行商の同行はここまでとなり、ここから先はリュードとルフォン2人きりの旅になる。
 本当の旅の始まりになる。

 あっけないもので3回目の商談もなんの問題もなく終わった。
 馴染みの相手なので問題が起こることの方が珍しいのだ。

 もうお別れということでロセアの父の計らいで最後の夜は高い店での食事となった。
 この世界のルールは知らないが村のルールでは16歳で大人と同じでお酒も飲めるようになる。

 リュードとルフォンも嗜む程度にお酒をいただいた。
 この先全く飲めないとなると困ることもあるが軽く飲んだ感じでは2人とも下戸ではなくて簡単にお酒に潰される心配はなくなった。

「シューナリュードさん、聞いてください」

 1つ目の町と同じでリュードとロセアは同じ部屋に2人きりだった。
 明日は行商のみんなとお別れとなり、リュードたちは別の町に向かう。

 そろそろ寝ようかという時、ロセアがどこか覚悟をしたような目をしてリュードに話しかけてきた。
 ロセアはややお酒に弱いようで時間も経って酔いが回っていた。

「僕はシューナリュードさんのことを尊敬してます」

 お酒でほんのりと赤くなった顔で月明かりの下、ロセアは自分に言い聞かせるようにも言葉を紡ぐ。
 まるで告白されているみたいだ。

 真面目そうな話なのでリュードもしっかり話を聞く。

「僕は、シューナリュードさんが村長と戦う姿を見て、本当に感動しました。感動して、シューナリュードさんみたいになりたいと、そう思いました。でも僕は体が小さく、戦いの才能はありません」

 確かにロセアの戦いを力比べで見たことがあるが酷いものだった。
 才能などという言葉で片付けたくはないが確かに才能が無いというしかなかった。

「僕はシューナリュードさんになることができません。でも、僕には夢があります。僕の両親は商人できっと村での商売は僕の兄が継ぎます。でも僕も商人になりたい。僕は僕の店を持ちたいと思っているんです」

 ロセアは伏し目がちに膝についた手をぎゅっと握る。

「自分のお店を持って、支店とか建てて、そういったの持って……いつか僕にこんな勇気をくれたシューナリュードさんのお役に立てるような、そんなお店を僕は持ちたいです。旅に出ると聞いて想像しました。僕が店を持って、シューナリュードさんがきてくれて、必要な物を僕の店で買ってくれる。必要とされ、シューナリュードさんの助けになれる、そう思ったんです」

 話しながら少しずつ酔いが覚めてきているけれどロセアの胸の熱は収まらない。
 けれども言い切って少し冷静になって気づいたのだ。

 自分が言っていた内容に。
 気持ち悪がられると思ってロセアは顔を伏せた。
 
 特に仲が良いわけでもないのにいきなりこんなことを言っては引かれても文句は言えない。

「……いいんじゃないか」

 村ではみんなの夢は強くなるみたいな中、ロセアの夢は自分の店を持ちたいという確固たるもので、リュードはそれを立派だと素直に思った。
 溢れ出た思いはリュードにとってインパクトが大きかったけれど憧れてもらっているのだから悪い気はしなかった。

 気持ち悪いだなんて全く思わなかった。

「いつになるかは分からないけれどいつかは助けになってくれるってことだろ?」

「は……はい! どんな時でもシューナリュードさんは僕の1番大切なお客様です!」

「その時はよろしく頼むよ」

「はい!」

 ロセアが顔を上げてみるとリュードは笑っていた。
 馬鹿にするような顔ではなく優しく受け入れてくれる笑顔だった。

 受け入れてもらったことに対する喜びでロセアも破顔した。

「あの、それで、コレを受け取って欲しいんですが」

 ロセアが渡してきたのは木で作られた札。
 何かの模様が彫ってあり、彫られているものはなんだか見たことがある気がする。

「これはまだないですけどいつか僕の商会の証にするつもりのものです。中でも特別な商会員にだけお渡しする予定の商会証です。モチーフは同族の証を参考にして竜人族と人狼族の物を合わせたように作りました」

