「……ダリル?」

「テレサ!」

 弱々しいが鈴のような美しい声にダリルは目を見開いた。
 ベッドで寝ていたテレサがふと目を覚ましたのだ

「貴方なのね」

「そうだ。テレサ、君を治せるかもしれない人を連れてきた」

 ダリルはテレサの体に響かないように声のトーンを落として優しく話しかける。
 そうしていれば結構いい声なのにとルフォンは思った。

「そうなの……」

「どうした? 嬉しくないのかい?」

 なんとなく寂しげな顔を浮かべるテレサにダリルも表情を曇らせる。

「不安だったの」

「何?」

「目を覚ましてもいつまで持つか、また次にいつ目が覚めるか分からない。目が覚めても残された時間は短くて、でも不安なのはそうじゃないの。目覚めるたびに貴方がいないことが不安だった」

 テレサは握られた手を弱々しく握り返す。
 いつもは暑苦しいぐらいに感じていたダリルの体温を今は強く感じていたい。
 
「隣にいて、手を握って優しく語りかけてくれていた貴方がいなくて……こんな女捨てられちゃったじゃないかって、そんな不安で胸がいっぱいになるの。ごめんね、重たいでしょ、私……」

「そんなことない……そんなわけないなじゃないか……!」

 本当は抱き寄せたいぐらいだが、弱った体に無理はできない。
 握ったテレサの手にキスをして、愛おしさを示すように頬に寄せる

 ダリルとテレサの目が潤んでいる。
 口に出す時にはダリルはただのパートナーのように話していたいたけれど、二人がただのパートナーに収まらない深い絆があることは見ていてわかる。

「ふふっ、いつもの大きな声も嫌いじゃないけど今みたいに優しく声をかけてくれるのも新鮮で好きよ」

「……君を残してすまない。でも全ては君のためなんだ」

「知ってるわ。全部ただの私のわがままだもの。……きっと体調が悪いせいね。よくないことを考えて、よくないように思ってしまう」

「誰しも弱るとそうだ。俺も風邪をひいた時は明日のメシが美味しく食べられるか不安だったさ。俺は何があっても君だけは見捨てない」

「その言葉でとても安心できるわ」

 見つめ合う二人の間には邪魔できない空気が流れている。

「そちらの方を紹介してくださる?」

「あ、ああ……そうだった」

 首を少し傾けたテレサとリュードは目があった。
 テレサに促されてようやくダリルはリュードたちのことを思い出した。

「こちらがリュード、ルフォン、ラストだ。君に言ったかな? 前に神託を受けた話。こちらのリュードがその神託の中で言われて探していた人だ」

「あら……そうなの。…………この人、迷惑かけませんでしたか?」

 テレサは気分も持ち直したのか優しく微笑む。
 
「いえ、色々と助けてもらいましたよ」

「それならよかった。この人ったらちょっと無鉄砲なところあるじゃない? 私は普段からそれが心配で……」

「テ、テレサ……」

「ふふふっ、きっと強引に話しかけたりしたんじゃありません? 邪険にしないでくださってありがとうございます」

「そんなお礼をことなんて……むしろダリルさんには感謝してますよ」

「いい人たちね。ケーフィス様のお導きなら間違いはないわ。私も神のお声を聞いてみたいものね」

「いつか君にも語りかけてくれるさ」

 話に聞いていたのと違いなく柔らかな良い人である。

「……自己紹介も済んだし、俺たちは失礼させてもらうことにするかな」

「あらあら、気を使わせてしまいましたね」

「どうぞごゆっくり」

 このままダリルとテレサの様子を見て突っ立っていたってすることもない。
 二人の雰囲気を壊すのも忍びないのでリュードたちは部屋を後にする。

「おや、ダリル様は……?」

「テレサさんが目を覚まされたので」

「ああ、そうでしたか」

 部屋を出るとデーネが待っていた。
 
「お部屋のご用意ができましたので他にご用事がなければお宿にご案内いたしますよ」

「じゃあお願いします」

 デーネについて宿に向かう。

「あの二人は、そういった関係なんですか?」

 たまらずラストがデーネに質問をぶつける。
 当人たちにはちょっと聞けそうもなかったのでデーネに聞いてみたのだ。

 近さや関係性を見るに仕事上のパートナーなだけでないことは明白である。
 ただ私生活上のパートナー、妻や奥さんというのも違う感じがした。

 どこまでの関係なのかラストは気になっていた。

「ダリル様とテレサ様のことですよね? もうくっつけよ! ってみんな思っております」

 聞いてもいいことなのかちょっとだけドキドキしていたリュードだったけど、デーネは思いの外軽く答えてくれた。

「あの二人が互いを憎からず思っているのは周知のことです。本人たちはバレてないとでも思っているのか仕事でパートナーだから遠慮しているのか……そもそもケーフィス教では恋愛、結婚は自由です。それどころか是非結婚していこうって宗教なのですからくっつけばいいのに」

 デーネは小さくため息をついた。
 ダリルとテレサは仕事上のパートナーである。
 
 長い時を共に過ごし特別な感情が生まれてもおかしくない。
 中には聖職者の恋愛を禁じるところもあるが、ケーフィス教はむしろ恋愛や結婚を後押ししていく宗教でもある。
 
 実際のところ二人が意識していることを知っているからパートナーを続けさせているなんて側面もあったりする。
 だから他の神官は他宗教の人も含めて思っていた。

 はよくっつけや、と。

「他の使徒や聖者は結構パートナーが入れ替わったするんですがわざわざダリルさんとテレサさんはほぼ固定なんですよ」
 
「実質公認カップルみたいなもんなのか……」

 このまま二人のペースで派やくっつけちゃえ派など、ダリルとテレサの問題には様々な派閥がいることでも盛り上がっていた。

「……どうかテレサ様をお救いください」

 宿についたデーネはリュードたちと別れる前に深々と頭を下げた。
 ダリルとテレサがくっつくかくっつかないか見たいからということもあるけれど、ダリルもテレサも真面目で熱心な聖職者で尊敬もされていた。

 使徒や聖者となるにふさわしい人物であり、これからの世にも必要な人たちだと思っている。
 助けられるならどんなことをしても助けたいと思うのは何もダリルだけではないのだ。

「やるだけやってみますよ」

 デーネを安心させるようにリュードは微笑む。
 リュードは改めてケーフィスにされた話を頭に思い出してみる。

 きっと方法はある。
 ケーフィス自身もそれを望んでいるのだから。

「私たちにできることなら協力は惜しみません。何なりとお申し付けください」

 ダリルとテレサの互いを思いやる関係を見せられたのだ、リュードも助けてあげたいという気持ちが大きくなっていた。

「私も頑張るよ!」

「テレサさん救ってあげようね!」

 ルフォンとラストもちゃっかり影響されてやる気満々になっている。

「そうだな。助けて……あげたいな」