旅をする中で学んだのは、優しいだけではいけないということだ。
 非情になることも必要。

 敵を倒すこともそうであるし、取捨選択、つまりはなにかを捨てねばならないということもまたそうである。
 全ての奴隷を解放することはできない。

 この国における奴隷の所有や売買は、保護までされない権利であっても違法ではない。
 奴隷に至る経緯は違法や不当なものであるかもしれないが、一人一人に経緯を確かめていくこともできない。

 この国では禁じられていないことを旗印に奴隷解放をしても、ただリュードが犯罪者になるだけである。
 だから今回助けるべき竜人族に焦点を当てる。

「行こう、ルフォン。まずは隠密にだ」

「了解!」

 ひとまず竜人族がいるマーケットを見つけた日の夜は、月も細く非常に暗い夜であった。
 リュードとルフォンは光の届かない闇に紛れて動いていた。
 
 奴隷に相手をさせる歓楽街のようなところもあるけれど、夜間、奴隷市場自体は閉まっていて静まり返っている。
 リュードもルフォンも魔人化して黒いマントを身にまとい、ローブをかぶっている。
 
 二人とも魔人化した時の姿は真っ黒なので闇に同化している。
 この姿なら竜人族が見れば、リュードが竜人族であるとすぐに分かる。
 
 致し方なく奴隷として買うという平和的な交渉は失敗に終わった。
 ならば力技で過激な方法に出るしかない。
 
 こっそり連れ出せるならそうするつもりであるが、奴隷に満ちた市場の中で目的の人だけを連れ出すのは簡単な方法ではない。
 すでに売られることが決まっているので時間もないし無理なやり方でも押し通すしかない。

「出歩いてる人もいないな」
 
 ラストとコユキはお留守番である。
 二回連続でお留守番になったコユキは非常に不満そうだったけど、コユキは姿を隠す術を身につけていない。
 
 加えてコユキの真っ白な見た目は目立ちすぎる。
 奴隷として囚われている竜人族が疲弊している可能性を考えると、治療できるコユキも連れて行きたいところではあるけど、見つかるリスクの方を避けることにした。

 こんな時にニャロだったら身軽だったかもしれないな、とちょっとだけ思う。
 ラストも夜は得意な方だけど、コユキの面倒を見る人が必要だ。

 やはり闇夜での活動はルフォンは頭が一つ抜きん出ている。

「誰か来るよ」

「隠れろ」

 人のいない暗い道を通って、奴隷市場近くまでやって来た。
 見張りがリュードたちの目の前を通っていく。

 眠たそうにあくびをしたり、タラタラと歩くことはない見張りはかなりちゃんとしていそうだ。
 奴隷が暴れ出す可能性もあるので、見張りもしっかりとした人を選んでいる。

 けれど闇に紛れたリュードたちを見つけることはできない。
 見張りが行くのを待って、夜目がきくルフォンが先に出てその後ろをリュードが付いていく。

 闇から闇へと伸びる影のように移動していく。
 探すのは奴隷の管理を担当している者。

 昼間担当してくれた男は他の人よりも高い地位にいるはずだと思うのでその男を探してみる。
 もう帰っている可能性もあるもののとりあえず見張りではなく、奴隷でもない市場の関係者でもいればいいだろうと市場の中を移動する。

「……人がいるよ」

「ええと……」

 ルフォンの目が人の姿を捉えた。
 リュードにはぼんやりとした人影程度にしか見えなくても、ルフォンにはちゃんと顔が見えている。

 目に魔力を集めて強化して人影を見つめる。
 だいぶ闇に目が慣れたはずなのに、全くルフォンの目には敵わない。

 生き物としての性能の違いがあるのでしょうがない。

「あの男だ」

 奴隷市場の入り口付近にある粗末な小屋に人影は近づいていく。
 奴隷市場を案内する人たちが交代で休憩するための場所で、小屋のドア横に寄りかかって目をつぶっている。

 小屋には明かりがついている。
 基本的に市場は閉まるが、夜中でも人がやってくることがある。

 こんなところで人目を避ける必要はないと思うが念には念を入れてと人目をさらに避けて夜に訪れる客もいないこともないのだ。
 そうした客は怪しくはあるけど、わざわざ夜中に訪れるような客は奴隷は買っていってくれる確率も高い。

 口止め料代わりにチップ的なものも弾んでくれることが多いので、夜もこんなところで待っているのだ。

「ご苦労さんなことだな」
 
 リュードは近くに落ちていた石を拾い上げて投げる。

「ん…………ジェイマン?」

 小屋にぶつかってカツンと音が鳴る。
 男が音に反応して目を開ける。

 てっきり交代の見張りが来たのかと顔を上げてみるけど、誰もいない。

「ジェイマン? あれ……?」

 誰もいないが、確かに音はした。
 音の発生源を探して、男は体を伸ばしながら小屋の横を覗き込む。

 しかしそこにもジェイマンはおらず、何かが倒れたような音がしそうなものもなかった。

「なんだ? まあ……もう一眠りでも」

「動くな、勝手に話すな。もし逃げようとしたり大きな声を出したら首を捻じ切られると思え。わかったらうなずく」
 
 低くドスの効いた声を出したリュードが男の後ろに回っていた。
 背中にチクリとした痛みを感じる。

 リュードは後ろから回した手で男の口を掴むようにして覆い、背中に爪を当てていた。
 全く気づかなかった男は一瞬で恐怖に支配される。

 男は震えるように細かく何度もうなずく。
 先ほどの見張りと違って腰に剣すら下げていないのだから、おそらく戦うことはできないのだろう。

 そのままリュードは震える男を小屋の影に引き込む。

「い、命だけは助けてください……」
 
 口から手を離しても男は言いつけを守って大きな声を出さず、振り返ってリュードの様子を確認することもしない。