これまでは北側の地域にいたから気温が低くて、日中は何とかなっても夜はかなり冷え込んだりしていた。
 少し南下してきて気温が上がってきて、寒いから涼しいと言えるぐらいの気温にはなった。
 
 しかしヴァネルアは寒かった。
 日中でも空気がヒンヤリとして、夜はさらに冷える。
 
 それはヴァネルアの町中には水路が通っているからであった。
 近くの川から水を引いていて透明度の高い水が町中を流れているのである。
 
 水自体がとても冷たいので町中の空気も冷えているのだ。
 寒いが気温が安定していると言える。
 
 かなり広い町は整備された作りをしていて建物なんかも洗練されている。
 絵になるので歩いているだけでも楽しい。
 
 さらにこの町の名物は魚である。
 町中を巡る水を引いている川は町のすぐ近くを通っている。

「にしてもデカい川だよな」

 その川なのだけどとにかくデカい。
 これが海だと言われても知らない人なら簡単に信じてしまいそうなぐらいに川幅が広くて、向こう岸までしっかり見えないほどである。
 
 名物の魚はそのデカい川から取れるのだけど、町中の水路にも魚が泳いでいる。

「ほぇー」

「すっごいにゃ」
 
 ヴァルネアという都市を訪れたリュードたちは、せっかくだしと川の見学に来ていた。
 今は季節柄入ることは出来ないが、もっと暖かい季節になると川の手前を区切って遊泳もできるらしい。

 リュードの村の側にあった川もデカかったけれど、それよりもこの川の方がもっとデカい。

「本当はもっとデカいんだぜ?」

 時々遊泳の季節でもなく整備もされていないのに川に飛び込んで行方知れずになる者がいる。
 だから川には監視のおじさんがいた。

 そのおじさんがいつの間にか近くに来ていてリュードたちに声をかける。

「どういうことですか?」

「このステュルス川はもうちょっと水量が多いんだけど、ここ最近水かさが減って今は本来の姿よりも川が細くなってるんだ」

「これで細いにゃ?」

 ニャロは改めて川を見て首を傾げてしまう。
 見ていてとてもじゃないけど細いなんて言えない。
 
 これで細くなったなんて冗談だろうと思ったがおじさんは笑ってみせる。

「ウソじゃないさ。あそこの杭が見えるか? あそこの真ん中まで色が変わっているが本来あそこまで水があるんだよ」

 おじさんが指差した先に杭があった。
 今は根元付近まで水に浸かっているが、真ん中より下が変色している。

 本来の水かさならそこまで浸かっているのだろう。

「まあ初見じゃ違いも分からんだろうけどな」

「そうですね……でもいっそのことこの川の本気も見てみたいものですね」

「ははっ、この川の本気はすごいぞ。この川が本気を出すのは大嵐の時だな。この澄んだ川とは打って変わるが、水かさが増えて流れもうんと早くなる。自然の力を感じる。綺麗な川がいいって人もいて、好みは分かれるがな」

「大嵐ですか?」

「ああ、大体今時の季節は嵐が来るんだが、何年かに一度嵐の中でもさらに大きい大嵐になることがあるんだ。前の大嵐は数年前だから今年は大嵐になるかもしれないな。そうなれば川の本気も見られるかもしれないぞ」

 自然現象はなかなか変わらない。
 雨季のようなものでヴァルネアには毎年嵐が来る。

「ただ嵐になると川が荒れて危険だから外出は禁止となる。川が見たいなら宿の高い階層に止まってみるといい。大嵐目的に観光に来たいやつは少ないから部屋は空いてるだろう」

「そうですか、ありがとうございます」

「善良なアドバイスとしては天候が荒れる前に離れるのが懸命だがな。あまり川に近づくんじゃないぞ」

 たまたま宿は決めていなかった。
 おじさんのアドバイスに従って高めの階層がある宿を探してみることにした。

 町中を歩いていると気づいたのは馬車が少ないということだった。
 そもそもこの町中を行く馬車の多くはこの町の人ではない。

 ヴァネルアの人のほとんどは、荷物を運ぶ時に馬車ではなく水路に浮かべた舟を使う。
 だから町中をよく船が走っていて、馬車が少ない。

 ちょっとおすすめの宿はないかと声をかけてみたらたまたまタクシーのような事をしている舟だったらしく、近くまで送ってくれた。
 小舟での移動はなかなか楽しかった。
 
 水面を見つめていると魚も泳いでいるしコユキも楽しそうだ。
 短い遊覧だったが、他じゃ体験できないものだけに料金以上の価値はあったと思う。

「今時期は人が少ないから部屋は空いている」

 宿の方もおじさんのいう通り空きが多いらしく、川を見下ろせる上階にも空きがあった。
 透明度の高い大きな窓があって、リバービューである。

 上から見下ろしても水量が少ないとは思えないほどに川は大きい。
 しかしながらヴァネルアに来たのは川を見にきたのではない。

 川の中身というかその川で取れるものが目的である。

「お魚にゃー!」

 目的とはもちろんお魚である。
 この広い川の面白いところは、川の場所によって取れるお魚が違うらしい。

 上流下流でもそうだし川の真ん中と端でもまた取れる魚が違う。
 そのために単に魚と言ってもヴァネルアで食べられる魚は種類が豊富なのである。

「むふふ〜色々な種類があるにゃ〜」

 様々な魚料理が食べられることがヴァネルアの名産である、と言っていいのである。
 普段は肉食なリュードだけど、こうしてたまにいいところで魚を食べると美味いものである。

「うみゃいうみゃい!」
 
 まだ降臨の影響もあり、魚が好きなニャロなんかは泣きそうな勢いで魚料理を平らげる。
 醤油という文化はここにもないが、生魚を食べる文化はヴァネルアにもあった。

 お刺身というより野菜や果物のソースでいただくお魚のカルパッチョみたいな料理だけど美味かった。
 他にも焼く煮る揚げる炒める何でもござれ。

 しかもお店はお魚の種類で分かれていて、今回食べたのとは違うお魚のお店もあって食べ尽くしたとは言えなかった。

「この感じ……」

「どうしたニャロ?」

「この尻尾が重たい感じ……一雨くるにゃ」

「んー、確かに遠くの雲行きが怪しいな」

 お腹いっぱい食べ過ぎて、移動するのも大変なので舟タクシーでのんびりと移動する。
 コユキが落ちないようにルフォンが支えて一緒に魚を覗き込んだりしている中で、ポコンとお腹が出たニャロはジッと空を眺めていた。

 まだヴァネルアの上に雲はなかったけれど、遠く見える川の上には黒い雲が見えていた。

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