 なるほど、どこで見たのかと思えば同族の証かと納得する。
 竜と狼が背中合わせになっているような図柄が彫ってある。

 ちょっと荒いがなかなか可愛らしくておしゃれなデザインだ。

「いつか僕が店を持ったら来てください。もし僕がいなくてもこれを見せれば最上級待遇を約束しますよ!」

「ありがとう、ロセア」

「あともう1つお願いがあるんですけど……」

「俺に出来ることならなんでも言ってくれ」

「兄貴って呼んでもいいですか?」

「兄貴?」

「はい、僕は実はあんまり実の兄とは仲良くなくて……シューナリュードさんがよければ何ですが、その……」

「いいぞ」

 同い年から兄貴と呼ばれるのはちょっとおかしい気もするけれど体格が小さいこともあってかロセアは弟分のような感じをリュードも持っていた。

「本当ですか!」

「もちろんだよ、商会長」

「もう、やめてくださいよ、兄貴!」

 笑い合う。
 そしてどちらともなく握手を交わす。

 こんなところで弟分兼友人が出来るとは思ってもみなかった。

「兄貴、旅のご無事を祈ってます」

「ああ、ロセアも夢叶えろよ」

 次の日の朝、ロセアたちとはここでお別れになる。
 これからロセアたちは来た道を戻って村に帰り、リュードたちは先を行く。

 リュードたちが見えなくなるまでロセアは見送ってくれ、旅は始まった。
 大きく手を振るロセアの姿が見えなくなるところまで歩いてきた。

「2人きりなっちゃったね」

 少し嬉しそうに呟いてリュードの隣を歩くルフォンがちょっとだけリュードと距離を詰める。

「そうだな」

 ロセアと別れていきなり2人になった寂しさはあるもののそんなに気にはならない。
 本来は一人旅予定だったのに今は隣にルフォンがいる。

 1人で歩いていたことを想像すればもう1人いてくれる、しかもそれがルフォンというなら寂しさもほとんどないのと同じである。

「まずは……ツミノブ、だっけ?」

「そ、面倒だけど約束だからな」

 リュードの父ヴェルデガーはリュードが旅に出るに当たり約束、というか条件を出した。
 旅に出る条件というか、旅に出るならこれぐらいしてくれという条件である。
 
 旅に出るにあたってのお金は親や村長から餞別でもらったものやリュードが日頃から貯め込んできたお金があった。
 もらったお金もリュードが貯めてきたお金も結構な金額であり、金銭面での心配は少ないがお金は無限にあるものじゃない。
 
 お金なんて何もしなければただ出ていくだけでそのうち無くなってしまう。
 自分で稼ぐ必要も出てくるのでそのための方法として、どこでも仕事ができる冒険者になろうと思っていた。

 冒険者になるには特別な資格や能力は必要ない。
 誰でもなれる職業とも言える。

 しかし誰でもなれるからと言って楽な仕事ではない。
 中には雑用のような仕事もあるがメインの仕事は戦うことである。

 主に相手は魔物で怪我をするリスクや死ぬ可能性も十分あるような仕事でもあるのだ。
 旅をしながら稼ぐのには多くの選択肢はない。

 ヴェルデガーももちろんリュードがそうしてお金を稼ごうとしていることは分かっていた。
 魔物や色々な知識を知っているのと知らないのでは大きく生存率が変わる職業でもある。

 なので質や量を上げたい冒険者ギルドで冒険者を育成するための学校を設けているところがあるのである。
 ツミノブはそうした冒険者学校があり、ヴェルデガーはその冒険者学校を卒業して冒険者になることを条件に出した。

 こうして旅に出ている今はリュードがちゃんと約束の履行をしたかは確認のしようもないけれどちゃんと約束は守る。
 知識を得ることは悪いことではないし冒険者学校を卒業するとそのまま冒険者の身分を得られる。
 
 さらに成績優秀で卒業できれば冒険者の等級が1番下でなく1つ上でのスタートになるのでどうせなら優等生を狙うつもりだった。
 成績優秀なら早期卒業も出来るのでそういったところも頑張る理由になる。
 
 ヴェルデガーから推薦状も受け取っているし冒険者学校の知り合いに手紙も出しているとのことで、後は事前にもらった入学金を握りしめてツミノブに向かうだけである。
 幸いツミノブはさほど遠いところではない。
 
 行商もリュードたちの行き先を意識してルートを組んでくれていたのである。
 ひとまず目的地も定まり、ただ目的地に向かうのだが2人での旅は楽ではない。
 
 意外と夜が大変であった。
 夜の何が大変かというと火の番を2人で交代でやらなきゃいけないことである。

 夜に寝る魔物も多いが、夜になると夜に活動したりよるに凶暴になる魔物も存在している。
 魔物も知恵があるので大人数の相手よりも勝てそうな少人数の相手を狙う。
 
 しかも真っ昼間だけではなく闇夜に紛れて襲撃してくることもあるので気を抜くことができない。
 そのために火を絶やさないようにして見張りをしなければならない。

 もっと人数がいれば起きている順番をずらして回すのだが2人で交代で番をしなければいけない。
 これは中々大変である。

 夜中なのですることもなく警戒のために気を張りながら焚き火を見つめるだけなのは意外に精神的にも体力的にも消耗もする。

「旅って大変だね……」

 少しゲンナリした様子のルフォンがつぶやいた。
 大人数の時には感じなかった大変さを噛み締めている。

 特にルフォンは女の子で黒重鉄を掘りに行った時や行商のメンバーといた時には少し優遇されてきたところがあったけれど2人だとそうもいかない。

「やっぱりもう1人、2人ぐらいは仲間が欲しいところだな」

 ルフォンとの2人旅も良いものであるがこうした事情を考えるともう少し仲間が欲しいとは思った。
 ツミノブまでの途中は小さな村があるのみだったが民宿のような宿が一応はあったし、食料などの補給もできたので歩みを止めることなく進んでいた。
 
