ベギーオは助からなかった。
 お腹に穴まで空いていたのだからポーションでも治すことができない。

 聖者や聖女と呼ばれる治療の魔法を扱えるような人で最上級の力を持っている人がいたなら助かる可能性もあった。
 しかしそんな人はその場にはいないのでそのままベギーオは死んでいくしかなかった。

 事後の処理はコルトンに任せてリュードたちは町に戻ることになった。
 疲れからと頼み込んでモノランの背中に乗せて町まで運んでもらった。

 それは単なるわがままではない。
 プジャンがいることに気づいたモノランがプジャンを引き渡せと騒ぎ立ててしょうがなかったので理由をつけてその場を離れさせたのである。

 リュードがケガ人を早く町に連れていくのにどうしてもモノランの力が必要だと言わなければそのままプジャンは山を降りることができなかっただろう。
 ベギーオの死体と拘束されたプジャンはコルトンによって騎士団に引き渡された。
 
 バロワはモノランの背に乗せられて町に搬送されて、治療を受けた。
 リュードの見立て通り命に関わることもなかった。
 
 モノランは不満そうだったけれどベギーオの言うことを聞いて色々とやったということはイセフに扮したコルトンの前で言ってしまった。
 自白してしまったので庇いようもないはずなのでプジャンも引き渡されることにヴァンも同意せざるを得ないだろうとリュードは思う。

 ベギーオは死に、プジャンは拘束され、バロワは入院。
 大領主のうち3人がその責務を果たすことが困難になった。

 ラストだけ無事ではあったが、他の領地における混乱も考えるとまともな領地経営は難しい。
 そこでヴァンは一時的な緊急措置として大領主という権限を停止して大領地を全て王の直轄とすることにした。

「サキュルラスト、我が娘よ。よくぞ大人の試練を乗り越えた。これによって血人族はサキュルラストを一人前の大人であると認めよう!」

 しかし祝うべきことは祝うべきだ。
 ラストも含めてリュードたちは軟禁状態にあった。

 王城まで連れてこられて、事情を聞かれ、調査のために外出も許可されずに王城の室内で過ごすことになったのだ。
 幸いリュードの世話をしてくれたメイドさんがおしゃべりな人で色々と話してくれたから外の情報は入ってきていた。

 結局今回の件についてラストが被害者でベギーオが加害者、リュードたちは巻き込まれただけでプジャンはベギーオの共犯ということになった。
 バロワの立場は微妙なところらしくまだ調査が続いている。

 問題が起きてしまったにせよ、ラストは大人になった。
 こんな状況の中で一番の明るいニュースだし政務に追われるヴァンが少し休息を入れる口実としてもラストを祝うことになったのだ。

 元々小規模のパーティーを予定していたのだけど、さらに規模は小さくなって身内だけの小さな食事会になった。

「おめでとう!」

 ヴァンが赤い液体が注がれたカップを高く掲げる。

「おめでとう!」

「おめでとう、ラスト!」

「みんな、ありがとう!」

 お祝いの言葉を述べてみんな一斉にカップに口をつける。
 みんな一様に赤い飲み物を持っているけれどその中身は違っている。
 
 リュードたちはブドウのジュースが、ヴァンにはぶどう酒、そしてラストのカップには血が注がれていた。
 血人族なんて言うからには、血と関わりがないはずがない。

「プハァ〜! やっぱり本物の血は違うね!」
 
 血という文字がつくのには理由がある。
 その理由とは血人族が他種族の血を取らなきゃいけない種族である血人族と呼ばれるのである。
 
 はるか昔の血人族はそれこそ吸血鬼のように他種族の血を摂取していた。
 本来血に含まれるものが血人族には自分で作り出すことができなかったから多種族の血からそれを確保するのだ。
 
 始祖と呼ばれる血人族は日常的に他種族の血を必要としていたなんて噂話もあるが、世代が進んで他種族との交わりもできた今の血人族はそこまで他種族の血を必要としていない。

 ただし定期的な摂取は必要で、実はヴィッツやラストも血を摂取していた。
 けれどそれも血液を飲んでいるのではなく、今は血液の成分を固めた錠剤があってそれを飲んでいたのであった。

 大人になることはただ大人として認められるだけではない。
 大人になると真人族なら酒が飲めるようになるところも多い。
 
 血人族にも似たようなことが言えて、大人になった血人族は生の血を飲むことが許されるのだ。
 錠剤の血を摂取していても問題なくなった血人族であるが生の血を飲むことと血の錠剤ではやはり差は生まれてしまう。

 生の血を飲むと血人族は非常に体の調子が良くなる。
 高い魔力を持つものの血であるほど血人族は調子が良くなってくるのだ。

 大人の試練を乗り越えて大人になった血人族はまず周りの目があるところで生の血を飲むのが昔からの習慣だった。
 だからラストのカップには血が注がれているのである。

 さらにその上その血はただの血ではなかった。

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「リュード……お願いがあるの…………」

 調査のために軟禁状態のリュードの部屋にラストが訪ねてきた。
 緊張したような神妙な面持ちのラスト。

 なんの問題もないのにラストがお願いになんてくるはずがない。
 リュードはそう思ってラストを部屋に入れた。

 厄介な問題でも発生したのかと緊張が走る。