 ルフォンにとってはお風呂がないことが苦痛らしく時折お風呂入りたいと呟くこともあった。
 リュードも正直なところお風呂に入りたいけれど道中の村にそんなものあるわけもない。

 ルフォンは大きな町に期待しているようだけどリュードはそんなに甘くないことも分かっている。
 出来るだけ野営の必要がないように町や村を通りながら、さっさと歩みを進めてツミノブの町までリュードたちも到着した。
 
 冒険者学校もあるぐらいの都市の大きさにルフォンも興奮している。
 身を隠すクロークの下で激しく尻尾が振られていてお尻のところがふわふわしている。

 ただこれでもまだツミノブには入ってもいないのである。
 ツミノブはしっかりと城壁で囲まれた都市で中に入るための検問がある。
 
 サクサク進んでいるので長蛇とは言えないものの常に人が来て一定の長さの列ができ続けている。

「お、あの子可愛くね?」

「確かに、お前声でもかけてこいよ」

「なんで俺が。それに見てみろよ、横に連れが……獣人が一緒にいるぜ」

「チッ、むかつく顔してんな。あいつ角あるくせに」
 リュードたちの少し前に並んでいる奴らの会話が聞こえてきた。
 これまでも物珍しそうに見てくる視線は感じていたけれど露骨にいじってくる輩は初めてだった。

 リュードに聞こえているならルフォンにも聞こえている。
 尻尾に振りが弱くなっていき、ルフォンの機嫌が悪くなる。

「ルフォン、気にするな」

「だって……」

「これからもこういうことは山ほどある。いちいち目くじら立ててたら身が持たないぞ」

「むう……リューちゃんは気にならないの?」

 気にならないというとウソになる。
 あんな風に聞こえる音量で人のことをやいのやいの行ってくる連中なんて一人一人ぶん殴ってやりたいぐらいだ。

 しかし角を隠してでもしない限りは容姿を揶揄してくるやつは絶対に出てくる。
 そんな奴らを一々相手にしていては時間がもったいない。

 それに真人族の領域で問題を起こせば魔人族のリュードにとっては良い結果になることはない。
 殴りかかれば悪いのはリュードたちになる。

 仮に向こうのほうから殴りかかられても真人族の領域では魔人族に公平な判断なんて望めず、リュードが悪いことにされてしまうのは火を見るより明らかだ。
 ムカついてもいらぬ波風は立てないのがいい。

 長い旅の中でムカつくやつをぶっ飛ばしていったら死体の山になるかもしれない。

「気にならないわけじゃないがわざわざ弱い奴らに突っかかっていくこともないだろ」

 声を潜めて冗談めかして言う。
 聞こえると因縁をつけられるかもしれないし、この方が冗談っぽく聞こえる。
 
 ルフォンがクスリと笑う。

「そうだね、あんなのリューちゃんには敵わないしね」

「ああ、だから気にするな」

 その後バカたちの興味は他に移ったのかリュードたちのことは忘れられた。
 結局ルフォンに声をかける勇気もない連中なのだ、相手にしなくて正解だった。
 
 検問の列も進んでいきリュードたちの番になる。

「通行の目的は?」

 きっちりと鎧を装備した衛兵がリュードたちに訪問の目的を尋ねる。

「冒険者学校に入学しに来ました」

 そう言って推薦状を衛兵に渡す。
 軽く内容を読んで確認する。

「よし、通れ」

 推薦状をリュードに返し、中に入れと顎をしゃくる。
 検問といっても全員が全員身分を証明できるものを持っているわけではない世界だ。
 
 よほど怪しくない限りはそのまま通してしまうのが基本である。
 今回は推薦状もあるし特に怪しいところもないのですんなり通してくれた。

「ありがとうございます」

 このような検査をするところには袖の下、いわゆる賄賂を要求してくるところもある。
 その点だけ考えればここはちゃんとしているほうかもしれない。

「わあ~」

 最初に寄った町なんかはまだ牧歌的な緩やかさもあったけれどツミノブはしっかりと騒がしさがあって都会的な感じがあった。
 門の中すぐということもあってか人が多く、ごった返している。

「まずは冒険者学校に行かないとな」

 冒険者学校への入学はいつでも可能だが授業の開始タイミングがある。
 この世界では四季にも近い感じで1年を4つの節というものに分けている。

 そして二節ごとに学校が始まるのだ。
 旅程が事情により遅れることはままあるので多少遅れてしまい、始まったときにいなくても構わないが授業の進度には遅れることになる。

 なので緩めに考えても大丈夫なのであるが成績優秀で卒業するためには始業の時からちゃんと通っておきたい。
 だからできるだけ早めに入学手続きを済ませてしまった方が良い。
 
 緩いと言っても機嫌はある。
 もし入学のタイミングを過ぎていてしまったら次を待たねばいけなくなる。
 
 二節、つまりは半年という期間待つのはリュードとしても避けたい。

「ねえリューちゃんあれ食べたい!」

 そんなことを考えているリュードに対してルフォンはのんきなものだった。
 というものの親の目はなくお金に余裕がある。

 少しぐらい贅沢しても怒る人はいないのだ。
 お昼として食べ歩きなんかしながら冒険者学校を探す。

 食べ歩きながら道中何人かに聞きながら冒険者学校を探す。
 ツミノブにおいて冒険者学校は有名なところである。

 新人冒険者は町にとっても賑わいとなるので冒険者学校に行こうとする新人冒険者にはみんな優しく、みんな快く道を教えてくれた。
 ある程度近くまで来ると大きな建物が見えてきて、それが冒険者学校だとすぐにわかった。

「すいませーん」

 学校と行ってもリュードが転生前に通っていた学校とは違っていて、イメージ的には大きな塾ぐらいの物である。
 大きな教室がいくつかと体を動かせるトレーニングルームや武器の扱いも許可されている訓練場、生徒専用の食堂なんかがある。

 寮のようなものもありお金がない人はそこで泊まることもできる。
 お金があるなら近くの宿に泊まることももちろんできる。

「はい、どういったご用件でしょうでしょうか?」

「入学しに来ました」

 リュードは推薦状を受付の女性に渡す。
 しっかりと一読して受付の女性がちらりとリュードとルフォンを見た。

 内容を読むとゴールド+クラスの冒険者からの推薦状だった。
 仮に偽物でもお金を払って入学するのなら基本的には問題もない。

「推薦状に問題はありません。ではこちらにお名前を書いていただき、入学金をお納めください。ご希望でしたら代筆も承っております」

 授業によっては怪我をする可能性もある。
 この冒険者学校では他の国からも人が集まり、身分は関係ないので一人一人に細かな配慮をすることは不可能。

 苦情が出てしまっては困るので入学届とともに免責書にもサインする。
 代筆も出来ると言われたがリュードとルフォンは自分で名前を書く。

 リュードたちの村ではみんな一様に教育を受ける。
 簡単な計算なんかも出来るし、もちろん文字も習う。
 
 なのでリュードもルフォンも普通に文字が書けるのだ。
 真人族にはまともに教育を受けられず字を書けない人も多くいる。
 自分の名前すらどんな字で書くのか知らない者だって少なからずいるのだ。

 そのための代筆である。
 受付の女性もリュードたちが字を書けるとは少し意外そうにしていたが自分の仕事の手間が減るだけなので何も口にはしない。

 サラサラと名前を書いて入学金の入った袋を受付に渡す。
 金額の確認をして空の袋を返してもらう。

「今期の授業が始まるのは明日からです。必要な物はこちらに書いてあります」

 受付の女性は入学届に判を押して必要なものが書かれた紙をリュードに渡した。

「教科書は近くの書店で販売しております。明日からなのでお早めに買いに行かれた方がいいと思います」

 必要な物は武器と何冊かの教科書、真面目に勉強するならペンとかで、そんなに量は多くない。

「泊まるところはどうなさいますか? 寮の方はまた空きがございますが」

「寮か……どうする、ルフォン?」

「どうしたらいいんだろうね?」

「そうですね、寮でなくてもこの辺りの宿は冒険者学校向けに安いところも多いですよ。寮ですと男女分かれてはいますがそれぞれ雑魚寝のような形になりますのでお気になさらないのなら寮がいいですが」

 雑魚寝かとリュードは内心ため息をつく。
 タダで泊まれる寮なので期待はしていなかったけれど寮と呼ぶにも粗末な感じはある。

 正直に言って知らないやつと同じ部屋で寝るのは嫌である。

「雑魚寝はちょっと嫌かな……」

 ルフォンもリュードと同じ気持ちで眉をひそめていた。
 特に鼻がいいルフォンはあまり他の人が近くにいることが好きでない。

 狭い部屋で他人の中で寝るのは苦痛である。
 それに寮に寝泊まりする人が綺麗だとは言えないのは仕方ない。

 リュードなら近くに、下手すると密着しててもいいぐらい特別。
 寮か宿か、2人とも同じ気持ちなので答えは決まった。

「どこか宿を探すことにします」

「わかりました。それではご入学おめでとうございます」

「どうもありがとうございました」

 受付の女性に礼を言って冒険者学校を出る。
 ひとまず前日にはなってしまったが授業に間に合って入学することができた。

「次は教科書買いに行くの?」

「うーん……いや、まず宿を探そう」

 多くないといっても何冊も本があれば重い。
 マジックボックスのカバンはあんまり人前で見せられないので教科書を先に買ってしまうと本を抱えて宿を探すことになるかもしれない。

 先に荷物を置いておける宿を探した方がいい。
 授業が始まるのは明日だから時間はそれほど多くない。
 
 受付におすすめの宿でも聞いてみればよかったと思いながら少し歩いてみる。
 冒険者学校から遠くなく、かつ高くない宿がいい。

 店員も落ち着いていそうで静かに休める宿を探す。
 
「申し訳ございません。もう空いている部屋はございません」
 
「満室でございます」

 しかし良さそうだと思って入ったところ全敗。
 ことごとく断られてしまった。

 聞いてみると今年は冒険者学校に他国から来ている人が多く、寮ではなく宿を取っているので埋まってしまっているとのことだった。
 他国から来る人には貴族や身分の高い人が多い。
 
 世話係や護衛のような付き人も来るので自然と入学者よりも人数が多くなり宿も余裕がなくなる。
 もう授業開始の前日なので良さそうな宿はほとんど空きがない。

 さらにはリュードたちが行商もやっていたように今時期は商売で動いている人もいるので空きが余計に少なかった。

 しょうがないので先に教科書を買いに行くか。
 そう考えていたら、ふいにルフォンがリュードの服を引っ張った。

「リューちゃん、あそこはどう?」

 ルフォンを指差した方を見る。

「雰囲気は悪くないけれど宿屋の看板はないぞ?」

「下にあるよ」

「あっ、ほんとだ」

 宿屋っぽいけれど宿屋じゃないと最初見た時は思った。
 とても印象良く見えたけれどドア上に掛かっているはずの宿屋の看板がないので宿をやっていないように見えた。

 けれどよく見るとドア横、地面に上に掛けるタイプの小さな宿屋の看板が置いてあった。
 落ちてしまったのか元々そうしていたのかリュードには分からない。

 ともあれ、落ちた看板を片付けていないのなら宿はやっているはず。
 こういう時のルフォンの勘は鋭いので期待はできるとリュードは思った。

「いらっしゃい」

「すいません、宿ってやってますか?」

 ドアは鍵もかかっておらずに開いていて、いらっしゃいという言葉で出迎えてくれた時点で半ば答えは出ているようなもの。
 宿をやっているか一応念のために聞いておく。

「宿はやってるし、部屋も空いてるよ。あー、あはは、看板かい? ちょっと前に酔っ払いが壊しちゃってね。わかりにくくてゴメンね」

 対応してくれたのは恰幅の良い中年の女性で豪快に笑う様を見れば性格も良さそうだった。
 掃除をしていたのか手に持ったほうきを置いて部屋の状況を確認しに行く。

 掃除の途中だったみたいだけれど必要ないくらい中は綺麗だし、手入れも行き届いている。

「えっと、じゃあお部屋2つ……」

「1つ」

「空いてますか……ルフォン?」

「お部屋1つ空いてますか?」

 リュードの言葉に被せてルフォンが前に出る。

「はっはっはっ、若いねー。今の空きだと4人部屋になるけど1部屋でいいかい?」

「えっ、あの2……」

「大丈夫です」

 まるでリュードがいないかのように会話が進む。
 宿のおばちゃんは何かを悟ったような優しい目でルフォンを見て、完全に会話の相手をリュードからルフォンに替えてしまった。

 とりあえず1部屋は確保できたので宿の説明を受ける。
 冒険者学校の入学者であることを確認された。

 それで分かるのは長期宿泊ということ。
 料金は10日ごとの前払いで少しお安めにしてもらった。
 
 元がそれなりに安いのでかなりお得な感じがする。
 朝夕は希望すれば食事も出してくれ、食事代も宿泊料に含まれているのでとりあえず希望しておいた。
 
 掃除や布団の交換、消灯時間などのサービスについて聞いて部屋の鍵を受け取った。
「仲が良いのも悪くないけどうちの壁はそんなに厚くないから気をつけな!」

「いでっ!」

 豪快に笑いながらおばちゃんはリュードの背中を叩いた。
 魔人族に対して偏見もないようでかなり良い人である。
 
 ただ流されるままにリュードはルフォンと4人部屋を2人で使うことになってしまった。

「……あの、ルフォン?」

「…………これからも旅を続けるならこういうことってあると思うの」

『意外とね、外の広いところじゃ男は意識しないものよ』

「それにお金だって2部屋も取ったらもったいないと思うんだ」

『意識させたいなら密室! 同じ部屋の中が絶対よ』

「リューちゃんは私と一緒じゃ……イヤ?」

 ルフォンの頭にはとある人物から聞いたアドバイスがこだましていた。
 
『なんならベッドにでも潜り込んじゃいなさい。あの子だってベットの中じゃある意味狼よ』

 結構大胆なことをした。
 緊張でうるんだ瞳で見られてリュードは何も言えなくなる。
 
 確かに間違ったことは言っていないので反論の余地もない。
 若い男女が1つ屋根の下でけしからん云々なんて旅の中では言ってられない。
 
 今は言える時だったと思うけれど言えるタイミングは完全に過ぎ去ってしまった。
 いざ必要に迫られて同部屋を悩むくらいなら今から経験しておいた方がいいかもしれないとリュードも覚悟を決める。
 
 なかなか大胆な行動であるがもちろんこうした行動はルフォンが急に自分だけで考えたものではない。
 実は一部屋にしてくれないかなんて大胆さが出てきたのにはメーリエッヒの教えがあってのことであった。

 ルフォンはメーリエッヒに戦い方を習っていたがメーリエッヒは戦い方だけを教えていたわけでない。
 メーリエッヒはルフォンのリュードの対する気持ちを知っていた。
 
 なので時として純粋すぎるルフォンに知識の伝授も行っていた。
 少し、いやかなり攻撃的で実践することもはばかられる知識もあったけれど、ルフォンは勇気を出して実践できるものをやってみたのだ。

 まずは密室で二人きり。
 広い外とは違って部屋の中ではリュードもルフォンを意識するに違いないとメーリエッヒは言っていた。

「もちろんイヤじゃないけど……」

 こうなってしまってはリュードの負けなのだ。
 大人しく一緒の部屋に泊まるしかない。

 リュードは照れ臭そうに頭をかく。
 リュードの方はいいのだ。

 どちらかといえばルフォンの方が気遣うことが多いのではないのかなと思うのだ。

「なんか気になることあったら言ってくれよ? ちゃんと直していくから」

「うん、わかった。リューちゃんも何かあったら言ってね」

 この際だから気になることとか意見のすり合わせはしていこう。
 夫婦間であっても些細な不満がたまり続けることだってある。

 余裕があるうちにルフォンが気になることがあるなら積極的に直していこうと前向きに考える。
 パッと花が咲いたように笑顔になったルフォンを見て、しっかりと理性だけは保っていこうと心に決めたリュードであった。

「じゃあ俺はこのベッド使うから」

 リュードはベッドの1つに座り寝心地を確かめる。最高級は望むべくもないが悪くない。
 安宿や野宿に比べると天国みたいなものである。

「えっと、私は……」

『ベッドに潜り込んじゃいなさい』

 ウインクしながら簡単に言っていたメーリエッヒの顔が頭をよぎって、少し頬が熱くなる。
 ルフォンは慌てて頭を振って邪悪な考えを追い払う。

 1部屋にするのも必死に頭を巡らせて言い訳したのに同じベッドに寝るなんてもはや言い訳のしようもない。
 子供のころならともかく今そんなこと言えない。

 さっきも恥ずかしくて目がうるんでしまっていたぐらいなのに。

「こっち、かな」

 ルフォンが選んだのはリュードの隣のベッド。
 ベッドは離れているとはいっても隣でさある。

「ま、まあ好きにするといいさ」

 リュードは一緒に寝るとは言われなくて少しホッとしていた。
 実際ルフォンがやたらとリュードのことを見ていたので半分ぐらいは考えていることがばれていた。

「宿も確保したし教科書買いにいこうか」

 ちょっとまったりしてしまった。
 もう日が傾いてきているので閉まる前に早く教科書を買いに行かなければいけない。

 冒険者学校でもらった必要なものが書いてある紙には教科書を売っている書店も書いてあった。
 早速その書店に向かった。
 
 宿から一番近い書店はこじんまりとしていて雰囲気の良いお店である。

「ありがとうございまし……」

「おっと」

 書店に入ろうとした時、開きっぱなしの入り口から出てきた女の子とリュードがぶつかった。
 体躯の良いリュードは少しよろけただけだったけれど、ぶつかった女の子は倒れて尻もちをついてしまった。
 
 女の子が持っていた本が床に散らばる。

「ごめん、大丈夫?」

 リュードが手を差し出す。

「こ、こちらこそごめんなさい。私もちゃんと前見てなかったです」

 女の子がリュードの手を取り立ち上がる。
 恥ずかしさからかうつむき気味の女の子の頬は少し赤くなっている。

「はい、これ」

「ありがとうごさいます」

 ルフォンが女の子が落とした本を拾って渡すと慌てたように受け取って頭を下げる。

「どうもすいませんでした!」

 女の子はもう一度頭を下げると足早に去っていった。

「怪我はない?」

「ああ、俺は大丈夫」

 あれだけ走れれば女の子にも怪我はないだろう。
 女の子の後姿を見送ってリュードたちは書店に入った。

「何をお探しで?」

「これを探しています」

 店主の老人に必要なものがかかれた紙を見せる。

「冒険者学校かい。たった今中古のやつの最後が売れちまったから新品しかないけどいいかい?」

「中古もあるんですか?」

「ああ、あるぞ。今はないけどな。冒険者学校が時間をかけて作った教科書はなかなかためになることも書いてあるがなんせ本はかさばるからな。卒業した後まで持っていられない連中から買い取って後の入学者に安く売ってやるのさ」

 冒険者学校が後ろにいても教科書となる本はなかなか高価なものになる。
 そして冒険者としてやっていくのに有益なことが書かれていても本を荷物として持ち運ぶことは現実的でなく、旅をする冒険者にとっては正直邪魔でしかない。

 そこで教科書を書店では買い取りをしている。
 書店はわざわざ商品を新しく仕入れなくてもいいし、本がいらない人は多少のお金が帰ってくるし、新しい入学生は安く本を入手できる。
 
 合理的なリサイクルである。そもそもこの世界では大量消費社会ではなくて中古で使うことも一般的なので何らおかしくない話である
 リュードも安いなら中古でも構わないと思う。
 
 ただ、今は中古がないので新品で購入するしかない。
 このようなこじんまりした店でも中古が残っていないなら他でも残っていないと思われる。

 他の店を回っている時間もない。
 そもそも中古の存在を知らずに新品で買うつもりだったから新品でも何の問題もない。

「新品2冊ずつでいいかい?」

「はい、お願いします」

「はいはい……ちょっくら待っててくれ」

 店主の老人は奥に消えていき2冊ずつ同じ本を持って来ることを繰り返した。

「これでいいかな?」

 持ってきた本のタイトルを紙に書かれたものと突き合わせて確認する。間違いはない。
 お金を渡して商品を受け取る。

「教科書がいらなくなったらぜひうちに売りに来てくれよ。綺麗なら高く買い取るから」

 無事教科書も買えた。
 後は明日からの冒険者学校で良い成績を残してさっさと卒業するだけである。
 特に期待はしていない。
 約束だから冒険者学校に通うのだし問題さえなければそれでいいと思っていた。

 けれど初日から気分は最悪だった。

「あれ、あいつあの時の獣人じゃん。隣のかわいこちゃんもあれ獣人だったのか」

「へぇー、あんま獣人とかないわって思ってたけどあの子ならアリじゃね?」

 もう2度と会うこともないと思っていた。
 ツミノブに入るときに人のことをデカい話し声で獣人獣人と言ってくれた馬鹿どもが冒険者学校にいた。

 リュードは身長も高く目立つし、ルフォンも今回はフードをかぶっていないので周りの目をよく引きつけた。
 勝手にあるとかないとか、また獣人だの聞こえる音量で会話するものだからルフォンだけじゃなくリュードも苛立っていた。

「静かに!」

 ボコボコにして窓から投げ捨ててやろうか。
 我慢が限界を迎えて実力行使に出る前に教師が来てくれて助かった。

 もちろん助かったのは馬鹿どもの命である。

「私はキスズ、元シルバーランクの冒険者だ。君たちの戦闘訓練の授業を担当する」

 目つきの鋭い、茶髪の短髪の男性。
 元からなのか威厳を出したいのか険しい顔つきに教室が静かになる。

「まずは君たちの実力を見ておこう」

 腰に差した剣を触り、教室を見回しながらキスズがニヤリと笑う。

「訓練場に行くんだ」

 キスズの指示で訓練場に向かう。
 いきなりのことに生徒たちは動揺を隠せない。

 訓練場に着くと早速キスズが剣を抜いた。

「今から互いに戦ってもらうわけだが、俺に挑戦したいという奴がいたら前に出ろ。受けてやる。俺を認めさせることができたら戦闘訓練の授業を合格とし、今後は出なくても良し。もし仮に俺に勝つことができたら優秀点も付けてやろう」

 生徒たちにざわつきが広がる。
 成績優秀で卒業するためには優秀点というものが必要だった。

 各授業を優秀な成績で修めれば優秀点というものがもらえて、それが一定以上卒業時に持っていると成績優秀での卒業になるのだ。
 ルフォンに目配せして、挑戦しようと意図を伝える。

 リュードが前に出ようとしたよりも早く1人の生徒が前に出た。

「僕が挑戦してもよろしいですか?」

 それはリュードたちのことをいじっていた馬鹿どもの1人であった。
 中途半端な長さの金髪、雰囲気イケメン、高くもなく低くもない身長。
 
 見れば見るほど鼻につく。
 嫌いというフィルターも多いに関係あるのだがちょっと微妙なラインの容姿であることは否めない。

「もちろんいいさ」

「サンセール・オライラオン、お手合わせ願います」

「あー、おう、いつでもこい」

 サンセールの武器はごく普通の剣。
 リュードの目には構えも普通で特別強そうには見えない。

 キスズはサンセールが構えても腕を上げないでダラリと下げたまま興味なさげにサンセールを見ている。

「行きますよ?」

 その様子にサンセールが苛立つ。

「いつでも来いと言っているだろ。戦場ではいちいち自己紹介もしないし相手が構えるのを待っていることもないんだぞ」

「分かりました!」

 感情を隠すこともなくムッとした表情のサンセールがキスズに切り掛かる。

「はっ!」

 リュードにはサンセールの剣の振り下ろしを見て分かる。
 あいつは強くない。

 偉そうに前に出てきたと思えば飛んだ拍子抜け。
 キスズは限界までサンセールの剣を引きつけ動いた。

 サンセール手を叩いて剣を落とさせ、素早く腹に蹴りを入れた。
 特別早い動きではなかったけれど無駄が少なく、サンセールの実力なら何をされたのかよく分かっていないだろう。

 蹴りは完全に決まった。
 二転三転と後ろに転がったサンセールは腹を抱えたまま起き上がれない。

 もうサンセールに戦闘継続の意思は見られない。

「不合格」

 冷たくキスズが言い放つ。
 サンセールの仲間たちにサンセールを医務室まで運ぶように言いつける。

 リュードが相手していたら蹴りを入れて、顔面にも一発入れていたのでずいぶんと優しい終わらせ方である。
 ましてや戦場ならサンセールは今頃物言わぬ死体になっている。

「他には?」

 サンセールがあっさりやられたのを見て、一気にみんなの挑戦する気が削がれてしまった。
 さすがシルバーランクの冒険者は冒険者学校に通うような駆け出しには負けるつもりがないようだ。

「はい」

「おっ、2人もいるか」

 他にいようが前に出るつもりだった。
 リュードとルフォンが軽く手を上げて一歩前に出た。

 元々目立っていた2人が前に出たので生徒がさらにざわつく。

「どっちからやる? まあ男の方から来て、俺の体力でも削ればお嬢ちゃんにもチャンスぐらいあるかもしれないな」

「……私が行く」

 あの教師、死ぬかもしれないなとリュードは思った。
 隣に立つルフォンが怒っているのをリュードは感じている。

 村では互いの性別は尊重する。
 男女で分けることはあっても見下して差別することはない。

 それにルフォンだって村では相当な実力者であってプライドもある。
 キスズは少し火をつけてやるぐらいの気持ちで軽く言ったが、ルフォンにとってひどく侮辱されたように感じた。

 ルフォンだってただ守られるだけの存在ではない。

「おっ、お嬢ちゃんが先かい?」

 ルフォンが怒っていることを察せないキスズは余裕の態度を崩さない。

「行くよ」

「おっ、おっ?」

 ナイフを抜き様に距離を詰めた。
 慌てて剣を構えようとしたが間に合わず何かを察知してキスズは後ろに飛び退いた。

 正しい判断だ。
 キスズが腕を持ち上げようとしていたルート上をルフォンのナイフが切り裂いた。
 
 キスズの行動を先読みしての攻撃。
 剣に手をやることを予想して先回りして切り付けていたのである。

 回避行動も取らないであのまま腕を上げていたら手首から先は無くなっていた。
 結果は空しい空振りに見えるけれど、空振りが何を狙っていたのか分かっているキスズの顔から余裕が消えた。

 しかし気を引き締めるには遅かった。
 かわされて終わりになんてしない。

 ルフォンはさらにキスズとの距離を詰めていた。
 突き出されたナイフを剣で防ぎ、火花が散る。

 ナイフは1本ではない。
 素早く繰り出された2本目の攻撃を回避しようとしたがかわしきれずに頬が浅く切れる。

 続けて蹴り。
 太ももにクリーンヒットしてキスズの顔が痛みに歪む。

 そして蹴りから戻した足を軸にして回し蹴り。
 キスズが手でルフォンの足を受け止めるがそれで止まるほど甘くない。

「ぐっ!」

 衝撃を受けきれず手ごと胸に回し蹴りが当たる。
 後ろに倒れるキスズにチャンスとばかりにルフォンが迫る。